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Phase4 戦争モノ的な何か!
バトルフィールドへようこそ!④
しおりを挟む俺だ、責められるべきは俺なのだ。
血走って、先走って、余計な事をしてしまったのが彼女を傷付けた原因なのだ。
遅すぎる後悔。
間に合わない懺悔。
それでも、時は無情に流れていく。
「先行する!」
「いきなさい!」
ヴァルターが盾役として正面へ躍り出て、響の脳天を叩き潰そうと雷を纏ったロングソードを振りかぶる。同時に由梨花とノーレンは左右へ展開し、目標を分散させると共に直後の追撃を狙って炎剣と紫紺の鎌を構えた。
それに加わろうと全力で大地を蹴った矢先、響が纏う鎧が蠕動する。
「甘いよおおおおお!!」
引っ込んでいた12本の触手が再び翼を広げ、勇者たちへ迫り行く。片腕3本、背中から6本、それぞれが重力を無視する俊敏な動きで解き放たれた。
やけにゆっくりと時が流れる。
荒ぶる蛇は攻撃を受け止める為ではなく食い尽くす為に空を這い、3人を刺し貫いた。再生力の高い天炎者は致命傷となりうる箇所だけを庇って得物を刺そうとし──少女の軽い体はしなる触手によって吹き飛ばされていく。
だが立ち残る影が一つ。6本の触手に体の至る箇所に穴を開けられたヴァルターだった。筋肉が弛緩したのか、その手に握るソードが派手な音を鳴らして、落ちた。
「あああああ……ッ!!」
本来なら俺の役割なのに! どうしてあなたが身を差し出すんだ! これが甘えを抱いていた俺の罪だとでもいうのか!
絶叫をあげながら両腕の剣を振るって触手を絶ち切る。だが左手のジャマダハルは普通の剣でしかなく、強靭な触手を一撃で全て切断することは叶わなかった。
「何を……している、ミズキ……!」
「──っ!?」
ヴァルターは肩で息をしながら、それでも力強い声で告げる。
「行けッ……! “禁断の果実の信念を以て、ここに終止符を打て”……!」
直後、残る触手を掴んだ彼の手先から光が迸り、それは奏者である響のもとへ一直線に駆け抜けた。途方もない信念が込められた雷が直撃し、響と、うねる触手たちの動きが鈍る。
「最後の攻勢です!」
「……消えろ!」
派手に鮮血を撒き散らしながら接近する少女たち。
そうだ、甘えなんて許されない、立ち止まっている暇など無い、今は只進め!
「うううぅぅぅぁぁぁあああああ!!」
また一人、騎士を見捨てた。
苛む無力感を果ての無い衝動で覆い隠し、由梨花とノーレンによる同時攻撃へ参戦する。
「まだだよおぉ!」
響は緩慢な動作で残された触手をよじり合わせ巨大な盾を形成し、三方向から放たれた攻撃を受け止める。
「送狐の想い!」
「……夏の夜の夢!」
それを好機と判断した二人は言霊を紡ぎ、触手を伝って炎と氷が奏者まで至ろうと浸食していく。だが見越していたとでもいうのか、蜥蜴の尻尾切りのように根元から切り離されてしまい、あえなく昇華の言霊が無残に散る。
それで十分だった。顔を表した魔王を、何度でも、何度でも、繰り返し、殺してやる。
「死ねえええええ!!」
真っ先に呪いの剣をその綺麗な鎧へ突き刺し、勢いのままに地面へ押し倒した。
「舌斬雀の匣!」
すぐさま禁忌の魔法を唱え、誰とも知らない魂をこの手に握る。途端に脳内へ響く、誰かの声。
≪助けられなかった≫
聞くな。
≪こんな偽物の世界≫
聞くな!
≪もう、嫌だ≫
聞くな!!
「どうして泣いてんだ、響……!!」
答えてはならないのに、答えてしまった。
「優しいなぁ山城くん。優しいから、大好きだから……死ねぇ!」
「──ッ!?」
響の腕から新たな触手が芽を出し、俺の腹を突き破る。構わない、この身などいくらでも差し出せる。
「お前は一体どこにいる!?」
それでも。
「お前の魂はどこにある!?」
それでも!
「答えろ!!」
溢れ出す血と汗と涙。
襲い来る祝福と絶望。
──……問答は不問。
分かってる。
──ありがとう。
誰かの声が、虚弱な俺を支えてくれた。
「答えろおおおおお!!」
左手のジャマダハルを突き刺した。
魔法も何も纏わぬそれは、白光の鎧に阻まれて虚しく弾かれる。
──後悔などとうに遅い!
