RISE!~男装少女の異世界成り上がり譚~

た~にゃん

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魔法学園編

76 予期せぬ誤解から

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アルが挙動不審になった。
馬のハチを使い魔にした翌日から、様子がおかしい。いや、対私以外はフツーなんだ。いつものクールなアル、なんだけど…
「…アル?」
「い…いや、何でもない」
ちらちらと私の顔を盗み見ては、困ったように眉を下げたり、目を泳がせたり……。
「アル、私の顔に何かついてる?」
「は?何もついていないが?」
授業が終わった教室で。私が問えば、今度はきょとと目を瞬く。そんなアルに、つい苛々が口をついた。
「……アルは、私をどう思っているの、」
低い声で問うた。男装した私は、さぞ痛々しくてヘンテコなんでしょ?そんな女だか男だかわからない奴が横にいたら変な目で見られるとか……迷惑だとか、そう思ってるんじゃないの?
「…はっきり言ってよ」
別に…アルの傍にこだわってはいないんだ。君が私を不快に思うなら…
「おまえは…」
不意に大きな手が私の頬に触れた。
「ッ…!」
目の前には、言いしれぬ熱を宿した緑玉の双眸。骨張った指が、まるで毀れ物に触るように、私の目許に触れた。
「おまえは、どちらで在りたい?化粧を…したくはないのか?」
「え…アル?」
私が目を瞬いた、その時。
「帝国人の男が男色家とは…実に気色悪いと思わないか?」
侮蔑の声に、ハッと身を固くする。
「しかも下男と?手籠めにでもする気か?」
「嘆かわしい限りだな。帝国を支える者がコレでは…」
声は三人分。けれど、突き刺さる視線はそんなものじゃない。

私…、アルを落とすようなことを…

「お戯れを。ご冗談が過ぎますよ、男に化粧など」
割って入ったグレンさんが、無言で私に退場を促した。ここは大人しく従うべきだろう。これ以上アルを悪く言わせるわけにはいかない。私は軽く一礼して教室から立ち去った。

◆◆◆

しばらくアルには近づかない方がいいだろう。グレンさんに断って、私はしばらく暇をもらうことにした。
「せっかくの休み、たまには羽を伸ばしてきたらどうですか?」
王都のモルゲン邸の裏庭で、使い魔たちモフモフ(※レオだって毛むくじゃらだからモフモフに含めたっていいはずだ。え?暴論?)と戯れていると、ヴィクターからそんな提案をされた。
「いつ戻ってきてもいいように、服を持ってきてあります。今出してきますよ」
……私の服??あったっけ、そんなの。
怪訝な顔の私にヴィクターが差し出したのは、町娘風のワンピースとブラウス、編み上げブーツだった。え??
「モルゲンの露店で見つけて。可愛かったので買ってしまいました」
さも、「可愛かったから買っちゃった☆てへぺろ」と娘に言うママの如くヴィクターが言った。
「よく似合います。可愛いですよ」
着替えた私に満足げにニコニコするヴィクター。顔が完っっ全に『オカン』のそれ…。
「ありがとう、ヴィクター先生。じゃ…じゃあ、ちょっとだけ王都見物してこよっかな~」
え?ジャストフィットだったよ、この服。さすがヴィクターmyオカン…。

◆◆◆

王都でも魔法学園は郊外にあたる。少し先は長閑な田園地帯で、点々とお貴族様のお屋敷があるくらい。お店とかは、庶民向けの最低限なものしかない。よって私は、ハチに跨がりカポカポと王都中心街を目指すことにした。

