上 下
14 / 35
5 寝取ったはずの上司がダンナにNTRれ返されてた件

2

しおりを挟む
「ここ…だよな……?」

18時30分。終業と同時に速攻でタイムカードに退勤押した俺は、タクシーを止めて目的の御子柴宅まで最短で走ってもらった。
指示された住所に聳え立っていたのは、想像の数倍でけえマンション。いわゆるタワマンだった。流石に最上階じゃなく7階だったが、コンシェルジュ付き、完全防音セキュリティ完備で有名な高所得者向けのマンションだ。マジかよ……出世頭二人が結婚するとこんなスゲー家住めんのか……

LINEで御子柴に到着の旨を送信すると、エントランスとエレベーターのセキュリティが解除された。俺は逸る気持ちを抑えながら慎重に部屋番号を確認して進む。
部屋番号は7035……ここだ。指定された部屋の前に立って、情けなくも足が震えそうになる。

もし主任が……ヤバいことになってたらどうしよう。
暴力とか振るわれてたりしたら……一体俺に何ができるんだ?喧嘩なんてしたことねえ俺に対して御子柴は確か空手の有段者だ。殴り合って勝ち目があるとは思えない。
警察呼ぶ?一応スマホだけは取られねーようにしないと……
武器一つ持たず無策でここまで来た自分を今更ながらに恨む。

その時、解錠の音とともにガチャリと扉が開いた。
扉を開けてくれたのは────え……主任?

「こんばんは。わざわざ仕事の後で寄って貰ってすまないな……」

てっきり御子柴が出てくると身構えていた俺の目に飛び込んできたのは、私服姿の鹿沼主任だった。
いつもみたいに整髪料できっちり固めず柔らかく梳かして耳に掛けた前髪はほんのりウェーブがかっている。眼鏡はクラシックなウエリントン、肩口まで大胆に開いた白いカシミアの丈長ざっくりオーバーニットの上から、首と鎖骨を覆い隠すように上品なグレーのマフラーが巻かれてた。
下は美脚のライン際立つ黒のレザーパンツ。いつも厳粛な雰囲気を纏う主任がおおよそ選びそうに無い、無茶苦茶エロいフェロモン漂う中性的な出で立ちに思わず生唾を飲み込んでしまう。
これってもしや、御子柴の趣味? 主任て好きなオトコに染まるタイプかよ……似合ってるけどスゲー腹立つ。

主任は火照って汗ばんだ頬を気にするように手で押さえながら、熱の籠もった上目遣いで柔らかく微笑む。
素面で俺にこんな笑顔向けてくれるなんて……初めてだよ、な……つうか主任、明らかに直前までセックスしてましたみたいな顔してんだけど……

「しゅ、にん……その、大丈夫ですか?」
「……? 何がだ?」
「えぇと、その、体、とか……」

言外に殴られたり痛い目に逢ってないか聞いたつもりだったが、主任はマジで何のことか分かってない感じで不思議そうに俺を見上げた。

「私の体調を心配してくれているのか? ありがとう。元気だよ。その……少しおなかが……苦しいくらいだな…」
「え、食べ過ぎっすか? それくらいならまぁ……いや!け、健康なら良いんす! 課長が、主任は体調不良で休んでるって、言ってたから……」
「そうなのか?」
「はい」

俺の言葉に、何かを考え込む様子の主任。これって……もしかしなくても御子柴が勝手に休む理由でっち上げて会社に報告したんじゃねえの?
そこまで思い至った時、奥のリビングらしき部屋から御子柴が出てきた。

「いらっしゃい。久しぶりだね新開! 随分と急いで来たんだな。別に急がなくても良かったのに。仕事、無理させてしまったんじゃないか?」
「御子柴……課長。こんばんは。別に無理なんかしてませんよ。俺は……主任が心配だっただけです」

言外に、お前の為に来たんじゃねえ!って嫌味を含みながら御子柴を睨み付ける。
 
「え? お前が心配することなんて何かあったかな? ま、立ち話もなんだし、上がってくれよ。夕飯まだだろ? 丁度今できたところなんだ。良ければ一緒に食べないか?」
「だ……誰の手料理っすか…?」
「俺のだけど?」

お前のかよッ!!!
まさか主任の手料理が食えるのか!?とか無駄に期待しちまったじゃねえか!つーか『お前が心配することなんて何かあったかな?』じゃねーよ!絶対に分かってて言ってンだろテメェ……!
内心腸煮えくり返ってる俺に気づいてるのかいないのか、主任がそっと俺の手を引く。

