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騎士学校編
60 断罪の夜会【前編】
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「その男から離れて下さい!お嬢様!!」
突如として響き渡った警告の声に、部屋に緊張が走った。刃物――武骨な短刀を構えた侍女は…
「この!ニセモノめが!!」
お嬢様と対峙するクィンシー……ではなく、後ろにいた私に斬りかかってきた。
え?私?!クィンシーじゃなくて?!
「…ッ!」
ガキッ、と硬質な音が響く。誕生日にもらった短刀がこんなところで役に立つなんてね。アルやフィルさんにつけてもらった護身術が活きている。二度目に振り下ろされた短刀を己のそれではじき飛ばして、私は、勢いのまま懐に飛びこんできた侍女の腕をねじり上げて床に押さえつけた。チラリと後ろを見れば、クィンシーは庇うフリをしてちゃっかりとアナベル様を抱きしめて堪能し、それをロイが射殺さんばかりに睨んでいた。ロイ……惚れたか。恋かぁ~。いや~、青春だなぁ…
「放せ曲者が!お嬢様!コイツはサイラス・ウィリスではありません!真っ赤なニセモノです!」
現実逃避していたら、私に押さえつけられた侍女が金切り声をあげた。何言ってんのよ、この子。正真正銘、サイラス・ウィリス本人ですが?
「サイラス・ウィリスは男性!そいつは女です!」
……おっと。そうきたか。
背後でざわめく気配がする。と、その時…
「失礼する!今侍女殿が刃物を持って…え!?」
部屋に慌てた様子の『本物』たちが駆けこんできた。
◆◆◆
「あなたは間違いなくサイラス・ウィリス。確認させましたし…」
取り乱した侍女を退出させて。私は改めてアナベル様と向かい合うことになった。
「青いリボンをつけた蛾の使い魔を従えているわ」
「ギギッ」
ステルスなレオには、証明のため姿を現してもらったけど…アナベル様、顔が引き攣っていらっしゃる。やっぱり虫は苦手なようだ。
「けれど、声は男性よ?」
不思議そうに首を傾げるアナベル様だが、
「レナード……いや、サイラス…?は、間違いなく女性です。彼女が他の男共と一緒にいると聞いて、いてもたってもいられなかったんだ。すまない…」
ネイサン――侍女が襲ってきたのは彼のカミングアウトが引き金らしい――が、眉を下げた。彼の様子から、あくまでも善意でバラしたんだろう。女性とわかってなお騎士学校に戻すのか…と、彼としては訴えたかったらしい。
「どういうことかしら…」
……はぁ。
バラせたら楽だけど、そうもいかない。アナベル様はオフィーリアお嬢様、ひいてはダライアスに繋がっているから。それに、彼女が性別を秘密にしてくれる保障もないしね。
「俺は正真正銘、サイラス・ウィリスですよ。それ以外の名はありませんし、家督の都合上、そうでなくてはいけませんから」
……こう言うのが精一杯だ。けれど、アナベル様は私の言わんとすることを察して下さったようだ。
「まあ…女性ながら男性として生きているの?」
驚きに目を瞬いた後、彼女は蕩けるような笑みを浮かべた。
「羨ましい…」
「…え?」
ポカンとしてしまう。いや、まさか「羨ましい」なんて言われると思わなかったから。
「女は損な生き物ですわ。いずれは国母として王を支えよと、教養だけはつめ込まれるのに、そのくせ何一つ政に決定権はないの。王の意思が私の意思。意見することすら許されない……ただ支え、王家の血を継ぐ王子を生むのが役目…」
ぽろぽろとこぼれるように言葉を紡ぐと、アナベル様は寂しげに微笑んだ。
「本当にあなたが羨ましいわ」
◆◆◆
爆発のあった日から三日後。
故郷へ帰りたいという数人を除いた少年たちは、公爵家の用意した馬車に乗り込んだ。しかし向かうのは騎士学校ではない。王宮だ。今夜、国王主催の国中の貴族を集めた盛大な夜会が開かれるらしい。公爵家からは、既に騎士学校側に抗議と説明を求める書状を送っているが、反応はない。よって、公衆の面前で断罪を、という運びになったんだとか。
