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動乱編
114 戦の終わり
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モルゲン奪還の瞬間を、私はアルと飛竜の上から眺めていた。
あの子に刺されて、目の前であの子が自害して。気がついたらアルが助けに来ていて。脱出して間もなくしてこうなった。
「モルゲンの勝利だ、サアラ」
「…うん」
私が何もできないでいるうちに、決着がついた。街の周りで相打ち合戦をやっている敵兵がまだ片づいていないだけだ。
「…さて」
アルが不毛な戦いに明け暮れるベイリン兵を見下ろした。
「アレを止めるか」
言うや、懐から羊皮紙の紙片を取り出した。懐かしい、『三枚の御札』もどき。
「頭から冷水浴びたら、バカやってるって気づくだろ」
アンデッドはいつの間にか姿を消している。そのことに彼らは気づいていないのだ。辺りには戦い続ける彼らと、何故か大量のピンクのウサギカチューシャが散乱していた。
「…手伝う」
飛竜で兵士たちの頭上に移動する。
「「《水よ…》」」
二人の声が重なる。
「「《我らが盾となれ》!!」」
宙を舞った紙片は、たちまち激流へと姿を変え、頭から大量の水を被った兵士たちは、ようやく自分たちを追っていたアンデッドが消えていることに気づいた。濡れ鼠になった彼らも、モルゲンに翻る旗に気づいたのだろう。多くの兵が武器を取り落とし、一拍後に次々にベイリンの方へと逃げ出した。
こうして、戦争はようやく終結を迎えたのだった。
◆◆◆
サアラの希望で、俺――アルフレッドは、飛竜をモルゲン領主の屋敷へと飛ばせた。
「終わった後でいい。話を聞かせてくれ」
アンダードレス一枚だったサアラには、とりあえず俺のジャケットを羽織らせておいた。華奢な彼女に、俺のジャケットはまるで丈の長すぎるガウンだ。
「寒くないか?」
「…うん。ごめんな、上着取っちゃって」
申し訳なさそうに俺を見上げたサアラだが、不意に様子が変わる。カタカタと震えて、口を手で押さえ、身体をくの字に折り曲げる。
「フッ…くっ、」
「どうした?!おい」
飛竜を空中で停止させて、俺はサアラの顔を覗き込んだ。顔、真っ青だぞ。
「あ…ア、ル…その、」
空色の瞳を涙で潤ませ、サアラは蒼白な顔で言った。
「吐く」
短く宣言するや、飛竜から身を乗り出した彼女を俺は慌てて支えた。
「うえ~~~」
「……。」
なあ…。一つ聞きたいんだが。
おまえ、なんで生きた小アジを吐いてんだ??
モルゲン領主の屋敷に、銀色の小魚がピチピチしながら降り注ぐ。なんだコレ。
「まさか…踊り食いしたのか??」
言ってみて「ないな」と思った。生きた小アジを踊り食いとか、喉から血が噴き出すに決まっている。自殺行為だ。
「あ…」
思い出したのは、あの妙なスクイッグの言葉。
「副作用でヒキガエルでもって小アジだけど、コレ飲まないとマスターが…」
「副作用?!」
でもあのキノコ、「ヒキガエルでもって、」って言ってた。
「カエルも吐くのか…?!」
アルフレッドは、オヤジギャグを理解できない男であった。
◆◆◆
奪還した領主の屋敷。その主の部屋で、カリスタは沈痛な表情で目を閉じていた。
(恐らく…間に合わないわ)
既にウィリスのオフィーリアの元に、竜騎兵を飛ばしたが。
「ダライアス様…」
寝台に横たわる領主は、既に目を閉じていた。
ダライアス・フォン・モルゲン、戦死。
兵を鼓舞するため、先頭をきってモルゲン市街に攻めこんだダライアスは、身体の数ヵ所に矢を受け、落馬した。すぐに部下が救助したが、既に男爵の意識は朦朧としていた。カリスタたちの「勝った」という声も届いたかわからない。急ぎここに運びこんだが、そこで彼は力尽きた。
「お父様!」
乱暴にドアが開き、駆けこんできたオフィーリアと、彼女に続くようにサイラスとアルフレッドも入ってきて、眠る男爵の姿に言葉を失った。
