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2章
幕間 旅する蒼き神
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歩き始めてどれくらい経っただろう。久しぶりの運動とばかりに、森の中を徒歩で移動したのは間違いだったかもしれない。彼女はそう痛感する。
「足が痛い…。――おっとっと、叩いてもいいんだっけか」
青い髪の少女は少し躊躇した後、一人で納得して座り込み、脚を叩き始めた。
「私があっちで叩かれると、地震起きちゃうしねっ、と」
そう。彼女が叩くという行為に躊躇する素振りを見せたのは、まさに彼女自身が振動するから。
一見何とも無い行為に見えるが、躊躇するのにはもう一つ理由がある。
――今彼女が立っている大地が、つまり世界が彼女自身であるからだ。
世界が彼女自身、と言うなら、もうそれを表すのは一人しかいない。
この少女は、この世界の創世神。つまり、ワールドである。
ちなみにあっちとは、彼女がいつも存在している空間のこと。現世とは異なる場所のことだ。
そこで彼女に強い振動が加われば、その加わった場所に対応した場所で地震が発生する。
ワールドはそれを恐れたのだ。言ってしまえば癖である。
「今の私はワールドじゃないんだー。アルだよ『アル』っ」
彼女はいつもの偽名を自分に言い聞かせると、やがて立ち上がった。
「さぁーて、行くよ私!お忍びだよ、アル!」
アルはそう意気込むと、また再び歩き始めた。
「ん?――えっここに崖があるなんて聞いてないうわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
そして崖へと真っ逆さまに落ちた。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」
アルが落ちたところは、崖と言うよりは渓谷の方が正しいだろう。後ろにも前にも岩壁があることに、彼女は混乱していた。
――潰される!彼女はそんな感覚を味わう。
だが流石は神。突如落下をやめると、そのままゆっくりと谷底へと降りていった。
彼女はひとまずの安心とともに、谷底へ降りた瞬間ぺたりと座り込んでしまった。
「うっへー、怖かった…!神じゃなかったらお陀仏だったね」
彼女はため息をつく。
彼女はかなり深い渓谷に落ちたようで、上を見上げると、空が大分遠く見えた。
辺りは文字通り真っ暗で、光が無ければ到底何かを見ることは叶わない。
だがこの状況に置かれても、彼女は大きな期待さえ持っていた。
「でも、魔法があってよかったよ…。創っといてよかった」
彼女は谷底へと落ちたとは思えない気の抜けた、そして神にしか言えない言葉を吐く。
とりあえずここから出ることを目標に、アルは再び立ち上がった。
しばらく歩いていると、彼女は何かに気付く。
壁と壁に響き渡る重低音。規則的にやってくる振動。それらは時間が経つにつれ、規模が大きくなっていく。
アルは周りを見渡す。置かれている状況にしては緊張感がない。だが、顔つきだけは真剣だった。
「さてさて、何かな?」
真剣な顔つきから溢れる、笑み。それは引きつった作り笑顔でもなく、恐怖からの狂った顔でもなく、
――単純な好奇心からくる、無意識な笑みだった。
「――お」
やがてその音と振動の持ち主は、目の前に姿を現した。アルはそれを見るべく、暗視の能力を発揮した。
そして、それによって目にしたものは、
「グルァァァァァァァァァァァッ!」
黒色に染まった、竜だった。
見るものを圧倒する、規格外な胴体。
その胴体に相応しい、強靭な翼。
アル程度の体躯なら、簡単に飲み込めると、大きく開かれた口。
ただの人間ならば一瞬で消し去ることが出来る程の竜が、そこに君臨していた。
自分は渓谷の王だと言わんばかりに、竜はアルを威嚇している。
「ほー、改めて見ると大きいんだなぁ、ダークドラゴンって」
場違いに感心しているアルを、ダークドラゴンと呼ばれた竜は葬ろうと、首を伸ばし噛み砕こうとする。
ただの人間なら、ここで成す術もなく殺害されることだろう。
ただの人間、なら。
「――ひょえぇ、怖いねぇ」
だがアルは、どこから取り出したのか、右手に金色に光り輝く剣を手にし、竜の顎を抑え阻害していた。
アルの声には力む様子は一切なく、涼しげにしていた。
「グルルゥッ…!」
竜は驚愕したのか首を一旦引いたが、再び殺気をこちらに向ける。
「グルアァァァァッ!」
そして竜の口に熱が集まったかと思うと、その勢いで燃え盛る、地獄の業火のような炎を噴射した。
「おわっ!?」
流石のアルも、これには驚きを見せる。
だが、彼女は炎を避ける様子を一切見せず、そのまま灼熱地獄に包み込まれていった。
竜は、自分の攻撃を止めさせ、屈辱を味わされた相手を、容赦なく焼き尽くそうとする。
その炎に慈悲は無かった。
竜が吐き続ける炎は止むことはないと錯覚させるほど勢いは強く、まさに憎しみを表しているようだ。
生き残ることのないように。竜は念入りに炎を浴びせ続けた。
しばらくして、竜は炎を吐くのを止めた。
竜は、焼け焦げたであろう彼女を見るべく、炎が消えるのを待っていた。
だが。
「ほんっと人使い荒いわねアンタ」
「いやぁ、助かったよ」
そこには平然とアルが、そしてアルの前に立つ少女が佇んでいた。
黒く、腰まで伸ばした髪に青い目。目つきは少し悪いが、可愛げのある顔をしている。彼女が着る黒いワンピースが、白い肌を強調していた。
「何であたしなのよ。戦いならあの金ピカ緑髪に任せればいいじゃない」
彼女は口を尖らせ言う。
「アリアのこと?いやぁ、戦いについてはピカイチだけど、守りは君より断然弱いからねぇ」
アルは肩をすくめると、隣の少女の肩に手をポンと置く。
「ミストの結界術なんて、もはや魅了されちゃうし。剣のアリアと盾のミストかな?」
「アンタうざったいわよ」
ミストと呼ばれた少女はアルにジト目を向けると、アルは苦笑いしながら手を離した。
その光景だけを見れば、二人の少女の微笑ましい会話だが、周りを見れば正反対の光景があった。
自分の攻撃を止められたことに対して激怒する竜が、今にも飛び掛りそうに構えているのだ。
「こんなことをしている場合じゃなさそうね」
「うん。殺されそうだよねー」
二人は竜の方向へと向く。何も知らない者が見ては、あまりにも無謀な光景にしか見えない。
だが、アル。そしてミストさえも、空の上の存在なのだ。アルは創世神であり、ミストは彼女の一応の従者。
ならば、負ける理由は見つかるだろうか。
「グオオオォォォォォォッ!」
竜は咆哮し、その場にいる者全てを震え上がらせる。
だがそれをミストは防音術でシャットアウトし、何事も無かったかのようにやり過ごす。詠唱などは無い。
竜は鉤爪を使い、少女達の肢体を引き裂こうとする。
だがそれすらもミストは結界で防ぐ。
「さて、と。そろそろこっちも本気を出すかなぁー」
「最初から出しなさいよ!」
一人だけで奮闘していたミストにツッコミを入れられるアルだが、彼女はめげずに竜を睨む。
「行くよーっ!」
そう言うとアルは両手を合わせて、腰の右側まで動かした。
「かーめーはー……」
「ちょっ、ストップストップ!」
「うえっ!?」
突然目の前で奮戦していたミストに魔法行使を止められ、素っ頓狂な声を出すアル。
「何で止めたのさ!」
「何でって、分かんないわよ!何故か色々危ない気がしたのよ」
そう言われるとアルは不満げな声を上げる。
そしてアルは右手に光り輝く剣を突然出現させると、何やら力を込める。
その瞬間だった。
剣は光を増し、辺り一面に目がくらむほどの輝きを放った。
剣からは一筋の黄金の光が空まで伸び、剣自体がその大きさを誇示するように見えた。
「でぇぇやぁぁぁッ!」
そしてアルが地面を蹴り、前方へ飛び出すと、その勢いのまま竜を斬りつけた。
「グギャアァァァァァァ!」
斬りつけられた瞬間に竜は断末魔を上げる。
「だぁぁぁぁぁぁッ!」
だが彼女は攻撃の手を緩めない。普通の人間なら有り得ない程の高さを飛び上がり、そして獲物を竜に突き刺した。
突き刺した所から、血と、そして光が溢れる。
竜はそのまま力なく倒れていき、そして大きな音とともに横たわった。渓谷の王が敗北を知った瞬間だった。
「流石ね」
「これでもアリアには敵わないからねぇ。人間じゃないよ、あいつ」
「いやもともとあたし達人間じゃないでしょ」
ミストが的確なツッコミを入れると、アルは「あ、そっか」と答えた。
「…えっと、とりあえずここからどう出よう」
ダークドラゴンの亡骸を背に、アルは上を見上げて問う。
思い返せば、ここは渓谷の底であった。
「アンタなら飛んで出れるんじゃない?」
「うーん、地上と上とでの身体は違うからねぇ。浮遊は出来ても、飛行は厳しいかな」
アルがそう言うと、ミストは腕を組んで考え始めた。
「あっ、そうよ」
しばらくした後、ミストは手をポンと叩いて言う。
「あたしが、結界で階段を作ればいいのよ」
「それ、天才」
しばらく間が空いた後、二人の間でクスクスと笑いが起こった。
「出来たわ!」
「おー」
アルがミストに拍手を送る。拍手を受けたミストは、何処か誇らしそうだ。
「さて、登らなきゃなぁ」
「あたしが作っておいてなんだけど、何段あるのかしらねこれ」
目の前に出来た階段は、渓谷の入口まで螺旋状に伸びていた。
だが、階段の段数に圧倒される。この階段を上がれば、山一つは登れそうな高さを上がることになりそうだ。
「気が遠くなるわね」
「本当だよ」
だが二人は仕方ないと言いたげな表情で階段を上り始める。
数分後。二人は物言わずに階段を上っていたが、アルが久しぶりに口を開く。
「私達って登山してるんだっけ」
「違うわよ」
「この雰囲気とか、完全に登山だよねこれ!?進んでるようで進んでないもどかしさ、登山っぽくない!?」
「それが冒険みたいで楽しいんじゃないの?」
「えぇ…」
アルはまたもや肩を竦めると、また黙々と歩き始める。
また数分後。今度はミストが口を開いた。
「面倒になってきたわ」
「でしょ」
「あたしだけ先に地上に上がってもいいかしら?」
「えっ、どうせ霧になってどっか行くんでしょ」
アルはミストに疑いの視線を向ける。
そう。ミスト自身が言った通り、彼女は霧になることが出来る。その状態で移動することによって、様々なところに出現することが出来るのだ。彼女の名前の由来でもある。
「何処かに行くわけじゃないわよ。地上で待ってるわ」
「いいなぁその能力。私も地上で使いたい」
「アンタは上の世界で好き勝手してるんだからいいでしょ」
ミストが呆れたように言うと、アルは口をすぼめる。
「もしここで霧になって先行したら、後でアリアと遊んでもらうからね」
「分かったわよ…」
アルが一部強調して言うと、余程嫌なのかミストが折れる。
こうして会話をしていくうちに、二人はいつの間にか地上に到達していた。
「明るーいっ!」
「やっと外ね」
待望の地上に、二人は目を光らせる。
暗いところに目が慣れていたため、少し目がくらむが、目はすぐ慣れた。
「さて、あたしはこれでお役御免かしら?」
「そうだね。また困ったら呼ぶねー」
「…ほんっと人使い荒いわよアンタ」
ミストはそう言うと、ため息をついた後、一瞬で霧となって消えてしまった。
それを見届けたアルは、また歩きだそうと気合を入れる。
「あ、そういえば周りは森だったんだ」
彼女はそう言うと肩をすくませ、今度こそ渓谷に落ちないようにと歩き出した。
アルがしばらく歩くと森を抜け、その先に大きな街が見えてきた。
アルが目指していた場所は、まさにここ。
イルソン領であった。
領主は、侯爵であるキンジョン・イルソン。小太りで、欲望に塗れていると噂の貴族である。
何故、アルはそこに立ち寄ろうと思ったのか。それにはもちろん理由がある。
彼女は、地上で行商人を仕事にしているからだ。
そもそも彼女が仕事をする必要は無いのだが、行商人になる事によって、色々な組織のある程度奥までは覗くことが出来る。つまり言えば、彼女の趣味であった。
ちなみに商品は、彼女が創り出した逸品ばかり。武具から素材、宝石まで幅広く取り揃えている。
商品はただ単に作り出しているだけなので、コストはゼロといっても過言ではない。そのため普通では考えられないほど商品を安く売ることが出来る。故に彼女の商品は大陸でもかなりの人気を誇っているのだ。
店を建てて売ってくれと頼まれる事もしばしばあるが、いかんせん本業は神であるため、それを叶えることは出来ない。もし建てられるとしても、旅をしたいので建てるつもりもない。
そのため、神出鬼没の彼女に、買い手はよい待遇を受けさせるのであった。
「こんにちはっ!私です」
アルは街の門に到着すると、彼女は門番に笑顔でこういった。
名前も告げてはいないが、彼女は大体の街では顔パスである。なので、手続きすることなく門を通過できる。この街もその一つだ。
「はいはい。じゃ審査するんで待っててください」
だが、門番から返されたのは予想外の言葉だった。
「え?」
これには、アルも困惑する。
「え?じゃなくて、審査ですよ審査。まさか知らなかったとは言わせませんよ」
「いやいや、私なんだけど。見覚え無い?」
「はぁ?」
この門も顔パスのつもりで通ろうとしていたのだが、門番には通じない。逆に門番に呆れられてしまった。
何故話が通じないのだろう。アルは必死に思考を巡らせる。
しかし、巡らせているうちに、門番の後ろからもう一人男が走ってきた。
「すっ、すみません!すぐお通ししますので!」
どうやらこの男も門番のようだが、彼は到着するなりすぐにこう言った。
「はっ、はあ!?先輩、まだこいつ審査すらしてませんよ!?」
だが、最初の門番は、後からやってきた先輩門番に苦言を呈した。
「バカ!この方はあの行商人だぞ!機嫌を損ねられたらどうする!」
「あのって、まさかあの行商人ですか!?」
「えっ、えっと…、ちょっといいかなー?」
状況が掴めないアルは、彼らに質問する事にした。
「は、はい。何でしょう」
先輩門番が答える。
「何で最初、私は審査が必要だって言われたの?」
「それはですね…。彼、新入りなんですよ」
先輩門番がこう言うと、後輩門番は顔を背ける。
「ありゃ、そうなの?」
「ええ。アルさんの特徴は伝えて通すようにとは言ったのですが、彼、分からなかったらしく」
後輩門番の顔つきが厳しくなる。
それを見たアルは、仕方ないと思いつつ、愛想笑いをした。
「新入りなら仕方ない。じゃ、改めて通して貰おっかな」
「分かりました。門を開け!」
先輩門番が叫ぶと、門が音を立てゆっくりと開く。
先輩門番は、それを見届け、謝罪の言葉を述べた。
「ほら。君も謝罪を」
「…誠に申し訳ございません」
「はい。今度から気をつけてねー」
謝罪を受け取ったアルは、後輩門番の背中を叩いてから門へ歩きだした。
だが彼女は、後輩門番の顔がにやりと笑ったことに気づくことは無かった。
門を抜けると、そこにはやけに綺麗な街並みが広がっていた。
舗装された道路に、石壁の家。汚れはほとんど無く、綺麗に掃除されているのが分かる。
だが、その裏には汚れた街。すなわち、スラム街が広がっているのをアルは知っていた。
富裕と貧困。光と影。それがこの世界の常識だということも、彼女は知っていた。
しかし一柱の神として、その影に少しでも光を差し込みたい。だから、行商人という立場で、ただにも等しいような価格で商品を売っているのだ。
両方の立場からも必要とされる行商人。それがアルだった。
「悲しいよねぇ…。世界を創れても、人までは変えられない」
歩きながら一人しみじみ思っていると、突然アルは後ろから声を掛けられた。
「すみません」
「んっ、何かな?」
アルは振り向く。
「アルさん、ですよね?」
「そうだけど」
声の持ち主は、いかにも貧困層の男だった。
薄汚れた服を着ていて、痩せた体。見るも痛々しい姿をしている。
「商品を販売して欲しくて。皆、普通の店じゃろくに食べ物も買えないんです」
男は困ったように眉を寄せ、掠れた声で話した。
やはり。アルは悲観する。彼らは、日々食いつないでいくのも精一杯なのだ。自分をこうやって頼るしか、生きていく道は無いのだろう。
依存されている気もするが、死なれるよりよっぽどいい。
「分かった。売ってあげるよ」
