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幼少期編

03 いきなり投獄?!

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地下牢というのは、犯罪者をとりあえず置いておく場所だからして、当然居心地のよさなど考えてはいない。床はむき出しの土で、かわやは奥の壁が僅かに凹んでおり、そこで用を足せるという。
暴論だ。
いくらお風呂なしの生活が当たり前の庶民性があっても、なんだって我慢できるわけではない。これでも女子だもの。アイザックの前でトイレ……絶対無理だよ!

こんなところさっさと出よう。
幸い、牢番はいない。しょぼくれたオッサンとちびっ子だし、見張る必要もないと思ったんだろう。
私たちを閉じこめている鉄格子は、たぶんある程度の深さまで地中に埋まっている。力任せに揺すってみたが、ビクともしない。
「アイザッ…父さん!なんか!なんか掘るモノないか?」
牢屋の奥で項垂れて膝を抱えているアイザックを、私は振り返った。
「掘る?掘ってどうするんだ…?」
意味がわからないという顔のアイザック。ちょっと……もう諦めモード?しっかりしなよ、領主でしょ?
「向こう側に出るに決まってるだろ?ほら、俺だけじゃ穴掘り進まないし。頼むよ」
そう言えば、顔をしかめつつも穴掘りに使えそうな石――たぶん外壁から落ちたヤツだ――を拾ってきた。私はその辺に転がっていた木片を手に、地面をカリカリやる。
「オッサ…父さんもこの辺を掘ってよ!」
「あ、ああ。わかったよ」

◆◆◆

そんなこんなで、数十分『ここ掘れワンワン』をやった結果、見事トンネルが開通した。
「ぃよっしゃ!脱獄成功!」
ヒョイと私が出た後から、アイザックも穴から這い出した。服は泥だらけ。苦笑してアイザックの服についた泥をパッパッと払う。ちびっ子が泥んこなのはよくあることだからいいとして、さすがに泥んこの大人が彷徨うろついていると怪しいことこの上ないじゃん?とりあえず隙を見て外に…
「おまえたち…!なっ!その穴は?!」
世の中、そう上手くは運ばないらしい。光を背に、目を見開いて固まるダライアスがそこにいた。

◆◆◆

対峙する脱獄犯と護衛を連れた領主様。笑い事じゃなく絶体絶命である。現に私の前には突きつけられた槍の穂先が光っているし。たかだか五歳児に槍向けるか普通?日本平和な国育ちの私は頭が真っ白だ。あわわわ…
「おまえ………何者だ?何が目的でアイザックに取り入った?」
警戒マックスな顔で唸ったのは、ダライアス。やめてくれ!五歳児相手になに殺気立ってるの。
「ダライアス様…」
ふらりと、私の視界をアイザックの背中が遮った。え…、私、ニセ息子なのに、庇ってくれるの…?
「実はこの子は…」
背を負け犬みたいに丸め、そう切りだしたアイザック。

ちょっと!アイツ、「実は死体漁って見つけたのを拾った」ってカミングアウトする気なんじゃないの?!
『私』が私を揺すぶる。

それはマズい!!

「早まるな!」
咄嗟に叫んで、私はアイザックの前に出た。
「!」
うわっ!槍の穂先!怖っ!
でも、ここで正直に吐こうものなら、アイザックが悪人になる。本当の家族じゃないけど、アイザックは命の恩人。ニセ息子のために悪人に…?そんな、冗談じゃないよ!
「俺はサイラス・ウィリス!アイザック・ウィリスの息子だ!青目に茶髪っ!どっからどー見ても親子だろうが!」
精一杯虚勢を張って私はダライアスに怒鳴った。しかし、ダライアスは冷たく言った。
「見てくれだけなら似たような者は大勢いるさ。だがな、サイラスよ。五歳の子供……それも農民同然の親の子が、計算なんぞできるはずがない。誰に教わった?親にもできない計算を」
マジか……アイザック、算数できないんだね。
知らなかったよ。そりゃ息子がいきなり暗算できたらおかしいわ。計算できるのは前世の知識だし、こっちでも常識だと思ってたんだ。あー、迂闊だった。
「ここへ来る前、市場のおっちゃんに教えてもらった!」
けれど、私は開き直った。いきなりかけ算なんか無理?できるさ、俺ってば(転生者だからある意味)天才児だし。そういう可能性だってあるでしょ。とにかく、今は引いちゃダメだ。
「……。」
「……。」
私とダライアスの間で見えない火花が散る。
「強情な奴だ。目的を吐けば拷問せずに済むのだがな。なに、別に殺したりはしないさ。しかるべきところに送り返すだけだ」
ややあってダライアスが渋面でため息を吐いた。

………何言ってんだ、コイツ?