「つい先ほど、男爵様は天に召されました」
震える声でカリスタは告げた。
「このことは、しばらく秘密にします…!」
鬼女の形相で、カリスタは言った。ベイリンに勝っても、肝心の領主が死んだとわかれば男爵家の血を引くのはオフィーリア――爵位を継げない娘のみ。このことが王国に知れれば、モルゲン男爵家は取り潰しになるだろう。秘匿するしかないのだ。
部屋に、痛いほどの沈黙が落ちて。
どれくらい時間が経ったろうか。
じっと亡くなった父を見つめていたオフィーリアが、ゆらりと立ちあがった。
「カリスタ、」
低い声は、何か決意でも固めたようで。紅玉の瞳が、何故かまっすぐサイラスを見つめた。
「今日、モルゲン男爵領は消滅します」
「!!」
一瞬、言葉を失ったカリスタの前で、オフィーリアはグイとサイラスを引き寄せ、自分の横に並ばせた。
「ペレアス王国モルゲン男爵領は消滅し、今、この瞬間より…」
顔を上げた彼女に、ふわふわした愛らしさは一片もなかった。あるのは、亡き父に通じる気迫――
「ペレアス王国より独立し、モルゲン・ウィリス王国とします…!!」
誰もが呆然としている。あのアルフレッドでさえ、ポカンと口を開けて呆けていた。カリスタもまた、唖然としつつも悟る。
(そうか…。ペレアス王国のルールでは、お嬢様は爵位を継げない。だから、独立して女王を名乗るつもり…)
あまりに途方もない提案だ。しかし、驚きの宣言は、まだ終わってはいなかった。
「今、私オフィーリア・フォン・モルゲンは、サイラス・ウィリスを夫とし、」
彼女の横にいたサイラスの目が大きく見開かれる。
「この混乱に乗じて、ベイリンを攻め落とします!!」
あの子に刺されて、目の前であの子が自害して。気がついたらアルが助けに来ていて。脱出して間もなくしてこうなった。
「モルゲンの勝利だ、サアラ」
「…うん」
私が何もできないでいるうちに、決着がついた。街の周りで相打ち合戦をやっている敵兵がまだ片づいていないだけだ。
「…さて」
アルが不毛な戦いに明け暮れるベイリン兵を見下ろした。
「アレを止めるか」
言うや、懐から羊皮紙の紙片を取り出した。懐かしい、『三枚の御札』もどき。
「頭から冷水浴びたら、バカやってるって気づくだろ」
アンデッドはいつの間にか姿を消している。そのことに彼らは気づいていないのだ。辺りには戦い続ける彼らと、何故か大量のピンクのウサギカチューシャが散乱していた。
「…手伝う」
飛竜で兵士たちの頭上に移動する。
「「《水よ…》」」
二人の声が重なる。
「「《我らが盾となれ》!!」」
宙を舞った紙片は、たちまち激流へと姿を変え、頭から大量の水を被った兵士たちは、ようやく自分たちを追っていたアンデッドが消えていることに気づいた。濡れ鼠になった彼らも、モルゲンに翻る旗に気づいたのだろう。多くの兵が武器を取り落とし、一拍後に次々にベイリンの方へと逃げ出した。
こうして、戦争はようやく終結を迎えたのだった。
◆◆◆
サアラの希望で、俺――アルフレッドは、飛竜をモルゲン領主の屋敷へと飛ばせた。
「終わった後でいい。話を聞かせてくれ」
アンダードレス一枚だったサアラには、とりあえず俺のジャケットを羽織らせておいた。華奢な彼女に、俺のジャケットはまるで丈の長すぎるガウンだ。
「寒くないか?」
「…うん。ごめんな、上着取っちゃって」
申し訳なさそうに俺を見上げたサアラだが、不意に様子が変わる。カタカタと震えて、口を手で押さえ、身体をくの字に折り曲げる。
「フッ…くっ、」
「どうした?!おい」
飛竜を空中で停止させて、俺はサアラの顔を覗き込んだ。顔、真っ青だぞ。
「あ…ア、ル…その、」
空色の瞳を涙で潤ませ、サアラは蒼白な顔で言った。
「吐く」
短く宣言するや、飛竜から身を乗り出した彼女を俺は慌てて支えた。
「うえ~~~」
「……。」
なあ…。一つ聞きたいんだが。
おまえ、なんで生きた小アジを吐いてんだ??
