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魔法学園編

70 アルとメイドと業界用語

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真っ黒に成長してしまったアルに与えられた不法侵入者たちの身分は、彼の家来ということになった。正確には、ピアスの形をした監視の魔道具(※自分では取れない)をつけられ、クールな従者――グレンさんの指揮の下アルの手足となって働くことになった。
「身体で払えって言うから、てっきりラブシーンを期待したのになぁ」
と、懲りもせずセクハラ発言をかますクィンシーを私はジットリと睨んだ。
「残念だったな。身体で払う=タダ働きで」
素っ気なく返すも、クィンシーはニヤニヤする。
「けど、アル坊のヤツ、やらしい目でおまえを見てたぞ?」
「アンタの目には変態フィルターがかかってるからな」
言葉の応酬をしていると、『ご主人サマ』から声がかかった。
「サアラとジーナは俺と教室へ。他はグレンの指示に従ってくれ」
「……足がスースーする」
「なんか言ったか?」
「な…ナンデモアリマセン」
私が命じられたのはアルの専属メイドで、ジーナは護衛。ちなみにジーナはフリフリエプロンのメイド服が羨しかったらしく、自分のサイズがないことを悲しんでいた。彼女は現在、護衛として厳つい軍服のような出で立ちだ。普段コテをあてて入念に巻いている金髪は、当人曰く「ババ縛り」――なんの色気もなく紐で一つに括ることをこう言うらしい――にしてあり、黙っていればフツーのナイスマッチョ男性である。
「ねぇアル様ァ、ポケットにワンポイント的にレース縫いつけてぇ、制服カスタマイズしていいですかぁ?」
喋ると一発で乙女とバレるが。
そうこうする間に、教室にたどり着いた。
前世の学校とは印象が大きく異なる教室だ。まず、ただっ広い。大学の大教室くらいはある。そこに、椅子とテーブルが整然と並んでは……いない。点々バラバラに置かれた瀟洒な丸テーブルに、生徒用の小洒落た椅子が一脚。ぶっちゃけ教室というより、イメージ的にはカフェテリアが近い。テーブルの隣には、大きさもデザインもそれぞれなティーワゴンが鎮座し、その脇にはそれぞれの生徒のメイドや従者、護衛がぞろぞろと控えている――これがこの魔法学園での一般的な貴族子息子女の学び舎の風景で、生徒たちは召し使いたちが給仕する紅茶と軽食をつまみながら、優雅に授業を受けるのだとか。
ナニソレ!というか、こんだけ召し使い部外者がいたら、後ろのテーブルから黒板見えなくね?
と思ったら、入ってきた教師は教室のど真ん中に陣取った。黒板は使わないようだ。……なるほど。

◆◆◆

予想通りというか、真面目に(?)授業を受けている生徒は、全体の半分もいなかった。声高にお喋りこそしないものの、大半がペンを取ることなく、紅茶片手に教師の授業を『観賞』していた。前世の日本とは、えらい雰囲気の差である。何しに来てるのおまえら、と元『日本人』としては難癖つけたくなる。ちなみに、アルは真面目な顔で、授業とはまるで関係のないことをひたすら紙(※羊皮紙)に書いていた。
「あの教師は、テキストをひたすら読むだけだからな。他の勉強をやった方が生産的だ」
とは本人の言。そして、授業が終わると見るや途端にアルの周りには華やかなドレスを纏った少女たちが集まってきた。皆きっちり化粧をして……全員目がギラついている。
「アルフレッド様、よろしければお茶をご一緒しませんか?」
……君、授業中ずーっとお茶飲んでたよね。まだ飲むの?
「アルフレッド様、これから図書館で勉強をしませんか?私、代数がよくわからなくて。教えていただけないかしら?」
……この子、さっきの授業もずっと『観賞』して何もしてなかったね。勉強できるようになりたきゃ、人に聞く前に手を動かせ、本を読め。
「アルフレッド様、なかなか予約の取れない名店を押さえましたの。ご一緒に…」
授業ほっぽってご飯食べに行こうってか!?いいの?!
「……少ない方だ」
ボソリと、傍らにいる私にしか聞こえない声でアルが言った。そしてチラッと真横に立たせているジーナに一瞥を投げた。
あー……なるほど。あのナイスマッチョに怖れをなして、声をかけてくる令嬢が少なめだだったと。普段ならもっと寄ってくるのね?考えてみれば、アルは隣国の公爵家嫡男――超優良物件なのだ。令嬢方が目の色変えて寄ってくるのも肯ける。イケメンだしね。
「……苦労してんな」
こちらもアルにしか聞こえないように小声で返した。しかし、この時の私は知らなかったのだ。このあと降りかかる火の粉について。

