RISE!~男装少女の異世界成り上がり譚~

た~にゃん

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幼少期編

08 はじめての魔法と大クジラ

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雨あがりの朝。テオを始めとした大人たちが背負い籠を出してきたりと、何やら準備を始めた。
「キノコ採り?」
ダドリー曰く、雨の後はキノコが生えるから採りに行くのだという。おおっ!あのデカい籠はキノコ狩り用の籠か。あとは狩りでもするのか弓矢一式。あと雪かきシャベルほどありそうな巨大スプーン…アレなに?何の道具?じぃーっと眺めていると、テオがやってきた。
「サイラスも行くか?」
「いいのか?!」
森に出禁になって早半年。やっと森解禁?!行くに決まっている。


雨に濡れた森は、冬らしく枯れた色が大半だったが、所々に瑞々しい緑の葉を繁らせた低木や、こんなに寒いのに花を咲かせている雑草があった。時折、小鳥の囀りが聞こえてくる。ガサゴソ茂みが揺れるのは、リスでもいるのだろうか。ゾワゾワするのは、近くに腐り花がいる証。妙な気配がするんだよ、あのキモ花。
キノコ狩りの場所は森に何ヶ所かあり、今日は近場をまわるそうだ。大人たちの説明や注意を聞きながら歩くこと数十分、私たちは太い木が中ほどから倒れている場所に来た。
「傘が開ききってないのを採るんだ。傘が開いてるのは食えないからな。」
テオがこういうやつだ、と目的のキノコの幼菌を指して言った。見れば、折れて腐りかけた大木のあちこちにポコポコと茶色い丸っこいのが生えている。
「へえ~」
言われるがまま、ぽいぽいっと籠に入れていく。五歳児にもできる簡単な仕事だ。近くに紛らわしい見た目の他のキノコもないし。
「このキノコ、美味いの?」
収穫しながらダドリーに尋ねると、
「ん。フツーだ。リチャードは嫌いだな。」
という答が返ってきた。匂いを嗅いでみると、松茸並みの強いクセのある香りがした。
「……ナマでは食えないぞ?」
「うん。」
なんでもこのキノコ、乾燥させて市場に売りに行くのだとか。ポルチーニ茸的なやつかな?

◆◆◆

あらかた採ったら次のスポットへ移動。また山道を歩く。その道々で、テオやダドリーがこの植物はナニだとか、あの実には毒があるから喰うなとか、この糞は熊のだから気をつけろ、とか解説してくれた。へえ~。
移動中、また身体にゾワゾワを強く感じた。腐り花……大群落でもあるのかな?
「グラートンがいるぞ!あの上だ!」
グラートン…?熊に似た凶暴で大食らいの魔獣の?
テオが叫んで木々の向こうを指さすが、目を凝らしてもそれらしい姿は見えない。
何人かの大人たちが前に出て、その方向目がけて次々に弓を構えた。そして。
バチバチバチッ!
弓をつがえて引き絞ると、何でもない普通の矢が小さな雷を纏った。そして、光の尾を引いて飛んでいく。
なにあれ?!すっごぉい!!
目を輝かせて見入っていると、ダドリーが、
「相手がグラートンだからな。矢に雷撃魔法を付与しているんだ。」
「仕留められるの?」
初めて魔法を目にして興奮したせいで、うっかり素の口調になってしまった。あ、よかった。ダドリー気づいていない。
「いや。追い払うだけだ。」
そう言って、枯れた木々の向こうを睨むダドリー。その間にも雷を纏った矢が、次々とその方向へと飛んでゆく。
いや、私にはその先にいるだろうグラートンは見えないけどね。
「行ったか…?」
「見えなくなった。気配も遠のいた。」
「逃げたか。」
射るのをやめる大人達。というか、見えなくなったって!どんだけ目ぇいいんだよ、ウィリス村民!もう一度言うけど、全然見えなかったよ?私、目は悪くないと思うんだけど。
「あ?グラートンの姿は俺らにも見えないぞ。」
帰りの道中で、テオにそのことを言ったら至極当然のように返された。
「え?でも『見えなくなった』って言ったじゃん。」
それって、『見えてた』ってことだよな?私の言葉に、テオは「ああ、」と頷いた。
「俺らはグラートンの魔力の気配を視ていたんだ。本体が見えなくても、魔物は魔力の気配でわかるからな。それを追っていた。」
「魔力の気配??なんだそれ?」
テオの説明によれば。
この世界では、人間も魔物も魔力を持つ生き物だ。しかし、持つ魔力の種類が違う。人間の持つ魔力を『善き魔力』、魔物の持つ魔力を『悪しき魔力』という。二つの相反する魔力は、互いに近づくと反発しあう。だから、近くに魔物がいると魔力の気配を感じるのだそうだ。なんかゾワゾワしなかったか、と言われてみれば…
え?あの強いゾワゾワか?腐り花の大群落じゃなくて、グラートンの気配なのか。
そういえばあのゾワゾワはいつの間にか消えていた。雷付の矢に夢中ですっかり忘れていたけど。
テオは、慣れれば相手がどんな魔物がどの方向にいるのかわかると言っていた。へぇ~。