「本当ですか!」
アルが告げると、男の暗かった顔がぱっと明るくなる。
「でもここじゃ、その荷物も降ろせないですよね。いい場所があるんです。案内しますよ」
男は、アルが背負う大きなリュックを見つつ言った。
このリュックは、門の前に来るまでは背負っていなかった物だ。旅では邪魔になるため、アルは魔法を使い、空間に押し込んだ物である。
「なら、案内よろしくね」
アルはその提案に乗り、頼むことにした。
男は頷くと、一本の路地の方へと歩きだした。
アルはそれに付いて歩く。
路地は長く、歩いて行けば行くほど街の喧騒が薄れていく。
だが何かがおかしい。いつまで歩いても、人気が一切ないのだ。
いくらスラム街と言えど、流石に人気はある。それを感じないという事は、異常なことなのだ。
アルがそれに気付き、疑問に思っていると、男が突然口を開いた。
「……ごめんなさい」
「えっ?」
ガチャン。
男の言葉に驚いていると、いきなりアルの首に金属製の首輪が付けられた。
突然のことに驚きで声も出せないでいると、誰かに肩を掴まれた。
「やっと捕まえたぜ」
アルが目を丸くして手を振りほどき、後ろを振り返ると、そこには数人の男がいた。
「よお、伝説の行商人さんよお」
「きっ、君たちは…!?」
アルの反応を見ると、男達はケラケラと笑い出した。
「俺らかぁ?――ただの行商人だよ」
「行商人…?なら、なんでこんなことっ!」
アルが首輪を掴みながら言うと、また男達が笑う。
「お前が邪魔なんだよ!」
「邪魔…っ?」
自分が何かしたのだろうか。自覚が全くなく、過去の記憶を思いだそうとアルは考え始めた。
だが男達は自ら答えを出してくれた。
「自覚ねえのか?お前が激安であんないいもん売るからよぉ、こちとら商売上がったりなんだよ!」
男の一人が壁を叩く。頭に血が上り、激昴しているようだ。
「まあ落ち着け。だが、確かにその通りだ。お前のせいで、俺らの商品は売れたもんじゃあない」
一人が男を制止すると、彼は落ち着いて話す。
「だからな、お前は邪魔だ。ある点を除いてな」
「ある点…?」
アルが無自覚なのを見ると、思わず男がにやりと笑う。
「お前の風貌だ」
「えっ」
意味を理解したアルが、一気に顔を赤くする。
「も、もしかして、私をそういう目で…!」
首輪に、男の言葉。つまり、そういうことだろう。
「あながち間違いじゃないな。俺らがしたいのは、金稼ぎだが」
「ああっ、そうだ!俺らはお前を売って、大儲けするわけだ!」
「私を、売る!?」
イルソン領では、しばしば人身売買されるという話を聞くが、まさか自分が売られるとは思ってすらいなかった。
「な、なら私は抵抗……ありゃ?」
黙って売られる訳にもいかないので、アルは魔法を使おうとする。剣を出現させようとしたのだ。
だが、何故かその魔法が使えない。他の魔法を使おうとしても、それは叶わなかった。
その様子を見ていた男達は、またケラケラと笑う。
「な、なんで…!?」
「どうやら、上手くいったようだな」
一人が近付いてくると、そのまま首輪を引っ張る。
「うぐっ…ぅ」
引っ張られた勢いで、アルは男と密着する形になる。彼女は屈辱で顔を歪ませた。
「魔法が使えなくて不思議で仕方が無いだろう。お前は魔法が使えると有名だしな」
アルは必死に抵抗するが、魔法が使えない今、どうすることもできない。
「その首輪は『魔封』の術式が埋め込んである」
「魔封って、まさか!」
「そのまさかだ。一切の魔力行使を封じる効果がある」
男はさらに首輪を引っ張った。周りでは男達が下品な笑みを浮かべている。
「いやぁ、大変だったぜ!首輪を用意して、門番に賄賂を渡して、情報を通して貰ってなぁ」
そう言うと、男は、貧困層であろう男を指さした。
「そいつは、金を渡したらすぐ協力してくれたぜ、なぁ?」
「……もう、行っていいですよね」
男は頷く。
「おう。よくやった」
そう言うと、貧困層の男は俯いて走り出してしまった。
「さて、やるぞお前ら」
「おうよ!」
そう言うと男達はどこからか荷車を引っ張り出し、そしてアルに猿轡を施した。
「うるさくしたら、命はないと思えよ」
男はそう言うと、アルを後ろ手に縛って荷台に転がし、上から布を掛けた。
これからどうしようかとアルは悩む。だが、男達はアルに目隠しさえする。
男達は簡単に自分を逃がす気はないらしい。そう悟ると、アルは諦め、しばらく黙ることにした。
しばらく荷車に揺らされる感覚を味わっていると、それが唐突に止んだ。
目的地に着いたのだな、と察すると、アルは担ぎあげられる。
そして男達の足音、何度かドアが開く音が聞こえると、アルは何処かに降ろされた。
そして首輪を引かれる感覚を味わうと、目隠しが、猿轡が、そして拘束が外された。
「うわっ…」
「どうだ、お前にぴったりな部屋だなぁ、だろう?」
ドアが閉められ、男達が笑い出す。
そこは、まさに牢屋だった。
鉄格子が前に広がり、周りは石造り。あまりにも簡素な作りだが、入れられた人間を逃がさないという意思がひしひしと伝わってくる。
首輪には、壁と繋がる鎖が付いており、行動を阻害していた。
男達は鉄格子越しにこちらを見つめ、下品に笑っていた。
「そこで震えながら過ごすんだな!」
そう言うと、男達は笑いながらどこかへと歩き、扉が開く音がした。
「…さてさて、どうしよっかな」
男達が去ったのが分かると、アルは早速ここから脱する手立てを考え始める。
「魔法は使えないみたいだしなぁ…。人間の身体じゃあ、無理もないかな」
いくら神だとは言え、地上に降り立つときは人間として降りている。構造は人間と同じなので、この首輪も効果があるのだろう。
アルも、更々売られる気は無い。彼女は頭を抱えて考え込む。
「――あっ、そうだ」
アルは何かを思い付いた様子で、立ち上がる。――が、首輪の鎖がそれを邪魔する。
「ぐえっ…全く、うざったいなぁ」
だがアルは座り直すと、彼女は小さな声で言う。
「…ミスト、いる?」
そう言うと、突然辺りの空気が歪み出す。
窓から。鉄格子から。地面の隙間から。あらゆる所から霧が湧き出すと、牢屋に霧が立ち込めた。
そしてしばらくすると霧が一箇所に集まり――
「無様な格好ねぇ」
「えへへ…」
彼女が、ミストが現れた。
ミストはこちらをジトりと見つめると、ため息をついて言う。
「どうせその拘束を外せとかでしょ。でもあたしには無理よ」
「えっ、なんでさ」
「それ自体が魔法を受け付けないからね」
ミストが事実を伝えると、アルはがっくりと落ち込む。
「でも、どうしようもないってわけじゃないわ」
「えっ、ほんと?」
「ええ」
そう言うとミストは目を瞑り、何やら力を込め始めた。
しばらくすると、彼女の足元に光が生まれる。
「――あたし達に無理なら、別の人に頼ればいいのよ」
そう言うと、ミストは足元から飛び退き、光を見つめた。
「まさか――」
アルが何かを察すると、彼女もその光をにっと笑いながら見つめる。
――光が収束する。
その光が集まり、細くなっていくと、その光が突然辺りに放たれた。
目が眩むほどの閃光が放たれた後、その光があった場所には――
「――お呼びでしょうか、ご主人」
金の鎧を纏った緑髪の少女が、膝を付き佇んでいた。
緑色の髪に、アルのような深紅の瞳。髪も二人と同じように長く、髪の色さえ同じなら姉妹のようだった。
身に纏う鎧は黄金で、汚れ一つ無い。真っ赤なマントを付け、立ち姿は勇者を連想させる。
「この首輪、外してくれない?」
「了解です」
そう言うと彼女は、金の篭手で包んだ腕で首輪を掴み、そのままバキッと容易く割ってしまった。
「おおー、流石アリア。私もそれくらい力が欲しいなぁ」
「私はいらないわ。逆に不便そうよ」
「確かに不便です。グラスを取ろうとしたら、粉々に粉砕してしまったことがあります」
ほらね、とミストが言う。
「じゃあその馬鹿力なら、この鉄格子なんて余裕なんじゃない?」
ミストが煽るように言うと、アリアと呼ばれた少女は鉄格子を掴み、
――鉄格子がゴシャッと凄まじい音を立てて折れた。
「ひょええ、怖いねぇ」
「流石に引くわ…」
二人がその力に様々な反応を見せると、アリアが突然アルに問う。
「このような場所にいたということは、ご主人、捕えられていたのでしょうか」
「そのとーり」
いきなりアリアが壁を叩く。叩かれた石壁に小さく穴が開く。それを見たミストが顔をしかめた。
「私、その人間許せません」
キリッとアリアが言う。
「えっ、やっちゃうの?殺っちゃう?」
「人間の肉塊なんて見たくないわよあたし」
二人がまた色々と言うが、アリアがガッツポーズをして言う。
「大丈夫です。少しオハナシするだけですから」
アルとミストから、血の気が引いた。
三人が牢屋から出ようとすると、出口には二人の見張りがいた。
二人はアル達を慌てて止めようとしたが、アリアが鉄の扉を粉砕し、にっこりとするところを見ると、何も見なかった振りをした。
どうやらここは屋敷のようで、部屋や廊下は綺麗に整えられていて、周りには調度品がいくつかあった。
そして、異変に気付いた兵が複数やってきた。
「貴様ら!どこへ行くつもりだ!」
兵の中でも一番偉そうな者が叫ぶ。
「どこって、外だけど?」
「ならば、黙って通すわけにはいかんぞ!」
どうやら兵は勇敢なようで、無謀にも三人に立ち向かおうとしてくる。
「あっそう。なら二人、死なないようにしてあげてねー」
「了解です」「こいつ加減できるのかしら」
アルに頼まれ、一応の返事をする二人。
「感謝しろお前ら!模擬刀で相手してやるのだからな!」
兵らは剣を抜き、ジリジリと迫ってくる。彼らの顔には、少しの油断が見えていた。
それもそうだろう。相手はたった三人の少女だ。一人は鎧で重武装をしているとはいえ、剣を持っていないのだから実質無力に見える。
だが、この三人、いや三柱に油断するのは、命取りであった。
「さあて、最強の矛と盾。合わさったらどうなっちゃうんだろうねぇ?」
アルがにやりと笑う。
「かかれぇぇぇぇっ!」
「おおおおぉぉぉぉっっっ!」
一番偉そうな者が号令を掛けると、兵達が剣を構え、こちらに走り込んでくる。
人数はあちらの方が圧倒的に有利だ。兵はアルを守る二人を倒そうと、二手に分かれる。
まずミスト。兵は彼女を無力であると見て、一気にけりをつけようとしていた。
「悪く思うなよっ!」
兵が飛びかかる。
「遅いわね」
だが、それをミストは結界ではじき返す。
はじき返された兵はそのまま屋敷の壁に衝突し、勢いが強すぎたのか悲鳴も上げることなく気絶した。
他の兵も同様に、飛びかかってははじき返され、意識を手放すものが多数だった。
「ば、馬鹿な!」
それを傍観していた偉そうな者が驚愕の表情を見せた。
もう一方、アリアの方では、とにかく悲惨だった。
走り込んでくる兵を、片っ端から殴り倒していったのだ。
動きは早すぎて捉えることが出来ず、混乱する兵達。そして、混乱を見せた者からなぎ倒されていく。
「喰らえ!」
一人の兵が、背後からアリアに剣を振り下ろした。よく訓練されている。訓練された剣捌きは、迷うことなくアリアの元へ導かれ、
その剣を、アリアはいとも簡単に握りつぶした。
「ひぃっ!?」
剣を破壊された兵は、その剣を手放し、驚きのあまり尻もちを付いてしまう。
「痛い目に合いたくないのなら、そこで大人しくしていてくださいね」
アリアがほほ笑む。だが、兵はそれに恐怖を感じたのか、縦に首を振る人形のようになってしまった。
「アリア、アンタそれ手加減してるわけ?」
この惨劇を見て、ミストが呆れる。
「もちろんです。グラスをギリギリ持てるくらいの力で殴ってますから」
「あっちのグラスは素材が強靭なのよ。あんなのがギリギリ割れない程度の力って、骨折れてもおかしくないわ」
いたってアリアが真剣な顔で答えるので、ミストはしばらくして、くすっと笑ってしまった。
だが、それが彼女らの油断に繋がったのだろうか。気づかないうちに兵の一人が間を抜けたようで、アルにあっという間に組み付いてしまった。
「うえっ、ちょっと、何してるのさぁ!」
「黙れ!我々の中にも、魔法を使えるものはいるのだよ!」
偉そうな者が勝ち誇ったように言う。
「お前らも魔法を使えるようだが、そいつはすごいぞ!隠密の魔法など、お前らとは比べ物にならんだろうなぁ!」
どうやら、アルに組み付いている兵は、『隠密』でここまでたどり着いたのだろう。人間では魔法を使えるものは限られているもので、この兵達の中にいるとは考えてもいなかった。
「ご主人!」
アリアが飛びつこうとする。
「おおっと待て。お前が変な動きを見せるものなら、そいつの首を、今度こそ本物の剣で切ってしまうぞぉ?」
だが偉そうな者は、アルを人質にそれを制止する。
「ミスト、あなたの結界術で、あれを剥がせませんか?」
ミストが首を横に振る。
「無理ね。仮にできたとしても、あいつの命が危なくなるだけよ」
アリアが悔しそうにうつむく。
「おーい。どうすりゃいいの私達」
アルが偉そうな者に呼びかける。
「そうだな。…おい!首輪を持ってこい!」
偉そうな者が部下とみられるものに命令すると、部下はそれに従い、十秒と経たずに人数分の首輪を持ってきた。
「どうやらお前ら三人、それなりの値段で売れそうじゃあないか。金色のお前も、所詮は魔法で偽った力だろう?」
「いえこれは元から――」
「ええっ、残念ながらその通りよ。それでどうするつもり?」
アリアが何か言おうとしたが、ミストが口を塞いで黙らせる。アルは苦い顔をした。
「お前らを、魔封の首輪で魔法を使えなくしてから、商品にしてやろう!これで我々も、給料が上がるだろうな!」
兵達が笑う。
アルがため息を吐く。
「じゃあさっさとそれ、付けてよ。これ以上は両方消耗するだけでしょ?」
「潔いな。そうさせてもらおう」
偉そうな者が部下に指示する。彼らは指示を聞くと、あっという間に三人に首輪を施した。
「――本当に魔法が使えないのね」
ミストが舌打ちをする。
「こいつらを牢に連れて行け!」
「はっ!」
兵達は三人の腕を掴み、連行する。
アリアは何故という顔で。
ミストは無表情で。
アルは――今にも吹き出しそうな顔で。
普通なら、入ったら終わりの牢へと、連れて行かれるのだった。
普通なら。
三人が牢に入れられると、首輪が鎖に繋がれ、大きな音を立てて扉が閉められた。
道中、粉砕された鉄扉や、ひしゃげた鉄格子を見て兵が絶句していたが、魔法を封じていると思っているからなのか、思ったよりは驚きは見せなかった。
「ミスト。なぜあのとき、私の口を塞いだのでしょう」
アリアが懐疑の目を向ける。
「おもしろそうだったからよ。アンタのその馬鹿力が魔法による物じゃないって知ったら、どうなるでしょうね?」
ミストはいたずらな笑顔を浮かべる。
「まあ、アリアは真面目すぎるよね。たまには人間で遊んでもいいんじゃない?」
「ご主人まで…」
アルにまでこう言われると、彼女は折れるしかない。アリアはそっぽを向いてしまった。
「で、どうしよっか」
「そうねぇ。夜まで待って、それから襲撃しましょう」
「それ、面白そう」
二人がくすくすと笑う。アリアはそれを見て、ため息をつくしかなかった。
「あ。これ、アリアに活躍してもらうからね」
「えっ?」
アルが突拍子もないことを言うと、アリアがぽかんと口を開ける。
「この中じゃ、一番男受けしそうだからねー。見張りとかを誘惑して、情報とかを仕入れてみようよ」
「私とかこいつとかは癖が強すぎるし、清楚系のアンタが一番いいわね」
さらにミストも言葉を重ねる。
よくよく二人の顔を見ると、にやにやと笑っているのが分かる。
「誘惑って…私じゃないとダメですか…?」
「「ダメ」」
アリアががっくりと膝を付く。その勢いで石製の地面にひびが入るが、二人は見なかったことにした。
「じゃあ、次見張りが回ってきたら決行ね!頑張ってアリア!」
「ご主人…」
「アンタならいけるわ」
「ミストまで…うぅ、誘惑なんて…」
アリアは後戻りできないことを察すると、ただただ顔を赤くするしかなかった。
俺は一介の見張り!俺は今、金持ちから雇われて牢を見張っている最中だ。
今回の雇い主は金払いがいい。なら、やる気も出るわけだ。
なんか緊急で呼び出されたのは目をつぶろう。俺の前の見張りが逃げたらしいんだけどな。
しかし、何で逃げるんだろうか。
今回、俺が見張ることになったのは、
――美少女三人だ!