「公爵家の威信にかけて、無視されて黙っているわけにはいかないわ。無礼者は相応の報いを受けなければならないわ。王妃派を牽制するためにも、ね?」
とは、アナベル様の言。
ちなみに、故郷へ帰った身代わりについては、以下のような方便を使うことになっている。
爆発で大怪我を負い、未だ公爵家で療養している。
これなら『本物』が死んだことにはされないし、また、公爵家側としては身代わりを立てた家に対して貸しを作ることができる。イントゥリーグ伯爵のように、非道な方法で身代わりを調達した貴族については、公爵家が適度にシメてくれるらしい。
「な…なぁ。さささ…サイラス」
「ん?」
向かいの席でめちゃくちゃ噛んでるネイサンに目をやる。緊張しているのか、顔が真っ赤だ。
「そ、そそ…その…き、綺麗だ」
言われて私は纏う服――淡い水色のシフォンドレスに目をやった。
「はは。馬子にも衣装、だろ?」
実は私、女装している。いや、女が女装ってのも変か。アナベル様が「騎士学校が女性も動員したと国中の貴族の前でバラしてあげますの!」とか鼻息荒く言いだしたのがきっかけである。…なんとなくだけど、アナベル様が単に私の女装を見てみたかったってだけな気もする。すっごい気合い入れて、あれこれ指示出ししてたもんねぇ…。
私、庶民なのにアナベル様と一緒に異世界風エステ(?)まで受けて――さすが魔法アリな異世界だけあってスペクタクルなエステだった。ただ、その…身体に刷り込まれたクリームというかスパイスとか、且つ血行をよくするためだと簀巻きにされた上から紐で縛られ、背中の上で火が踊る…エステを受けている、というよりローストビーフになった……ゴッホゴッホ、カルチャーショックだったよ。アナベル様とたくさんお話できたのは、とても楽しかったけどね。
「そうさ!実にあの女はセンスがない。露出が足り…おあぁぁ!おい!ぐりぐりするなっ!」
…ヒールって素晴らしいよね。
「なんか…落ち着かないな」
数少なくなった身代わり仲間のフリッツが言った。彼も夜会に乗り込むにあたって、最低限の礼装をさせられている。
「大丈夫だって。聞かれたことに答えるだけの簡単なお仕事だ」
力抜いていこうぜ、と、『本物』のアレックスがフリッツの背を叩く。
「ねぇ…本当に戻るの?その……レナードに」
「ああ。だってレオがいないとアナベル様と文通できないじゃん?」
「…まあ、そうだけど」
言い淀むのは、また別の『本物』君。
「だぁいじょうぶだって!こんな格好しなきゃバレないよ」
この夜会限りで、俺は男に戻るからな!と言えば、彼は何とも言えない表情をした。
◆◆◆
夜会の会場たる王宮に到着すると、私たちは待ち受けていたニミュエ公爵派の役人さん方の誘導で、他の招待客とは別の通路を通り、控室らしき一室に入れられた。この一室…というか建物は、代々の王太子妃の住まう宮なのだとか。ネイサン曰く、王宮には国王をはじめ、王族一人一人に小宮殿が割り当てられているらしい。それらの宮に囲まれるように、政を行うエリア――議会場や玉座の間などが入った建物があり、王家主催の夜会もその中の大広間で行われるのだという。
「王宮主催の夜会だと、まず王族方の挨拶があって、王族によるファーストダンス、それから後はフツーの夜会だと同じだな。飲み食いしながら、各自ダンスとかして歓談する」
「へえ~」
ロイの説明に相槌を打つ。彼は『本物』のロイの従者をしていたらしい。夜会とかにも『本物』のお供で度々出席したらしく、その辺りのことをよく知っていた。
三十分後…。
暇だ。
こっそり大広間をのぞいてきたロイによると、まだ国王陛下の長ったらしい話が続いているらしい。『本物』の皆さんに挨拶のやり方やらを教えてもらって、さらに絵画の裏の秘密の窪み――緊急避難用――だとか、隣の部屋の様子を窺う覗き穴なんかを片っ端から探し、さらに、王宮の名画『モナ・ヒザ』の膝毛が夜な夜な伸びる怪談で盛り上がって時間を潰したけど、さすがに手持ち無沙汰になってきた。
