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4章、無法侵入する帝国編

69、白い過去

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「本・当に申し訳ございませんでした!!」
「・・・全く、なんでこんな時間に歩きまわっているんだい、ユーマ殿は」

 それはあなたもでしょう。そんな喉から出かけたツッコミを慌てて飲み込む。

 今、そんなツッコミをしたら絶対零度の視線間違いなしです。ただえさえ、視線の矛が俺を貫いているというのに・・・。

「まあ、君だけではなく私も悪かったのだがね。・・・ただ、先程ぐらいに人を殺したいと思ったことはなかったが」
「マジですみません!!」

 そんな辛辣な言葉を吐きながらも微笑を浮かべているリシャーナ。

 服は着ているものの髪はまだ乾き切れておらず、月光に照らされている肌は瑞々しさを感じさせる。・・・とても絵になる。

「それにしても、なんだい。『ご馳走さまでしたぁあああ!!!!』って。そんなに正直に言うのっておかしくないかい?」
「リシャーナが綺麗なんだからしょうがないと思う」

 その言葉を聞いたリシャーナ。

 少しだけ悲しそうな顔をしながら問いかけてきた。

「・・・君は私のことを綺麗だと言うね」
「おう、当然じゃん。事実そうだろ」

 勇馬は平然として愛の言葉を紡ぐ。まるで水が流れるが如く。それほどの自然さが感じられた。

 だが、その言葉がむしろ責め苦であるように彼女の顔に影が落ちる。

「・・・そうでもないさ。・・・・・・むしろ私はこの身体をどれほど恨んだことか・・・」
「?」

 木々が冷たい風に揺れる。

 流水が波を立てて足元に触れた。

 月は雲に覆われ光を閉ざした。

 銀色に光る雫が髪から溢れ落ちる。

「君は本当に、私が好きなのかい?」

 それほどに彼女にとっては傷深きことなのだろう。

 それを理解した上で勇馬は

「ああ、勿論だ」

 そう安直に、それでも力強く答えた。

「・・・それには知って貰わねばならない。私の過去を」

 そして、ひっそりと閉じた口を再度開いた。

「君に・・・それを知る勇気はあるのかい」

 勇馬はただただ頷いた。

 目はしっかりと彼女を捉えていた。

「そうか・・・それじゃあ、どこから話そうか」

 月を見上げながら彼女は自身の過去を閉じた目に映す。

 自身の忌まわしき、白色の過去を。

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 リシャーナ・チューズ・ヴァレンティアは動乱の世界に生まれ落ちた。

 エルフの多くは以前の国を襲われ、力を無くした。

 殺害、奴隷、迫害、あらゆる方面から他族にエルフの名誉を、力を、誇りを、命を、民を、失った。

 その時代を表すかの如く、彼女は全てが白く、そして“呪い子”として生を受けた。

 母はいない。彼女の身に宿る呪いの最初の犠牲者へとなったことで。

 そんな子供を臣下どころか父すらも嫌悪した。

 自身の妻を殺した血に汚れた怪・物・である、と。

 エルフでは重婚は認められておらず、結果王家の者は父と自身のみ。

 当然の如く、呪いを持つ王家の、彼女の手を取ってくれる者などおらず王家は衰退した。

 それ以降、父の視線が銀の少女に向けられることすら無くなった。完全な拒絶であった。

 そして、それと同時に少女は賢かった。そのため彼女が世界に絶望するのは待つまでもなかった。

 嫌悪・嫌厭・嫌煙・嫌忌・嫌気・嫌気・嫌疑・嫌嫌・機嫌

 全てが嫌になった。

 やがて、彼女は自身にその嫌悪を移した。

 なぜ、自分はこんなにも白いのだろう。

 なぜ、自分はこんなにも非力なのだろう。

 なぜ、自分はこんなにも細過ぎるのだろう。

 なぜ、自分はこんなにも人を殺めるのだろう。

 似ていた。死神に。

 とある童話で読んだ王子様とお姫様を邪魔する悪い悪い白骨の死神。

 それが自分。

 人々に災厄を落とし、その結果王子に殺される。そんな悪役。

 自分は姫ではない。助けてくれる人もいない。

 それを理解した彼女はただただ泣いた。

 喉が痛み枯れるほど。

 目が滲んで腫れるほど。

 朝日が出て落ちる時まで彼女は泣いた。

 やがて彼女は泣かなくなった。

 泣いても助けてくれる王子はいないと知ったから。

 この世に味方はいないのだから。

 自分で、1人で歩むしかないと気付いたから。

 そして、彼女は力をつけた。知識を貪った。生きる術を知った。呪いを利用した。

 それと同時に人々を信じなくなった。

 そして、だんだんと能力を身につけ人々の畏怖と敬意を集中させている彼女を王は害とみなし、ある日彼女を殺そうとした。

 その刺客を彼女は全員、呪いで家族、親戚ごと殺した。できるだけ無残に、残酷に。見せしめるように。

 何人か命乞いをする者もいたが気にせずに殺した。彼女には醜い敵にしか見えなかったから。

 その中には王が、父がいた。

 だが、その人も呪いで殺した。一日中激痛を与えた上で。

 そうして彼女はその夜、王位についた。

 その時、既に彼女の敵に回る者はいなかった。あの日の恐怖は全員の恐怖を喚起させたのだろうか。

 どうだろうと自分には都合がいい。支配するのに駒を出来るだけ削りたくはない。

 そうして彼女は王女へとなった。

 誰の温もりも知らぬ胸を抱えながら。

 それが彼女の物語。

 孤独の歴史だった。

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「というわけさ。あいにく私は君が思うような慈善者などではない」