水色の髪の子と、黒髪の子、護衛なのか分からないが、緑髪で鎧を着込んだ子。
しかも、やんちゃ系、ツンツン系、清楚系と、三種そろっている!
多分この三人なら、どんな性格が好みだろうと見合うやつは必ずいるだろう。
俺はこの子達を目に焼き付けるべく、熱心に仕事に取り掛かることにした。
ああ、神様ありがとう!
「時間だ。次はお前が見回りの番だ」
俺の同僚が声を掛けてくれる。待望の見回りの時間だ。
さて、いくぞ!
俺は上着を羽織り、部屋を出て牢へと向かった。
しばらく歩くと、何やら騒がしくなってくる。
少女たちが何か言い合っているのだろうか。
それも仕方ないか。こんな小さな少女たちが牢屋に閉じ込められたんだ。泣きたくもなるよな。
そうやって俺が考えていると、あっという間にその牢の前に到着した。
よし。誰も逃げていない。まずはそのことに安心する。
「あ、あの…」
「ん?」
緑髪の子が俺に話しかけてくる。
実は俺、この緑髪の子がタイプなんだ。万人受けしそうな顔立ちで、清楚な雰囲気。
か、可愛い。
俺はこの緑髪の子の話を聞くことにした。
「なんだい?」
「え、えっと私、あの…」
緑髪の子は顔を真っ赤にし、もじもじしている。
くっダメだ、可愛すぎる。
「私、何でもするので…。このお屋敷が寝静まるころ、教えてほしいんです」
「なっ、何でもぉ!?」
何てことだ。この子は何でもするといった。
しかも、この屋敷が寝静まるころ!?つっ、つまり、
――そういうことだろ!
「フッ…、この屋敷は、日が落ちて四時間くらいすりゃあ、寝静まるぜ…。見張りは交代で起きてるけどな」
俺は自分をかっこよく見せるようにし、さらりと答えた。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。俺は嘘をつかねぇ…」
そういうと、緑髪の子は嬉しそうにガッツポーズした。
そんなに嬉しがられると、俺まで嬉しくなってしまう。しかも、このガッツポーズ、一つ一つの動きから完璧に可愛かった。
くっ、どうやら俺は完全にこの子に魅了されたようだな。
とりあえず、誰も逃げていないことを確認し、俺は戻ることにした。
「じゃあな。また夜に迎えに来てやるぜ」
俺は決め台詞を言うと、顔も見ずに去ることにした。
あのままでは、俺は魅了されきって、そのまま鼻血でも出して死にそうだったからな。
さあ、今晩が楽しみだ!
「ああぁぁぁ…」
「よくやったよっ、アリア!」「顔真っ赤だったわね」
アリアが両手で顔を押え、それを二人がからかう。
アリアは見事に誘惑に成功し、情報を引き出すことができた。
見張りによれば、日が落ちてから四時間ほどでこの屋敷は寝静まる。
しかも、アリアに魅了されたのか、わざわざ迎えに来てくれるという。
「あの男、アンタとそういう関係になれるとでも思ったのかしら」
「いやです!たとえご主人からの命令があったとしても、私は――」
ここまで言ったところで、アリアは顔を真っ赤にして、口ごもってしまった。
「どうしたのぉ?もしかして、想像しちゃった?」
「ひにゃぁっ!?」
アルがアリアに前から抱き着き、上目遣いでアリアを見上げると、アリアが目を回して倒れこんでしまった。
「ちょ、ちょっとぉ…、アリア?」
「あーあ。この様子じゃ、しばらくダメよこれ」
「いや普通に重いんだけどこれ」
「アンタが倒したんでしょ」
ビシッとミストに言われると、アルはアリアと一緒に床に突っ伏してしまった。
「じゃあいいもん。私寝る」
「はぁ?何言ってんのアンタ」
だがアルはそのまま目を瞑ると、アリアの硬い鎧を抱いて、鼻息を立て眠ってしまった。
「どうしてそんなので寝れるのかしら…」
ミストは呆れる。
「ま、このまま暇してても何もないだろうし、あたしも寝るしかないわね」
そういうと、ミストはアリアの鎧を枕にして寝ることにした。
「――んぅ、んえっ!?皆さん、何して…ちょっと、ご主人!?」
そしてしばらくした後、アリアが目を覚まし混乱したのだが。
「ご主人。そろそろ時間です」
「んむぅ…。後五分…」
アルが静かに眠っていると、突然アリアに起こされる。まだ寝足りないのか、アルは子供のようなわがままを言い始める。
「もう時間?…アンタ、まだ横になったままだったの」
ミストが目覚める。彼女は、アリアがまだ横になっていることに驚いている様子だった。
「仕方ありません。ご主人が私を抱いて寝てしまったのですから、身動きが取れず」
「どかしなさいよ」
「失礼ですから」
アリアのその鋼の服従心に、ミストは呆れて頭を抱える。
「アンタはアンタで起きなさいよ。いつまでアリアと寝るつもりなの」
「いでっ!叩くことは無いでしょ!」
ミストがアルを起こそうとビンタを食らわせると、その痛さに目も覚めたのか彼女は起き上がる。
抱かれていたアリアは、少し不満そうだ。
「起きましたか。ならとりあえず、食事をとりましょう。私が毒味します」
「毒味いる?」
「何かあってはいけませんから」
そう言うとアリアは、牢の扉から差し入れられた、黒パンを手に取る。
「いただきます……っ」
少し躊躇しながら、アリアはパンを口にした。
どうやら硬いようで、しばらく咀嚼してから飲み込んだ。
「……んっ、大丈夫そう、で、す…?」
「ちょっ、アリア!」「アンタっ、大丈夫!?」
だが、飲み込んだ瞬間、アリアがふらりと横に倒れ込んだ。その様子を見た二人が這い寄る。
アリアの息が荒く、吐き出す息は生暖かい。目は虚ろで、どう見ても普通では無かった。
「だ、大丈夫!?何があったの?」
アルが問いただす。
「ご主人…んっ、身体が、熱くて…。頭が、ふわふわします……ふあっ」
アリアは、吐息を吐きつつ答えた。表情が蕩けている。
「これは…そういう薬ね…」
「まさかあの見張りが薬盛った!?」
そう二人が思考を巡らせると、足音が聞こえた。
これはきっと見張りのものだろう。二人はそう察した。
だが、それは間違いだった。
「ちっ、食べたのは一人か…」
「だ、誰よアンタ…!」
やってきたのは、裕福そうな格好をした、小太りの醜い男。護衛なのか、鎧を着た者が付いていた。
見張りはこのような風体では無かったはずだ。
すると、アルが口を開く。
「私、この人知ってる」
「だ、誰よ」
「こいつは、キン…」
「おお、やはりお前だったか!」
アルが名前を言おうとすると、それは男の言葉によって遮られた。
「いつか、お前を欲しいと思っていたところなのだよ!」
「……やっぱりそういう趣味だったんだ」
アルは男を冷たく睨むが、男は動じず、鉄格子に手を掛けた。
男は懐から鍵を取り出すと、鉄格子の鍵穴に差し込み、扉を開ける。
そしてアリアの元へと近づき、品定めするようにじっくりと眺めると、壁へと歩き、アリアと繋がっている鎖を壁から外した。
「ちょっ、ちょっとアンタ、それをどうするつもり!?」
ミストがいきり立って男に掴みかかろうとする。だが、それを彼は睨みつけ見下す。
「あまり口答えしないほうがいいぞ。お前らは既に私が買ったのだからな」
そう言うと男は手刀で首を掻き切るジェスチャーをした。逆らえばいつでも殺せるということだろう。ミストは悔しさに座り込む。
「では、私は『つまみ食い』をするとしよう!」
彼は鎖を握り直すと、繋がっているアリアを引きずるようにして部屋を出ようとした。
「アリアっ!もういい、その首輪へし折っちゃって!」
危機感を感じたアルは、アリアに首輪の破壊を命じる。
「だっ、ダメです…っ。力が、入らな…ひゃっ」
だがアリアは、まるで人が変わったかのように弱々しかった。鉄の扉を粉砕したアリアが、今はちっぽけな首輪さえ破壊できないのだ。
アリアは命令を忠実にこなそうと未だ努力をしていたが、何故か達成することが出来ずに絶望しかけていた。
「抵抗する気か!なら、分かっているのだろうな」
もがくアリアを見て、男は護衛から何かを受け取る。
どうやら何かの装置のようだ。男はその装置を起動させる。
すると、装置の先端に、バチバチと大きな音を立てながら、青い電流が走った。
「まさか…!やめてっ!」
アルはこの後のことを想像出来てしまったのか、必死にそれを止めようとした。だが、首輪に付いた鎖に阻まれどうしようもない。
そして男がその装置をアリアに近づけ、そして――
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
アリアの身体に、電流が走った。
その装置は、いわゆるスタンガンであった。その電流はアリアを黙らせるには容易く、彼女はそのまま気絶してしまった。
「っ…」
ミストはそれを見て、そして見ることしか出来ないという現実に、顔を歪ませ俯くことしか出来なかった。
抵抗しなくなったアリアはやがて部屋の外へと連れ出された。鉄格子は男の護衛によって閉められる。
「――どうすんのよ!唯一の頼りが連れてかれちゃったじゃない!」
ミストが半狂乱になって叫ぶ。だがアルは動じず答える。
「大丈夫、そのうちここからは出れるって。でも、アリアはちょっと危ないかもね」
「どうしてそんなに落ち着いていられんのよ!」
ミストがアルに掴みかかる。
「どうしても何も、アリアだから」
「は、はぁ?」
だがそれでもアルは動じない。ミストは困惑するしかなかった。
アルは言葉を続ける。
「アリアは、まあそういう事はされるかもしれないけど、多分あいつもそのうち飽きるでしょ?アリアの力は魔法の物じゃなくて、元々の物だから、しばらくしたら首輪なんてへし折るよ」
「で、でも!あいつが可哀想だと思わないの!?アンタはそういう所がダメなのよ!冷酷すぎるの!部下のたった一人くらいどうにかしてあげたらどうなの!?」
ぱちん。
牢屋に、頬を叩く高い音が聞こえる。
「――えっ」
ミストは叩かれた頬を抑え、硬直していた。
そして目の前には、目を潤ませ、今にも大粒の涙を零してしまいそうなアルがいた。
「私だって、今すぐにでもアリアを助けたいよ!あいつはアリアに既に酷いことしたし、この後も酷いことするんだと思う!そんなの私は耐えられない!さっさとあれを滅ぼしてしまいたい!粉々に、跡形もなくしてしまいたい!でも、でもっ――」
アルは大きく息を吸う。
「でも!今、私にはそれが出来ないの!
