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CHAPTER.2 燥ぐ鈍色(ハシャグニビイロ)【天体衝突9ヶ月前(梅雨)】
§ 2ー8 7月7日① 物陰で揺蕩う煙
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--東京都・居酒屋『酔って恋』--
「みなさ~ん♪ お酒行き届いてますねー? それじゃ~、ライブお疲れさまでしたー! かんぱ~い♪」
調子よく乾杯の音頭をとる久弥の鬨の声に合わせて、黒い翼のメンバー、対バンで一緒したA大学軽音楽部『桜色アイスティー』のメンバー、親しくなったライブハウスの関係者などなど、十数名でライブ後の打ち上げに来ていた。
赤提灯に飾り付けられた入口の外にもテーブルが用意されている。この町のサブカル文化をこよなく愛しているファンキーな店長が営んでいる居酒屋『酔って恋』は、ライブ後の打ち上げでよくお邪魔させてもらっている。一番人気メニューのジャンボ唐揚げは拳大の大きさで最初に見たときは驚いたものだ。
覚えたてのビールの苦みには多少慣れてきたが、まだ好んで飲みたいと思うほどではなく、2杯目からはグレープフルーツサワーを注文する。解放感と充足感でみな自然とお酒が進んでいく。各々、和気あいあいと歓談を楽しんでいる。てっちゃんは酒が入ると普段は表情をあまり変えないのに、ニターッと笑うようになる。それを久弥が茶化してヘッドロックされている。
そんな姿をほほえましく見ていると、ライブハウス『クラブR』のロックで渋いナイスミドルだがお腹周りを気にしだしている館長の鶴さんが「おつかれ、颯太くん」と横の席に座った。
「あ、お疲れ様です、鶴さん。今日もありがとうございました」
「いやいやー、エルノワール、評判いいよー」
「ありがとうございます。また夏休みにライブしたいと思ってるんで、そのときはよろしくお願いしまーす」
「OKOK♪ バッチリ空けとくから任せといてー」
鶴さんの低い声にはほろ酔いでも改まってしまう。それでも、飾ることなくエルノワールの良いところを褒め、改善点を指摘してくれる鶴さんとの会話はとてもありがたく拝聴させてもらっている。そんな話のなか、鶴さんから気になることを言われた。
「今日もなんだけどさぁー。大手の○○レーベルの人来てたけど、颯太くんは知ってた?」
「え! あの○○ですか!? いやいや、初耳ですよ!」
「そっかー……。前のライブのときにさ、そいつが舞衣ちゃんのこと聞いてきたからさ。もしかしたら、何か接触してたりするのかと思ってさ」
「いや、ほんとに今知ったところでして。何も知らないッスね」
「あーそうなんだ……。ごめんごめん、変なこと言っちゃって」
「え! 鶴さん、どういうことですか? 何かあるんですか?」
「んー……そいつさ、いろいろなライブハウスでスカウトしてるので有名でさ。気に入った声のヴォーカルだけ引っ張ってバンドをめちゃくちゃにしていくんだよ。そんなんで解散しちゃうグループもあってさ、あんまり俺は好きじゃないんだよね」
気づいたら喉に渇きを覚え、ジョッキに残ったアルコールを飲み干す。とりあえず、舞衣の姿を探すが見つからない。トイレかと思って暫く待ってみても帰って来ない。こんなときに舞衣がいるのは決まって店の裏だ。急に不安が胸を襲い、酔っていたこともあり、舞衣に話を聞かなければと急いで店の裏に向かった。
◆ ◆ ◆ ◆
『酔って恋』の店の裏では、非常階段に腰を下ろしメンソールの紙タバコをくゆらせている舞衣がいた。気怠く物憂げに煙が揺蕩っている。
そんなどこか刻の流れが緩やかな情景に、足音を殺しながら立ち入る。嫌な予感を掻き立てられる。
「……おつかれ、舞衣」
「ん、あー、おつかれ、颯太」
いつもと違う。話題を探す。鶴さんの話を聴いたからか舞衣との距離間が微妙に狂っているように感じる。
「……どうした? ライブ疲れたのか?」
「もう、ぐったり。でも、ライブはすっごい楽しかったよ。やっぱりうちらのバンドはサイコーだよ♪」
言葉には安堵する。しかし、いつもの天真爛漫な笑顔の瞳が曇っていると邪推してしまう。
「颯太も吸う? ほら」
差し出されたタバコ。慣れない手つきで1本取り出し口に運び、少し固めのライターで火をつける。
ッ! ケホッケホッ!