「おいっ!見ろよ、美少女だ!!」
覗き穴から意味もなく隣の部屋をのぞき見していたフリッツが興奮した様子で囁いた。俺も俺もと覗き穴に群がる少年たち。食い入るように覗きながらも、どうしてかチラッ、チラッ、とこっちを振り返る。何よ、その目は。
「かわいい系」
「クール系」
「胸は互角」
……おい。どこ見てんのよ。
「なあ…。ここ、王太子妃…ニミュエ公爵令嬢の宮だよな?」
低い問いかけに振り返ると、壁にもたれる形でロイが隣の部屋を睨んでいる。
「隣の部屋…内装の豪華さからしてアナベル様の控室のはずだろ?そこに別の女がいる。おかしいと思わないか?」
「見せて!」
すぐさま駆け寄ってきたネイサンが、美少女とやらの顔を確認して眉をひそめた。
「……仮面をつけてるけど、あの特徴的な髪色はベイリン男爵の娘だね。一緒にいるのは、王妃様の側近のヴァンサンじゃないか。どういうことだよ?」
「ヴァンサン、だと?」
クィンシーが表情を険しくする。ヴァンサンって確か、魔術師で騎士学校の学園長だったよね?しかも一緒にいるのはベイリンの娘。どういう関係?なんで王太子妃の控室にいるんだろう?
「ネイサン、アナベルはひょっとしてこの間の爆発以来、社交の場に出ていないのか?」
クィンシーが問う。
「あ…ああ。公爵邸を襲撃した貴族の尻尾を掴むためだって…え?クィンシー?!」
「絶対に、ここを出るなよ?」
目を瞬くネイサンに言い置いて、クィンシーが足早に部屋を出ていく。無言でロイも追いかけていった。直後、隣の部屋に嵐のような風が巻きおこった。銀朱の髪を抑えて悲鳴をあげる少女と、警戒を露わに空間を睨むローブの男。「何者だ!」とでも叫んでいるのだろうか。やがて風が収まると同時に、ガラスの割れるような音を耳が拾った。次いで、「侵入者だ!」と叫ぶ声も。ローブの男が少女を促し、急いで部屋を飛び出していった。ややあって、廊下が騒がしくなった。
「アイツら、何を…?」
ネイサンが呆然と呟いた。彼らはまだ戻ってこない。
◆◆◆
一方、夜会自体は今のところ何の問題もなく続いていた。国王陛下の長い口上が終わり、王族によるファーストダンスが始まる。はじめに国王夫妻が踊り、その後に王子王女が婚約者と踊るのが習わしだ。ゆったりとしたワルツを踊った国王夫妻の後に、第一王子と婚約者であるニミュエ公爵令嬢が踊る――はずなのだが、第一王子はいるのに、いっこうにパートナー、ニミュエ公爵令嬢が姿を現さない。ざわめき始めた会場を前に、王妃が静かに壇上に上がり、見事なカーテシーを披露した。会場は水を打ったように静まり返った。
「皆様にお伝えせねばならないことがございます。この度、第一王子の婚約者たるニミュエ公爵家で大変痛ましい事故が起きました」
苦悩を滲ませた表情で、王妃が招待客らを見渡した。
「騎士学校の生徒が、学外での実習中に魔道具の使用法を誤り、公爵邸の近くで火災を起こしてしまったのです」
招待客らが息を呑む。そういえば、婚約者であるニミュエ公爵令嬢の姿を見ていないと気づいたからだ。
「どうか、今宵この場に来られぬ事情をお察し下さい。王妃として、この災禍を大変遺憾に思います。」
苦渋の声で王妃は今一度、静かに壇上で礼を取った。そして、王子のパートナーは、今宵限り別の令嬢が務めるとも説明した。王妃が指し示した扉に、招待客らの視線が集中する。いったい王子のパートナーに誰を宛がったのか。期待と不安の眼差しがその扉に注がれる。
しかし。
待てども待てども、件の令嬢は登場しない。ざわつきはじめた会場に、さすがの王妃も片眉をあげ、怪訝な顔をした。
突如として響き渡った警告の声に、部屋に緊張が走った。刃物――武骨な短刀を構えた侍女は…
「この!ニセモノめが!!」
お嬢様と対峙するクィンシー……ではなく、後ろにいた私に斬りかかってきた。
え?私?!クィンシーじゃなくて?!