そして。

「あら、サイラスさんじゃない?今日はお休み?」
魔法学園の従業員食堂でたまに話す間柄のメイドさんとばったり出くわした。
「へぇ~。そりゃ災難だったわねぇ」
成り行きで入ったカフェで。私の事情を聞いたメイドさん――黒髪垂れ目のアラサーのおねーさんで、私が普段男装していると知っている――は、同情するように眉を下げた。
「想像力逞しいお貴族様だよねぇ。むしろ、そーゆーこと言う奴の方が、頭の中いかがわしいことでいっぱいなんだっつーの!気にしない気にしない」
アルとのことはぼかして言った。そのまま言うと、マジでいかがわしく聞こえるからね。メイドさんも深くは聞いてこない。下手したら地雷だから、仕える家のことはお互いノータッチが暗黙の了解なのだ。
「ね、気になってたんだけどさぁ。使い魔ってどんなところで会うの?」
一転、わくわくと身を乗り出すメイドさん。私がレオやハチを従えているのは、メイドさんたちには周知の事実だ。現にハチはあの図体だし、レオみたいにステルスにはなれないし。目立つんだ。
「んー…レオは、アクシデント的に?ハチは私の故郷から来たみたい」
「おおっ!故郷にいるときからその魔物と仲がよかったの?」
「ううん。ヴィクター先生が乗ってきた馬がたまたま…」
ハチに関しては湖の意思を感じなくもないけど。私の曖昧な説明にメイドさんは目を輝かせた。
「いい~なぁ~!私、魔力ちょ~お低いからぁ。使い魔いると旅の道中とか心強いよねぇ」
今年で仕事辞めて田舎に行くからさぁ、と、メイドさんは目を細める。
「え?辞めるって…え、えっと…ご結婚を?」
びっくりする私に彼女は「やっだぁ~」とヒラヒラと手を振って否定する。
「そ~んな歳でもないし。王都って物騒でしょ?そりゃ便利だし、給金もいいけどねぇ。すぐ近くで戦争がしょっちゅうだと、ね…」
「あー…」
曰く、王都でキャリアを積んで給金を貯めたら、戦場から遠く離れた田舎か外国に越して職を探すつもりらしい。彼女の目は希望にきらきらしていた。
「いい職が見つかるといいですね」
私が言うと、
「ついでに旦那も見つけるわよっ」
メイドさんは茶目っ気たっぷりに付け加えた。
「ついでにって…」
「そ。好きなことやって『毎日たのしー!』って時は、人間輝いてるものよ。男だってふらっと来るわよ」
「…そうですね」
「そうそう!」

◆◆◆

メイドさんと別れて、私は王都をぶらぶらと歩いた。アルは「身体で払え」とか言った癖に律儀に給金をくれるので、庶民向けのちょっとしたものなら買える。
「毎日たのしー!、か…」
そう言えば、久しくそんな気分に浸っていないね。慌ただしかったし。ヴィクターの言うとおり、少しだけ自分を甘やかして楽しんでもいいかもしれない。
「ぃよっし!ポーションの材料買おう!」
ついでに市場調査!買い食い!気分を切り替えて、私は露店の多く集まる区画へと足を向けた。

そして二時間後。
私の両手は買い物の麻袋でいっぱいになっていた。レオの新しいリボンでしょー、ハチの馬具にィ、エリンギマンを見分けるのに便利な色違いの端布…他いろいろ。ポーションの材料は単位が大きくて買えなかったけど、薬種の専門店はとても楽しいところだったよ!
買い物してスカッとしたし、そろそろ帰ろうかな。荷物重いし。しかし、いくらも歩かないうちに…
「やあお嬢さん、重そうな荷物だね。ちょっと俺と休憩しない?」
……ナンパに捕まった。