それも分かってる。
──理解出来ぬというのなら、頭ごなしに否定するな!
厳しい声が、正しいことだと肯定させる。
「答えてくれ、響!!」
──目を背けることだけはしないで下さい。
友の言葉が脳裏に木霊した時、波が、渦が、押し寄せてきた。
酷く自然に体の激痛が搔き消え、視界も暗転する。
精神が、呑み込まれた。
青い空。
緑の香り。
俺はどこかの草原に、ぽつんと立っていた。
「いなくなりたい……」
くぐもった声が後方から聞こえて振り向くと、情景は変遷し、炎があがるツリーハウスが目に入る。
「君はどこにいるの……」
それを前にして蹲る、一人の少年。
萌葱色の少女がここにいない、どこにもいない、守れなかった、自分には力があったのに、同じ存在だったのに、どうして彼女が死ななければならないんだ、優しい人だったのに、どうして消されなければならないんだ、彼女を返してくれ、たった一つの心の支えを。
途端に流れ込んでくる誰かの思念。悲痛の色に染め上げられたそれは、こちらの同情を誘う絶望の精神汚染。
──ふざけるな。
足を進めた。
──ふざけるな!
お前が何をしたか自覚しているのか、どれだけの人間を傷付けたか分かっているのか!? 魔王なら魔王らしく、ただ災厄を振りまいていればいいんだ!!
──ふざけないで!!
叫びにノイズが混ざる。
渦巻くドス黒い激情に呑まれぬよう、唇を強く噛み締めた。
今は只、行かなければ。
「響……」
そっと、肩に触れた。
新たに流れ込んでくる彼の記憶。
絶望と、幸福と、後悔に染められた哀しい記憶。
それを忘却したいと神に願った。
どこにもいない。でもここにいる。
忘却はより良き前進を生んだ。
それでも。
それでも、こんなみちを望んでなどいない。
だから抱きしめた。
暖かい、熱の抱擁。
ただ利己的な理由で実行した。
沸々と湧き立った名も知らぬ感情に身を任せて。
離したくない、壊したくない。
もう一度を、望んでしまった。
これで君は良かったのかな。
萌葱色の髪の少女は。
「響、俺はここにいる」
「…………」
目の前には押し倒された少年。その身に纏っていた白光の鎧は剥がれ落ち、右腕とジャマダハルが胸部に刺さった制服は緑色の液体で染められていた。
藍鉄の装甲を纏った右腕を引き抜いて、黙ったままの少年へ語り掛ける。
「答えてくれ。どうしてお前は敵になった。どうして戦わなくちゃいけないんだ」
「…………」
「響!」
「僕はね、あの子が笑ってくれる世界をつくりたかったんだ」
「え?」
「きっと天国で笑ってくれる。そう信じて戦った。誰もが満たされる世界。虚無に抱かれて眠る世界。それは何て、綺麗な世界なんだろう」
「…………」
「僕だって分かってるよ、それが歪な願望だってことは。初めはみんなも同調してくれなかった。でもね、少しづつ受け入れていってくれたんだ。この世界を、全てを、自分自身を、消し去ろうって」
「…………」
「失敗したけどね。悔いはないよ、君とこうして再開できたから。あのね、お願いしてもいいかな?」
「なに?」
「本当の意味で、幸せな世界をつくって欲しいんだ。平和な世界を、みんなが笑顔でいられる世界を」
「本気で……言ってるのか?」
利己的な理由。
「もちろん」
「夢物語だ」
夢には争いが付き物。先にあるのは困難な道。
「夢じゃない」
「そんな方法、ある筈がない」
「きっと見つけられる。君がみちを示すんだ、誰も傷付かない世界を」
それを願った結果が、この戦場。
「払わなきゃいけない犠牲は、確かにあるんだ!」
揺れてしまった、俺自身。
「それでも進んで。そうだ、山城くんはエアレイザーって言葉の意味を知ってる? まあ、この国からはもういなくなったからいいかな。頭が良い君なら分かると思うけど、これからが本当の戦争だよ。頑張ってね」
少年は体を引き摺りながら立ち上がり、距離をとる。
「じゃあね、山城くん。僕のヒーローで……大好きな友達」
じゃり、じゃり──断罪の音が近付く。