◆◆◆

お貴族様に仕える召使いの世界――これも一種の『業界』と言えるだろう。そして、『業界』には当然『業界用語』、『隠語』というものがある。
「九番行ってきまーす」
「いってらっしゃーい」
九番=食事休憩である。ちなみに三番がお客様対応で、五番が外回りの用事、七番がゴミ捨て、十番が業務終了後直帰という意味である。スーパーマーケットか。
ともあれ、早速召使い用の食堂へ向か……わずに、私は少し離れたサロンへ走った。なんと魔法学園内に学生専用のサロンを配した建物があるのだ。贅沢!そしてそこには…
「いた!アナベル様っ!」
私の声と足音が聞こえたのか、濃紺のショールを羽織った背が振り返る。
「まあ!サイラス?!」
振り返り、目を見開くアナベル様に、私は開口一番こう言った。
「すみません!今、九番ってことになってるんで…」
「え?あらそう。わかったわ。でも大丈夫?」
一転、気遣わしげな表情を浮かべたアナベル様に、私はここに来た経緯をざっくり話す。え?どうして直接アナベル様に会いに来たかって?植物紙を全部使い切ってしまったからだよ。紙がなければ手紙は書けない。当然超高級品な羊皮紙なんか買えないし。だから、大急ぎでアナベル様に居場所と事情を話しにきたのだ。
「わかったわ。私からアルフレッド様に言って、できるだけ早く外に出られるように手配するわね。大丈夫。心配しないでいってらっしゃいな」
アナベル様はお優しい方だ。貴族のマナーもなにもないド庶民の突然の来訪にも目くじらを立てず、心配そうに眉を下げて、私の背中を押してくれた。

駆け去っていくサイラスの背中を見送るアナベルの元に、彼女に仕える侍女が戻ってきた。その手には、一輪の向日葵を持っている。つい先ほど主を想う少年に押しつけられたものだ。
「いかがなさいましたか?」
主の表情を読み取り、侍女ははてと首を傾げた。
「彼女の主がね、九番だっていうのよ。さすがに心配よね…」
侍女の手にある向日葵に、微かに表情を緩めたものの、アナベルは心配そうに眉を下げた。
「九番……『のっぴきならない事情で今厠から出られない』、でしたか。それは…確かに心配でございますね」
彼女の主は栄えあるメドラウド公爵令息……何があった?!食あたりか?
サイラスも、アナベルさえもあずかり知らぬことだったが、この『業界用語』は家によって意味が違う。
「その…知ってしまったからには、お見舞いのお手紙を出した方がいいかしら?」
向日葵を受け取り、悩ましげにアナベルは侍女に問いかけた。侍女は、「…そうですね」と答えたものの、難しい顔をした。
「ねぇ…そちら方面の事情を、なんて書けばいいと思う?直接は、その…」
なにせ『業界用語』、『隠語』とは、直接言うのが憚られることを伝えるために生まれた知恵なのだ。手紙に具体的に書きおこすのは、難度が高いというものだ。
(私は王太子妃となるのよ?この程度の問題でつまづいて、将来国を引っぱっていけるの?)
答は否やだ。
「……やってみせますわ。例え事情が九番でも完璧なお見舞い状を書いて見せますとも!紙を用意して頂戴!」
こうして、未来の王太子妃は自室でそれこそ九番よろしくウンウン唸りながら、頓珍漢なお見舞い状を書くことになる。