孤児だった私をどこに戻すって?私が口答えをやめたのをどう捉えたのか、ダライアスはしゃがんで私と目線を合わせた。脅す、から説得する、にシフトチェンジしたっぽい。
「家出先を吐けと言っている。別に悪いようにはしない」
問いかける言葉もいくぶん柔らかい。悪意はなさそうだ。顔怖いけど。家出先…もしかしてダライアス、何か勘違いしている?
「俺がどっかよその貴族の家から逃げてきたと思ってるのか?だったら違うぞ。俺は正真正銘、そこの農民風情の息子だからな。見ろ、穴掘りなんかお手のモンさ」
お貴族様は穴掘りなんかしないだろ?と私が真面目な顔で泥んこの手を掲げて見せると、土臭かったのかダライアスの眉間に皺が寄った。
…いちいち怖いよな、この人。そういう顔?そうなのか。
「確かに…ずいぶん、手慣れているな」
苦虫をかみつぶしたようなダライアスの視線は、穴と鉄格子を行き来している。脱獄を許したことが信じられないと、顔に書いてある。
「別にィー?少し考えりゃわかるだろ?出入口の下に鉄格子が埋まっていないことくらい。そもそも、こんな脱獄法、見張りがいたらできないからな。穴掘り対策なんか必要ない」
穴掘りなんて地道なこと、見張りなしで放置してくれていたからできたことだ。知恵でも何でもない。犬だってできる。
そう胸を張ったら、ダライアスは頭痛を堪えるような顔をした。
「おまえは…いったい何がしたいんだ。家に戻るのがそんなに嫌か?別に悪いようにはしない。親元に送り返してやるだけだ」
……なんかダライアスの中では、私はどっかの家出息子で決定らしい。なんかベイリンがどうとかブツブツと独りごちるダライアス。どうしたものか…。まあ、でも。何がしたいかって言ったらアレしかないんだけどさ。
「何がしたいか?俺は、父さんに特大の幸せと金持ちの老後をやるって約束したからな!」
ニカッと笑顔で言いきった。
アイザックは死にかけた私を拾い、息子にしてくれた命の恩人。虐げられてなんかいないし、むしろよくしてくれている。約束は守るよ。
「信用できなきゃそれでもいいぜ?俺はウィリス村から逃げも隠れもしないからな」
不敵に笑ってやる。一度言ってみたかったんだこのセリフ。逃げも隠れもできない、とも言う。そんな私に、ダライアスはしばし眉間の皺をもみ、
「なら、誓約してもらおう」
そんなことを言った。

◆◆◆

で。どうなったかっていうと。
地下牢からは出してもらえた。ダライアスの書斎に連れていかれ、知らない文字がびっしり書いてある紙にサインしろと言われた。
「なんて書いてあるの?これ?」
尋ねたら、ダライアスは目を見開いてから、深い深いため息を吐いた。え?私文字読めないよ?こっちの文字なんか今初めて見たし。
「おまえがもし嘘をついていたら、アイザックの代官資格を剥奪するということが書いてある。簡単に言えばな」
と、ダライアス。
ん?代官?領主じゃないのか?
まあ、それは今はいいや。
「ふーん。嘘って文字通り俺がどっかの家出息子だったら、ってことか?」
「そうだ」
ダライアスは是と言うけど、嘘を言ってないとも限らないんだよな~。そこまで信用してはいない。大事な書類を読まずにサイン、ダメ絶対。日本人は約款とかロクに読まないけどさ。ま、手はある。
「ちょっとお宅の従業員さん一人貸してくれる?あ、誰に頼むかは俺が決めるから」
こんだけ立派な屋敷に住んでるんだ。従業員も質の高いの雇ってるはず。そう思いついた私は、タタタッと廊下に出て、通りがかりのメイドさんを一人、調達してきた。
「ねえねえ、綺麗なおねーさん、これ読んで?」
まるでコ〇ンくんみたいな作り声で、何も知らないメイドさんに誓約書の代読を頼む。もちろん無邪気な幼児スマイルもつけて。ダライアスには無言で「黙っててよ?」と念を送っておいた。

結果。

「神の名の下に誓う。ウィリス村代官アイザックは、己と血の繋がらぬ児を他家より拐かして其の嫡男たらしめておらず。し誓約に反すれば、其の者は直ちにすべての財喪いて代官の任を解くものとここに約定す」

と、戸惑いながらも読んでくれた。私はニンマリ笑った。なるほど。間違いなく、サイラスはコレには当てはまらないからね。

アイザックは、自分とは血の繋がらない児をよその家から、のではない。親のいなくなったよその家の児をのだ。つまりは人命救助。褒められこそすれ、犯罪ではない。
私はメイドのおねーさんに頼んで、『サイラス・ウィリス』という文字の綴りを教えて貰い、ダライアスの前でサインした。


それから。
ダライアスは往生際も悪く、家出人で私と特徴が合う奴を探していたらしいのだけど、結果は該当者ナシ。私たちはその間、トイレとご飯付きで屋根裏部屋に留め置かれた後、無事解放された。ダライアスは首を捻っていたけど、私が家出人でないことは間違いないわけだし、そこは納得して欲しい。別れ際に渋い顔で、
「口には気をつけろ。おまえの軽はずみがもとで周囲に大迷惑をかけることがあるんだぞ」
とか言ってきた。
いかにもダライアスが私に迷惑かけられた、みたいな言い方だけど、今回の投獄はダライアスの早とちりだし…。

確かに一歩ひいてみれば、怪しいことこの上ない五歳児だった。それは間違いない。次からは年相応の振る舞いを心掛けよう。算数の問題に答えて、親もろとも投獄とかシャレにならないしね。
一つ決意を新たにして、私は帰途につくのだった。
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