RISE!~男装少女の異世界成り上がり譚~

た~にゃん

文字の大きさ
上 下
94 / 205
魔法学園編

93 消えた少年と王女様のお茶会

しおりを挟む
目を開けると、そこは寮の自室だった。
「アナベル様…!」
「…リア?」
私の手を握り、ルビーのような紅目を潤ませた友人――オフィーリア・フォン・モルゲンをぼんやりと見上げて。
「私…どうしたのでしょう」
まるで他人に起こった出来事のように、昨夜の記憶が脳裏を駆ける。夜会で、突然婚約破棄を突きつけられたかと思ったら、サイラスが脱ぎ始めて、国王から謝罪をと呼び出されてみれば森へ連れて行かれて――

「?!伏せろ!!ア…」

途切れた声。驚愕に見開かれた瞳。迸った紅は、誰のものだったか…。
「ロイ…様、は…?」
絶望的だと、わかってはいる。でも、聞かずにはいられなかった。彼は、アナベルを庇って…
「わかりません…」
しかし、返ってきた答は予想外に曖昧なものだった。わからないとはどういうことだろう。
「手の者を向かわせたのですが、既に王国騎士団と魔術師団が到着していて。現場を見ることができなかったのですわ。サイラスが…使い魔に調べさせようとしたのですけど、結界に阻まれた、と」
沈痛な面持ちでオフィーリアは俯いた。
聞けば、自分を救出しここに運んだのは駆けつけた王国騎士で、なぜあの場にアナベルがいたかについてはアルフレッドが上手く言い訳をしてくれたらしい。
「アナベル様は、体調を崩されて寮に戻られたのです。けれど、森の焔に驚いて護衛のロイ様と様子を見にいったところ、何故かあそこにいた王太子の魔力の暴走に巻きこまれた、と」
ああ…。アレはライオネルの魔力の暴走だったのか。
精神に異常を来すと、魔力の暴走を起こしやすい。ライオネルは光の聖女と名高い王妃の息子だ。保有する高い魔力が暴れた、ということか。
「サイラスと、アルフレッド様にお怪我は?」
「あの二人は無事でしたわ。使い魔たちも」
友人の答えに少しだけホッとして。
「もし叶えば。会って話を聞くことはできないかしら」

◆◆◆

「ロイの安否はわかっていない」
暗い面持ちで、アルが切りだした。
「王国騎士団には、俺の名で問い合わせたが。『いない』の一点張りだ。現場はまだ結界が張られている。魔物が暴れていて、手がつけられんらしい」
今のところ、アルが引き出した情報以上のことはわかっていない。いや、正確にはあの森の調査ができていないのだ。森と魔法学園を隔てるように張られた強固な結界の向こうでは、今もこの国の魔術師団と魔物との戦闘が続いているらしいから。
魔物が、どの魔物かもわからない。私たちの戦ったゴリラなヤツなのか、降って湧いたように出てきた強力なヤツなのか。恐らく、後者だろう。姿を見ていないけど、そいつが森を火の海にしたのだし。
「殿下はどうなったのでしょう」
寝間着にガウンを羽織ったアナベル様が青白い顔で問うてきた。
「アナベル様、ご無理をなさらず」
危うく魔獣のエサにされかけたどころか、私たちが離れている間にイカレた王子サマを相手取り、挙げ句ロイを目の前で喪ったのだ。寝込んだって、泣き暮らしたっておかしくないのに。心配そうな面々を、アナベル様は微かな笑んで制した。
「私は、知らなければ。いいえ、知りたいの」
アナベル様に目顔で促されて、アルが苦み走った顔で答えた。
「王国騎士が保護したと聞いている。それ以上の情報はないが…だが、奴が討ちとったのはどうやらグワルフ兵らしい」
「…グワルフ兵」
考えこむアナベル様。
「殿下は…」
青白い顔をさらに強張らせ、アナベル様はブルーグレーの瞳を曇らせた。
「私に言ったのです。『森をコソコソしていた者共の頭よ』、と」
私とアルは顔を見合わせた。私たちも魔物とやり合ってる時、まわりに多くの兵士がいたのを記憶している。私たちはてっきり王国兵だと思ったんだけどね。暗かったし、細かく観察するほど余裕もなかったけど、けっこうな人数だった。
今となっては確認のしようもない。でも、もしあれが、王国兵ではなくグワルフ兵だとしたら…彼らは何をしようとしていたのだろう。