 リシャーナが話を切る。

 彼女の過去、それは凄惨としか言えないであろう。

 誰にも手を取ってもらえなかった過去。

 それゆえの絶望。

 そして、怒り。

 呪いが無ければ・・・どれだけ目の前の彼女は思ったのだろうか。

 見れば彼女はまだ成人もしていない高校生並みの少女。その中で経験した喉を焼くような過去。

「だからユーマ殿、君は私と関わっていいような人じゃない。君が心優しいことは理解しているつもりだ。でも、その優しさは私ごときに使っていい者じゃない。だから、」

 銀の双眸は勇馬を写した。その目は僅かに、濡れていた。

「さよならをしようか」

 ここで逃せばリシャーナに利益はない。それどころか国の情報を持ち逃げされるだけだ。

 本当はこの少女は優しいのだろう。だがその性格が、人々によって歪まされたのだろう。

 だからこそ、勇馬は

「断る」

 否定した。

 彼女の願いを。その思いを、一蹴した。

「・・・なんでだい?」

 憤りの感情が僅かに溢れ出た。だが、彼女の胸は反比例するかのように跳ね上がった。

「君に頼んだ護衛の任務は最悪今までの君の居場所をなくすというのに!!?それに気づいているだろう!?護衛の任務が終われば君を敵として見なすことぐらい!!??」

 今までぶつける相手がいなかった、それゆえに今までできなかった子供な癇癪。それが今、彼女の喉から湧き出るようにして放たれていた。

 その顔を涙で濡らし、顔を赤く染め上げ罵声と思えるような言葉を叫ぶ。

「なんで!!?」

 言って欲しい言葉があった。

 彼女はそれを知らぬまま望んでいた。

「理由なんかねぇよ。あえて言うなら・・・リシャーナを守るため・・・かな?」

 リシャーナのため、それは彼女に初めて聞いたような錯覚を覚えさせた。

 いや、正確には聞いたことがある。部下が忠誠を誓う際にその言葉を必ず跪き語る。

 だが、ここまでまっすぐ、しかも当然のように言われたのは初めてだった。

「第一、リシャーナ。お前、ひねくれすぎ」
「・・・・・・へ?」

 この旅の間にどれほど呆気に取られただろうか。その今までの経験以上に彼女は驚きで頭を白くした。

「だってお前、自分が呪われてるから悪役になるしかないって思ってるだけじゃん」
「・・・」

 そうだ、自分は世界にとって害悪。それを考えると悪役という言葉もしっくりくるかもしれない。

「そんなの気にしなくていいと思うぜ」
「な!?」

 今度はその言葉に激情を抱いた。

 自分の過去を理解できるはずもないというのに。

 彼女は立って逃げ出そうとした。この男から。

「だって、この世に正義なんざねぇだろ」
「・・・は?」

 いや、あるじゃん。人々を守ることとか、そんなのとか。

「法律が正義?法律なんか勝手に都合いいように改竄できるもんだし。人々が正義?所詮は周りの意見に流されてばかりの奴らが?ふざけろ。力が正義?そんなものは力がある者しか思いませんがなにか?・・・と、こんな風に完全な正義なんざあったもんじゃねぇ」
「・・・」

 結構な暴論だ。

 それでも彼女を止めるには十分な言葉だった。

「所詮はみんな自分に都合がいいことを正義って言うんだ。だからさ、リシャーナは今のリシャーナを肯定することから始めろ。そうじゃなきゃ、リシャーナが先に潰れちまうだろ」
「・・・そんなことは思えないよ。私は呪い子なんだ。・・・私はこの身を怨むことしかできない」

 この身に宿る呪い。それが勇馬が言う肯定をすることをさせようとしない。

「この力のせいでずっとひとりぼっちだ。私はどれだけ自分で肯定しようとしたところでそれは誤魔化せない」

 淡々と語る自分のただ唯一の意思。自責の思い。それは人々が分かろうはずもないほど彼女を押し付ける。

 月はもう雲に隠れ切っていた。いや、月はもう見えないかもしれない。そう思わせるほどの厚みがある雲だった。



「ひとりぼっちじゃねえよ。俺がいる」
「・・・え?」

 雲がふと裂けた。その間から一筋の白い光が射すように辺りを照らした。だんだんとゆっくりと静かに幻想的に。

 蛍のような魔獣も淡い葉の色に光る。

 銀の髪にその光が反射した。

 勇馬はそのまま彼女の手を握った。細くて今にも折れそうな、それでも芯のあるその右手を優しく包み込んだ。

「俺はお前の手を掴める。お前を一人にさせたりしねぇ。だから、もうちょっと俺を信じろ」

 それは彼がとある幼なじみに言われた言葉に似ていた。

 そうであってもその言葉は彼女を束縛していた何かを斬り伏せた。

 胸が高鳴った。

 それは身体を熱くさせていく。

 よくわからない感情が彼女を一瞬の間、硬直させた。

 そのまま彼女は自身を握る手にそっと手を添えた。

「ありがとう、ユーマ」

 リシャーナの頰に一線の輝きが流れた。それは今までのような悲し涙ではなかった。

 その笑顔は勇馬を瞬く間に赤くした。

「・・・その笑顔は反則だろ」
「?なんといったんだい?」

 小声でボヤく勇馬に彼女は尋ねた。

 その彼女の顔にもはや嘘、偽りはなかった。

『・・・シショーが女子になってる』
『・・・ですねぇ』

 最近存在感がないランと賢者の書は共に勇馬にツッコミを入れていた。

 もう遥か彼方の地平線に赤い光明がさした。

 それらが彼等彼女等を赤く染め上げた。
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