あの子を、助けてあげられないの!たったこのちっぽけな首輪があるだけなのに!これでも神様なのに!あの子を助けられない!あの子が可哀想なのに、何もしてあげられない!何もっ、なにも、わたしは、なにも――」
そこまで言うと、アルは座り込み、声を上げ泣き出してしまった。
「ちょっと、アンタ…」
言葉をぶつけられたミストはただ聞くことしか出来ず、そして突然目の前で泣かれ、もはやどうしようもなかった。
せめて霧にさえなれるのなら。ミストはそう思って術式を展開しようとする。
「お願いっ…どうにかなんないの…?」
いつも通りに、いやそれ以上に魔力を込めようとして力を入れるが、いつも感じる身体の中での魔力の動きが感じられない。
「あたしも、アリアみたいにっ、こんな、拘束なんて――」
ならばと、ミストは首輪に手を掛けるが、首輪はビクともしない。
「ねえっ!お願いよ!私にも、力はあるはずでしょ!?」
だが諦めず、いや諦めきれずに、彼女は首輪を壊そうとしていた。
「なんで、なんで!あいつには出来るのに、なんであたしには出来ないのよ!外れてよ!外れなさいよぉっ!」
ミストは狂ったように叫び、気付かぬうちに涙を流しながら、首輪を外そうとそれを掴んでいた。
「っ…」
だが、鋼鉄の首輪は、外れることは無い。
それどころか、傷一つ付かない。
「うあっ…」
ミストの手は真っ赤になり、かなりの痛みを感じていたが、彼女は外そうとする手をやめようとはしない。
「うぐっ…」
だが、それでも外れることは無かった。
アルはそれを悲しげに見つめ、遠い目をすることしか出来なかった。
――唐突に、足音が聞こえる。
男が、また自分たちを攫いに来たのだろうか。二人は一瞬そう思うが、その足音の感覚が短く、急いでいるようであったので違うと悟る。
一体なんだろう。二人は息を呑んだ。
「嘘っ…」
「アンタ、もしかして――」
そして、それは現れた。
「待たせたな。お迎えだ」
それは、あの見張りの男だった。右手にはしっかりと鍵を持ち、屈託のない、晴れやかな笑顔を顔には浮かべていた。
「ど、どうしてここに?君は、見張りでしょ?」
アルが最大の疑問を問う。
すると、彼は息を乱しながらゆっくり答えた。
「あの緑髪の子、連れ去られてただろ。俺、それが許せなくてな。約束したのは俺だってのに」
彼は大きく息を整え、言葉を続ける。
「んで、俺はあの子を助けたかったけど、俺一人じゃあどうしようもない訳だ。だから、お前らを解放しに来た」
彼の言葉には少々勘違いも含まれるが、その中には多少の正義があった。
彼はとことん真っ直ぐな人間なのだろう。道は少し踏み外しているものの、彼の言葉には嘘は感じられなかった。
「つまり、私達にアリアを救えって……そういうこと?」
彼はそれを聞いて嬉しそうに笑う。
「あの子、アリアって言うのか――。ああ、そうだ。アリアを救ってあげてくれ」
ミストが立ち上がる。
「でも、アンタはどうすんのよ。もし上手くいっても、そのうちアンタが責任取って殺されるかもしれないわよ?」
「分かってる、覚悟の上だ。あの子に会えりゃあいい。俺にはもう家族はいないしな」
ミストは、そしてアルは、男の言葉に感銘を受けた。
自己犠牲を、自分で分かってのことだ。
ならば、二人はその決意を受け取らないわけにはいかない。
アルは立ち上がると、男に語りかける。
「じゃ、その覚悟、受け取るよ」
「託した」
男が鉄格子を開ける。そして二人に近付くと、あっという間に首輪の鍵を外した。
「おおー」
「みなぎるのを感じるわ」
魔封じが解け、全身に魔力が行き渡るのを二人は感じる。
「ねえ、アンタ」
「ん、何だ」
ミストは男の目をしっかりと見る。
「アンタの名前。聞かせて」
「そんな事か。俺の名前はな…」
男はミストの目をしっかりと見る。
「ロス、だ」
二人は牢屋の出入口から脱出すると、ロスの先導に付いていきながら、アル達を購入したという男の部屋へと向かった。
向かう途中には、商人の部屋と見られるものがいくつかあったが、それは後回しにする事にした。
しばらく歩くと、やがてその男の部屋に到着した。
「ここがあの男のルームね!」
アルが茶化しながら言う。
「ふざけてる暇は無いわ。さっさとアリアを助けるわよ」
ミストにピシャリと言われ、少し黙るアル。だがその顔は楽しそうだった。
「さて、じゃあ突入するぞ」
「待って!」
ロスが扉を開けようとするのを、アルが止める。
「何よ、さっさと助けないと」
「中がもぬけの殻、とかだったら嫌でしょ?確認しとかないとね」
そう言うとアルは目を瞑り、右手を横に突き出した。
突然、扉に映像が浮かぶ。
「うおっ!なんじゃこりゃ!」
「魔法よ。中の様子を映してるのだろうけど…、どうやら、ここで正解みたいね」
「魔法かぁ、もしかしたら初めて見たかもしれねぇな」
ロスは少し頬を緩める。
ミストの言う通り、扉に浮かんだ映像には、例の男とアリアが映っていた。
そしてアリアはベッドに転がされ、男はアリアの鎧を剥ぎ取ろうとしていた。
鎧の外し方を知らないのか、男は悪戦苦闘しているように見える。アリアは目が虚ろで、意識が朦朧としているように見えた。
「よし、鎧ありがとう」
アルは小さく頷く。
「さて、このままじゃ危ないわね。突入しましょ」
「賛成だな」
ミストは映像に映る男を睨みつけ、ロスは扉のドアノブに手を掛ける。
アルが二人の顔を見渡すと、二人とも真面目な顔をしていた。自分だけ少し不真面目であったので、彼女は何故か悲しみを感じた。
「じゃ、行こっか。開けていいよー」
「おうおう」
アルがロスの背中を叩きつつ言うと、彼は扉を勢いよく押し開ける。
「どわっ!?な、なんだいきなり!」
「くたばれキンジョン!」
なんの予告もなしに開けられた扉とその音に驚き飛び上がる男。
アルが名前を呼んだ通り、その男の名は『キンジョン・イルソン』。侯爵で一見真面目な統治をしているように見えるが、それは王族への見せかけである。アルが知っていたように、街の裏側にはスラム街が広がり、領民の貧富の差は相当激しかった。
そして、アルはさらにキンジョンに対して失望した。彼は人身売買までしていたのかと。
アルは部屋に入るなり右腕に蒼色の閃光を纏わせ、キンジョンに殴りかかろうとした。
だがキンジョンはスタンガンを取り出し、アリアにそれを突き立てた。
「まっ、待て!それ以上近付けば、こいつは無事には済まないぞ!」
アルはそれを見て、一瞬躊躇する。その弾みに右腕の閃光も途切れてしまう。
だが多少の犠牲は仕方ないと割り切り、もう一度その閃光を発動させた。
だがその時、キンジョンの顔が醜く歪んだ。
「残念だったな」
「――っ!?アンタ!後ろよ!」
ミストが叫ぶ。アルが彼女の言う通り後ろを振り返ると、
そこには、一度アルの元へ『隠密』で辿り着き捕まえた、あの兵の姿があった。
それに続き、部屋へぞろぞろと兵達が入ってくる。
「ちょっとでも動いてみろ。お前らは死ぬぞ」
「くそっ、もう察知しちまったのか!嬢ちゃん達、どうにか出来るのか!?」
「言われなくたって!」
ロスに問われ、アルが大きく返事を返す。
アルは予備動作なしに目の前の兵をなぎ倒す。拳を打ち込まれた兵は避ける事もできずに吹き飛ばされ、数人の兵を巻き込み倒れる。
それと同時にアルは、金色の剣を生成し、ミストにそれを投げ付ける。
「あっぶないわね!」
刃が飛んできたのをミストは身体の一部を霧にして回避し、身体を再構築した後、剣をロスに渡す。
「その剣、人間に扱いきれるかしら?」
受け取ったロスはその重さに驚きつつ、ミストにニヤりと笑いかけた。
「だいぶ重いけどな、何とかなりそうだ、ぜっ!」
ロスは剣を横に一振りする。すると、刃はそれに呼応するように輝き、目の前の空間を両断した。
空間はすぐに結合したが、気が付くと、そこには身体の上下が別々に分解された兵があった。
「こいつはやばいな、剣豪になった気分だ」
剣の恐ろしい切れ味に満足し、彼は目の前の敵と対峙する。
彼は部屋から出て廊下へと飛び込み、後からは絶叫がいくつも聞こえた。
ミストはそれを見てほくそ笑み、飛びかかってくる兵を霧になり躱す。
「ほらほら、どうしたの?」
ミストは兵を片っ端から煽り、怒りの矛先を自分へと向ける。
だがそれを、アルは見逃さなかった。
自分から注意を逸らした兵を、顔面を掴んで地面へ叩きつけたのだ。
そして彼女は、目に映る人間を次々と地面に叩き込む。
ミストはそれを見て、苦笑するしかなかった。
そして幾分か立ったあと。
廊下からの絶叫は止み、
部屋で霧を追う者の姿はなくなり、
床がへし折られることも無くなった。
「あっ、あぁあぁ――」
その惨劇を一から見ていたキンジョンは、ろくな言葉も発することも出来ず、顎が外れるのではないかと思うほどに口が開いていた。
「いやぁ、恐ろしいなこの剣。どういう魔法なんだ?」
廊下からはロスが戻り、得物の感想を述べる。だが固まっているキンジョンを見ると、彼は目をパチクリとさせた。
「さぁて?」
「ひいっ!?」
アルが笑顔でキンジョンの元へと歩くと、その笑顔を見た彼は心の底から震えた。
目が、全く笑っていない。
さらに言えば、アルはまだ右腕に閃光を纏わせたままだ。今後の身を案じたキンジョンは、震えることしか出来なかった。
「とりあえずアリアは返してもらうよ」
アルはベッドに転がされたアリアを引きずる。
それをミストが受け取り、彼女がアリアに手を当てると、アリアの様子が一変する。
「あっ、あれっ――」
あれだけ意識が朦朧としていたアリアが立ち直り、むくりと起き上がったのだ。
「身体の疼きが、無くなってます」
そう言うとアリアは、さも当然のようにように首輪をへし折った。
「あっ、ああっ、ああーっ!?」
キンジョンはそれを見たあまりの衝撃に、アリアを指して再度固まってしまった。
「キンジョン?――おーい、キンジョン」
「ダメね、気絶してるわ」
白目を剥いて、まるで死んでしまったかのように気絶したキンジョン。アルは吹き出しそうになる。
「どうしよ。アリア、こいつどうしたい?」
アルがアリアに要望を聞くと、彼女は少し考え込む素振りを見せ顔を下げる。
やがて顔を上げると、アリアはにっこりとこういう。
「へし折りましょう、ブツを」
「死ぬより辛そうなので却下ぁぁぁぁっ!」
「なかなか惨いこと考えるなアリアちゃんは……」
アルはそれを全力で却下し、ロスはそれを想像したのか股間を抑え座り込む。
「じゃあどうするのよ。何もしないで帰る?」
「ご主人に却下されてしまえば、私はそれでも構いません」
アリアは立ち上がり、右手を握って答える。
「じゃあ行こっか?あの商人どもに何もしてないけど」
「ま、待て待て!」
それを受けたアルが部屋を出ようとすると、ロスがそれを止める。
「俺がアリアちゃんとした約束は!?」
「……あれですか?あれはですね」
アリアがロスへ近付き、目と鼻の先にまで接近する。
ロスは唾を飲み込む。
「あれは、演技ですっ!」
「へっ」
ロスは硬直し、膝から崩れ落ちる。
「さあ、行きましょう!ご主人!」
「あ、うん」
アリアに背中を押され、部屋から出るアル。彼女は部屋を出る時に、
「剣はあげるからねっ!」
とロスに言ったのだが、その言葉は果たして彼に届いたのだろうか。
そして扉が閉まる。部屋には、ミストと口を開いたままのロス、そして抜け殻のようなキンジョンが残された。
「バーカ」
ミストは崩れ落ちたロスを見下ろし、言葉を吐き捨てた。だがロスは放心し、聞こえていないようだ。
そして身体を霧にしようとして、少し思いとどまりそれを止める。
ミストは座り込むと、ロスの左手をそっと握った。
「でも、アンタは特別。――ありがとう、ロス」
ミストは少し頬を赤く染めると、左手を握る手に、力を込めた。
――その手に光が灯る。
指の隙間から薄紫色の光が漏れだし、そして、手を離す。
そして、ロスの手の甲には薄紫の魔方陣が刻まれていた。
「どうしても辛い時は、あたしを呼ぶのよ。その時は、守ってあげるわ」
ミストはそっと微笑むと、名残惜しそうにロスを見つめ、霧になって消えた。
「またね」
小さく、言葉を残して。
アルは真夜中の街を歩き、壁を飛び越え外に出た。門が閉まっていたからだ。
アリアが壁を突き破ろうかと何度もアルに聞いたのだが、アルはその度に申し出を拒否した。
壁の上には見張りがいたが、アルは賄賂を創造して騒ぎにならないようにする。
二人は壁を降り、そして霧が出るのを待っていた。
「遅いねぇ、ミスト」
「ですね。何をしているのでしょうか」
だが一向に霧が出てこない。霧さえ出ればミストが現れるという予告になるのだが、夜目を使えば、辺りは遠くまでしっかり見ることが出来る。
アルが待ちきれず、座り込んだその時。
辺りに、少しずつ霧が満ちてきた。
「やっと来たかな」
やがてその霧は一点に集中すると、ぐっと凝縮し始める。
そしてその霧が辺りに放出され、視界を奪われ――霧のあった場所には、ミストが佇んでいた。
「遅かったねぇ。何してたの」
「別に。アンタが置いていくから、少し遅れただけよ」
「だいぶ遅れたけど」
手を後ろに組みながら、ミストは答えた。
普段は時間に厳しめで、ここまで遅れることなどほとんど無かった故、アルは少し不思議に思っていた。
「さて、全員集まりましたね。これからどうしますか、ご主人」
アリアが本題を切り出す。
「そうだねぇ。二人とも、帰っていいよ」
「えっ」「ご主人!?」
ミストとアリアの驚きが一度に重なり、アリアは立ち上がった。
「アリアならまだしも、あたしまで帰らなきゃいけないわけ?」
「そそ。元々これお忍びだったし。一人で行きたいなーって」
「しかし、ご主人。今回のような危機がまた無いとはいえません」
アリアがしっかりとアルの目を見る。
「その時はまた呼ぶから」
「それなら――まあ、大丈夫、でしょうか」
納得した素振りを見せ、腰を下ろすアリア。
「……アンタ、愛されてるわね」
「うん!ミストの愛も感じるよーっ!」
アルがミストに飛び付く。
「ちょっ、ちょっと!気持ち悪いわよっ」
突然の行動に驚くミストだが、その表情は満更でもなさそうだった。
「……ふう。じゃあ、また何かあったら呼ぶからね」
「はいはい」「ご主人の為ならいつでも」
「よし、じゃ」
アルは両手を広げ、ミストに抱擁を求める。だが、彼女は左手の甲に何かあるのだろうか。それに集中したまま、そして霧になり消えてしまった。
「ちえっ。つまんないの」
