上 下
15 / 28
第四計画

もともと嫌われていたので3

しおりを挟む
 林檎の木に囲まれた東屋はこじんまりとしていて可愛らしい。屋根は白いアーチを描いており、支柱には蔦が自由に這い白い花を咲かせていた。
 王家の私的な庭園に散策に訪れる人もいない。
 木漏れ日も眩しい東屋のソファに座るアレクの腿の上にジュリアは跨っていた。
「葡萄酒をとってくれないか」
 ジュリアは体を捻ると、隘路に収まった肉棒はぴくりと動いた。スカートの中に隠されているとはいえ脚は露になっている。
 ウズウズする心地よさを感じながら、葡萄酒の入っている杯を手に取りアレクに渡す。
「ありがとう」
 アレクは杯をあおってジュリアのおとがいに指を置いた。唇を開いて、の合図だ。
「アレク……」
 とがめる視線を送っても無駄で、重なった唇から葡萄酒が流し込まれる。ジュリアが酒に弱いと知ってから、アレクはこうやって飲ませてくるようになった。
 唇の端から零れた葡萄酒が首筋を伝って、モスリンドレスの胸元に入っていく。
「拭こう」
 肩からドレスが胸もとまで落とされた。白く形のよい乳房が姿を現す。白く滑らかな肌には、アレクがつけた幾つもの赤い痕がついていて、その中を葡萄酒が一筋流れていく。
 アレクの舌がそれを美味しそうに拭うと、ジュリアの腰がびくっと動いた。
「動かない約束だろう」
「動かしていないわ」
 強がって反論しても、酒で火照り始めた体はコントロールから遠ざかっていく。
「勘違いして悪かったね」
 アレクの指がひとつずつ赤い痕をなぞり、外気に晒された乳首は硬さをまして立ち上がった。
「舐めて欲しいのかな」
「ちがうわ」
 アレクは少し時間ができればジュリアを抱くようになった。執務室、寝室、東屋、ジュリアをそばから離さないアレクを咎める人物はいない。
 時間も所もかまわずに抱かれたジュリアの体は、快楽に敏感になっていた。
「そんなわけないわ。もう謁見の時間です」
 午後の謁見が始まる。ジュリアは時間を確認してもらいたくて、アレクの懐中時計に触れようとした。
 そっとその手を止められる。
「ここでのんびりしていたいな」
「だめ」
「厳しいね」
「政務は大事です」
 王の名代として、午前も午後もアレクが謁見をしていた。彼はふぅと息を吐きジュリアの胸を捏ねるようにして揉みしだき始める。
「なら、動いてくれるかい」
 暗に吐精しないと戻らないと言われて、ジュリアは息を呑んでアレクの悪戯っぽい目を見つめ返した。
 ここ一週間で彼の側近はジュリアにまで政務の時間を伝えてくるようになった。アレクが政の場に来ないかもしれないと側近にわざと思わせているのだ。
 ジュリアは観念して、腰を浮かして落とした。柔襞に包まれ一体化していた杭の傘が隘路を刺激すると、静まっていた快楽が目を覚ます。
「あっ」
「いい声だね」
 アレクは一方の乳房を口に含み、もう片方は手で捏ね始める。痛いほどの熱が蠢きだして、ジュリアは彼の肩を掴むと腰を動かしはじめた。
「淫らにふける貴方も美しいね」
「はやく、達して……」
 この体勢は体力が必要で、すぐに限界がくるジュリアはアレクにお願いする。すると彼は乳首に歯を立てた。
「ひ……っ、あっ……っ」
「貴女はここが弱い」
 アレクは指で弾力ある蕾を押しつぶしながら、ジュリアの唇を塞いだ。ねっとりと口腔の中を舐られて、体の中で行き場を探す熱がビクビクと肉茎を締め上げる。
「苛めているわけじゃないんだ」
 アレクは強すぎる悦楽に動きを止めたジュリアの腰を掴んで、下から容赦なく突き上げ始めた。
「貴女が、私の、ものだと」
 切っ先で奥を擦られると、螺旋階段を登るように快楽が爪先にまで熱を運ぶ。ジュリアはアレクの頬を包み込んで口づけを受け入れる。
「認めるまでは、体に先に覚えて貰わなくては」
「いや、あっ……っ……あっん、あ」
 一段と突き上げられて真っ白に弾けたジュリアは体を弛緩させる。
 アレクの熱を覚えてしまった肌は、彼に触れて貰えるだけで喜んでしまう。
 体が繋がっていない時でも、時間の許す限りそばにいてくれて、詳しく王宮のことを教えてくれた。その説明の丁寧さと優しさに、心はどんどん彼に惹かれていった。
 アレクに嫌われているかもしれない。そんな思いは、ジュリアの中でかなり小さくなっていた。