躊躇いもなくタバコを取り、火をつけた颯太に舞衣は目を丸くする。
「驚いたー。ホントにタバコ吸うとは思わなかったよ。初めて吸ったの?」
「ケホッ。いや、前にちょっとだけ試したことはあるんだけど、ケホッケホッ、やっぱりおれはダメっぽい」
点けたばかりのタバコを灰皿に捨て、ふらついて壁に寄りかかる。舞衣は可笑しそうに笑っている。
「ねー、颯太はさ、なんで彼女と別れたの?」
「は? なんだよ急に」
「っていうか、なんで付き合ったの?」
「だから、なんでそんなこと聞くんだよ!」
「いいじゃん、もう。別れて半年以上経つんだからさ。話したらスッキリすることもあるんじゃない?」
「まぁ、もう気持ちの整理はついてるんだけどな。それに別れた理由は結局わからず仕舞いだし……」
多少酔っていたのもある。舞衣に話を聞くのに、こちらのことも話をしたほうがフェアーなような気もした。ライブが終わった開放感も手伝い、ありふれた何処にでもある失恋話を初めて人に話すことになった。
「みなさ~ん♪ お酒行き届いてますねー? それじゃ~、ライブお疲れさまでしたー! かんぱ~い♪」
調子よく乾杯の音頭をとる久弥の鬨の声に合わせて、黒い翼のメンバー、対バンで一緒したA大学軽音楽部『桜色アイスティー』のメンバー、親しくなったライブハウスの関係者などなど、十数名でライブ後の打ち上げに来ていた。
赤提灯に飾り付けられた入口の外にもテーブルが用意されている。この町のサブカル文化をこよなく愛しているファンキーな店長が営んでいる居酒屋『酔って恋』は、ライブ後の打ち上げでよくお邪魔させてもらっている。一番人気メニューのジャンボ唐揚げは拳大の大きさで最初に見たときは驚いたものだ。
覚えたてのビールの苦みには多少慣れてきたが、まだ好んで飲みたいと思うほどではなく、2杯目からはグレープフルーツサワーを注文する。解放感と充足感でみな自然とお酒が進んでいく。各々、和気あいあいと歓談を楽しんでいる。てっちゃんは酒が入ると普段は表情をあまり変えないのに、ニターッと笑うようになる。それを久弥が茶化してヘッドロックされている。
そんな姿をほほえましく見ていると、ライブハウス『クラブR』のロックで渋いナイスミドルだがお腹周りを気にしだしている館長の鶴さんが「おつかれ、颯太くん」と横の席に座った。
「あ、お疲れ様です、鶴さん。今日もありがとうございました」
「いやいやー、エルノワール、評判いいよー」
「ありがとうございます。また夏休みにライブしたいと思ってるんで、そのときはよろしくお願いしまーす」
「OKOK♪ バッチリ空けとくから任せといてー」
鶴さんの低い声にはほろ酔いでも改まってしまう。それでも、飾ることなくエルノワールの良いところを褒め、改善点を指摘してくれる鶴さんとの会話はとてもありがたく拝聴させてもらっている。そんな話のなか、鶴さんから気になることを言われた。
「今日もなんだけどさぁー。大手の○○レーベルの人来てたけど、颯太くんは知ってた?」
「え! あの○○ですか!? いやいや、初耳ですよ!」
「そっかー……。前のライブのときにさ、そいつが舞衣ちゃんのこと聞いてきたからさ。もしかしたら、何か接触してたりするのかと思ってさ」
「いや、ほんとに今知ったところでして。何も知らないッスね」
「あーそうなんだ……。ごめんごめん、変なこと言っちゃって」
「え! 鶴さん、どういうことですか? 何かあるんですか?」
「んー……そいつさ、いろいろなライブハウスでスカウトしてるので有名でさ。気に入った声のヴォーカルだけ引っ張ってバンドをめちゃくちゃにしていくんだよ。そんなんで解散しちゃうグループもあってさ、あんまり俺は好きじゃないんだよね」
気づいたら喉に渇きを覚え、ジョッキに残ったアルコールを飲み干す。とりあえず、舞衣の姿を探すが見つからない。トイレかと思って暫く待ってみても帰って来ない。こんなときに舞衣がいるのは決まって店の裏だ。急に不安が胸を襲い、酔っていたこともあり、舞衣に話を聞かなければと急いで店の裏に向かった。
◆ ◆ ◆ ◆
『酔って恋』の店の裏では、非常階段に腰を下ろしメンソールの紙タバコをくゆらせている舞衣がいた。気怠く物憂げに煙が揺蕩っている。
そんなどこか刻の流れが緩やかな情景に、足音を殺しながら立ち入る。嫌な予感を掻き立てられる。
「……おつかれ、舞衣」
「ん、あー、おつかれ、颯太」
いつもと違う。話題を探す。鶴さんの話を聴いたからか舞衣との距離間が微妙に狂っているように感じる。
「……どうした? ライブ疲れたのか?」
「もう、ぐったり。でも、ライブはすっごい楽しかったよ。やっぱりうちらのバンドはサイコーだよ♪」
言葉には安堵する。しかし、いつもの天真爛漫な笑顔の瞳が曇っていると邪推してしまう。
「颯太も吸う? ほら」
差し出されたタバコ。慣れない手つきで1本取り出し口に運び、少し固めのライターで火をつける。
ッ! ケホッケホッ!
躊躇いもなくタバコを取り、火をつけた颯太に舞衣は目を丸くする。
「驚いたー。ホントにタバコ吸うとは思わなかったよ。初めて吸ったの?」
「ケホッ。いや、前にちょっとだけ試したことはあるんだけど、ケホッケホッ、やっぱりおれはダメっぽい」
点けたばかりのタバコを灰皿に捨て、ふらついて壁に寄りかかる。舞衣は可笑しそうに笑っている。
「ねー、颯太はさ、なんで彼女と別れたの?」
「は? なんだよ急に」
「っていうか、なんで付き合ったの?」
「だから、なんでそんなこと聞くんだよ!」
「いいじゃん、もう。別れて半年以上経つんだからさ。話したらスッキリすることもあるんじゃない?」
「まぁ、もう気持ちの整理はついてるんだけどな。それに別れた理由は結局わからず仕舞いだし……」
多少酔っていたのもある。舞衣に話を聞くのに、こちらのことも話をしたほうがフェアーなような気もした。ライブが終わった開放感も手伝い、ありふれた何処にでもある失恋話を初めて人に話すことになった。
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