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CHAPTER.1 滲んだ天色(ニジンダアマイロ)【天体衝突1年前(春)】
§ 1ー5 4月3日 共同声明
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--神奈川県・某大学部室棟--
ライブから10日。すっかり桜前線がこの街にも来訪し、ちらほらと目に飛び込む柔らかい色彩が人々を穏やかに抱きしめていた。
大学の講義で色の心理を学んだが、ピンク色には幸福感や安心感を与える作用があるとのことだ。どこぞの荒れた刑務所の壁をピンクにしたら、問題行為が明らかに減少した事例もあるとのことだ。
そんな桜色の校内の部室棟の一室に、大学の軽音楽部の主要なメンバーたちが揃っていた。来たる入学式の新歓に向けての打ち合わせをするためだ。
集合時間になったところで、副部長のルミ先輩(海老名瑠美子)が険しい顔のまま、ガタンッと椅子を鳴らして立ち上がる。
「あー! いっつも、いっーつも、あのアホ部長は! いつ来るかも分からないし、早速、始めるよ!」
いつも通り、なぜか置いてある部長のオサムさん(豪徳寺理)の等身大パネルを代わりに並べる。ステージ衣装で決めポーズの死ぬほど恥ずかしい部長(仮)が見守るなか、会が始まった。
「あー、まずは新入生獲得のための入学式のビラ配りについてだけど、去年と同じで3バカでいいな?」
「副部長~、どうして僕達なんだい?」
「「「どうしてだ~い?」」」
1学年上の青髪のセラ(登戸セラ)、金髪のルカ(伊勢原ルカ)、赤髪のエル(向ヶ丘エル)。この信号機の配色をした高身長、ナルシスト、同じ高校の3人ともヴォーカルという残念な方々を、軽音楽部では3バカと特に陰じゃなくても呼んでいる。この御三方の空気の読めなさ加減には、もはや敬意を払うほどだ。
「お前ら無駄に見た目がいいし、初対面でも馴れ馴れしいからね。適材適所だ!」
「無駄にとは、相も変わらず副部長さんは失礼じゃないか~。天が与えたもう美貌は無駄なんかじゃないさ~」
「「「ジャスティス~♪」」」
「うっさい! やらないなら、もうお前たちの後ろでドラム叩かないからな!」
「や、やや、やらないとは言ってないさ~。喜んでやらせてもらうさ~」
「「「ハピネス~♪」」」
この3人と同じステージに上がるのは、オサムさんとルミ先輩しかいない。オサムさんが面白がって3人ヴォーカルのライブをやるので、ルミ先輩は仕方なくドラムを叩いている。
チラシ作成やら各所人員配置、歓迎会のスケジュール、打ち上げの場所や幹事の選定などなど、ルミ先輩が部長でいいんじゃないかと思うほど、テキパキと細部まで決まっていく。意を唱えようものなら「どういうコンセプトで?」「コストや準備は?」「私の案よりどこが良いの?」と詰められるので、誰も何も言えないだけ(オサムさんと3バカは別)でもある。しかし、ルミ先輩が決めて間違った結果になったことは一度もないので、多少横暴なやり方に聞こえてもみな従う。
「えー、それでは、各々報連相を徹底してミッションを進めていくように。それでは、解散!」
名司会の進行により小一時間で粗方の話は決まった。部室に集まったメンバーは、この後どうしようか? など話しながら部屋から出ていく。颯太たちバンドメンバーも寝坊して来なかった舞衣以外の3人は、任されたS N Sでの告知について話しながら部屋を出ようとした。
「あ! ちょっと待てー! おまえらー!」
振り返ると、ルミ先輩がこちらを見ている。3人で目を見合わせ、こっちに来いと動いている指に誘われて歩み寄る。
「何ー? ルミ先輩」