◆◆◆

騎士学校と違って、魔法学園は召し使い用賄いでもほっぺが落ちるほど美味しかった。さすがはやんごとなきお貴族様の学校!満足して、アルのもとへ戻ろうと中庭を横切ろうとしたときだ。
「あなた、アルフレッド様のメイドね」
キンキンした声に振り返ると、そこにはほんの少し前にアルを予約の取れない名店ご飯に誘った子が仁王立ちしていた。私が振り返ると、彼女は重そうなバーガンディのドレスをゆっさゆっさと揺らしながら近づいてきて、ふんぞり返ってこう言った。
「アルフレッド様に取り次ぎなさい」
「主への御用向きをお伺いしても?」
私まだ休憩中なんだけどな~。それでもとりあえず、ご用とやらを聞いてみた。
「下女が生意気な口答えするものではないわ。私は取り次ぎなさいと言っているの。わかるでしょう?九番よ」
つまり問答無用で会わせろと。あと九番は食事休憩中の私のことかな?でも、用も言わない怪しいご令嬢をアルに取り次ぐわけにはいかない。絶対面倒くさいことになるもん。
「主より、貴女様と約束があるとは伺っておりません。申し訳ございませんが、主より言いつけがございますので、これにて失礼いたします」
慇懃に頭を下げて、私はさっさと歩きだそうとした。
「待ちなさい!」
ガシッと手を摑まれた。意外と瞬発力がお有りのようだ。
「私の命令が聞けないというの?九番と言ったでしょ?!」
まなじりを吊り上げて、真っ赤な顔で睨みつけてくるご令嬢。だから、なんで九番食事休憩の私にこだわるの?
「ええ。私の主はアルフレッド様であり、貴女様ではございませんので」
涼しい顔で返す私。流れるようにご令嬢の手を腕から外すと、素早く身を翻して今度こそ足早に中庭から立ち去った。後方からキンキンした声で令嬢が発するとは思えない罵詈雑言と「九番ー!!」という叫びが聞こえてきたが、無視した。

……と、そのご令嬢とはそれっきりになったつもりだった。しかし…

「アルフレッド様に取り次ぎなさい。九番よ!」
ド根性でもお持ちなのか、単に諦めが悪いのか、もしくはよほどヒマなのか、かのご令嬢は毎日のように私に絡んで来るようになった。ちなみに、ご令嬢はお名前をスカーレット様と言って、伯爵令嬢らしい。王妃派貴族で、政治的にもメドラウドとはなんの繋がりもない家だ。つまり、無視しても問題ない。
今日も今日とて、スカーレット様はゆっさゆっさと無駄に重そうなドレスを揺らしてやってきた。やっぱド根性か。
「アルフレッド様に取り次ぎなさい。九番よ!」
「お断りいたします」
ほぼ私のストーカーと化したスカーレット様。さすがに従業員エリアまで乗り込んでは来ないが、私が一人の時を狙ってしゃしゃり出ては、お決まりの「取り次ぎなさい、九番!」の台詞を吐く。……というか、私に「取り次げ」と言っても断るに決まっているのだから、他の手段を考えればいいのに。残念なお方である。
もうすぐ休憩時間が終わる。さっさと戻りたいのだが…。私はチラッと、アルが待つ建物に目をやった。令嬢ホイホイなアルは、いつも建物の最上階――屋上で寛いでいるのだ。重いドレスを着て、螺旋階段を五階プラスアルファ上れる強者令嬢などそうはいない。というか、まず階段の入口で無駄に幅広なドレスが引っかかって無理だろう。中世ヨーロッパよろしく、この世界のドレスは内部にパニエ(※木製の骨組み)が入っているのだ。
「そこの屋上にアルフレッド様がいらっしゃるのね。優しい私は、物わかりの悪い貴女のためにわざわざここまで来てさしあげたのよ?さあ、九番よ!」
心なしかフウフウ言いながら、スカーレット様が言った。そういや、日に日に絡まれる地点がこの建物に近づいてきたような……。けど、ここまで来たら、自分で行けばいいじゃん?ドレス姿でもカニ歩きすれば、ギリギリ階段は上れるし。ジト目の私に、スカーレット様はよほど苛立ちを刺激されたのか、真っ赤な顔でブルブルと身を震わせ…
「だ・か・ら!!九番!!あああ!察しの悪い娘ね!九番っていうのは、『姫を担いで目的地まで運べ』って言うのがわからないのー!!!」
「はいぃ?!」
ブチ切れたスカーレット様の絶叫が、魔法学園にこだました。
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