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最終話 We talk, eat and LOVE
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「誕生日、おめでとう」
ヒューゴが用意してくれた真っ黒なラベルのシャンパンで乾杯し、早速ケーキをつつきはじめる。
「小林さんには、透のバースデーケーキを、とだけ伝えておいたんだ」
溶け出しそうで溶け出さないギリギリのラインでとどまっているガトーショコラの隣には、クリスタルのようにきらきらと透明な光を反射しているフルーツのジュレ。
「さっき、店まで持って来てもらっていてね、小林さんが『おまえらみたいなケーキにしといたから』って笑ってた」
「このキラキラしたのはヒューゴの瞳みたいだから、ガトーショコラがおれ?」
「んー?どうかな」
デザートフォークにのせたケーキの上に、スプーンでジュレを掛けるとヒューゴはおれの口元に持ってきた。
ほろ苦い濃厚なチョコレートは一瞬で溶けて、少し弾けるようなジュレと果物と混ざり合う。
「んっっっっっま」
「ジュレのシャンパンも、チョコレートもすごくいいものを使ってくれている。彼が僕らをどう解釈したかがよく分かるね?」
「うん。見た目は違うけれど、一緒に食べると最高ってことだよな」
少し減ったグラスにヒューゴはシャンパンを注ぎ足しながら、「それと、ありがとう透」と言う。
「なにが?」
「僕を好きになってくれて」
「うん。これからも、よろしく」
おれは照れてしまい、掲げたグラスで顔を少し隠した。
好きにならないわけないと思うけどな。
来年も再来年も、ずっと一緒に誕生日を祝ってほしいと強く願ってるよ。
「……いいかな?僕たち、恋人同士ってことで」
こそばゆい問いかけに軽く驚き、口に入れたシャンパンでむせそうになる。
「ヒューゴってそういうこと言うんだ」
「日本では付き合おうって最初に宣言するらしいとクリスから聞いた」
「スウェーデンは違うの?」
「ある程度経ってから確認するように思う。いつの間にか付き合ってる場合もある」
「それ難しくない?どこからが付き合ってることになるの?」
「いくつか指標があるんじゃないかな。デートして、セックスして、週末を共有して、しばらくしたら友達や家族に会わせて……まあその辺りからじゃないか」
「長い」
「たぶんカップルになるというのは一種のコミットメントなんだろう。透と僕はもう週末を一緒に過ごしているし、合鍵も交換しているから、ヨーロッパならば周囲は僕らを、かなり関係が進行したカップルと捉えるだろうね」
「文化の違いだなぁ」
「で、いいかな?僕たちもそれで」
「あっ!もしかして、『いつのまにか付き合っていた』パターンにしようとしてた?」
おれの指摘を受けて、ヒューゴは一瞬だけはにかんだ。
「実際は仲の良い友達止まりだっただろ」
「あっぶねぇ。ベッドに投げ出されたし……なし崩し的な……」
「で、僕と恋人になってくれる?」
じれたように確認をしてくるヒューゴがかわいらしくて、おれはからかうのを止めたくなくなってしまった。
「こっちの文化に合わせてくれようとしているの?まだ正式にデートもしてないのに」
ヒューゴは低く唸り、おれの腰に回していた腕をほどいた。
「寒い!」
途端にエアコンの冷気が肌を冷やす。
この体温が高い男は「透がそのつもりなら」なんて寒がっているおれを尻目に言っている。仕方なく、ソファの上にあるブランケットを全部引っ張って自分のものにした。
「デートに誘うところから全工程を経てもいい。その方が楽しみが増えるかもな」
そう言って金色の身体をヒョウみたいに伸ばしてブランケットを剥ぎ取ると、パっと広げて整え、すぐにおれのむき出しの肩を覆って包み込むように抱きしめた。
広い胸にすっぽりと包まれて、コーヒーテーブルの上にあるケーキ皿にもシャンパングラスにも手が伸ばせない。
「食べさせてあげる」
腕を伸ばしてスプーンでケーキとフルーツを掬って、おれの口へと運ぶ。「親鳥の気分」なんて言いながら。
「ヒューゴはさ、これからどうなりたい?」
「そうだな……うん。はっきりさせておこう。僕はとても真剣に考えている。もちろん、透と僕とで気持ちに温度差があるのは十分理解できるよ」
「温度差……?」
「透がいなければ今の僕は無かった。13年前、僕は全身の細胞が弾けだすような最高の感覚を透に貰ったんだ。だから、時間をかけてでも、透が僕にとってどれほど価値があるかを伝えていく。そして、透にとっても、ベストな選択肢として僕を選んでもらう」