「大丈夫ですご主人。私がいますから」
アルは不満そうな顔をするが、その隣でアリアは微笑みながら両手を広げた。
「わーい」
アルはそれに応え、ぎゅっと全力でアリアを抱き締める。ただし直接抱いているのは鎧だが。
そしてしばらく鎧の硬さと温度を堪能したあと、アルは手を離す。
「じゃ、送還するね」
「はい。何かありましたら、いつでも呼んでください」
「分かった。じゃあね」
アリアは跪き、胸に右手を当てる。忠誠のポーズだ。
アルはアリアに手をしばらくかざし続ける。すると、突然アリアは光を放ち始めた。
それをアルは維持し続け、やがて、アリアは光の粒になって消えてしまった。
「いよっし。一人」
アルは頬を叩き、気合を注入する。
「さあ、行くぞー!待ってろ悠一くん!」
そしてアルは走り出し、
「やっぱ寝よ。オフトゥン……」
地面に吸い込まれるように消えた。
「足が痛い…。――おっとっと、叩いてもいいんだっけか」
青い髪の少女は少し躊躇した後、一人で納得して座り込み、脚を叩き始めた。
「私があっちで叩かれると、地震起きちゃうしねっ、と」
そう。彼女が叩くという行為に躊躇する素振りを見せたのは、まさに彼女自身が振動するから。
一見何とも無い行為に見えるが、躊躇するのにはもう一つ理由がある。
――今彼女が立っている大地が、つまり世界が彼女自身であるからだ。
世界が彼女自身、と言うなら、もうそれを表すのは一人しかいない。
この少女は、この世界の創世神。つまり、ワールドである。
ちなみにあっちとは、彼女がいつも存在している空間のこと。現世とは異なる場所のことだ。
そこで彼女に強い振動が加われば、その加わった場所に対応した場所で地震が発生する。
ワールドはそれを恐れたのだ。言ってしまえば癖である。
「今の私はワールドじゃないんだー。アルだよ『アル』っ」
彼女はいつもの偽名を自分に言い聞かせると、やがて立ち上がった。
「さぁーて、行くよ私!お忍びだよ、アル!」
アルはそう意気込むと、また再び歩き始めた。
「ん?――えっここに崖があるなんて聞いてないうわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
そして崖へと真っ逆さまに落ちた。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」
アルが落ちたところは、崖と言うよりは渓谷の方が正しいだろう。後ろにも前にも岩壁があることに、彼女は混乱していた。
――潰される!彼女はそんな感覚を味わう。
だが流石は神。突如落下をやめると、そのままゆっくりと谷底へと降りていった。
彼女はひとまずの安心とともに、谷底へ降りた瞬間ぺたりと座り込んでしまった。
「うっへー、怖かった…!神じゃなかったらお陀仏だったね」
彼女はため息をつく。
彼女はかなり深い渓谷に落ちたようで、上を見上げると、空が大分遠く見えた。
辺りは文字通り真っ暗で、光が無ければ到底何かを見ることは叶わない。
だがこの状況に置かれても、彼女は大きな期待さえ持っていた。
「でも、魔法があってよかったよ…。創っといてよかった」
彼女は谷底へと落ちたとは思えない気の抜けた、そして神にしか言えない言葉を吐く。
とりあえずここから出ることを目標に、アルは再び立ち上がった。
しばらく歩いていると、彼女は何かに気付く。
壁と壁に響き渡る重低音。規則的にやってくる振動。それらは時間が経つにつれ、規模が大きくなっていく。
アルは周りを見渡す。置かれている状況にしては緊張感がない。だが、顔つきだけは真剣だった。
「さてさて、何かな?」
真剣な顔つきから溢れる、笑み。それは引きつった作り笑顔でもなく、恐怖からの狂った顔でもなく、
――単純な好奇心からくる、無意識な笑みだった。
「――お」
やがてその音と振動の持ち主は、目の前に姿を現した。アルはそれを見るべく、暗視の能力を発揮した。
そして、それによって目にしたものは、
「グルァァァァァァァァァァァッ!」
黒色に染まった、竜だった。
見るものを圧倒する、規格外な胴体。
その胴体に相応しい、強靭な翼。
アル程度の体躯なら、簡単に飲み込めると、大きく開かれた口。
ただの人間ならば一瞬で消し去ることが出来る程の竜が、そこに君臨していた。
自分は渓谷の王だと言わんばかりに、竜はアルを威嚇している。
「ほー、改めて見ると大きいんだなぁ、ダークドラゴンって」
場違いに感心しているアルを、ダークドラゴンと呼ばれた竜は葬ろうと、首を伸ばし噛み砕こうとする。
ただの人間なら、ここで成す術もなく殺害されることだろう。
ただの人間、なら。
「――ひょえぇ、怖いねぇ」
だがアルは、どこから取り出したのか、右手に金色に光り輝く剣を手にし、竜の顎を抑え阻害していた。
アルの声には力む様子は一切なく、涼しげにしていた。
「グルルゥッ…!」
竜は驚愕したのか首を一旦引いたが、再び殺気をこちらに向ける。
「グルアァァァァッ!」
そして竜の口に熱が集まったかと思うと、その勢いで燃え盛る、地獄の業火のような炎を噴射した。
「おわっ!?」
流石のアルも、これには驚きを見せる。
だが、彼女は炎を避ける様子を一切見せず、そのまま灼熱地獄に包み込まれていった。
竜は、自分の攻撃を止めさせ、屈辱を味わされた相手を、容赦なく焼き尽くそうとする。
その炎に慈悲は無かった。
竜が吐き続ける炎は止むことはないと錯覚させるほど勢いは強く、まさに憎しみを表しているようだ。
生き残ることのないように。竜は念入りに炎を浴びせ続けた。
しばらくして、竜は炎を吐くのを止めた。
竜は、焼け焦げたであろう彼女を見るべく、炎が消えるのを待っていた。
だが。
「ほんっと人使い荒いわねアンタ」
「いやぁ、助かったよ」
そこには平然とアルが、そしてアルの前に立つ少女が佇んでいた。
黒く、腰まで伸ばした髪に青い目。目つきは少し悪いが、可愛げのある顔をしている。彼女が着る黒いワンピースが、白い肌を強調していた。
「何であたしなのよ。戦いならあの金ピカ緑髪に任せればいいじゃない」
彼女は口を尖らせ言う。
「アリアのこと?いやぁ、戦いについてはピカイチだけど、守りは君より断然弱いからねぇ」
アルは肩をすくめると、隣の少女の肩に手をポンと置く。
「ミストの結界術なんて、もはや魅了されちゃうし。剣のアリアと盾のミストかな?」
「アンタうざったいわよ」
ミストと呼ばれた少女はアルにジト目を向けると、アルは苦笑いしながら手を離した。
その光景だけを見れば、二人の少女の微笑ましい会話だが、周りを見れば正反対の光景があった。
自分の攻撃を止められたことに対して激怒する竜が、今にも飛び掛りそうに構えているのだ。
「こんなことをしている場合じゃなさそうね」
「うん。殺されそうだよねー」
二人は竜の方向へと向く。何も知らない者が見ては、あまりにも無謀な光景にしか見えない。
だが、アル。そしてミストさえも、空の上の存在なのだ。アルは創世神であり、ミストは彼女の一応の従者。
ならば、負ける理由は見つかるだろうか。
「グオオオォォォォォォッ!」
竜は咆哮し、その場にいる者全てを震え上がらせる。
だがそれをミストは防音術でシャットアウトし、何事も無かったかのようにやり過ごす。詠唱などは無い。
竜は鉤爪を使い、少女達の肢体を引き裂こうとする。
だがそれすらもミストは結界で防ぐ。
「さて、と。そろそろこっちも本気を出すかなぁー」
「最初から出しなさいよ!」
一人だけで奮闘していたミストにツッコミを入れられるアルだが、彼女はめげずに竜を睨む。
「行くよーっ!」
そう言うとアルは両手を合わせて、腰の右側まで動かした。
「かーめーはー……」
「ちょっ、ストップストップ!」
「うえっ!?」
突然目の前で奮戦していたミストに魔法行使を止められ、素っ頓狂な声を出すアル。
「何で止めたのさ!」
「何でって、分かんないわよ!何故か色々危ない気がしたのよ」
そう言われるとアルは不満げな声を上げる。
そしてアルは右手に光り輝く剣を突然出現させると、何やら力を込める。
その瞬間だった。
剣は光を増し、辺り一面に目がくらむほどの輝きを放った。
剣からは一筋の黄金の光が空まで伸び、剣自体がその大きさを誇示するように見えた。
「でぇぇやぁぁぁッ!」
そしてアルが地面を蹴り、前方へ飛び出すと、その勢いのまま竜を斬りつけた。
「グギャアァァァァァァ!」
斬りつけられた瞬間に竜は断末魔を上げる。
「だぁぁぁぁぁぁッ!」
だが彼女は攻撃の手を緩めない。普通の人間なら有り得ない程の高さを飛び上がり、そして獲物を竜に突き刺した。
突き刺した所から、血と、そして光が溢れる。
竜はそのまま力なく倒れていき、そして大きな音とともに横たわった。渓谷の王が敗北を知った瞬間だった。
「流石ね」
「これでもアリアには敵わないからねぇ。人間じゃないよ、あいつ」
「いやもともとあたし達人間じゃないでしょ」
ミストが的確なツッコミを入れると、アルは「あ、そっか」と答えた。
「…えっと、とりあえずここからどう出よう」
ダークドラゴンの亡骸を背に、アルは上を見上げて問う。
思い返せば、ここは渓谷の底であった。
「アンタなら飛んで出れるんじゃない?」
「うーん、地上と上とでの身体は違うからねぇ。浮遊は出来ても、飛行は厳しいかな」
アルがそう言うと、ミストは腕を組んで考え始めた。
「あっ、そうよ」
しばらくした後、ミストは手をポンと叩いて言う。
「あたしが、結界で階段を作ればいいのよ」
「それ、天才」
しばらく間が空いた後、二人の間でクスクスと笑いが起こった。
「出来たわ!」
「おー」
アルがミストに拍手を送る。拍手を受けたミストは、何処か誇らしそうだ。
「さて、登らなきゃなぁ」
「あたしが作っておいてなんだけど、何段あるのかしらねこれ」
目の前に出来た階段は、渓谷の入口まで螺旋状に伸びていた。
だが、階段の段数に圧倒される。この階段を上がれば、山一つは登れそうな高さを上がることになりそうだ。
「気が遠くなるわね」
「本当だよ」
だが二人は仕方ないと言いたげな表情で階段を上り始める。
数分後。二人は物言わずに階段を上っていたが、アルが久しぶりに口を開く。
「私達って登山してるんだっけ」
「違うわよ」
「この雰囲気とか、完全に登山だよねこれ!?進んでるようで進んでないもどかしさ、登山っぽくない!?」
「それが冒険みたいで楽しいんじゃないの?」
「えぇ…」
アルはまたもや肩を竦めると、また黙々と歩き始める。
また数分後。今度はミストが口を開いた。
「面倒になってきたわ」
「でしょ」
「あたしだけ先に地上に上がってもいいかしら?」
「えっ、どうせ霧になってどっか行くんでしょ」
アルはミストに疑いの視線を向ける。
そう。ミスト自身が言った通り、彼女は霧になることが出来る。その状態で移動することによって、様々なところに出現することが出来るのだ。彼女の名前の由来でもある。
「何処かに行くわけじゃないわよ。地上で待ってるわ」
「いいなぁその能力。私も地上で使いたい」
「アンタは上の世界で好き勝手してるんだからいいでしょ」
ミストが呆れたように言うと、アルは口をすぼめる。
「もしここで霧になって先行したら、後でアリアと遊んでもらうからね」
「分かったわよ…」
アルが一部強調して言うと、余程嫌なのかミストが折れる。
こうして会話をしていくうちに、二人はいつの間にか地上に到達していた。
「明るーいっ!」
「やっと外ね」
待望の地上に、二人は目を光らせる。
暗いところに目が慣れていたため、少し目がくらむが、目はすぐ慣れた。
「さて、あたしはこれでお役御免かしら?」
「そうだね。また困ったら呼ぶねー」
「…ほんっと人使い荒いわよアンタ」
ミストはそう言うと、ため息をついた後、一瞬で霧となって消えてしまった。
それを見届けたアルは、また歩きだそうと気合を入れる。
「あ、そういえば周りは森だったんだ」
彼女はそう言うと肩をすくませ、今度こそ渓谷に落ちないようにと歩き出した。
アルがしばらく歩くと森を抜け、その先に大きな街が見えてきた。
アルが目指していた場所は、まさにここ。
イルソン領であった。
領主は、侯爵であるキンジョン・イルソン。小太りで、欲望に塗れていると噂の貴族である。
何故、アルはそこに立ち寄ろうと思ったのか。それにはもちろん理由がある。
彼女は、地上で行商人を仕事にしているからだ。
そもそも彼女が仕事をする必要は無いのだが、行商人になる事によって、色々な組織のある程度奥までは覗くことが出来る。つまり言えば、彼女の趣味であった。
ちなみに商品は、彼女が創り出した逸品ばかり。武具から素材、宝石まで幅広く取り揃えている。
商品はただ単に作り出しているだけなので、コストはゼロといっても過言ではない。そのため普通では考えられないほど商品を安く売ることが出来る。故に彼女の商品は大陸でもかなりの人気を誇っているのだ。
店を建てて売ってくれと頼まれる事もしばしばあるが、いかんせん本業は神であるため、それを叶えることは出来ない。もし建てられるとしても、旅をしたいので建てるつもりもない。
そのため、神出鬼没の彼女に、買い手はよい待遇を受けさせるのであった。
「こんにちはっ!私です」
アルは街の門に到着すると、彼女は門番に笑顔でこういった。
名前も告げてはいないが、彼女は大体の街では顔パスである。なので、手続きすることなく門を通過できる。この街もその一つだ。
「はいはい。じゃ審査するんで待っててください」
だが、門番から返されたのは予想外の言葉だった。
「え?」
これには、アルも困惑する。
「え?じゃなくて、審査ですよ審査。まさか知らなかったとは言わせませんよ」
「いやいや、私なんだけど。見覚え無い?」
「はぁ?」
この門も顔パスのつもりで通ろうとしていたのだが、門番には通じない。逆に門番に呆れられてしまった。
何故話が通じないのだろう。アルは必死に思考を巡らせる。
しかし、巡らせているうちに、門番の後ろからもう一人男が走ってきた。
「すっ、すみません!すぐお通ししますので!」
どうやらこの男も門番のようだが、彼は到着するなりすぐにこう言った。
「はっ、はあ!?先輩、まだこいつ審査すらしてませんよ!?」
だが、最初の門番は、後からやってきた先輩門番に苦言を呈した。
「バカ!この方はあの行商人だぞ!機嫌を損ねられたらどうする!」
「あのって、まさかあの行商人ですか!?」
「えっ、えっと…、ちょっといいかなー?」