「…ッ!」
ガキッ、と硬質な音が響く。誕生日にもらった短刀がこんなところで役に立つなんてね。アルやフィルさんにつけてもらった護身術が活きている。二度目に振り下ろされた短刀を己のそれではじき飛ばして、私は、勢いのまま懐に飛びこんできた侍女の腕をねじり上げて床に押さえつけた。チラリと後ろを見れば、クィンシーは庇うフリをしてちゃっかりとアナベル様を抱きしめて堪能し、それをロイが射殺さんばかりに睨んでいた。ロイ……惚れたか。恋かぁ~。いや~、青春だなぁ…
「放せ曲者が!お嬢様!コイツはサイラス・ウィリスではありません!真っ赤なニセモノです!」
現実逃避していたら、私に押さえつけられた侍女が金切り声をあげた。何言ってんのよ、この子。正真正銘、サイラス・ウィリス本人ですが?
「サイラス・ウィリスは男性!そいつは女です!」
……おっと。そうきたか。
背後でざわめく気配がする。と、その時…
「失礼する!今侍女殿が刃物を持って…え!?」
部屋に慌てた様子の『本物』たちが駆けこんできた。
◆◆◆
「あなたは間違いなくサイラス・ウィリス。確認させましたし…」
取り乱した侍女を退出させて。私は改めてアナベル様と向かい合うことになった。
「青いリボンをつけた蛾の使い魔を従えているわ」
「ギギッ」
ステルスなレオには、証明のため姿を現してもらったけど…アナベル様、顔が引き攣っていらっしゃる。やっぱり虫は苦手なようだ。
「けれど、声は男性よ?」
不思議そうに首を傾げるアナベル様だが、
「レナード……いや、サイラス…?は、間違いなく女性です。彼女が他の男共と一緒にいると聞いて、いてもたってもいられなかったんだ。すまない…」
ネイサン――侍女が襲ってきたのは彼のカミングアウトが引き金らしい――が、眉を下げた。彼の様子から、あくまでも善意でバラしたんだろう。女性とわかってなお騎士学校に戻すのか…と、彼としては訴えたかったらしい。
「どういうことかしら…」
……はぁ。
バラせたら楽だけど、そうもいかない。アナベル様はオフィーリアお嬢様、ひいてはダライアスに繋がっているから。それに、彼女が性別を秘密にしてくれる保障もないしね。
「俺は正真正銘、サイラス・ウィリスですよ。それ以外の名はありませんし、家督の都合上、そうでなくてはいけませんから」
……こう言うのが精一杯だ。けれど、アナベル様は私の言わんとすることを察して下さったようだ。
「まあ…女性ながら男性として生きているの?」
驚きに目を瞬いた後、彼女は蕩けるような笑みを浮かべた。
「羨ましい…」
「…え?」
ポカンとしてしまう。いや、まさか「羨ましい」なんて言われると思わなかったから。
「女は損な生き物ですわ。いずれは国母として王を支えよと、教養だけはつめ込まれるのに、そのくせ何一つ政に決定権はないの。王の意思が私の意思。意見することすら許されない……ただ支え、王家の血を継ぐ王子を生むのが役目…」
ぽろぽろとこぼれるように言葉を紡ぐと、アナベル様は寂しげに微笑んだ。
「本当にあなたが羨ましいわ」
◆◆◆
爆発のあった日から三日後。
故郷へ帰りたいという数人を除いた少年たちは、公爵家の用意した馬車に乗り込んだ。しかし向かうのは騎士学校ではない。王宮だ。今夜、国王主催の国中の貴族を集めた盛大な夜会が開かれるらしい。公爵家からは、既に騎士学校側に抗議と説明を求める書状を送っているが、反応はない。よって、公衆の面前で断罪を、という運びになったんだとか。
「公爵家の威信にかけて、無視されて黙っているわけにはいかないわ。無礼者は相応の報いを受けなければならないわ。王妃派を牽制するためにも、ね?」
とは、アナベル様の言。
ちなみに、故郷へ帰った身代わりについては、以下のような方便を使うことになっている。