なるほど、そういう考え方なんだなとおれは一人納得する。
気持ちが通じてすぐにカップルとなるわけじゃなく、その後の安定性をお互いが測る期間があって、関係を続ける確信が持ててから、じゃあお付き合いしましょう、と。
確かにこちらの考え方の方が、長期的な関係を持ちたい相手には合理的かもしれないな。
ま、おれの気持ちはもう固まっているわけだけども……
ただ、せっかくの異文化を体験する機会なんだし、この期間を過ごした方がより強固な結びつきを感じられるようになるかもしれないという期待もある。
「僕の一方的な気持ちじゃないことが分かった以上、このチャンスを絶対に逃さない。全力でいくから覚悟しておくように。透に生涯のパートナーとして選んでもらうためには、なんだってする。この1年で伝えきれていないこと全部」
それに、とヒューゴはワントーン落としたやや深刻な声で続ける。
「透の場合は、職場でオープンに男と付き合ってるとは言えないだろう。そういうことも考慮して、二人にとって最善のカタチを見つけたい」
「おまえは……いいの?関係をオープンにしても」
「全く問題ないよ。世界中に言って周りたいくらいだ」
ヒューゴは即答した。まてよ、そうなったら男からもモテてしまうのでは。
「おれに自信をくれて嬉しいよ。客商売だし、今までみたいに客から連絡先をもらうだろうけど、何も心配しない」
「うん。誰にどれだけ誘惑されても、透以外の人間には一切の興味がない」
「へえ、そんなにたくさんお誘いがあったのか?」
「だとしても、考えるのはずっとキミのことだけだ」
ヒューゴはさらりと言ってのけた。
「あの……、こういうのがずっと続くの?正式な恋人になるまで」
「恋人になってもね」
「じゃ、おれが慣れないようにいろんな手法で口説いてよ、ずっと」
はは、といつものようにヒューゴは楽しげに笑う。
「透のそのレスポンスの速さ、好きだな。いくらでも話していたいよ」
「おれも」
出会ってすぐの頃からすでに、店で朝まで飲んでも話題が途切れず。翌日には忘れているようなとりとめの無い会話ですら最高に楽しくて。
「これからたくさん話して、たくさん食べて、楽しくやっていこう。僕ららしく」
そうヒューゴは優しく微笑み、おれの口にケーキを運んでくれる。
「おいしいね?」
口内でとろけるチョコレートとジュレを飲み込むのを待って、おれはヒューゴに口付けで応えた。
ヒューゴが用意してくれた真っ黒なラベルのシャンパンで乾杯し、早速ケーキをつつきはじめる。
「小林さんには、透のバースデーケーキを、とだけ伝えておいたんだ」
溶け出しそうで溶け出さないギリギリのラインでとどまっているガトーショコラの隣には、クリスタルのようにきらきらと透明な光を反射しているフルーツのジュレ。
「さっき、店まで持って来てもらっていてね、小林さんが『おまえらみたいなケーキにしといたから』って笑ってた」
「このキラキラしたのはヒューゴの瞳みたいだから、ガトーショコラがおれ?」
「んー?どうかな」
デザートフォークにのせたケーキの上に、スプーンでジュレを掛けるとヒューゴはおれの口元に持ってきた。
ほろ苦い濃厚なチョコレートは一瞬で溶けて、少し弾けるようなジュレと果物と混ざり合う。
「んっっっっっま」
「ジュレのシャンパンも、チョコレートもすごくいいものを使ってくれている。彼が僕らをどう解釈したかがよく分かるね?」
「うん。見た目は違うけれど、一緒に食べると最高ってことだよな」
少し減ったグラスにヒューゴはシャンパンを注ぎ足しながら、「それと、ありがとう透」と言う。
「なにが?」
「僕を好きになってくれて」
「うん。これからも、よろしく」
おれは照れてしまい、掲げたグラスで顔を少し隠した。
好きにならないわけないと思うけどな。
来年も再来年も、ずっと一緒に誕生日を祝ってほしいと強く願ってるよ。
「……いいかな?僕たち、恋人同士ってことで」
こそばゆい問いかけに軽く驚き、口に入れたシャンパンでむせそうになる。
「ヒューゴってそういうこと言うんだ」
「日本では付き合おうって最初に宣言するらしいとクリスから聞いた」
「スウェーデンは違うの?」
「ある程度経ってから確認するように思う。いつの間にか付き合ってる場合もある」
「それ難しくない?どこからが付き合ってることになるの?」
「いくつか指標があるんじゃないかな。デートして、セックスして、週末を共有して、しばらくしたら友達や家族に会わせて……まあその辺りからじゃないか」
「長い」