3人を代表して久弥が切り出す。
「うっかりしてたよ。お前たち、部活紹介のとき、1曲やることになってるから」
「はぁ? 俺たちがですかー?」
「うん♪ 決定事項なんでちゃんと用意しておいてね。あ! 舞衣にも言っといてね」
絶対に文句を言う舞衣に伝えなきゃいけないのかと、久弥とてっちゃんが「ハァァ……」と項垂れる。
ふと気になったので、颯太が問う。
「先輩たちはやらないんですか?」
「私たちも1曲やるけど、スリーヴォーカルに部長のギターじゃ特殊過ぎるのよね。そこで、オーソドックスなあんたたちがやり玉にあがったわけよ」
「そうだぞー、颯太ー」
不意に聞こえてきた声に振り向くと、部屋の入口に寄りかかって腕組みしたオサムさんがいた。目が隠れる程伸びに伸びた前髪に無精髭を蓄え、185cmの長身に白衣。いつも通りの格好だ。ちなみに3留が決まり、この春で晴れて大学7回生になった。
「オサムさん!」と声を出した横を猛スピードで何かが走り過ぎる。
「何しとったぁー!!」
テリトリーに現れた敵に襲いかかる獣のようにルミ先輩が部長に飛びかかる。「アホ!」「言っておいたよな!」「もう終わってんだよ!」「虫!」と、思いの丈を発しながら殴りかかる。「わるい、わるい」と言いながら全て躱しきるオサムさんの動体視力は尋常じゃない。
暫くすると、疲れ果ててルミ先輩は倒れて四つん這いで息を切らしていた。毎度のやり取りが終わったところで、オサムさんが近寄ってきた。
「オサムさん、ちゃんと来てくださいよ。ルミ先輩の機嫌が悪くなるんですから」
「いやー、少し調べ物してたら夢中になっちゃってさぁー。すまん、すまん」
「でも、今日は来ないのかと思ってましたよ」
「まぁー、貴重な学生生活を楽しもうと思ってな」
苦しそうに「じゃぁ、ちゃんと来なさいよ」と息も絶え絶えにルミ先輩がみんなの心の声を代弁する。
「だから、悪かったって。あ! そうそう。さっきの話だけど、おまえら、俺らの後に1曲よろしくな」
「え! おれらが先じゃないんですか!?」
「ん? なんだ、颯太。びびってんのか?」
それはそうだ。3バカ先輩は置いといて、ルミ先輩のドラムは迫力がすごく、オサムさんは今ではプロになったバンドの元ギタリストだ。この部に入ったのも、オサムさんのギターを聴いたのがきっかけだった。
「いいじゃん、颯太! オサムさんに俺らがパワーアップして復活したところ、見てもらおうよ♪」
こう言う久弥に、てっちゃんも頷いて同調している。
「ほら、言ってたじゃん。隕石降ってきても、それをバックにライブやるぞーってさぁ♪ おれたち主役もらっちゃお」
ノリノリで曇りのない笑顔の久弥に対して、オサムさんは急に目をつぶり腕を組む。
「どうしたんですか、オサムさん?」
「……隕石じゃない」
「え?」
「惑星だよ。地球と同規模の天体がぶつかるんだ……1年後、この地球にな」
♦ ♦ ♦ ♦
--神奈川県・某居酒屋--
「「おつかれぇ~」」
カァン! と挨拶させた中ジョッキーのビールでゴクゴクと喉を鳴らす。覚えて半年も経たないアルコールの味に気づいたら慣れてしまっていた。向かいに座る匡毅は、運動後の冷水のようにグビグビと胃に流し込んでいく。
軽音楽部のミーティングの後、夕方からのバイトも閉店時間の夜9時まで滞りなく過ぎた。「軽く飲んでこうぜ」といつものノリで誘われ、匡毅といつものチェーン店の居酒屋に来ていた。
7割程、席が埋まった店内は笑い声やはしゃぎ声で賑やかで、いつもと特に変わらない光景だった。
「あー、うまい! やっぱり飲み屋のビールは違うよなー♪」
「はぁー、喉に染みるー!」
「腹減ったー。颯太は何食べる? とりあえず、いつもの軟骨揚げとだし巻き玉子でよか?」