「僕は先に休むね。君が教えてくれた、静かな場所で。きっとイーフェイもそこにいる。ありがとう、山城くん」
響を照らす太陽が大きくなっていく。
「ばいばい」
別れの言葉を返す間もなく、その体は粉砕された。
マリー・グレイスが握る巨大な鎚が、そこにあった存在を押し潰した。
「賢狐狼弟の絆……点火」
灼熱の熱風が、細胞を、飛び散った体液を、残すことなく蒸発させる。
団長、あなたは分かっていたんですか。
だから温存させ、ここまで導いたんですか。
言葉はもう、出てこなかった。
「終わりましたね」
「ああ……予定と違う幕引きだがな」
少女の声が近付いてくる。のろのろとそちらを見やると、炎剣を消失させた酷く青ざめた顔の由梨花、同じ様子のノーレンがいた。まだ敵が残っている筈なのに何故収めるんだ、マリーも何故ここまで来たんだ……周囲に視線を向けるとすでにエアレイザーの姿は無く、代わりに緑色の液体が散りばめられていた。
「確かに。どういう理由でしょうか、これは」
「ん。ボーダーの向こう側……熱伝導でもしたのか。いや、考えるのは後でいいだろう。それよりすぐに負傷者の手当てに移るぞ、動けるのなら貴様らも手伝え」
厳とした声で告げ、戦争が終わったことを知った。
──本当に?
体の節々が痛みを上げる中、由梨花の手を借りて立ち上がる。ヴァルターとウィーザの姿はない、既に後方へ移されたのだろうか。
死んだのならそこらへ転がっている筈だし──酷く冷静で冷徹な思考が頭をよぎる。だがこれでようやく、由梨花やノーレンに近づけたような気がした。
「協力に感謝する、マリー・グレイス団長。宴の席に招待したい、きっと陛下も喜ばれるだろう」
「帝国の実力は理解してもらえただろうか。そうだ団長殿、この後は我々とのパーティーにしゃれこまないか?」
「野蛮人に付き合う必要などないぞ。肉を焼くことなく食す変人どもだからな」
「ハッ、冗談だとしても言葉を選べ、戦争まで発展するぞ。まあ負けんがな、パンばかり食ってるひ弱な軍人なんぞに」
新たな人影が近付いてくる。どうやら正規軍と義勇軍の指揮官のようだ。それらに丁寧に対応するマリーへ疑問を投げかけることなど出来ず、ただ胸に秘めた。
「……きた」
ぼそっ、とノーレンが呟く。
何が来たのかと問う間もなく、新たな一団が戦場を闊歩して俺たちを歓迎した。
「掃除ご苦労、血の闘争団の諸君。まさに救国の英雄だ。陛下がお呼びである、即時出頭せよ」
傲岸さを一杯に浮かべた兵士が先頭に立ち、それぞれの指揮官たちを軽く一瞥する。すぐに視線はマリー……いや、天炎者へと移った。
「近衛兵? 貴様ら、前線に出ず引き籠るとは恥知らずな!」
「違う。カノンは?」
「未だ。つまりそういうことだ」
「面倒事になるぞ、シュヴィークザームは今すぐ撤退しろ」
「了解。後は任せる、生きていればまた会おう」
「ユリカ、その男を連れてこの場を離れろ」
「はい?」
「ナルベ城跡だ、急げ!」
「……仰いで、無聊の手鏡」
──閑寂の波に凍ざされし
──其は、融炉を轉ぶ蝋人形
──饑渇せよ、無邪気の業
近衛兵を率いる指揮官の首が、飛んだ。
赤い、赤い、空に咲く華。
何故。
どうして。
「何をしているのですか……ノーレン!?」
新たな戦争が、始まってしまった。
いや、既に始まっていたんだ。
ずっと、ずっと昔から。
そうだ。
分かるよ。
「目覚めろ……」
発狂寸前の精神を押し留めたのは、果ての無い殺意。
由梨花、君も分かっている筈だ。
俺たちは皆罪人で、都合の良い歯車に過ぎないと。
「恐怖の王冠……」
それでも。
それでも、生きていかなければならない。
終わる世界。
所詮は異世界。
男はサンドバッグで女はオナホ。
この呪いで蹂躙する権利は、きっとある筈。
「…………」
ふざけるな。
ふざけるな!
ふざけるな!!
ふざけるな!!!
「アンザムカイト!!!」
※異世界オルガ12.1話が投稿されないので打ち切ります※
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