「今夜はクリームシチューなんだ。ユキのクリームシチューは絶品だから、是非君にも食べて欲しい。おいで?」
「っ!」

何だ……? この、違和感……
主任の雰囲気が、いつもと全然違う。
優しくて穏やかで、いつものトゲトゲした雰囲気が全然ねえ……しかもどこか気怠げで……とにかく色気がすごい。
これがプライベートでの主任の素なのか?それとも───

頭のどっかで警笛が鳴ってる。

違和感の正体を掴まなきゃいけない。けど意識がエロい主任に全部持っていかれて……
主任の指細ぇ……意外と体温高いんだな……手汗かいてる。可愛い……俺の手握って緊張してんの?
わっ、そんなエロく微笑みながら俺の顔見つめんの反則だって…!
主任にすっかり魅了された俺は手を引かれるまま、いそいそと手洗いうがいを済ませてリビングへついていく。

流石タワマン、リビングはぶち抜きのワンフロアでかなり広い。アイランドキッチンの前に置かれたダイニングテーブル、奥にはゆったり五人は座れそうなL字のカウチソファ、壁に備え付けの大型テレビ。白と紺を基調にしたセンスの光る必要最低限の家具たちがショールームさながらに整然と設えられていて、生活感があまり感じられない。テーブルの上には美味そうな匂いを漂わせた二人分のサラダとバゲットとクリームシチューの皿、それからワイングラスがセッティングされていた。

「今お前の分も用意するから。りっちゃん、新開の相手してあげててくれる?」
「うん。ソファで待っていよう、新開」
「りっちゃん……」
「? 何か言ったか?」
「いえ……」

りっちゃん。
夫だけに許される特別な呼称に嫉妬心がかき立てられる。俺だって主任の事大手振って「律さん」て呼びてぇよ。
そんなことを考えながら、促されて窓際のソファに座る。主任は、俺の斜向かいに緊張した面持ちで必要以上にゆっくり時間をかけて腰掛けた。火照った顔で伏せた睫毛震わせながら、何かを耐えるように引き結んだ唇の端から詰めた息を漏らす。何だ?主任のその様子に違和感を感じるも、何もかける言葉が見つからなくて戸惑いながらもスルーする。

「私は……付き合えなくて申し訳ないが……ワインは、苦手じゃないか?」
「元営業なんで、酒は一通りなんでも飲めるし好きっすよ。ワインも好きです」
「良かった。クリームシチューに合わせて白を用意していたから……それでも、構わないだろうか?」
「勿論。ありがとうございます! 」

ローテーブルに置かれたワインクーラーからボトルを取り出し、高そうな白ワインを丁寧にグラスへ注いでくれる主任。手慣れた注ぎ方を見て、この人が酒飲めないなんて誰が思うだろう?
俺の前ではすっかり一人称を「私」に戻しちまってる主任の、御子柴好みに染まった部分を発見するにつけイライラが積み上がっていく。この様子じゃ、俺との一回きりのセックスなんて二人の間にわずかな傷さえ付けられてないんだろう。

「主任は何飲むんすか?」
「私は……オレンジジュースだ」
「主任て見かけによらずジュース好きなんすね。職場でもすげー甘いの飲んでません?イチゴミルクとか」
「意外…だろうか……? 職業柄……飲み物に限らず……甘味の類は勉強のためによく……嗜む……」

ぼんやりした様子で、途切れ途切れに言葉を紡ぐ主任。心なしか吐息が甘い。やっぱり何かおかしい。
もしかして御子柴に何かされてる? やべー違法ドラッグ飲まされてるとか……
心配だけど、離れてるっていっても同じフロアに御子柴がいる。下手な動きはとれない。
ワインを飲みながら主任と他愛の無い会話を続けてる間にも、御子柴はテキパキとテーブルセッティングしていく。

「さあ、準備できたよ。グラスを持ってこっちへどうぞ。りっちゃん、歩ける?」
「うん……」

歩ける? どういう意味だ?
緩慢な動作で気怠げに立ち上がった主任の腰を、迎えに来た御子柴が抱いて、そのままダイニングテーブルまでエスコートしていく。唖然と二人を見送る俺。何これみよがしに見せつけてんだよっ!
イライラしながら席に着く。御子柴と向かい合わせに座っている主任の隣の席だ。ダイニングテーブルには別のワインクーラーが置かれていた。

「それで。単刀直入に聞きますけど。主任の事で俺に話って何すか」

こうなったら修羅場を覚悟の上で、一刻も早く本題に入りたい。これ以上御子柴と主任がイチャついてるトコなんざ見たくねーんだよ!
御子柴は「まぁまぁ」と意に介した様子も無く中身の入ったワイングラスを俺に差し出した。