◆◆◆

村まであと少し、といったところでテオが今度は川沿いを見回りに行くと言いだした。見回り?よくわかんないけどとりあえずついていく。
「大クジラって魔物が、川近くの木に巣を作っていることがあってな。それを取っ払いに行くんだよ。ダドリーはやったことあるよな?」
テオの説明に頷くダドリー。
「アイツら、木の枝に粘膜張ってでっかい巣を作るんだ。巣が川に落ちると川の水がズルズルヌルヌルしてさ。毒があるとかじゃないけど、気持ち悪いから。時々見回りして巣を撤去しているんだよ。」
コレを使うんだ、とダドリーが掲げてみせたのは、あの用途不明のデカスプーン。魔物の巣の撤去に使うのか。
「なあ、その大クジラってどんな魔物なんだ?」
ダドリーに聞いてみたが、どうやら大クジラそのものは見たことがないらしい。
巣を撤去されて怒った魔物が襲ってくるとか、ないんだろうか。そう思って尋ねれば、テオから「心配ない」と返事がある。
「大クジラは臆病だ。人間見たら逃げるよ。」
だそうだ。そんな会話をしているうちに、私たちは、小さなせせらぎに辿り着いた。細い流れに覆いかぶさるように木々の枝が伸びている。まるでトンネルの中のように薄暗い中をしばらく進むと、早速巣を見つけた。
「でっか!」
枝と枝を繋ぐように、半透明な粘膜が張られている。その大きさは軽く五メートル四方は越えている。こんなデカい巣を張るのだから、魔物自体も相当図体のデカいヤツなんじゃ…?大クジラって言うほどだし。
ん?ゾワゾワするけど…と、キョロキョロしたら繁みの影にピンク色の群生があった。なんだ、ゾワゾワは腐り花か。ということは、大クジラは不在。逃げたのかな。
「サイラスは届かないから見てろ。」
テオとダドリー他一緒に来た大人達が、あのデカスプーンで粘膜の巣を突き刺すようにして壊す。そして、せせらぎに落とさないように地に落としていく。ボトンボトンと落ちてきた半透明なゼリーの塊みたいなのを、雪かきの要領で、デカスプーンを使ってせせらぎから離れたところに押しやる。この作業の繰り返し。地味に重労働だ。
「あ。ダドリー、そっちに腐り花いるぞ。足元気をつけろ。」
「おお、サンキュな。」
そんな会話をしていた私の肩に、ぴちゃん、と冷たいものが落ちてきた。え?雨かな。降ってきた?反射的に上を見上げて…
「ぎゃあああ!!!」
あーよかった。「キャーッ」って言わなくて。いやいや、そうじゃなくて。
叫び声に驚いた大人達とダドリーも、ソレを見つけた。ダドリーが私と同じように叫び声をあげて尻餅をつく。