◆◆◆

「帰りたいんで」
「そんなこと言わずにさぁ」
つれなくすれば諦めるだろうと思ったナンパ男は、存外しぶとかった。無視してすり抜けようとすれど、荷物が多すぎて上手くいかない。
「俺けっこうモテるんだけど、君ったら全然よろめいてくれないんだもの。追いたくなるよねぇ」
……知らん。つーか顔見たけどフツメンだったし。その自信はどこからくるのよ。
「もっと君と近づきたいな」
……私は離れたい。荷物重いし、早く帰りたいんで。
「ねぇ、こっち向いてよ」
……目で殺す、ができるなら見るけど?
しつこいナンパ男に壁ドンされた辺りから、私の苛々ゲージは急上昇。足疲れたし……雷撃喰らわせようか。
「ほら、お・い・で?」
うざったい吐息交じりの声にカチンときたとき。
「彼女から離れろ」
地を這う低い声に次いで、トン、と肩を抱き寄せられた。両脇に持った麻袋ががさりと音を立てる。
「え…」
声の主を見上げて、私は目を大きくした。だって…
「アル…」
緑玉の瞳を剣呑に細めて、ナンパ男を睨みつけていたのは、間違いなくアルその人だったから。どうしてここに…?
「き…君のいい人だったのかい?ハ…ハハハ、ざ、残念だなぁ」
ナンパ男が引き攣った顔で逃げていく。その背をアルは、しばらく突き刺すように睨んでいたが。
「大丈夫か?」
言い方はぶっきらぼうだけどこちらを気遣う顔が、昨日のアルに重なって不覚にも頬が熱を持つ。
「少し持とう。疲れたなら休むか?」
麻袋を半分取りあげられて、私は慌てて首を横に振った。ド庶民が公爵令息様に荷物持たせるとか、ダメでしょ。
「重いでしょ。私が…」
「いいから持たせておけ」
重い麻袋を軽々と抱えると、アルは戸惑う私を促して歩きだした。黙々と歩いて、中心街の喧噪が遠のいたところで、彼は足を止めた。
「その服、よく似合っている」
「!」
不意打ちの褒め言葉。戸惑う私に、アルは目許を和ませた。
「何を…急に、」
「前から思ってたんだ。おまえは在りたいのか。けど、今のおまえを見てわかった。その服装、好きなんだろう?」
言われて、己の姿を見下ろした。だって…中身は女だもん。君に好かれるかどうかはさておき、可愛いものは好きだし、お洒落だってしたいよ。人並みにはね。でも、どうしてアルがそんなことを聞くんだろう。
「ずっと…男と女、どちらがおまえにとって本意なのか考えていたんだ」
まっすぐ私を見つめてアルは言った。
「女の価値観をおまえは好まないようだったから、男の方が居やすいのかと思った。けど、身勝手にも俺はおまえに女で…『サアラ』であってほしくて…」
言い淀み、フッとアルは笑う。
「馬鹿だよな。『女』だとか『男』だとか…そんな『型』におまえが入るはずないのに。でも…」
緑玉の双眸がひたと私を見つめた。
「どうしようもないくらい…『サアラ』を好ましく思ってるんだ。もう…ずっと前から」
「ッ!」
限界まで目を見開いている自覚がある。だって……アルに『好ましい』と言われる――告白されるなんて。
「え…だ、だって……私、女らしさとか欠片もないよ?男装ってと…倒錯的で痛々しくて目に不快なんでしょ?もう…どうやっても仕草とかガサツなまんま、直らないし…」
いろんな感情がいっぺんに押し寄せてきた結果出てきたのは、言い訳みたいな言葉。
「それに…私、ド庶民だし」
公爵令息のアルとはどうやったって釣り合わない。不毛が過ぎるよ…。
自分で言って自分で落ちこんだ。阿呆か、私は。君に抱える想いが不毛だとわかっていたから…きっと無意識に距離を置いていたんだよ。あくまでもビジネスライクな関係と、自分に言い聞かせて。ふふ…。ロイのことを笑えないね。
「サアラ、」
呼ぶ声はどこまでも優しく。肩に触れた温もりが、そっと私を引き寄せた。
「おまえの心が知りたい。もし、俺が嫌なら思いっきり突き飛ばすといい」
私を抱きこんだまま、アルが言う。
「言っておくが、俺はサアラを倒錯的とも痛々しいとも目に不快とも思ってないぞ。どんな見てくれでも、俺は…おまえがいい」
なぜ…私が糠喜びするようなことを言うの?どう足掻いても手の届かないモノを見せつけるの?
「おまえの心が俺にあると、思っていいか?」
問いかける声は、熱を帯びて甘くて。
私の内にいる理性は「今なら引き返せる。突き飛ばせ」と言い、その一方で『私』が「彼をフッて後悔してもいいの?」と嗤う――でも、このままアルを受け入れても、その先にあるのは不毛な未来で…。思考は堂々めぐり。ぐずぐず迷っていると、私を囲う彼の腕が狭まった。

ここは、ひと思いに拒絶を…

後戻りができなくなる危険を察した理性が叫ぶ。
「アル…ダメ、だ」
やっとのことで絞り出した声は、情けないほど震えていて、胸を押し返そうとした手は、結局縋りつくように添えられたまま…。往生際も悪く、アルの言葉に甘えたがる私がいる。いつの間に、こんなに優柔不断になってしまったんだろう。ああ…溶けそうなほど身体が熱いよ…
「サアラ…」
拒絶しなきゃいけないのに。動けないでいると、アルの気配が近づいてきて…
「今はまだ…ここで止めておく」
低い呟きと共に、ぎゅっと瞑った目許に微かな温もりが落ちて、すぐに離れた。腕の囲いが解かれ、熱が遠のく。
それから――
気づくとモルゲン邸に帰ってきていた。アルとはどこで別れたのかさえ、記憶が朧気だ。買い物袋を開ける気にもならず、私は与えられた部屋のベッドに突っ伏した。
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