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第三計画
社交界での評判を落とすためには5
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◆◆◆
アレクは側近から受けた報告に陰鬱な気分になっていた。
――王太子である兄のジャックが人身売買に手を染めている。
王族が賭博で作った借金を、自国民を売ってどうにかしていたのだ。
一人で抱えるわけにもいかず、王と王妃に相談をすると、気丈な王妃である母がふさぎ込んでしまった。
事態の深刻さもあり、言い逃れさせないように現行犯で掴まえて、内密に幽閉措置を取ると決まった。
フラフラと出歩き王宮にも帰ってこないジャックは、すでに尻尾を掴まれているとは知らないだろう。
対外的には体が弱くて療養しているということになっているが、もうそろそろ限界だろう。王都で目撃されているという噂はジャックの顔を知る貴族を中心に回っている。
アレクは溜息をつく。
昔はそれなりに仲の良い兄弟であった。内省を好む大人しい兄が、快活で明るいと評される弟を疎ましく思うようになったのはいつ頃なのか、アレクにはわからない。
話し掛けて相手にされない事が多くなっても、深刻には考えていなかった。剣の練習や乗馬が楽しい時期と重なったからだ。それから少しして、女性の魅力に気づき、ますます兄を気にしなくなった。
もしかしたら、そういう態度も兄を追い詰めたのかもしれない。
王太子である兄が次期国王だと信じ切っていたから気にしなかったのもある。アレクを国王に推す動きが鼻につき始めた頃には、兄は賭博から抜け出せないまでなっていた。
アレクは執務室の窓から空を見上げる。今日の空の色はジュリアの目の色を思い出させた。それだけで重かった心が少し軽くなる。
「ジュリア」
彼女の甘い唇の記憶が、今の支えになっているのもおかしな話だ。懐中時計の肖像よりも、彼女はずっと美しくて華奢で、柔らかかった。
ジュリアの領地の収穫だけでなく小作人の事まで考えた発言は説得力があった。自分の頭で考え、行動してきたことがよくわかった。
彼女はこの国をどんな風に見て、どう永続させていこうと知恵を働かせてくれるだろうか。
「貴女がここにいてくれたら……」
ただ一緒にいて話をするだけで元気になれる。カーテンで仕立てたというドレスを纏い、わざと野暮ったく装ったジュリアを思い出してアレクは笑みを零す。
美しい女性ならたくさん相手にしてきたが、ジュリアは全てが違った。矜持も意識も高く行動力もあるのに、男女のことには初心だ。
男は隠された花を暴きたくなることも知らないらしい。
ジュリアとの結婚を考えた忌々しい男は土着信仰の強い、偏狭な地域へと移動させた。二人を邪魔する者はもう誰もいない。
ジュリアは、ようやく自分だけのものだ。
「王族などでなければ、すぐに神父の所にいくものを」
夫婦と認めてさえもらえれば、帳の中でいくらでも親密になれる。地位は自由に動きたいときには厄介だ。
「さて」
アレクは便箋を机の引き出しから取り出す。
彼女の目、戸惑いの中に、自分への好意も確かに見た。その灯を消すわけにはいかない。官能という鎖を使えないのだから、工夫は必要だ。
ジュリアへの想いをペンにのせて、アレクは彼女へ手紙をしたため始めた。
数日前、結婚の準備のためにジュリアが王都へとやってくるとハリーから聞いた。
ジャックがくるという仮面舞踏会が開かれる情報を掴んだのは数か月前。
日程が被ったのは運が悪かったのかもしれないが、運とは自分でどうとでもなるものだ。
……会う前にはどうにかできそうだ。
ジュリアはすでに王都へ来ていて、明日か明後日には会えるはず。
真っ白の仮面を被り軍服を隠すための真っ赤なマントを羽織ったアレクは、いつ踏み込むかの指示を出すために舞踏会に出席していた。