大クジラ、現る。

バターみたいなとろけるイエローボディに毒々しいコスモブルーの水玉模様。飛び出た二つのサッカーボールのように大きな紅い目が、ぎょろりとこちらを見つめている。そしてお尻には、ヒビットなオレンジ色のフサフサが揺れる――極彩色の尻に毛が生えた大ナメクジがそこにいた。その体長、約三メートル。
「なんだ、巣に帰ってきたのか?シッ!」
蠅でも追い払うかのように、テオがその大ナメクジをデカスプーンでツンツンした。えぇっ!?そんな大胆な…!
「オラ、あっちだ。シッシッ!」
他の大人達も参戦して、巨体をツンツンする。
「グルルル……」
大ナメクジは唸り声をあげたものの、デカスプーンに追い立てられ、渋々厭々しぶしぶいやいや体の向きを変えた。そのままオレンジ色の毛を揺らしながら、ゆっくりゆっくり逃げていく。
たぶん…たぶん臆病で弱い魔物なんだろう。ゾワゾワもほとんど感じなかったし。でも、精神攻撃力パネェわ、あの極彩色。めっっちゃキモい。シェリルなら気絶するよ、絶対。チラとダドリーを見たら、まだ放心状態だった。
ビビる私たちを面白がったテオが、俺はあんな色も見たとか、こんな形のヤツもいる、とニマニマしながら教えてくれた。…どうやら、大クジラという魔物は、色も形もバリエーション豊富らしい。
「触手があるヤツには会いたくない…」
「同感。」
げっそりとそんな会話をしながら、私たちは村へ帰った。

◆◆◆

女たちがキノコを洗っては次々とスパスパと半割にして、大きな目の細かい網の上にぽいぽいっと投げていく。虫喰いや汚いのは捨てる。見ていろと言われ、私はその様子をシェリルたちと一緒に眺めている。
「汚れとヌメリは要らないから洗い流すの。半分に切るのは次の作業の時間を短くするためよ。」
義母さんが説明する。
「さ、乾燥に入るわよ。」
キノコをのせた網を広げて、女たちが網の縁を持って立ち上がる。女たちが腕を上下させると、網の上でキノコが跳ねる。ぱっと見はそれだけだ。でも…
「なんか…あったかい?」
そうだ。その作業を始めた途端、網の周りの空気がじんわりと暖かくなったのを肌で感じる。
「魔法だよ。魔法で空気を暖かくしてね、キノコを乾かしているの。」
「え?!」
シェリルの説明に目を見開いていると、
「はぁい、皆さん集中してー!香りをとばしたら価値が下がるわよぉ!」
義母さんが女たちに注意する。そうして網の上でキノコをポンポン跳ねさせること約十分。キノコは水分が抜けて縮み、完全な干しキノコ状態になってしまった。ええぇ?!嘘ォ?!

女たちのやっていた魔法は、シェリルや義母さん曰く、空気を温める魔法だそうだ。温風乾燥機の、風がないヤツ…?ちなみに網の上でキノコをポンポン跳ねさせていたのは、その方が乾燥が早いのと、キノコの香りをとばさないため、だという。温めすぎると香りがとんでしまうのだという。香りがとぶと、キノコの価値が下がるらしい。
「一番簡単な魔法なの。サイラスもすぐ覚えるよ。」
とは、シェリルの言だ。
「私たちの周りにいると、ほんわり温かかったでしょう?それが魔力よ。その温かいのが体の中を巡っていくようにイメージしてみなさい。」
と、まずは自分の魔力を感じるところから始めるのだと、義母さんは言った。

ふっふっふー。自慢していい?
秒でできるようになった!その魔法!
いやー。前世のマンガやアニメに感謝だね。厨二力がこんなところで役に立つとは。本当、人生どう転ぶかわからない。
魔法を瞬時にマスターしたことは、大いに褒めてもらえた。なんか私、平均よりは魔力があるらしい。弓の練習していいぞ、なんて言われた。え?てことは、あの雷魔法付与の弓、やらせてもらえるのかな?すっごく楽しみだ。
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