状況が掴めないアルは、彼らに質問する事にした。
「は、はい。何でしょう」
先輩門番が答える。
「何で最初、私は審査が必要だって言われたの?」
「それはですね…。彼、新入りなんですよ」
先輩門番がこう言うと、後輩門番は顔を背ける。
「ありゃ、そうなの?」
「ええ。アルさんの特徴は伝えて通すようにとは言ったのですが、彼、分からなかったらしく」
後輩門番の顔つきが厳しくなる。
それを見たアルは、仕方ないと思いつつ、愛想笑いをした。
「新入りなら仕方ない。じゃ、改めて通して貰おっかな」
「分かりました。門を開け!」
先輩門番が叫ぶと、門が音を立てゆっくりと開く。
先輩門番は、それを見届け、謝罪の言葉を述べた。
「ほら。君も謝罪を」
「…誠に申し訳ございません」
「はい。今度から気をつけてねー」
謝罪を受け取ったアルは、後輩門番の背中を叩いてから門へ歩きだした。
だが彼女は、後輩門番の顔がにやりと笑ったことに気づくことは無かった。
門を抜けると、そこにはやけに綺麗な街並みが広がっていた。
舗装された道路に、石壁の家。汚れはほとんど無く、綺麗に掃除されているのが分かる。
だが、その裏には汚れた街。すなわち、スラム街が広がっているのをアルは知っていた。
富裕と貧困。光と影。それがこの世界の常識だということも、彼女は知っていた。
しかし一柱の神として、その影に少しでも光を差し込みたい。だから、行商人という立場で、ただにも等しいような価格で商品を売っているのだ。
両方の立場からも必要とされる行商人。それがアルだった。
「悲しいよねぇ…。世界を創れても、人までは変えられない」
歩きながら一人しみじみ思っていると、突然アルは後ろから声を掛けられた。
「すみません」
「んっ、何かな?」
アルは振り向く。
「アルさん、ですよね?」
「そうだけど」
声の持ち主は、いかにも貧困層の男だった。
薄汚れた服を着ていて、痩せた体。見るも痛々しい姿をしている。
「商品を販売して欲しくて。皆、普通の店じゃろくに食べ物も買えないんです」
男は困ったように眉を寄せ、掠れた声で話した。
やはり。アルは悲観する。彼らは、日々食いつないでいくのも精一杯なのだ。自分をこうやって頼るしか、生きていく道は無いのだろう。
依存されている気もするが、死なれるよりよっぽどいい。
「分かった。売ってあげるよ」
「本当ですか!」
アルが告げると、男の暗かった顔がぱっと明るくなる。
「でもここじゃ、その荷物も降ろせないですよね。いい場所があるんです。案内しますよ」
男は、アルが背負う大きなリュックを見つつ言った。
このリュックは、門の前に来るまでは背負っていなかった物だ。旅では邪魔になるため、アルは魔法を使い、空間に押し込んだ物である。
「なら、案内よろしくね」
アルはその提案に乗り、頼むことにした。
男は頷くと、一本の路地の方へと歩きだした。
アルはそれに付いて歩く。
路地は長く、歩いて行けば行くほど街の喧騒が薄れていく。
だが何かがおかしい。いつまで歩いても、人気が一切ないのだ。
いくらスラム街と言えど、流石に人気はある。それを感じないという事は、異常なことなのだ。
アルがそれに気付き、疑問に思っていると、男が突然口を開いた。
「……ごめんなさい」
「えっ?」
ガチャン。
男の言葉に驚いていると、いきなりアルの首に金属製の首輪が付けられた。
突然のことに驚きで声も出せないでいると、誰かに肩を掴まれた。
「やっと捕まえたぜ」
アルが目を丸くして手を振りほどき、後ろを振り返ると、そこには数人の男がいた。
「よお、伝説の行商人さんよお」
「きっ、君たちは…!?」
アルの反応を見ると、男達はケラケラと笑い出した。
「俺らかぁ?――ただの行商人だよ」
「行商人…?なら、なんでこんなことっ!」
アルが首輪を掴みながら言うと、また男達が笑う。
「お前が邪魔なんだよ!」
「邪魔…っ?」
自分が何かしたのだろうか。自覚が全くなく、過去の記憶を思いだそうとアルは考え始めた。
だが男達は自ら答えを出してくれた。
「自覚ねえのか?お前が激安であんないいもん売るからよぉ、こちとら商売上がったりなんだよ!」
男の一人が壁を叩く。頭に血が上り、激昴しているようだ。
「まあ落ち着け。だが、確かにその通りだ。お前のせいで、俺らの商品は売れたもんじゃあない」
一人が男を制止すると、彼は落ち着いて話す。
「だからな、お前は邪魔だ。ある点を除いてな」
「ある点…?」
アルが無自覚なのを見ると、思わず男がにやりと笑う。
「お前の風貌だ」
「えっ」
意味を理解したアルが、一気に顔を赤くする。
「も、もしかして、私をそういう目で…!」
首輪に、男の言葉。つまり、そういうことだろう。
「あながち間違いじゃないな。俺らがしたいのは、金稼ぎだが」
「ああっ、そうだ!俺らはお前を売って、大儲けするわけだ!」
「私を、売る!?」
イルソン領では、しばしば人身売買されるという話を聞くが、まさか自分が売られるとは思ってすらいなかった。
「な、なら私は抵抗……ありゃ?」
黙って売られる訳にもいかないので、アルは魔法を使おうとする。剣を出現させようとしたのだ。
だが、何故かその魔法が使えない。他の魔法を使おうとしても、それは叶わなかった。
その様子を見ていた男達は、またケラケラと笑う。
「な、なんで…!?」
「どうやら、上手くいったようだな」
一人が近付いてくると、そのまま首輪を引っ張る。
「うぐっ…ぅ」
引っ張られた勢いで、アルは男と密着する形になる。彼女は屈辱で顔を歪ませた。
「魔法が使えなくて不思議で仕方が無いだろう。お前は魔法が使えると有名だしな」
アルは必死に抵抗するが、魔法が使えない今、どうすることもできない。
「その首輪は『魔封』の術式が埋め込んである」
「魔封って、まさか!」
「そのまさかだ。一切の魔力行使を封じる効果がある」
男はさらに首輪を引っ張った。周りでは男達が下品な笑みを浮かべている。
「いやぁ、大変だったぜ!首輪を用意して、門番に賄賂を渡して、情報を通して貰ってなぁ」
そう言うと、男は、貧困層であろう男を指さした。
「そいつは、金を渡したらすぐ協力してくれたぜ、なぁ?」
「……もう、行っていいですよね」
男は頷く。
「おう。よくやった」
そう言うと、貧困層の男は俯いて走り出してしまった。
「さて、やるぞお前ら」
「おうよ!」
そう言うと男達はどこからか荷車を引っ張り出し、そしてアルに猿轡を施した。
「うるさくしたら、命はないと思えよ」
男はそう言うと、アルを後ろ手に縛って荷台に転がし、上から布を掛けた。
これからどうしようかとアルは悩む。だが、男達はアルに目隠しさえする。
男達は簡単に自分を逃がす気はないらしい。そう悟ると、アルは諦め、しばらく黙ることにした。
しばらく荷車に揺らされる感覚を味わっていると、それが唐突に止んだ。
目的地に着いたのだな、と察すると、アルは担ぎあげられる。
そして男達の足音、何度かドアが開く音が聞こえると、アルは何処かに降ろされた。
そして首輪を引かれる感覚を味わうと、目隠しが、猿轡が、そして拘束が外された。
「うわっ…」
「どうだ、お前にぴったりな部屋だなぁ、だろう?」
ドアが閉められ、男達が笑い出す。
そこは、まさに牢屋だった。
鉄格子が前に広がり、周りは石造り。あまりにも簡素な作りだが、入れられた人間を逃がさないという意思がひしひしと伝わってくる。
首輪には、壁と繋がる鎖が付いており、行動を阻害していた。
男達は鉄格子越しにこちらを見つめ、下品に笑っていた。
「そこで震えながら過ごすんだな!」
そう言うと、男達は笑いながらどこかへと歩き、扉が開く音がした。
「…さてさて、どうしよっかな」
男達が去ったのが分かると、アルは早速ここから脱する手立てを考え始める。
「魔法は使えないみたいだしなぁ…。人間の身体じゃあ、無理もないかな」
いくら神だとは言え、地上に降り立つときは人間として降りている。構造は人間と同じなので、この首輪も効果があるのだろう。
アルも、更々売られる気は無い。彼女は頭を抱えて考え込む。
「――あっ、そうだ」
アルは何かを思い付いた様子で、立ち上がる。――が、首輪の鎖がそれを邪魔する。
「ぐえっ…全く、うざったいなぁ」
だがアルは座り直すと、彼女は小さな声で言う。
「…ミスト、いる?」
そう言うと、突然辺りの空気が歪み出す。
窓から。鉄格子から。地面の隙間から。あらゆる所から霧が湧き出すと、牢屋に霧が立ち込めた。
そしてしばらくすると霧が一箇所に集まり――
「無様な格好ねぇ」
「えへへ…」
彼女が、ミストが現れた。
ミストはこちらをジトりと見つめると、ため息をついて言う。
「どうせその拘束を外せとかでしょ。でもあたしには無理よ」
「えっ、なんでさ」
「それ自体が魔法を受け付けないからね」
ミストが事実を伝えると、アルはがっくりと落ち込む。
「でも、どうしようもないってわけじゃないわ」
「えっ、ほんと?」
「ええ」
そう言うとミストは目を瞑り、何やら力を込め始めた。
しばらくすると、彼女の足元に光が生まれる。
「――あたし達に無理なら、別の人に頼ればいいのよ」
そう言うと、ミストは足元から飛び退き、光を見つめた。
「まさか――」
アルが何かを察すると、彼女もその光をにっと笑いながら見つめる。
――光が収束する。
その光が集まり、細くなっていくと、その光が突然辺りに放たれた。
目が眩むほどの閃光が放たれた後、その光があった場所には――
「――お呼びでしょうか、ご主人」
金の鎧を纏った緑髪の少女が、膝を付き佇んでいた。
緑色の髪に、アルのような深紅の瞳。髪も二人と同じように長く、髪の色さえ同じなら姉妹のようだった。
身に纏う鎧は黄金で、汚れ一つ無い。真っ赤なマントを付け、立ち姿は勇者を連想させる。
「この首輪、外してくれない?」
「了解です」
そう言うと彼女は、金の篭手で包んだ腕で首輪を掴み、そのままバキッと容易く割ってしまった。
「おおー、流石アリア。私もそれくらい力が欲しいなぁ」
「私はいらないわ。逆に不便そうよ」
「確かに不便です。グラスを取ろうとしたら、粉々に粉砕してしまったことがあります」
ほらね、とミストが言う。
「じゃあその馬鹿力なら、この鉄格子なんて余裕なんじゃない?」
ミストが煽るように言うと、アリアと呼ばれた少女は鉄格子を掴み、
――鉄格子がゴシャッと凄まじい音を立てて折れた。
「ひょええ、怖いねぇ」
「流石に引くわ…」
二人がその力に様々な反応を見せると、アリアが突然アルに問う。
「このような場所にいたということは、ご主人、捕えられていたのでしょうか」
「そのとーり」
いきなりアリアが壁を叩く。叩かれた石壁に小さく穴が開く。それを見たミストが顔をしかめた。
「私、その人間許せません」
キリッとアリアが言う。
「えっ、やっちゃうの?殺っちゃう?」
「人間の肉塊なんて見たくないわよあたし」
二人がまた色々と言うが、アリアがガッツポーズをして言う。
「大丈夫です。少しオハナシするだけですから」
アルとミストから、血の気が引いた。
三人が牢屋から出ようとすると、出口には二人の見張りがいた。
二人はアル達を慌てて止めようとしたが、アリアが鉄の扉を粉砕し、にっこりとするところを見ると、何も見なかった振りをした。
どうやらここは屋敷のようで、部屋や廊下は綺麗に整えられていて、周りには調度品がいくつかあった。
そして、異変に気付いた兵が複数やってきた。
「貴様ら!どこへ行くつもりだ!」
兵の中でも一番偉そうな者が叫ぶ。
「どこって、外だけど?」
「ならば、黙って通すわけにはいかんぞ!」
どうやら兵は勇敢なようで、無謀にも三人に立ち向かおうとしてくる。
「あっそう。なら二人、死なないようにしてあげてねー」
「了解です」「こいつ加減できるのかしら」
アルに頼まれ、一応の返事をする二人。
「感謝しろお前ら!模擬刀で相手してやるのだからな!」
兵らは剣を抜き、ジリジリと迫ってくる。彼らの顔には、少しの油断が見えていた。
それもそうだろう。相手はたった三人の少女だ。一人は鎧で重武装をしているとはいえ、剣を持っていないのだから実質無力に見える。
だが、この三人、いや三柱に油断するのは、命取りであった。
「さあて、最強の矛と盾。合わさったらどうなっちゃうんだろうねぇ?」
アルがにやりと笑う。
「かかれぇぇぇぇっ!」
「おおおおぉぉぉぉっっっ!」
一番偉そうな者が号令を掛けると、兵達が剣を構え、こちらに走り込んでくる。
人数はあちらの方が圧倒的に有利だ。兵はアルを守る二人を倒そうと、二手に分かれる。
まずミスト。兵は彼女を無力であると見て、一気にけりをつけようとしていた。
「悪く思うなよっ!」
兵が飛びかかる。
「遅いわね」
だが、それをミストは結界ではじき返す。
はじき返された兵はそのまま屋敷の壁に衝突し、勢いが強すぎたのか悲鳴も上げることなく気絶した。
他の兵も同様に、飛びかかってははじき返され、意識を手放すものが多数だった。
「ば、馬鹿な!」
それを傍観していた偉そうな者が驚愕の表情を見せた。
もう一方、アリアの方では、とにかく悲惨だった。
走り込んでくる兵を、片っ端から殴り倒していったのだ。
動きは早すぎて捉えることが出来ず、混乱する兵達。そして、混乱を見せた者からなぎ倒されていく。
「喰らえ!」
一人の兵が、背後からアリアに剣を振り下ろした。よく訓練されている。訓練された剣捌きは、迷うことなくアリアの元へ導かれ、
その剣を、アリアはいとも簡単に握りつぶした。
「ひぃっ!?」
剣を破壊された兵は、その剣を手放し、驚きのあまり尻もちを付いてしまう。
「痛い目に合いたくないのなら、そこで大人しくしていてくださいね」
アリアがほほ笑む。だが、兵はそれに恐怖を感じたのか、縦に首を振る人形のようになってしまった。
「アリア、アンタそれ手加減してるわけ?」
この惨劇を見て、ミストが呆れる。
「もちろんです。グラスをギリギリ持てるくらいの力で殴ってますから」
「あっちのグラスは素材が強靭なのよ。あんなのがギリギリ割れない程度の力って、骨折れてもおかしくないわ」
いたってアリアが真剣な顔で答えるので、ミストはしばらくして、くすっと笑ってしまった。
だが、それが彼女らの油断に繋がったのだろうか。気づかないうちに兵の一人が間を抜けたようで、アルにあっという間に組み付いてしまった。
「うえっ、ちょっと、何してるのさぁ!」
「黙れ!我々の中にも、魔法を使えるものはいるのだよ!」