「あ、うん。でも、おれも腹減ったなー。キムチチャーハンも追加で」
「お、いいねぇ~。おれにも分けてくれよ。それで、後は焼き鳥の盛り合わせとサイコロステーキと……」
いつもより少し多めに酒のつまみをタブレット端末で注文していく。
粗方注文し終えると、匡毅は上着のポケットから電子タバコを取り出し、ビールと共に楽しみだす。2人でいるとき以外、店や彩の前では吸っているところを見たことがない。
玉川匡毅。2歳年上で1学年上のバイトの先輩。喫茶ル・シャ・ブランでバイトし出したときから面倒を見てもらい、いろいろ話をしているうちに妙に気が合い、気づいたら敬語も使わない関係になっていた。
180cmはある長身。きっちり整えた黒髪は就活を始める前からだ。ガッチリした身体は、高校まで野球をやっていたせいだ。ちなみに責任感があるからと中・高と部長を任されていたとのこと。
性格は、兄貴肌なのか面倒見が良いのか人見知りをしないのか、匡毅は他の人より半歩近くに接してくる。しかし、無遠慮というわけでもなく相手への配慮を忘れない。そういうわけで、交友関係はかなり広い。
そして、匡毅は彩の彼氏である……
「就活いそがしいんでだろ? ホントに花見に来れるの?」
「ん? 大丈夫、大丈夫。インターンも終わって大学始まるまでは時間の融通がきくからさ。早めに行って場所取っとくから♪」
彩と一緒に行くのだろう。
「風祭さん(厨房担当の27歳フリーター)たちと買出ししてから行くけど、何かリクエストある?」
「んー、飲むものがあればいいよ。せっかくだし、お好み焼きとかじゃがバターとか屋台で買って食べようぜ」
サイコロステーキの最後の一切れを口に運びながら、食べ物の話をしていく。
「そんなのばっかりだと、加奈さん(平日昼間の31歳奥様パート)に、『バランス悪い!』って怒られるじゃん」
「んー、それは確かに。じゃあ、奥様方が喜びそうなサラダのオードブルとかあったほうがいいか」
電子タバコの煙を燻らせている。暫くは明後日4月5日の喫茶店スタッフによるお花見会の話をしていたが急に話題が変わった。
「あ! なぁ、颯太。隕石ってホントに降ってくるの?」
「あー、またその話か。ちなみに隕石じゃなくて、惑星な。地球と同じぐらいの大きさらしいよ」
「あれ、なんか詳しくない? ネットのニュースぐらいでしか見てなくて、あんまり知らないんだよ」
「バイトの前に、軽音の部長に熱弁されたからさぁー。あの人、ギターと科学は天才なんだけど、都市伝説とかオカルトとかも大好きだから信用してよいやら」
「面白そう。おれにも聴かせてよ」
「それがさぁ……」
--8時間前--
「え?」
「惑星だよ。地球と同規模の天体がぶつかるんだ……1年後、この地球にな」
オサムさんの表情の色彩のグラデーションが1つ濃さを増した気がした。
「ホントですか? 可能性があるってだけの話ですよね?」
「筑波にいる知り合いに連絡取ったんだよ。そしたら、地球と火星の間に突然、惑星が現れたらしい。天体望遠鏡でも白い天体が実際に観測されている」
「それ、ニュースで観ましたよ」
「でな、直径はおよそ1万2000km。地球がだいたい1万2700kmだからほぼ同じ大きさだな。表面の白さから氷に覆われているって見解らしい。水があるってことは生物もいるんじゃないかって、裏では盛り上がってるよ」
「地球、デカ!」
「久弥……そこじゃないって」
「でも、颯太。宇宙人いるかもよ? 未知との遭遇じゃん♪」
「生き物はいるかもだけど、宇宙人はさすがにいないだろ」
てっちゃんは呆れるように頭を振っている。しかし、オサムさんの表情はシリアスなままだった。