爆発で大怪我を負い、未だ公爵家で療養している。
これなら『本物』が死んだことにはされないし、また、公爵家側としては身代わりを立てた家に対して貸しを作ることができる。イントゥリーグ伯爵のように、非道な方法で身代わりを調達した貴族については、公爵家が適度にシメてくれるらしい。
「な…なぁ。さささ…サイラス」
「ん?」
向かいの席でめちゃくちゃ噛んでるネイサンに目をやる。緊張しているのか、顔が真っ赤だ。
「そ、そそ…その…き、綺麗だ」
言われて私は纏う服――淡い水色のシフォンドレスに目をやった。
「はは。馬子にも衣装、だろ?」
実は私、女装している。いや、女が女装ってのも変か。アナベル様が「騎士学校が女性も動員したと国中の貴族の前でバラしてあげますの!」とか鼻息荒く言いだしたのがきっかけである。…なんとなくだけど、アナベル様が単に私の女装を見てみたかったってだけな気もする。すっごい気合い入れて、あれこれ指示出ししてたもんねぇ…。
私、庶民なのにアナベル様と一緒に異世界風エステ(?)まで受けて――さすが魔法アリな異世界だけあってスペクタクルなエステだった。ただ、その…身体に刷り込まれたクリームというかスパイスとか、且つ血行をよくするためだと簀巻きにされた上から紐で縛られ、背中の上で火が踊る…エステを受けている、というよりローストビーフになった……ゴッホゴッホ、カルチャーショックだったよ。アナベル様とたくさんお話できたのは、とても楽しかったけどね。
「そうさ!実にあの女はセンスがない。露出が足り…おあぁぁ!おい!ぐりぐりするなっ!」
…ヒールって素晴らしいよね。
「なんか…落ち着かないな」
数少なくなった身代わり仲間のフリッツが言った。彼も夜会に乗り込むにあたって、最低限の礼装をさせられている。
「大丈夫だって。聞かれたことに答えるだけの簡単なお仕事だ」
力抜いていこうぜ、と、『本物』のアレックスがフリッツの背を叩く。
「ねぇ…本当に戻るの?その……レナードに」
「ああ。だってレオがいないとアナベル様と文通できないじゃん?」
「…まあ、そうだけど」
言い淀むのは、また別の『本物』君。
「だぁいじょうぶだって!こんな格好しなきゃバレないよ」
この夜会限りで、俺は男に戻るからな!と言えば、彼は何とも言えない表情をした。
◆◆◆
夜会の会場たる王宮に到着すると、私たちは待ち受けていたニミュエ公爵派の役人さん方の誘導で、他の招待客とは別の通路を通り、控室らしき一室に入れられた。この一室…というか建物は、代々の王太子妃の住まう宮なのだとか。ネイサン曰く、王宮には国王をはじめ、王族一人一人に小宮殿が割り当てられているらしい。それらの宮に囲まれるように、政を行うエリア――議会場や玉座の間などが入った建物があり、王家主催の夜会もその中の大広間で行われるのだという。
「王宮主催の夜会だと、まず王族方の挨拶があって、王族によるファーストダンス、それから後はフツーの夜会だと同じだな。飲み食いしながら、各自ダンスとかして歓談する」
「へえ~」
ロイの説明に相槌を打つ。彼は『本物』のロイの従者をしていたらしい。夜会とかにも『本物』のお供で度々出席したらしく、その辺りのことをよく知っていた。
三十分後…。
暇だ。
こっそり大広間をのぞいてきたロイによると、まだ国王陛下の長ったらしい話が続いているらしい。『本物』の皆さんに挨拶のやり方やらを教えてもらって、さらに絵画の裏の秘密の窪み――緊急避難用――だとか、隣の部屋の様子を窺う覗き穴なんかを片っ端から探し、さらに、王宮の名画『モナ・ヒザ』の膝毛が夜な夜な伸びる怪談で盛り上がって時間を潰したけど、さすがに手持ち無沙汰になってきた。