「たぶんカップルになるというのは一種のコミットメントなんだろう。透と僕はもう週末を一緒に過ごしているし、合鍵も交換しているから、ヨーロッパならば周囲は僕らを、かなり関係が進行したカップルと捉えるだろうね」
「文化の違いだなぁ」
「で、いいかな?僕たちもそれで」
「あっ!もしかして、『いつのまにか付き合っていた』パターンにしようとしてた?」
おれの指摘を受けて、ヒューゴは一瞬だけはにかんだ。
「実際は仲の良い友達止まりだっただろ」
「あっぶねぇ。ベッドに投げ出されたし……なし崩し的な……」
「で、僕と恋人になってくれる?」
じれたように確認をしてくるヒューゴがかわいらしくて、おれはからかうのを止めたくなくなってしまった。
「こっちの文化に合わせてくれようとしているの?まだ正式にデートもしてないのに」
ヒューゴは低く唸り、おれの腰に回していた腕をほどいた。
「寒い!」
途端にエアコンの冷気が肌を冷やす。
この体温が高い男は「透がそのつもりなら」なんて寒がっているおれを尻目に言っている。仕方なく、ソファの上にあるブランケットを全部引っ張って自分のものにした。
「デートに誘うところから全工程を経てもいい。その方が楽しみが増えるかもな」
そう言って金色の身体をヒョウみたいに伸ばしてブランケットを剥ぎ取ると、パっと広げて整え、すぐにおれのむき出しの肩を覆って包み込むように抱きしめた。
広い胸にすっぽりと包まれて、コーヒーテーブルの上にあるケーキ皿にもシャンパングラスにも手が伸ばせない。
「食べさせてあげる」
腕を伸ばしてスプーンでケーキとフルーツを掬って、おれの口へと運ぶ。「親鳥の気分」なんて言いながら。
「ヒューゴはさ、これからどうなりたい?」
「そうだな……うん。はっきりさせておこう。僕はとても真剣に考えている。もちろん、透と僕とで気持ちに温度差があるのは十分理解できるよ」
「温度差……?」
「透がいなければ今の僕は無かった。13年前、僕は全身の細胞が弾けだすような最高の感覚を透に貰ったんだ。だから、時間をかけてでも、透が僕にとってどれほど価値があるかを伝えていく。そして、透にとっても、ベストな選択肢として僕を選んでもらう」
なるほど、そういう考え方なんだなとおれは一人納得する。
気持ちが通じてすぐにカップルとなるわけじゃなく、その後の安定性をお互いが測る期間があって、関係を続ける確信が持ててから、じゃあお付き合いしましょう、と。
確かにこちらの考え方の方が、長期的な関係を持ちたい相手には合理的かもしれないな。
ま、おれの気持ちはもう固まっているわけだけども……
ただ、せっかくの異文化を体験する機会なんだし、この期間を過ごした方がより強固な結びつきを感じられるようになるかもしれないという期待もある。
「僕の一方的な気持ちじゃないことが分かった以上、このチャンスを絶対に逃さない。全力でいくから覚悟しておくように。透に生涯のパートナーとして選んでもらうためには、なんだってする。この1年で伝えきれていないこと全部」
それに、とヒューゴはワントーン落としたやや深刻な声で続ける。
「透の場合は、職場でオープンに男と付き合ってるとは言えないだろう。そういうことも考慮して、二人にとって最善のカタチを見つけたい」
「おまえは……いいの?関係をオープンにしても」
「全く問題ないよ。世界中に言って周りたいくらいだ」
ヒューゴは即答した。まてよ、そうなったら男からもモテてしまうのでは。
「おれに自信をくれて嬉しいよ。客商売だし、今までみたいに客から連絡先をもらうだろうけど、何も心配しない」
「うん。誰にどれだけ誘惑されても、透以外の人間には一切の興味がない」
「へえ、そんなにたくさんお誘いがあったのか?」
「だとしても、考えるのはずっとキミのことだけだ」
ヒューゴはさらりと言ってのけた。
「あの……、こういうのがずっと続くの?正式な恋人になるまで」
「恋人になってもね」
「じゃ、おれが慣れないようにいろんな手法で口説いてよ、ずっと」
はは、といつものようにヒューゴは楽しげに笑う。
「透のそのレスポンスの速さ、好きだな。いくらでも話していたいよ」
「おれも」
出会ってすぐの頃からすでに、店で朝まで飲んでも話題が途切れず。翌日には忘れているようなとりとめの無い会話ですら最高に楽しくて。
「これからたくさん話して、たくさん食べて、楽しくやっていこう。僕ららしく」
そうヒューゴは優しく微笑み、おれの口にケーキを運んでくれる。
「おいしいね?」
口内でとろけるチョコレートとジュレを飲み込むのを待って、おれはヒューゴに口付けで応えた。
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