「いいか、颯太、久弥、テツ……問題はここからなんだよ。実際、その惑星は太陽に引かれて渦巻の軌道で移動する。シュミレーションからその予想軌道は地球の公転軌道に重なるんだよ。ちょうど地球が通るタイミングでな」
「ん? ……どういうことですか?」
「つまり……地球とその惑星が衝突する……」
「……いやいや、オサムさんがマジな顔して言うと、ホントに衝突しそうで怖いですよ」
「おれの計算でも、世界一のスパコンでも同じ結果なんだよ。だいたい、あのNASAも同じ軌道計算をして衝突するって言ってるんだよな」
「「「…………」」」
重くなった空気。それでも、颯太は聞かずにはいられなかった。
「……オサムさん。地球と天体がぶつかったらどうなるんですか?」
組まれた腕が、グッと力む。
「……世界が終わる」
--夜23時前--
正毅は気が抜けて残っていたビールを飲み干す。持っていたことを思い出したように電子タバコを吸う。
「……そうなると、おれの就活も意味なくなっちゃうな」
「あはは。『世界が終わる』なんて、そんなわけないって。ホントだったら世界中でもっと騒ぎになってるよー」
「それもそうだよな。1年後より目の前の就活のことが心配だしな」
アメリカのエリザベス・キューブラー=ロスは、その著書『死ぬ瞬間』で、人が避けられない死を受容していく悲しみの過程を5段階でモデル化している。
その最初の1段階目は【否認】。死を運命として受け入れられず、事実を疑う。
♦ ♦ ♦ ♦
--同時刻--
日本時間23時過ぎ。TVに臨時速報を知らせるテロップが明滅する。「何処かで地震でもあったかな?」などと眠気まなこで何事か確認する。
【 アメリカ・ロシアが連盟で天体衝突を公式発表 】
「ん?」と重さを残した瞼を上げ、バラエティー番組からニュースにチャンネルを変える。
そこには、深刻な顔をした両国の最高責任者の2人が、猛禽類の握手を想起されるほどに、がっしりと力の限りで手を結んでいた。
ライブから10日。すっかり桜前線がこの街にも来訪し、ちらほらと目に飛び込む柔らかい色彩が人々を穏やかに抱きしめていた。
大学の講義で色の心理を学んだが、ピンク色には幸福感や安心感を与える作用があるとのことだ。どこぞの荒れた刑務所の壁をピンクにしたら、問題行為が明らかに減少した事例もあるとのことだ。
そんな桜色の校内の部室棟の一室に、大学の軽音楽部の主要なメンバーたちが揃っていた。来たる入学式の新歓に向けての打ち合わせをするためだ。
集合時間になったところで、副部長のルミ先輩(海老名瑠美子)が険しい顔のまま、ガタンッと椅子を鳴らして立ち上がる。
「あー! いっつも、いっーつも、あのアホ部長は! いつ来るかも分からないし、早速、始めるよ!」
いつも通り、なぜか置いてある部長のオサムさん(豪徳寺理)の等身大パネルを代わりに並べる。ステージ衣装で決めポーズの死ぬほど恥ずかしい部長(仮)が見守るなか、会が始まった。
「あー、まずは新入生獲得のための入学式のビラ配りについてだけど、去年と同じで3バカでいいな?」
「副部長~、どうして僕達なんだい?」
「「「どうしてだ~い?」」」
1学年上の青髪のセラ(登戸セラ)、金髪のルカ(伊勢原ルカ)、赤髪のエル(向ヶ丘エル)。この信号機の配色をした高身長、ナルシスト、同じ高校の3人ともヴォーカルという残念な方々を、軽音楽部では3バカと特に陰じゃなくても呼んでいる。この御三方の空気の読めなさ加減には、もはや敬意を払うほどだ。
「お前ら無駄に見た目がいいし、初対面でも馴れ馴れしいからね。適材適所だ!」
「無駄にとは、相も変わらず副部長さんは失礼じゃないか~。天が与えたもう美貌は無駄なんかじゃないさ~」
「「「ジャスティス~♪」」」