偉そうな者が勝ち誇ったように言う。
「お前らも魔法を使えるようだが、そいつはすごいぞ!隠密の魔法など、お前らとは比べ物にならんだろうなぁ!」
どうやら、アルに組み付いている兵は、『隠密』でここまでたどり着いたのだろう。人間では魔法を使えるものは限られているもので、この兵達の中にいるとは考えてもいなかった。
「ご主人!」
アリアが飛びつこうとする。
「おおっと待て。お前が変な動きを見せるものなら、そいつの首を、今度こそ本物の剣で切ってしまうぞぉ?」
だが偉そうな者は、アルを人質にそれを制止する。
「ミスト、あなたの結界術で、あれを剥がせませんか?」
ミストが首を横に振る。
「無理ね。仮にできたとしても、あいつの命が危なくなるだけよ」
アリアが悔しそうにうつむく。
「おーい。どうすりゃいいの私達」
アルが偉そうな者に呼びかける。
「そうだな。…おい!首輪を持ってこい!」
偉そうな者が部下とみられるものに命令すると、部下はそれに従い、十秒と経たずに人数分の首輪を持ってきた。
「どうやらお前ら三人、それなりの値段で売れそうじゃあないか。金色のお前も、所詮は魔法で偽った力だろう?」
「いえこれは元から――」
「ええっ、残念ながらその通りよ。それでどうするつもり?」
アリアが何か言おうとしたが、ミストが口を塞いで黙らせる。アルは苦い顔をした。
「お前らを、魔封の首輪で魔法を使えなくしてから、商品にしてやろう!これで我々も、給料が上がるだろうな!」
兵達が笑う。
アルがため息を吐く。
「じゃあさっさとそれ、付けてよ。これ以上は両方消耗するだけでしょ?」
「潔いな。そうさせてもらおう」
偉そうな者が部下に指示する。彼らは指示を聞くと、あっという間に三人に首輪を施した。
「――本当に魔法が使えないのね」
ミストが舌打ちをする。
「こいつらを牢に連れて行け!」
「はっ!」
兵達は三人の腕を掴み、連行する。
アリアは何故という顔で。
ミストは無表情で。
アルは――今にも吹き出しそうな顔で。
普通なら、入ったら終わりの牢へと、連れて行かれるのだった。
普通なら。
三人が牢に入れられると、首輪が鎖に繋がれ、大きな音を立てて扉が閉められた。
道中、粉砕された鉄扉や、ひしゃげた鉄格子を見て兵が絶句していたが、魔法を封じていると思っているからなのか、思ったよりは驚きは見せなかった。
「ミスト。なぜあのとき、私の口を塞いだのでしょう」
アリアが懐疑の目を向ける。
「おもしろそうだったからよ。アンタのその馬鹿力が魔法による物じゃないって知ったら、どうなるでしょうね?」
ミストはいたずらな笑顔を浮かべる。
「まあ、アリアは真面目すぎるよね。たまには人間で遊んでもいいんじゃない?」
「ご主人まで…」
アルにまでこう言われると、彼女は折れるしかない。アリアはそっぽを向いてしまった。
「で、どうしよっか」
「そうねぇ。夜まで待って、それから襲撃しましょう」
「それ、面白そう」
二人がくすくすと笑う。アリアはそれを見て、ため息をつくしかなかった。
「あ。これ、アリアに活躍してもらうからね」
「えっ?」
アルが突拍子もないことを言うと、アリアがぽかんと口を開ける。
「この中じゃ、一番男受けしそうだからねー。見張りとかを誘惑して、情報とかを仕入れてみようよ」
「私とかこいつとかは癖が強すぎるし、清楚系のアンタが一番いいわね」
さらにミストも言葉を重ねる。
よくよく二人の顔を見ると、にやにやと笑っているのが分かる。
「誘惑って…私じゃないとダメですか…?」
「「ダメ」」
アリアががっくりと膝を付く。その勢いで石製の地面にひびが入るが、二人は見なかったことにした。
「じゃあ、次見張りが回ってきたら決行ね!頑張ってアリア!」
「ご主人…」
「アンタならいけるわ」
「ミストまで…うぅ、誘惑なんて…」
アリアは後戻りできないことを察すると、ただただ顔を赤くするしかなかった。
俺は一介の見張り!俺は今、金持ちから雇われて牢を見張っている最中だ。
今回の雇い主は金払いがいい。なら、やる気も出るわけだ。
なんか緊急で呼び出されたのは目をつぶろう。俺の前の見張りが逃げたらしいんだけどな。
しかし、何で逃げるんだろうか。
今回、俺が見張ることになったのは、
――美少女三人だ!
水色の髪の子と、黒髪の子、護衛なのか分からないが、緑髪で鎧を着込んだ子。
しかも、やんちゃ系、ツンツン系、清楚系と、三種そろっている!
多分この三人なら、どんな性格が好みだろうと見合うやつは必ずいるだろう。
俺はこの子達を目に焼き付けるべく、熱心に仕事に取り掛かることにした。
ああ、神様ありがとう!
「時間だ。次はお前が見回りの番だ」
俺の同僚が声を掛けてくれる。待望の見回りの時間だ。
さて、いくぞ!
俺は上着を羽織り、部屋を出て牢へと向かった。
しばらく歩くと、何やら騒がしくなってくる。
少女たちが何か言い合っているのだろうか。
それも仕方ないか。こんな小さな少女たちが牢屋に閉じ込められたんだ。泣きたくもなるよな。
そうやって俺が考えていると、あっという間にその牢の前に到着した。
よし。誰も逃げていない。まずはそのことに安心する。
「あ、あの…」
「ん?」
緑髪の子が俺に話しかけてくる。
実は俺、この緑髪の子がタイプなんだ。万人受けしそうな顔立ちで、清楚な雰囲気。
か、可愛い。
俺はこの緑髪の子の話を聞くことにした。
「なんだい?」
「え、えっと私、あの…」
緑髪の子は顔を真っ赤にし、もじもじしている。
くっダメだ、可愛すぎる。
「私、何でもするので…。このお屋敷が寝静まるころ、教えてほしいんです」
「なっ、何でもぉ!?」
何てことだ。この子は何でもするといった。
しかも、この屋敷が寝静まるころ!?つっ、つまり、
――そういうことだろ!
「フッ…、この屋敷は、日が落ちて四時間くらいすりゃあ、寝静まるぜ…。見張りは交代で起きてるけどな」
俺は自分をかっこよく見せるようにし、さらりと答えた。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。俺は嘘をつかねぇ…」
そういうと、緑髪の子は嬉しそうにガッツポーズした。
そんなに嬉しがられると、俺まで嬉しくなってしまう。しかも、このガッツポーズ、一つ一つの動きから完璧に可愛かった。
くっ、どうやら俺は完全にこの子に魅了されたようだな。
とりあえず、誰も逃げていないことを確認し、俺は戻ることにした。
「じゃあな。また夜に迎えに来てやるぜ」
俺は決め台詞を言うと、顔も見ずに去ることにした。
あのままでは、俺は魅了されきって、そのまま鼻血でも出して死にそうだったからな。
さあ、今晩が楽しみだ!
「ああぁぁぁ…」
「よくやったよっ、アリア!」「顔真っ赤だったわね」
アリアが両手で顔を押え、それを二人がからかう。
アリアは見事に誘惑に成功し、情報を引き出すことができた。
見張りによれば、日が落ちてから四時間ほどでこの屋敷は寝静まる。
しかも、アリアに魅了されたのか、わざわざ迎えに来てくれるという。
「あの男、アンタとそういう関係になれるとでも思ったのかしら」
「いやです!たとえご主人からの命令があったとしても、私は――」
ここまで言ったところで、アリアは顔を真っ赤にして、口ごもってしまった。
「どうしたのぉ?もしかして、想像しちゃった?」
「ひにゃぁっ!?」
アルがアリアに前から抱き着き、上目遣いでアリアを見上げると、アリアが目を回して倒れこんでしまった。
「ちょ、ちょっとぉ…、アリア?」
「あーあ。この様子じゃ、しばらくダメよこれ」
「いや普通に重いんだけどこれ」
「アンタが倒したんでしょ」
ビシッとミストに言われると、アルはアリアと一緒に床に突っ伏してしまった。
「じゃあいいもん。私寝る」
「はぁ?何言ってんのアンタ」
だがアルはそのまま目を瞑ると、アリアの硬い鎧を抱いて、鼻息を立て眠ってしまった。
「どうしてそんなので寝れるのかしら…」
ミストは呆れる。
「ま、このまま暇してても何もないだろうし、あたしも寝るしかないわね」
そういうと、ミストはアリアの鎧を枕にして寝ることにした。
「――んぅ、んえっ!?皆さん、何して…ちょっと、ご主人!?」
そしてしばらくした後、アリアが目を覚まし混乱したのだが。
「ご主人。そろそろ時間です」
「んむぅ…。後五分…」
アルが静かに眠っていると、突然アリアに起こされる。まだ寝足りないのか、アルは子供のようなわがままを言い始める。
「もう時間?…アンタ、まだ横になったままだったの」
ミストが目覚める。彼女は、アリアがまだ横になっていることに驚いている様子だった。
「仕方ありません。ご主人が私を抱いて寝てしまったのですから、身動きが取れず」
「どかしなさいよ」
「失礼ですから」
アリアのその鋼の服従心に、ミストは呆れて頭を抱える。
「アンタはアンタで起きなさいよ。いつまでアリアと寝るつもりなの」
「いでっ!叩くことは無いでしょ!」
ミストがアルを起こそうとビンタを食らわせると、その痛さに目も覚めたのか彼女は起き上がる。
抱かれていたアリアは、少し不満そうだ。
「起きましたか。ならとりあえず、食事をとりましょう。私が毒味します」
「毒味いる?」
「何かあってはいけませんから」
そう言うとアリアは、牢の扉から差し入れられた、黒パンを手に取る。
「いただきます……っ」
少し躊躇しながら、アリアはパンを口にした。
どうやら硬いようで、しばらく咀嚼してから飲み込んだ。
「……んっ、大丈夫そう、で、す…?」
「ちょっ、アリア!」「アンタっ、大丈夫!?」
だが、飲み込んだ瞬間、アリアがふらりと横に倒れ込んだ。その様子を見た二人が這い寄る。
アリアの息が荒く、吐き出す息は生暖かい。目は虚ろで、どう見ても普通では無かった。
「だ、大丈夫!?何があったの?」
アルが問いただす。
「ご主人…んっ、身体が、熱くて…。頭が、ふわふわします……ふあっ」
アリアは、吐息を吐きつつ答えた。表情が蕩けている。
「これは…そういう薬ね…」
「まさかあの見張りが薬盛った!?」
そう二人が思考を巡らせると、足音が聞こえた。
これはきっと見張りのものだろう。二人はそう察した。
だが、それは間違いだった。
「ちっ、食べたのは一人か…」
「だ、誰よアンタ…!」
やってきたのは、裕福そうな格好をした、小太りの醜い男。護衛なのか、鎧を着た者が付いていた。
見張りはこのような風体では無かったはずだ。
すると、アルが口を開く。
「私、この人知ってる」
「だ、誰よ」
「こいつは、キン…」
「おお、やはりお前だったか!」
アルが名前を言おうとすると、それは男の言葉によって遮られた。
「いつか、お前を欲しいと思っていたところなのだよ!」
「……やっぱりそういう趣味だったんだ」
アルは男を冷たく睨むが、男は動じず、鉄格子に手を掛けた。
男は懐から鍵を取り出すと、鉄格子の鍵穴に差し込み、扉を開ける。
そしてアリアの元へと近づき、品定めするようにじっくりと眺めると、壁へと歩き、アリアと繋がっている鎖を壁から外した。
「ちょっ、ちょっとアンタ、それをどうするつもり!?」
ミストがいきり立って男に掴みかかろうとする。だが、それを彼は睨みつけ見下す。
「あまり口答えしないほうがいいぞ。お前らは既に私が買ったのだからな」
そう言うと男は手刀で首を掻き切るジェスチャーをした。逆らえばいつでも殺せるということだろう。ミストは悔しさに座り込む。
「では、私は『つまみ食い』をするとしよう!」
彼は鎖を握り直すと、繋がっているアリアを引きずるようにして部屋を出ようとした。
「アリアっ!もういい、その首輪へし折っちゃって!」
危機感を感じたアルは、アリアに首輪の破壊を命じる。
「だっ、ダメです…っ。力が、入らな…ひゃっ」
だがアリアは、まるで人が変わったかのように弱々しかった。鉄の扉を粉砕したアリアが、今はちっぽけな首輪さえ破壊できないのだ。
アリアは命令を忠実にこなそうと未だ努力をしていたが、何故か達成することが出来ずに絶望しかけていた。
「抵抗する気か!なら、分かっているのだろうな」
もがくアリアを見て、男は護衛から何かを受け取る。
どうやら何かの装置のようだ。男はその装置を起動させる。
すると、装置の先端に、バチバチと大きな音を立てながら、青い電流が走った。
「まさか…!やめてっ!」
アルはこの後のことを想像出来てしまったのか、必死にそれを止めようとした。だが、首輪に付いた鎖に阻まれどうしようもない。
そして男がその装置をアリアに近づけ、そして――
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
アリアの身体に、電流が走った。
その装置は、いわゆるスタンガンであった。その電流はアリアを黙らせるには容易く、彼女はそのまま気絶してしまった。
「っ…」
ミストはそれを見て、そして見ることしか出来ないという現実に、顔を歪ませ俯くことしか出来なかった。
抵抗しなくなったアリアはやがて部屋の外へと連れ出された。鉄格子は男の護衛によって閉められる。
「――どうすんのよ!唯一の頼りが連れてかれちゃったじゃない!」
ミストが半狂乱になって叫ぶ。だがアルは動じず答える。
「大丈夫、そのうちここからは出れるって。でも、アリアはちょっと危ないかもね」
「どうしてそんなに落ち着いていられんのよ!」
ミストがアルに掴みかかる。
「どうしても何も、アリアだから」
「は、はぁ?」
だがそれでもアルは動じない。ミストは困惑するしかなかった。
アルは言葉を続ける。
「アリアは、まあそういう事はされるかもしれないけど、多分あいつもそのうち飽きるでしょ?アリアの力は魔法の物じゃなくて、元々の物だから、しばらくしたら首輪なんてへし折るよ」
「で、でも!あいつが可哀想だと思わないの!?アンタはそういう所がダメなのよ!冷酷すぎるの!部下のたった一人くらいどうにかしてあげたらどうなの!?」
ぱちん。
牢屋に、頬を叩く高い音が聞こえる。
「――えっ」
ミストは叩かれた頬を抑え、硬直していた。
そして目の前には、目を潤ませ、今にも大粒の涙を零してしまいそうなアルがいた。
「私だって、今すぐにでもアリアを助けたいよ!あいつはアリアに既に酷いことしたし、この後も酷いことするんだと思う!そんなの私は耐えられない!さっさとあれを滅ぼしてしまいたい!粉々に、跡形もなくしてしまいたい!でも、でもっ――」
アルは大きく息を吸う。
「でも!今、私にはそれが出来ないの!