モルゲン領主の屋敷に、銀色の小魚がピチピチしながら降り注ぐ。なんだコレ。
「まさか…踊り食いしたのか??」
言ってみて「ないな」と思った。生きた小アジを踊り食いとか、喉から血が噴き出すに決まっている。自殺行為だ。
「あ…」
思い出したのは、あの妙なスクイッグの言葉。
「副作用でヒキガエルでもって小アジだけど、コレ飲まないとマスターが…」
「副作用?!」
でもあのキノコ、「ヒキガエルでもって、」って言ってた。
「カエルも吐くのか…?!」
アルフレッドは、オヤジギャグを理解できない男であった。
◆◆◆
奪還した領主の屋敷。その主の部屋で、カリスタは沈痛な表情で目を閉じていた。
(恐らく…間に合わないわ)
既にウィリスのオフィーリアの元に、竜騎兵を飛ばしたが。
「ダライアス様…」
寝台に横たわる領主は、既に目を閉じていた。
ダライアス・フォン・モルゲン、戦死。
兵を鼓舞するため、先頭をきってモルゲン市街に攻めこんだダライアスは、身体の数ヵ所に矢を受け、落馬した。すぐに部下が救助したが、既に男爵の意識は朦朧としていた。カリスタたちの「勝った」という声も届いたかわからない。急ぎここに運びこんだが、そこで彼は力尽きた。
「お父様!」
乱暴にドアが開き、駆けこんできたオフィーリアと、彼女に続くようにサイラスとアルフレッドも入ってきて、眠る男爵の姿に言葉を失った。
「つい先ほど、男爵様は天に召されました」
震える声でカリスタは告げた。
「このことは、しばらく秘密にします…!」
鬼女の形相で、カリスタは言った。ベイリンに勝っても、肝心の領主が死んだとわかれば男爵家の血を引くのはオフィーリア――爵位を継げない娘のみ。このことが王国に知れれば、モルゲン男爵家は取り潰しになるだろう。秘匿するしかないのだ。
部屋に、痛いほどの沈黙が落ちて。
どれくらい時間が経ったろうか。
じっと亡くなった父を見つめていたオフィーリアが、ゆらりと立ちあがった。
「カリスタ、」
低い声は、何か決意でも固めたようで。紅玉の瞳が、何故かまっすぐサイラスを見つめた。
「今日、モルゲン男爵領は消滅します」
「!!」
一瞬、言葉を失ったカリスタの前で、オフィーリアはグイとサイラスを引き寄せ、自分の横に並ばせた。
「ペレアス王国モルゲン男爵領は消滅し、今、この瞬間より…」
顔を上げた彼女に、ふわふわした愛らしさは一片もなかった。あるのは、亡き父に通じる気迫――
「ペレアス王国より独立し、モルゲン・ウィリス王国とします…!!」
誰もが呆然としている。あのアルフレッドでさえ、ポカンと口を開けて呆けていた。カリスタもまた、唖然としつつも悟る。
(そうか…。ペレアス王国のルールでは、お嬢様は爵位を継げない。だから、独立して女王を名乗るつもり…)
あまりに途方もない提案だ。しかし、驚きの宣言は、まだ終わってはいなかった。
「今、私オフィーリア・フォン・モルゲンは、サイラス・ウィリスを夫とし、」
彼女の横にいたサイラスの目が大きく見開かれる。
「この混乱に乗じて、ベイリンを攻め落とします!!」
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