「うっさい! やらないなら、もうお前たちの後ろでドラム叩かないからな!」
「や、やや、やらないとは言ってないさ~。喜んでやらせてもらうさ~」
「「「ハピネス~♪」」」
この3人と同じステージに上がるのは、オサムさんとルミ先輩しかいない。オサムさんが面白がって3人ヴォーカルのライブをやるので、ルミ先輩は仕方なくドラムを叩いている。
チラシ作成やら各所人員配置、歓迎会のスケジュール、打ち上げの場所や幹事の選定などなど、ルミ先輩が部長でいいんじゃないかと思うほど、テキパキと細部まで決まっていく。意を唱えようものなら「どういうコンセプトで?」「コストや準備は?」「私の案よりどこが良いの?」と詰められるので、誰も何も言えないだけ(オサムさんと3バカは別)でもある。しかし、ルミ先輩が決めて間違った結果になったことは一度もないので、多少横暴なやり方に聞こえてもみな従う。
「えー、それでは、各々報連相を徹底してミッションを進めていくように。それでは、解散!」
名司会の進行により小一時間で粗方の話は決まった。部室に集まったメンバーは、この後どうしようか? など話しながら部屋から出ていく。颯太たちバンドメンバーも寝坊して来なかった舞衣以外の3人は、任されたS N Sでの告知について話しながら部屋を出ようとした。
「あ! ちょっと待てー! おまえらー!」
振り返ると、ルミ先輩がこちらを見ている。3人で目を見合わせ、こっちに来いと動いている指に誘われて歩み寄る。
「何ー? ルミ先輩」
3人を代表して久弥が切り出す。
「うっかりしてたよ。お前たち、部活紹介のとき、1曲やることになってるから」
「はぁ? 俺たちがですかー?」
「うん♪ 決定事項なんでちゃんと用意しておいてね。あ! 舞衣にも言っといてね」
絶対に文句を言う舞衣に伝えなきゃいけないのかと、久弥とてっちゃんが「ハァァ……」と項垂れる。
ふと気になったので、颯太が問う。
「先輩たちはやらないんですか?」
「私たちも1曲やるけど、スリーヴォーカルに部長のギターじゃ特殊過ぎるのよね。そこで、オーソドックスなあんたたちがやり玉にあがったわけよ」
「そうだぞー、颯太ー」
不意に聞こえてきた声に振り向くと、部屋の入口に寄りかかって腕組みしたオサムさんがいた。目が隠れる程伸びに伸びた前髪に無精髭を蓄え、185cmの長身に白衣。いつも通りの格好だ。ちなみに3留が決まり、この春で晴れて大学7回生になった。
「オサムさん!」と声を出した横を猛スピードで何かが走り過ぎる。
「何しとったぁー!!」
テリトリーに現れた敵に襲いかかる獣のようにルミ先輩が部長に飛びかかる。「アホ!」「言っておいたよな!」「もう終わってんだよ!」「虫!」と、思いの丈を発しながら殴りかかる。「わるい、わるい」と言いながら全て躱しきるオサムさんの動体視力は尋常じゃない。
暫くすると、疲れ果ててルミ先輩は倒れて四つん這いで息を切らしていた。毎度のやり取りが終わったところで、オサムさんが近寄ってきた。
「オサムさん、ちゃんと来てくださいよ。ルミ先輩の機嫌が悪くなるんですから」
「いやー、少し調べ物してたら夢中になっちゃってさぁー。すまん、すまん」
「でも、今日は来ないのかと思ってましたよ」
「まぁー、貴重な学生生活を楽しもうと思ってな」
苦しそうに「じゃぁ、ちゃんと来なさいよ」と息も絶え絶えにルミ先輩がみんなの心の声を代弁する。
「だから、悪かったって。あ! そうそう。さっきの話だけど、おまえら、俺らの後に1曲よろしくな」
「え! おれらが先じゃないんですか!?」
「ん? なんだ、颯太。びびってんのか?」