あの子を、助けてあげられないの!たったこのちっぽけな首輪があるだけなのに!これでも神様なのに!あの子を助けられない!あの子が可哀想なのに、何もしてあげられない!何もっ、なにも、わたしは、なにも――」
そこまで言うと、アルは座り込み、声を上げ泣き出してしまった。
「ちょっと、アンタ…」
言葉をぶつけられたミストはただ聞くことしか出来ず、そして突然目の前で泣かれ、もはやどうしようもなかった。
せめて霧にさえなれるのなら。ミストはそう思って術式を展開しようとする。
「お願いっ…どうにかなんないの…?」
いつも通りに、いやそれ以上に魔力を込めようとして力を入れるが、いつも感じる身体の中での魔力の動きが感じられない。
「あたしも、アリアみたいにっ、こんな、拘束なんて――」
ならばと、ミストは首輪に手を掛けるが、首輪はビクともしない。
「ねえっ!お願いよ!私にも、力はあるはずでしょ!?」
だが諦めず、いや諦めきれずに、彼女は首輪を壊そうとしていた。
「なんで、なんで!あいつには出来るのに、なんであたしには出来ないのよ!外れてよ!外れなさいよぉっ!」
ミストは狂ったように叫び、気付かぬうちに涙を流しながら、首輪を外そうとそれを掴んでいた。
「っ…」
だが、鋼鉄の首輪は、外れることは無い。
それどころか、傷一つ付かない。
「うあっ…」
ミストの手は真っ赤になり、かなりの痛みを感じていたが、彼女は外そうとする手をやめようとはしない。
「うぐっ…」
だが、それでも外れることは無かった。
アルはそれを悲しげに見つめ、遠い目をすることしか出来なかった。
――唐突に、足音が聞こえる。
男が、また自分たちを攫いに来たのだろうか。二人は一瞬そう思うが、その足音の感覚が短く、急いでいるようであったので違うと悟る。
一体なんだろう。二人は息を呑んだ。
「嘘っ…」
「アンタ、もしかして――」
そして、それは現れた。
「待たせたな。お迎えだ」
それは、あの見張りの男だった。右手にはしっかりと鍵を持ち、屈託のない、晴れやかな笑顔を顔には浮かべていた。
「ど、どうしてここに?君は、見張りでしょ?」
アルが最大の疑問を問う。
すると、彼は息を乱しながらゆっくり答えた。
「あの緑髪の子、連れ去られてただろ。俺、それが許せなくてな。約束したのは俺だってのに」
彼は大きく息を整え、言葉を続ける。
「んで、俺はあの子を助けたかったけど、俺一人じゃあどうしようもない訳だ。だから、お前らを解放しに来た」
彼の言葉には少々勘違いも含まれるが、その中には多少の正義があった。
彼はとことん真っ直ぐな人間なのだろう。道は少し踏み外しているものの、彼の言葉には嘘は感じられなかった。
「つまり、私達にアリアを救えって……そういうこと?」
彼はそれを聞いて嬉しそうに笑う。
「あの子、アリアって言うのか――。ああ、そうだ。アリアを救ってあげてくれ」
ミストが立ち上がる。
「でも、アンタはどうすんのよ。もし上手くいっても、そのうちアンタが責任取って殺されるかもしれないわよ?」
「分かってる、覚悟の上だ。あの子に会えりゃあいい。俺にはもう家族はいないしな」
ミストは、そしてアルは、男の言葉に感銘を受けた。
自己犠牲を、自分で分かってのことだ。
ならば、二人はその決意を受け取らないわけにはいかない。
アルは立ち上がると、男に語りかける。
「じゃ、その覚悟、受け取るよ」
「託した」
男が鉄格子を開ける。そして二人に近付くと、あっという間に首輪の鍵を外した。
「おおー」
「みなぎるのを感じるわ」
魔封じが解け、全身に魔力が行き渡るのを二人は感じる。
「ねえ、アンタ」
「ん、何だ」
ミストは男の目をしっかりと見る。
「アンタの名前。聞かせて」
「そんな事か。俺の名前はな…」
男はミストの目をしっかりと見る。
「ロス、だ」
二人は牢屋の出入口から脱出すると、ロスの先導に付いていきながら、アル達を購入したという男の部屋へと向かった。
向かう途中には、商人の部屋と見られるものがいくつかあったが、それは後回しにする事にした。
しばらく歩くと、やがてその男の部屋に到着した。
「ここがあの男のルームね!」
アルが茶化しながら言う。
「ふざけてる暇は無いわ。さっさとアリアを助けるわよ」
ミストにピシャリと言われ、少し黙るアル。だがその顔は楽しそうだった。
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「待って!」
ロスが扉を開けようとするのを、アルが止める。
「何よ、さっさと助けないと」
「中がもぬけの殻、とかだったら嫌でしょ?確認しとかないとね」
そう言うとアルは目を瞑り、右手を横に突き出した。
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「魔法よ。中の様子を映してるのだろうけど…、どうやら、ここで正解みたいね」
「魔法かぁ、もしかしたら初めて見たかもしれねぇな」
ロスは少し頬を緩める。
ミストの言う通り、扉に浮かんだ映像には、例の男とアリアが映っていた。
そしてアリアはベッドに転がされ、男はアリアの鎧を剥ぎ取ろうとしていた。
鎧の外し方を知らないのか、男は悪戦苦闘しているように見える。アリアは目が虚ろで、意識が朦朧としているように見えた。
「よし、鎧ありがとう」
アルは小さく頷く。
「さて、このままじゃ危ないわね。突入しましょ」
「賛成だな」
ミストは映像に映る男を睨みつけ、ロスは扉のドアノブに手を掛ける。
アルが二人の顔を見渡すと、二人とも真面目な顔をしていた。自分だけ少し不真面目であったので、彼女は何故か悲しみを感じた。
「じゃ、行こっか。開けていいよー」
「おうおう」
アルがロスの背中を叩きつつ言うと、彼は扉を勢いよく押し開ける。
「どわっ!?な、なんだいきなり!」
「くたばれキンジョン!」
なんの予告もなしに開けられた扉とその音に驚き飛び上がる男。
アルが名前を呼んだ通り、その男の名は『キンジョン・イルソン』。侯爵で一見真面目な統治をしているように見えるが、それは王族への見せかけである。アルが知っていたように、街の裏側にはスラム街が広がり、領民の貧富の差は相当激しかった。
そして、アルはさらにキンジョンに対して失望した。彼は人身売買までしていたのかと。
アルは部屋に入るなり右腕に蒼色の閃光を纏わせ、キンジョンに殴りかかろうとした。
だがキンジョンはスタンガンを取り出し、アリアにそれを突き立てた。
「まっ、待て!それ以上近付けば、こいつは無事には済まないぞ!」
アルはそれを見て、一瞬躊躇する。その弾みに右腕の閃光も途切れてしまう。
だが多少の犠牲は仕方ないと割り切り、もう一度その閃光を発動させた。
だがその時、キンジョンの顔が醜く歪んだ。
「残念だったな」
「――っ!?アンタ!後ろよ!」
ミストが叫ぶ。アルが彼女の言う通り後ろを振り返ると、
そこには、一度アルの元へ『隠密』で辿り着き捕まえた、あの兵の姿があった。
それに続き、部屋へぞろぞろと兵達が入ってくる。
「ちょっとでも動いてみろ。お前らは死ぬぞ」
「くそっ、もう察知しちまったのか!嬢ちゃん達、どうにか出来るのか!?」
「言われなくたって!」
ロスに問われ、アルが大きく返事を返す。
アルは予備動作なしに目の前の兵をなぎ倒す。拳を打ち込まれた兵は避ける事もできずに吹き飛ばされ、数人の兵を巻き込み倒れる。
それと同時にアルは、金色の剣を生成し、ミストにそれを投げ付ける。
「あっぶないわね!」
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「あっ、あれっ――」
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「身体の疼きが、無くなってます」
そう言うとアリアは、さも当然のようにように首輪をへし折った。
「あっ、ああっ、ああーっ!?」
キンジョンはそれを見たあまりの衝撃に、アリアを指して再度固まってしまった。
「キンジョン?――おーい、キンジョン」
「ダメね、気絶してるわ」
白目を剥いて、まるで死んでしまったかのように気絶したキンジョン。アルは吹き出しそうになる。
「どうしよ。アリア、こいつどうしたい?」
アルがアリアに要望を聞くと、彼女は少し考え込む素振りを見せ顔を下げる。
やがて顔を上げると、アリアはにっこりとこういう。
「へし折りましょう、ブツを」
「死ぬより辛そうなので却下ぁぁぁぁっ!」
「なかなか惨いこと考えるなアリアちゃんは……」
アルはそれを全力で却下し、ロスはそれを想像したのか股間を抑え座り込む。
「じゃあどうするのよ。何もしないで帰る?」
「ご主人に却下されてしまえば、私はそれでも構いません」
アリアは立ち上がり、右手を握って答える。
「じゃあ行こっか?あの商人どもに何もしてないけど」
「ま、待て待て!」
それを受けたアルが部屋を出ようとすると、ロスがそれを止める。
「俺がアリアちゃんとした約束は!?」
「……あれですか?あれはですね」
アリアがロスへ近付き、目と鼻の先にまで接近する。
ロスは唾を飲み込む。
「あれは、演技ですっ!」
「へっ」
ロスは硬直し、膝から崩れ落ちる。
「さあ、行きましょう!ご主人!」
「あ、うん」
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とロスに言ったのだが、その言葉は果たして彼に届いたのだろうか。
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ミストは崩れ落ちたロスを見下ろし、言葉を吐き捨てた。だがロスは放心し、聞こえていないようだ。
そして身体を霧にしようとして、少し思いとどまりそれを止める。
ミストは座り込むと、ロスの左手をそっと握った。
「でも、アンタは特別。――ありがとう、ロス」
ミストは少し頬を赤く染めると、左手を握る手に、力を込めた。
――その手に光が灯る。
指の隙間から薄紫色の光が漏れだし、そして、手を離す。
そして、ロスの手の甲には薄紫の魔方陣が刻まれていた。
「どうしても辛い時は、あたしを呼ぶのよ。その時は、守ってあげるわ」
ミストはそっと微笑むと、名残惜しそうにロスを見つめ、霧になって消えた。
「またね」
小さく、言葉を残して。
アルは真夜中の街を歩き、壁を飛び越え外に出た。門が閉まっていたからだ。
アリアが壁を突き破ろうかと何度もアルに聞いたのだが、アルはその度に申し出を拒否した。
壁の上には見張りがいたが、アルは賄賂を創造して騒ぎにならないようにする。
二人は壁を降り、そして霧が出るのを待っていた。
「遅いねぇ、ミスト」
「ですね。何をしているのでしょうか」
だが一向に霧が出てこない。霧さえ出ればミストが現れるという予告になるのだが、夜目を使えば、辺りは遠くまでしっかり見ることが出来る。
アルが待ちきれず、座り込んだその時。
辺りに、少しずつ霧が満ちてきた。
「やっと来たかな」
やがてその霧は一点に集中すると、ぐっと凝縮し始める。
そしてその霧が辺りに放出され、視界を奪われ――霧のあった場所には、ミストが佇んでいた。
「遅かったねぇ。何してたの」
「別に。アンタが置いていくから、少し遅れただけよ」
「だいぶ遅れたけど」
手を後ろに組みながら、ミストは答えた。
普段は時間に厳しめで、ここまで遅れることなどほとんど無かった故、アルは少し不思議に思っていた。
「さて、全員集まりましたね。これからどうしますか、ご主人」
アリアが本題を切り出す。
「そうだねぇ。二人とも、帰っていいよ」
「えっ」「ご主人!?」
ミストとアリアの驚きが一度に重なり、アリアは立ち上がった。
「アリアならまだしも、あたしまで帰らなきゃいけないわけ?」
「そそ。元々これお忍びだったし。一人で行きたいなーって」
「しかし、ご主人。今回のような危機がまた無いとはいえません」
アリアがしっかりとアルの目を見る。
「その時はまた呼ぶから」
「それなら――まあ、大丈夫、でしょうか」
納得した素振りを見せ、腰を下ろすアリア。
「……アンタ、愛されてるわね」
「うん!ミストの愛も感じるよーっ!」
アルがミストに飛び付く。
「ちょっ、ちょっと!気持ち悪いわよっ」
突然の行動に驚くミストだが、その表情は満更でもなさそうだった。
「……ふう。じゃあ、また何かあったら呼ぶからね」
「はいはい」「ご主人の為ならいつでも」
「よし、じゃ」
アルは両手を広げ、ミストに抱擁を求める。だが、彼女は左手の甲に何かあるのだろうか。それに集中したまま、そして霧になり消えてしまった。
「ちえっ。つまんないの」
「大丈夫ですご主人。私がいますから」
アルは不満そうな顔をするが、その隣でアリアは微笑みながら両手を広げた。
「わーい」
アルはそれに応え、ぎゅっと全力でアリアを抱き締める。ただし直接抱いているのは鎧だが。
そしてしばらく鎧の硬さと温度を堪能したあと、アルは手を離す。
「じゃ、送還するね」
「はい。何かありましたら、いつでも呼んでください」
「分かった。じゃあね」
アリアは跪き、胸に右手を当てる。忠誠のポーズだ。
アルはアリアに手をしばらくかざし続ける。すると、突然アリアは光を放ち始めた。
それをアルは維持し続け、やがて、アリアは光の粒になって消えてしまった。
「いよっし。一人」
アルは頬を叩き、気合を注入する。
「さあ、行くぞー!待ってろ悠一くん!」
そしてアルは走り出し、
「やっぱ寝よ。オフトゥン……」
地面に吸い込まれるように消えた。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
名前を書くとお漏らしさせることが出来るノートを拾ったのでイジメてくる女子に復讐します。ついでにアイドルとかも漏らさせてやりたい放題します
カルラ アンジェリ
ファンタジー
平凡な高校生暁 大地は陰キャな性格も手伝って女子からイジメられていた。
そんな毎日に鬱憤が溜まっていたが相手が女子では暴力でやり返すことも出来ず苦しんでいた大地はある日一冊のノートを拾う。
それはお漏らしノートという物でこれに名前を書くと対象を自在にお漏らしさせることが出来るというのだ。
これを使い主人公はいじめっ子女子たちに復讐を開始する。
更にそれがきっかけで元からあったお漏らしフェチの素養は高まりアイドルも漏らさせていきやりたい放題することに。
ネット上ではこの怪事件が何らかの超常現象の力と話題になりそれを失禁王から略してシンと呼び一部から奉られることになる。
しかしその変態行為を許さない美少女名探偵が現れシンの正体を暴くことを誓い……
これはそんな一人の変態男と美少女名探偵の頭脳戦とお漏らしを楽しむ物語。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
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