仮面もつけずに部屋に籠った兄は確認をした。ここでまた誰かを見繕うのだろうが。阻止しないといけない。
そんなことを思いながら壁に背を預け広間を見渡していると、ジュリアの姿を見つけた。
「……なぜ、ここに」
最初は見間違いかと思った。だが、社交界デビューした時と同じドレスを着ている、蜂蜜色の髪の女性を忘れられるはずがない。
仮面で顔を隠していてもわかる姿勢の良さや、彼女がまとう雰囲気はあきらかに良家の子女であきらかに浮いていた。
ジュリアは横の優男と腕をしっかり組んで、男に寄り添っている。
……隣の男は誰だ。
貴族の男は近づけないようにしたはずだし、彼女自身避けていたはずだ。男は明らかに貴族だが、顔を隠していて誰かがわからない。
青白い嫉妬の炎がアレクの心を焦がした。落ち着くために浅くなった息を無理やり深くする。
ジュリアかどうか確かめるために近づいて、そっと腕に触れた。振り返った仮面越しに睨みつけてくる強気のアイスブルーの目に彼女だと確信する。
蝶の仮面がよく似合っている。遊び心でここにいるのは別に構わない。だが、彼女をエスコートし守るのは自分の役目だ。
男は腕を組むジュリアの手を宥めるように上からそっと押さえている。その動作に親密さしか感じなかった。
身分を問いただしたかったが、今は兄を捕まえるために目立つことはできない。見ているだけしかできないのだ。嫉妬に瞬きも忘れたアレクの体は怒り狂い震えていた。
だが、その男が状況を変えてくれた。男がジュリアを連れている事に嫉妬に狂った女がジュリアの髪を引っ張ったのだ。
助けようにも男があっという間にジュリアを胸の中に抱きこんでしまう。
頭に完全に血が上り一歩踏み出そうとするアレクの耳元で、側近に兄が動いたと耳打ちされた。目の前で女も屋敷の使用人の手により広間から連れ出される。
冷静さを失った自分にショックを受けた。側近に話し掛けられなければ騒動を起こしていたかもしれない。
ジュリアはいとも簡単に自分を変えてしまう。
感情的になったせいか、玄関ホールにいた兄を逃がしてしまった。
『ヒューバート! 起きて、ねぇ、ヒューバート!』
無様に転がっている男に駆け寄り、悲痛な声で叫ぶジュリアに、アレクは微笑んで手を差し伸べた。
……結婚したくない理由は、その男なのか。
気持ちが暗く淀むほど笑顔が出てくるのは、何かと問題が多かった兄に変わって、公務に出ることが多かったせいだ。
ハリーが言うには、ジュリアは男の庇護を必要としていない。だが、今夜の彼女はあきらかにその男の腕の中で守られていた。
目の前で泣いて男を心配するジュリアに苛立ちと悲しみが混み上がってくる。
……誰を想おうと、私のものだ。
聴取と言って連れていったのは、この屋敷で一番立派な部屋だった。商人が持ち主とされている屋敷だが実質は王家付けでアレクが管理していた。
ジュリアをむりやり奪ったのは、他の男のものにさせないためだ。破瓜の血を見て心から喜んだ。今、嫌われたとしても、彼女を先ず自分のものにしてしまわないともう安心ができなかった。
口づけにためらいがちに開きはじめた唇も、応えようとする舌も、すべてが甘かった。初めてなのに拙くもアレクの背中に腕を回して名を呼ぶジュリアに、自分が選ばれ愛されていると感じた。
情を何度も交わし、ぐったりと眠るジュリアの体を抱き締めて瞼に唇を落とす。
大きいが形のよい乳房に、桃色の乳首。白磁色の肌はすぐに火照り色づいた。あまりにも美しく、夢中にならないことができない体だった。
もう1時間ほどでジュリアを連れて王宮へ帰らなければならない。どうやって手元に留めおこうかと考えながらアレクが束の間の眠りにつこうとしたときだった。
「ヒューバート……」
男の名を寝言で呟いたジュリアは眉根に皺を寄せていた。幸せな夢を見ていたアレクは一気に現実に引き戻される。
自分の腕の中で他の男の名を呼んだジュリアをアレクは面白いとも思う。
――征服しがいがある。
「……貴女は私のものだ」