それはそうだ。3バカ先輩は置いといて、ルミ先輩のドラムは迫力がすごく、オサムさんは今ではプロになったバンドの元ギタリストだ。この部に入ったのも、オサムさんのギターを聴いたのがきっかけだった。
「いいじゃん、颯太! オサムさんに俺らがパワーアップして復活したところ、見てもらおうよ♪」
こう言う久弥に、てっちゃんも頷いて同調している。
「ほら、言ってたじゃん。隕石降ってきても、それをバックにライブやるぞーってさぁ♪ おれたち主役もらっちゃお」
ノリノリで曇りのない笑顔の久弥に対して、オサムさんは急に目をつぶり腕を組む。
「どうしたんですか、オサムさん?」
「……隕石じゃない」
「え?」
「惑星だよ。地球と同規模の天体がぶつかるんだ……1年後、この地球にな」
♦ ♦ ♦ ♦
--神奈川県・某居酒屋--
「「おつかれぇ~」」
カァン! と挨拶させた中ジョッキーのビールでゴクゴクと喉を鳴らす。覚えて半年も経たないアルコールの味に気づいたら慣れてしまっていた。向かいに座る匡毅は、運動後の冷水のようにグビグビと胃に流し込んでいく。
軽音楽部のミーティングの後、夕方からのバイトも閉店時間の夜9時まで滞りなく過ぎた。「軽く飲んでこうぜ」といつものノリで誘われ、匡毅といつものチェーン店の居酒屋に来ていた。
7割程、席が埋まった店内は笑い声やはしゃぎ声で賑やかで、いつもと特に変わらない光景だった。
「あー、うまい! やっぱり飲み屋のビールは違うよなー♪」
「はぁー、喉に染みるー!」
「腹減ったー。颯太は何食べる? とりあえず、いつもの軟骨揚げとだし巻き玉子でよか?」
「あ、うん。でも、おれも腹減ったなー。キムチチャーハンも追加で」
「お、いいねぇ~。おれにも分けてくれよ。それで、後は焼き鳥の盛り合わせとサイコロステーキと……」
いつもより少し多めに酒のつまみをタブレット端末で注文していく。
粗方注文し終えると、匡毅は上着のポケットから電子タバコを取り出し、ビールと共に楽しみだす。2人でいるとき以外、店や彩の前では吸っているところを見たことがない。
玉川匡毅。2歳年上で1学年上のバイトの先輩。喫茶ル・シャ・ブランでバイトし出したときから面倒を見てもらい、いろいろ話をしているうちに妙に気が合い、気づいたら敬語も使わない関係になっていた。
180cmはある長身。きっちり整えた黒髪は就活を始める前からだ。ガッチリした身体は、高校まで野球をやっていたせいだ。ちなみに責任感があるからと中・高と部長を任されていたとのこと。
性格は、兄貴肌なのか面倒見が良いのか人見知りをしないのか、匡毅は他の人より半歩近くに接してくる。しかし、無遠慮というわけでもなく相手への配慮を忘れない。そういうわけで、交友関係はかなり広い。
そして、匡毅は彩の彼氏である……
「就活いそがしいんでだろ? ホントに花見に来れるの?」
「ん? 大丈夫、大丈夫。インターンも終わって大学始まるまでは時間の融通がきくからさ。早めに行って場所取っとくから♪」
彩と一緒に行くのだろう。
「風祭さん(厨房担当の27歳フリーター)たちと買出ししてから行くけど、何かリクエストある?」
「んー、飲むものがあればいいよ。せっかくだし、お好み焼きとかじゃがバターとか屋台で買って食べようぜ」
サイコロステーキの最後の一切れを口に運びながら、食べ物の話をしていく。
「そんなのばっかりだと、加奈さん(平日昼間の31歳奥様パート)に、『バランス悪い!』って怒られるじゃん」
「んー、それは確かに。じゃあ、奥様方が喜びそうなサラダのオードブルとかあったほうがいいか」
電子タバコの煙を燻らせている。暫くは明後日4月5日の喫茶店スタッフによるお花見会の話をしていたが急に話題が変わった。
「あ! なぁ、颯太。隕石ってホントに降ってくるの?」