「おいっ!見ろよ、美少女だ!!」
覗き穴から意味もなく隣の部屋をのぞき見していたフリッツが興奮した様子で囁いた。俺も俺もと覗き穴に群がる少年たち。食い入るように覗きながらも、どうしてかチラッ、チラッ、とこっちを振り返る。何よ、その目は。
「かわいい系」
「クール系」
「胸は互角」
……おい。どこ見てんのよ。
「なあ…。ここ、王太子妃…ニミュエ公爵令嬢の宮だよな?」
低い問いかけに振り返ると、壁にもたれる形でロイが隣の部屋を睨んでいる。
「隣の部屋…内装の豪華さからしてアナベル様の控室のはずだろ?そこに別の女がいる。おかしいと思わないか?」
「見せて!」
すぐさま駆け寄ってきたネイサンが、美少女とやらの顔を確認して眉をひそめた。
「……仮面をつけてるけど、あの特徴的な髪色はベイリン男爵の娘だね。一緒にいるのは、王妃様の側近のヴァンサンじゃないか。どういうことだよ?」
「ヴァンサン、だと?」
クィンシーが表情を険しくする。ヴァンサンって確か、魔術師で騎士学校の学園長だったよね?しかも一緒にいるのはベイリンの娘。どういう関係?なんで王太子妃の控室にいるんだろう?
「ネイサン、アナベルはひょっとしてこの間の爆発以来、社交の場に出ていないのか?」
クィンシーが問う。
「あ…ああ。公爵邸を襲撃した貴族の尻尾を掴むためだって…え?クィンシー?!」
「絶対に、ここを出るなよ?」
目を瞬くネイサンに言い置いて、クィンシーが足早に部屋を出ていく。無言でロイも追いかけていった。直後、隣の部屋に嵐のような風が巻きおこった。銀朱の髪を抑えて悲鳴をあげる少女と、警戒を露わに空間を睨むローブの男。「何者だ!」とでも叫んでいるのだろうか。やがて風が収まると同時に、ガラスの割れるような音を耳が拾った。次いで、「侵入者だ!」と叫ぶ声も。ローブの男が少女を促し、急いで部屋を飛び出していった。ややあって、廊下が騒がしくなった。
「アイツら、何を…?」
ネイサンが呆然と呟いた。彼らはまだ戻ってこない。
◆◆◆
一方、夜会自体は今のところ何の問題もなく続いていた。国王陛下の長い口上が終わり、王族によるファーストダンスが始まる。はじめに国王夫妻が踊り、その後に王子王女が婚約者と踊るのが習わしだ。ゆったりとしたワルツを踊った国王夫妻の後に、第一王子と婚約者であるニミュエ公爵令嬢が踊る――はずなのだが、第一王子はいるのに、いっこうにパートナー、ニミュエ公爵令嬢が姿を現さない。ざわめき始めた会場を前に、王妃が静かに壇上に上がり、見事なカーテシーを披露した。会場は水を打ったように静まり返った。
「皆様にお伝えせねばならないことがございます。この度、第一王子の婚約者たるニミュエ公爵家で大変痛ましい事故が起きました」
苦悩を滲ませた表情で、王妃が招待客らを見渡した。
「騎士学校の生徒が、学外での実習中に魔道具の使用法を誤り、公爵邸の近くで火災を起こしてしまったのです」
招待客らが息を呑む。そういえば、婚約者であるニミュエ公爵令嬢の姿を見ていないと気づいたからだ。
「どうか、今宵この場に来られぬ事情をお察し下さい。王妃として、この災禍を大変遺憾に思います。」
苦渋の声で王妃は今一度、静かに壇上で礼を取った。そして、王子のパートナーは、今宵限り別の令嬢が務めるとも説明した。王妃が指し示した扉に、招待客らの視線が集中する。いったい王子のパートナーに誰を宛がったのか。期待と不安の眼差しがその扉に注がれる。
しかし。
待てども待てども、件の令嬢は登場しない。ざわつきはじめた会場に、さすがの王妃も片眉をあげ、怪訝な顔をした。
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