どんな手を使ってでも、ジュリアをそばに置く。
彼女が悲しもうが絶望しようが、そばに。
仄暗く決心したアレクは彼女の首筋に噛みつき、赤い痕を残した。
アレクは側近から受けた報告に陰鬱な気分になっていた。
――王太子である兄のジャックが人身売買に手を染めている。
王族が賭博で作った借金を、自国民を売ってどうにかしていたのだ。
一人で抱えるわけにもいかず、王と王妃に相談をすると、気丈な王妃である母がふさぎ込んでしまった。
事態の深刻さもあり、言い逃れさせないように現行犯で掴まえて、内密に幽閉措置を取ると決まった。
フラフラと出歩き王宮にも帰ってこないジャックは、すでに尻尾を掴まれているとは知らないだろう。
対外的には体が弱くて療養しているということになっているが、もうそろそろ限界だろう。王都で目撃されているという噂はジャックの顔を知る貴族を中心に回っている。
アレクは溜息をつく。
昔はそれなりに仲の良い兄弟であった。内省を好む大人しい兄が、快活で明るいと評される弟を疎ましく思うようになったのはいつ頃なのか、アレクにはわからない。
話し掛けて相手にされない事が多くなっても、深刻には考えていなかった。剣の練習や乗馬が楽しい時期と重なったからだ。それから少しして、女性の魅力に気づき、ますます兄を気にしなくなった。
もしかしたら、そういう態度も兄を追い詰めたのかもしれない。
王太子である兄が次期国王だと信じ切っていたから気にしなかったのもある。アレクを国王に推す動きが鼻につき始めた頃には、兄は賭博から抜け出せないまでなっていた。
アレクは執務室の窓から空を見上げる。今日の空の色はジュリアの目の色を思い出させた。それだけで重かった心が少し軽くなる。
「ジュリア」
彼女の甘い唇の記憶が、今の支えになっているのもおかしな話だ。懐中時計の肖像よりも、彼女はずっと美しくて華奢で、柔らかかった。
ジュリアの領地の収穫だけでなく小作人の事まで考えた発言は説得力があった。自分の頭で考え、行動してきたことがよくわかった。
彼女はこの国をどんな風に見て、どう永続させていこうと知恵を働かせてくれるだろうか。
「貴女がここにいてくれたら……」
ただ一緒にいて話をするだけで元気になれる。カーテンで仕立てたというドレスを纏い、わざと野暮ったく装ったジュリアを思い出してアレクは笑みを零す。
美しい女性ならたくさん相手にしてきたが、ジュリアは全てが違った。矜持も意識も高く行動力もあるのに、男女のことには初心だ。
男は隠された花を暴きたくなることも知らないらしい。
ジュリアとの結婚を考えた忌々しい男は土着信仰の強い、偏狭な地域へと移動させた。二人を邪魔する者はもう誰もいない。
ジュリアは、ようやく自分だけのものだ。
「王族などでなければ、すぐに神父の所にいくものを」
夫婦と認めてさえもらえれば、帳の中でいくらでも親密になれる。地位は自由に動きたいときには厄介だ。
「さて」
アレクは便箋を机の引き出しから取り出す。
彼女の目、戸惑いの中に、自分への好意も確かに見た。その灯を消すわけにはいかない。官能という鎖を使えないのだから、工夫は必要だ。
ジュリアへの想いをペンにのせて、アレクは彼女へ手紙をしたため始めた。
数日前、結婚の準備のためにジュリアが王都へとやってくるとハリーから聞いた。
ジャックがくるという仮面舞踏会が開かれる情報を掴んだのは数か月前。
日程が被ったのは運が悪かったのかもしれないが、運とは自分でどうとでもなるものだ。
……会う前にはどうにかできそうだ。
ジュリアはすでに王都へ来ていて、明日か明後日には会えるはず。
真っ白の仮面を被り軍服を隠すための真っ赤なマントを羽織ったアレクは、いつ踏み込むかの指示を出すために舞踏会に出席していた。
仮面もつけずに部屋に籠った兄は確認をした。ここでまた誰かを見繕うのだろうが。阻止しないといけない。
そんなことを思いながら壁に背を預け広間を見渡していると、ジュリアの姿を見つけた。