「あー、またその話か。ちなみに隕石じゃなくて、惑星な。地球と同じぐらいの大きさらしいよ」
「あれ、なんか詳しくない? ネットのニュースぐらいでしか見てなくて、あんまり知らないんだよ」
「バイトの前に、軽音の部長に熱弁されたからさぁー。あの人、ギターと科学は天才なんだけど、都市伝説とかオカルトとかも大好きだから信用してよいやら」
「面白そう。おれにも聴かせてよ」
「それがさぁ……」
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「え?」
「惑星だよ。地球と同規模の天体がぶつかるんだ……1年後、この地球にな」
オサムさんの表情の色彩のグラデーションが1つ濃さを増した気がした。
「ホントですか? 可能性があるってだけの話ですよね?」
「筑波にいる知り合いに連絡取ったんだよ。そしたら、地球と火星の間に突然、惑星が現れたらしい。天体望遠鏡でも白い天体が実際に観測されている」
「それ、ニュースで観ましたよ」
「でな、直径はおよそ1万2000km。地球がだいたい1万2700kmだからほぼ同じ大きさだな。表面の白さから氷に覆われているって見解らしい。水があるってことは生物もいるんじゃないかって、裏では盛り上がってるよ」
「地球、デカ!」
「久弥……そこじゃないって」
「でも、颯太。宇宙人いるかもよ? 未知との遭遇じゃん♪」
「生き物はいるかもだけど、宇宙人はさすがにいないだろ」
てっちゃんは呆れるように頭を振っている。しかし、オサムさんの表情はシリアスなままだった。
「いいか、颯太、久弥、テツ……問題はここからなんだよ。実際、その惑星は太陽に引かれて渦巻の軌道で移動する。シュミレーションからその予想軌道は地球の公転軌道に重なるんだよ。ちょうど地球が通るタイミングでな」
「ん? ……どういうことですか?」
「つまり……地球とその惑星が衝突する……」
「……いやいや、オサムさんがマジな顔して言うと、ホントに衝突しそうで怖いですよ」
「おれの計算でも、世界一のスパコンでも同じ結果なんだよ。だいたい、あのNASAも同じ軌道計算をして衝突するって言ってるんだよな」
「「「…………」」」
重くなった空気。それでも、颯太は聞かずにはいられなかった。
「……オサムさん。地球と天体がぶつかったらどうなるんですか?」
組まれた腕が、グッと力む。
「……世界が終わる」
--夜23時前--
正毅は気が抜けて残っていたビールを飲み干す。持っていたことを思い出したように電子タバコを吸う。
「……そうなると、おれの就活も意味なくなっちゃうな」
「あはは。『世界が終わる』なんて、そんなわけないって。ホントだったら世界中でもっと騒ぎになってるよー」
「それもそうだよな。1年後より目の前の就活のことが心配だしな」
アメリカのエリザベス・キューブラー=ロスは、その著書『死ぬ瞬間』で、人が避けられない死を受容していく悲しみの過程を5段階でモデル化している。
その最初の1段階目は【否認】。死を運命として受け入れられず、事実を疑う。
♦ ♦ ♦ ♦
--同時刻--
日本時間23時過ぎ。TVに臨時速報を知らせるテロップが明滅する。「何処かで地震でもあったかな?」などと眠気まなこで何事か確認する。
【 アメリカ・ロシアが連盟で天体衝突を公式発表 】
「ん?」と重さを残した瞼を上げ、バラエティー番組からニュースにチャンネルを変える。
そこには、深刻な顔をした両国の最高責任者の2人が、猛禽類の握手を想起されるほどに、がっしりと力の限りで手を結んでいた。
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