 ジュリアがアレクと謁見室へ一緒に行くのを拒んだのは、一人の時間が欲しかったからだ。
 アレクは渋ったが、乱れたドレスを見て、この林檎園なら良いと言ってくれた。
 ジュリアはなんとか整えたドレスでさほど広くない林檎園の中を歩く。小さくついている白い花が全て赤い林檎になるのだ。その美しさを想像すると、マルヴァーン・ホールが急に恋しくなった。
 遠くまで連なる丘や、季節によって表情を変える木々、沈む太陽が緋色に染める空と草原。整えられた美しさとは違う風景。
 潤んできた目にジュリアは顔を顰める。感傷に浸るなんて自分らしくない。
 王都にきてたった十日ほど。目まぐるしく変わってしまった環境に疲れが出てきているのだと、自分に言い聞かせる。
「お嬢さん、大丈夫かい」
 ジュリアが振り向くと麦わら帽子に白いシャツ、茶色いズボンといういで立ちの、白髪の男性が立っていた。
 目元に刻まれた笑い皺の深さのせいか、警戒すべき人物という印象はまったく受けない。
「ごめんなさい。人がいらっしゃるとは思わなくて」
「気にしないでくれ。私はしがない庭師ガーデナーだよ」
 ジュリアは長身の男性を見上げる。雇われている庭師ガーデナーというには上品な物腰と言葉遣いだ。
 ここが王家の私的な空間なだけに、万が一にも、高貴な血筋かもしれないとジュリアは膝を折った。
「お嬢さん、いいんだよ」
 にこりと笑った笑顔に、知っている面影が重なる。
「もしや、私のジャムをおいしいと言ってくれたお嬢さんかな」
「あ……」
 毎朝、出される林檎ジャムは庭師ガーデナーが作っているとアレクが言っていた。
「では、あなたが……。毎朝、とてもおいしくいただいております」
「そうか。なかなかおいしいと言ってもらえなくてね。嬉しい限りだよ」
 庭師ガーデナーは満面の笑みを浮かべて顎を撫でた。その子供のような無邪気な笑顔にジュリアも釣られて微笑む。
「おや、少し顔色が悪いね。あの王子に連れまわされているそうじゃないか」
 ジュリアは頬を赤く染めた。初対面の人にまでそんなことが知られているとは恥ずかしい。
「あれもこれまで随分と頑張ったから、今は多少目を瞑られている。貴女にとっては災難だったかもしれないが。想い人の為だったといわれれば何もいえないからね」
 想い人という言葉にジュリアは顔を上げる。過去、王子であるアレクに愛人がいたのは知っていた。だが誰かの口から聞くのはショックだった。
 表情をこわばらせたジュリアに彼は笑う。
「ああ、懐中時計の蓋に肖像を描かせる程にご執心だよ。もう何年かな、6年、いや、7年? まぁとにかく長い期間だったことは違いない」
 もしかして自分が彼の想い人かも、という甘い期待を束の間でも抱いてしまったせいで、心臓にナイフが刺さったような痛みが起きる。
 ジュリアがアレクに初めて会ったのは5年前だ。2年も違う。
「7年……?」
 縋るように呟いた頬が引きつった。
 王家にはお抱えがいるだろうが、懐中時計の蓋に肖像を描かせるには職人の技が必要だ。それほどまでに、想っている人がアレクにはいる。
 ジュリアの耳の奥で羽虫が飛ぶような音がしだした。
「毎年、変えていたからね。事情を知っている人は呆れていたよ」
 意志の力で浮かべている笑顔がぎこちなくなる。東屋で情を交わしながら懐中時計を触ろうとしてアレクに止められた。
 そこには、彼が7年も想う女性がいたのだ。
 そんな時計を身に付けながら、アレクはジュリアを抱いた。
「――今も、描かせているのですか」
「ああ。呆れるだろう?」
 茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってきた庭師に、ジュリアは「本当に」と微笑んだ。
 女主人として館を切り盛りしていたお陰で、ショックを受けても逃げ出さない気力は培われていた。
 けれど、これ以上は無理だ。ジュリアは泣きそうな顔を隠すために優雅にお辞儀をする。
「日に当たりすぎたせいか、頭が痛いので失礼させていただいても良いでしょうか」
「顔色が悪いと思っていたよ。すぐに人を呼ぼう」
「いえ、歩けますわ。ありがとうございます」
 ジュリアは庭師に背を向けた。彼の制止する声を振り払うようにドレスの裾をつまみ上げて走る。
 アレクに心を許しかけていた馬鹿な自分に吐き気がした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

処理中です...