「……なぜ、ここに」
最初は見間違いかと思った。だが、社交界デビューした時と同じドレスを着ている、蜂蜜色の髪の女性を忘れられるはずがない。
仮面で顔を隠していてもわかる姿勢の良さや、彼女がまとう雰囲気はあきらかに良家の子女であきらかに浮いていた。
ジュリアは横の優男と腕をしっかり組んで、男に寄り添っている。
……隣の男は誰だ。
貴族の男は近づけないようにしたはずだし、彼女自身避けていたはずだ。男は明らかに貴族だが、顔を隠していて誰かがわからない。
青白い嫉妬の炎がアレクの心を焦がした。落ち着くために浅くなった息を無理やり深くする。
ジュリアかどうか確かめるために近づいて、そっと腕に触れた。振り返った仮面越しに睨みつけてくる強気のアイスブルーの目に彼女だと確信する。
蝶の仮面がよく似合っている。遊び心でここにいるのは別に構わない。だが、彼女をエスコートし守るのは自分の役目だ。
男は腕を組むジュリアの手を宥めるように上からそっと押さえている。その動作に親密さしか感じなかった。
身分を問いただしたかったが、今は兄を捕まえるために目立つことはできない。見ているだけしかできないのだ。嫉妬に瞬きも忘れたアレクの体は怒り狂い震えていた。
だが、その男が状況を変えてくれた。男がジュリアを連れている事に嫉妬に狂った女がジュリアの髪を引っ張ったのだ。
助けようにも男があっという間にジュリアを胸の中に抱きこんでしまう。
頭に完全に血が上り一歩踏み出そうとするアレクの耳元で、側近に兄が動いたと耳打ちされた。目の前で女も屋敷の使用人の手により広間から連れ出される。
冷静さを失った自分にショックを受けた。側近に話し掛けられなければ騒動を起こしていたかもしれない。
ジュリアはいとも簡単に自分を変えてしまう。
感情的になったせいか、玄関ホールにいた兄を逃がしてしまった。
『ヒューバート! 起きて、ねぇ、ヒューバート!』
無様に転がっている男に駆け寄り、悲痛な声で叫ぶジュリアに、アレクは微笑んで手を差し伸べた。
……結婚したくない理由は、その男なのか。
気持ちが暗く淀むほど笑顔が出てくるのは、何かと問題が多かった兄に変わって、公務に出ることが多かったせいだ。
ハリーが言うには、ジュリアは男の庇護を必要としていない。だが、今夜の彼女はあきらかにその男の腕の中で守られていた。
目の前で泣いて男を心配するジュリアに苛立ちと悲しみが混み上がってくる。
……誰を想おうと、私のものだ。
聴取と言って連れていったのは、この屋敷で一番立派な部屋だった。商人が持ち主とされている屋敷だが実質は王家付けでアレクが管理していた。
ジュリアをむりやり奪ったのは、他の男のものにさせないためだ。破瓜の血を見て心から喜んだ。今、嫌われたとしても、彼女を先ず自分のものにしてしまわないともう安心ができなかった。
口づけにためらいがちに開きはじめた唇も、応えようとする舌も、すべてが甘かった。初めてなのに拙くもアレクの背中に腕を回して名を呼ぶジュリアに、自分が選ばれ愛されていると感じた。
情を何度も交わし、ぐったりと眠るジュリアの体を抱き締めて瞼に唇を落とす。
大きいが形のよい乳房に、桃色の乳首。白磁色の肌はすぐに火照り色づいた。あまりにも美しく、夢中にならないことができない体だった。
もう1時間ほどでジュリアを連れて王宮へ帰らなければならない。どうやって手元に留めおこうかと考えながらアレクが束の間の眠りにつこうとしたときだった。
「ヒューバート……」
男の名を寝言で呟いたジュリアは眉根に皺を寄せていた。幸せな夢を見ていたアレクは一気に現実に引き戻される。
自分の腕の中で他の男の名を呼んだジュリアをアレクは面白いとも思う。
――征服しがいがある。
「……貴女は私のものだ」
どんな手を使ってでも、ジュリアをそばに置く。
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