◆◆◆

どうにも暗い雰囲気になってしまったので、話題を変えた。
「ところでアナベル様、第一王女サマってどんな方ですか?」
「イヴァンジェリン殿下?」
突然の話題転換に目をパチパチと瞬かせたものの、アナベル様はしばし視線を上にあげ、
「その…今は、変わった方としか」
と、言葉を濁した。
「今は…ってことは、前は違ったんですか?」
アナベル様が逡巡するように視線を泳がせる。
「殿下は、十二年前に大病をなさったのよ。それまでは、ごく普通の…というより、かなりの才媛と呼び声高かったわね」
代わりに答えてくれたのは、お嬢様。え?十二年前??赤ちゃんじゃね?それじゃ。
「その…小柄でいらっしゃるけど、殿下は私と一つしか違いませんわよ?」
と、いうことは年上?!嘘ォ?!
「ご本人に言ったらダメよ?」
いや、小柄過ぎでしょ?いくらなんでも。大病…なんだろう、キナ臭い。だって、あの子、頭は正常だよ?足元がちょっと覚束無くって、体力もなさそうだったけど。
「殿下がどうかしたの?サイラス」
怪訝な顔のお嬢様に、私は笑い返した。
「んー…『男』としてお誘いをいただきまして?」
約束の刻限は午後。今朝届けられた手紙には『うさパ』とデカデカと書かれ、その下に小さく私一人で来るように、と注意書きがあった。…『うさパ』って何だよ?またぬいぐるみをファイヤーするんですか??
「初耳だな。俺も同行する」
アルが招待状を奪い取って読み、「うさパ…?」と首を傾げた。

◆◆◆

一人で行くと言い張ったのに、結局アルは強引についてきた。私はいつもの男装…ただし、アルの謎の要望で、胸は潰さずそのままで。髪も後ろで縛ってはあるものの、リボンを結んで……要はパンツスタイルの女の子である。別に…いつもの男装でいいんじゃないかな?首を捻りながらも、どこか引き気味のメイドさんの案内で、王宮のイヴァンジェリン殿下の宮へ入った。
……。
……。
今のところ、フツーの宮殿だ。庭を彩る植栽が全部ウ〇コ型に整えてあったり、ブヨブヨに肥った豚や変顔した羊の置物が廊下のど真ん中にドヤァって鎮座していたり、どう見ても焼き鳥(※ネギマ)を模った謎の彫像が回廊に等間隔に置かれているのに目を瞑ればフツーだ。…うん。

やっぱ帰ろうかな…。頭痛いとか言って。

「こちらが殿下のお部屋でございます」
恭しくメイドさんが示した王女の居室の扉。

ドアノブが黒曜石のGだった。

「「「………。」」」

これをどーしろというのだね、王女サマよ。触覚までリアルに再現され、何か塗ってあるのかテカテカと輝く、特大G。メイドさんは、引き攣った顔で微動だにしない。…開けてくれる気はないようだ。
「ッ!失礼する、約束の『うさパ』に招待された者だが…」
アルが眉間を揉んだ後、その黒曜石製特大ゴ〇ブリをむんずと掴んだ。きゃああっ!アルフレッド様、カッコイイぃ!!……君はヒーローだ。後で手を洗ってね。
「いらっしゃー…ふおおぅ!アル君がなんでぇ?!」
ドアの向こうから、狼狽えまくる王女サマの声と、ガッシャーンと何か…音からして茶器じゃなくてタライが落ちたような耳障りな音が聞こえて、私は無意識に一歩下がったのだった。

◆◆◆

「んもぉ~!一人でって言ったのにぃ~」
ティーテーブルで、イヴァンジェリン殿下が膨れている。ちなみに、彼女の室内には、何らとち狂ったインテリアは無かった。本人曰く、あれらは『威嚇用』なのだそうだ。
「来客の九割は、この部屋に来る前に回れ右するよ」
「…なるほど」
特にドアノブはすっげぇ威力だったよ。
「ブライベート空間くらいは、快適にしたいじゃん?」
こくり、とお茶を飲んだイヴァンジェリン殿下は、アルにニコッとわざとらしく微笑むと、こう言った。
「じゃ、アル君。私たちはこれからで内緒話するから、お茶とお菓子を楽しんでてねぇ~」
「………は?」
うちゅうご?なんだそれ?、と首を傾げるアルをよそに、頻りに咳払いするイヴァンジェリン殿下。
「ンンッ!久しく使ってないから発音最悪だけど、イケるよね?」

『この世界のことは知ってる?』

おうっ!!日本語喋ったよ。やっぱ転生者だね。アルは…ポカーンとしている。
『前にゲームの世界だとか。知らない……ヨ?』
なんとか喋れた。アルは……もういいや、ごめん。お菓子食べて待ってて。
『単刀直入に言うよ。アルフレッドとは離れて。ノエルって女にも関わっちゃダメ。死ぬよ?』
転生王女サマの忠告に、私は思わず飲みかけたお茶を噴きそうになった。

アルと、一緒にいたら…死ぬ?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

処理中です...