「折角わざわざウチまで来てくれたんだ。冷めないうちに食べてくれよ。ほら、乾杯」
「……」

オレンジジュースの入ったグラスを御子柴の差し上げたグラスにつけて俺を待つ主任と目が合って、俺は渋々グラスを差し出した。下降した気分とは裏腹にチン、と小気味よく響くグラスの音。苛立ちを酒で流し込むように、ワインを一気に呷った。

「俺とりっちゃんは幼馴染みなんだ」

むっすり黙り込んだまま黙々と飯(悔しいが美味い)を頬張る俺に気分を害した風でもなく、御子柴もマイペースにクリームシチューを口に運びながらのんびりと話し始める。

「家が隣同士でね。生まれた時からほとんどずーっと一緒に過ごしてきた。離れてたのは大学在学中の4年くらいかな、あの時はほんとに寂しかったなぁ」
「ユキには……他の友人も、恋人もいただろう……?」
「りっちゃんは特別だから。半身を失ったような気分だったよ。離れて初めて実感したんだ、君が俺にとって一生無くてはならない大切な人だって」
「惚気とか。聞きたくないんすけど。つか一緒にいる時間が長いと何だっていうんすか?恋愛に時間、関係ありますかね」

テメエと主任の馴れ初めとかマジでどうでもいーわ!言いたことあんならさっさと言えよ!!
イラつきながらシチューを掻き込んでさっさと全部胃に収め乱暴に皿とスプーンを置く。要するに遠回しな嫌がらせなんだろ?そういうの一番癪にさわんだよ!!!

「課長。まどろっこしい話は抜きにしません? 俺と主任のセックスの話がしたいんでしょ?言っときますけど。主任は俺に一方的に襲われただけなんで。主任が何と言おうが俺が主任のこと無理矢理レイプしたんです。警察に突き出すなり訴えるなり何なりすりゃいいだろ!俺はどうなっても良いから、主任には何もしないでください!」

我ながら逆ギレも良いとこだ。けど感情が抑えらんねえ。奥さん寝取られて余裕綽々なのもムカつくし、この状況でのんきに惚気てくんのも許せなかった。御子柴は俺の怒気を含んだ声に一瞬目を丸くしたものの、落ち着いた様子でワイングラスを傾ける。

「新開。お前は何事もせっかちなところがいけない。そこが営業時代唯一の欠点だったな。俺はお前のこと、結構評価してるんだけどなぁ……。お前は入社当初から俺の事が嫌いだったね。悲しいよ」

全然悲しくない顔してしらっと言い切るそのふざけた顔、殴り倒してえ。

「せっかちだし、手癖も悪い。人のものを盗むなんて悪いことだって教わらなかったのか?」
「生憎育ちが良くないもんで。もう分かってると思いますけど俺、鹿沼主任のことが好きなんです。だから謝りませんよ。セックスしたことは後悔してないんで」
「はは、生意気だなぁほんと……でもまあ、いいや。俺はお前と違って、りっちゃんの幸せを第一に考えてるんだ。まずは新開、お前はりっちゃんが俺以外の人間を愛せないってことを、きちんと知る必要があるね……」
「はあ? 何ふざけたこと言っ……ぐあ゛ッ!⁉」

突然、首の後ろを焼けるような激しい痛みが襲った。
同時に耳のすぐそばでバチバチ、と何かが弾けるような音が聞こえて────


「しゅ、にん……?な、んで……」


恍惚とした表情の、主任の手にはスタンガンが握られてる。

何で?
何で俺、主任に襲われてんだ……?


主任はスタンガンをテーブルに置いて、首に巻いたマフラーをゆっくりと外していく。マフラーの下には真っ黒い皮の首輪が付けられてて、そこから胸の方へ2本の細い鎖が伸びてて────

「すまない、新開……これが僕の贖罪、なんだ……♡ 君には是非特等席で見て、知ってほしい……僕が、ユキだけのモノだって……♡」
「しゅ、に……」


首元までめくり上げられたニットの下。
鎖は乳首を貫通した2つのリングピアスに繋がっていた。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界人は装備が出来ない

BL / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:336

淫乱エリートは今日も男たちに愛される

BL / 完結 24h.ポイント:795pt お気に入り:846

最上級超能力者~明寿~ 社会人編 ☆主人公総攻め

BL / 連載中 24h.ポイント:255pt お気に入り:235

当て馬にも、ワンチャンあってしかるべき!

BL / 完結 24h.ポイント:440pt お気に入り:2,402

【完結】暴君アルファの恋人役に運命はいらない

BL / 完結 24h.ポイント:972pt お気に入り:1,885

捨てられた僕を飼うけだものは

BL / 完結 24h.ポイント:177pt お気に入り:238

ペット

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:30

処理中です...