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共同作業
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ハドリーが自らの手で愛撫をした、あの大きな肉棒を自分の中に……。
アルファに求められる。その体験するなら、その最初の相手はハドリーが良い。
高潔なはずの決意の底に流れる、単なる欲情。
微かに震える手を胸の間で組み合わせて、イザベラは大きく頷いた。
「わかりました」
ハドリーがこちらを信じられないとばかりに顔を曇らせる。
「どういうことが、わかっている?」
「わ、わかっていますが、ハーブが効くという確信があります」
たぶん、わかっていると思う。でもこの煮出したハーブを飲めさえすれば大丈夫な気がするのだ。
というか、ハドリーがそんな顔をするなんて遅いのではないかとも思う。
「……研究者はおかしな人物が多いが、あなたも大概だ」
「お言葉を返しますが、危ない丸薬を飲めと先に言ったのはハドリー様です」
毅然と言い返すと、ハドリーは眉間に皺を寄せた。
短くなった煙草の火を消し、三本目に火をつけている。
「拒むと思いました」
「だったら、最初から私に言わなければ良かったのではありませんか」
「その通りですね。返す言葉もない」
ハドリーは煙を大きく吐く。部屋中が煙で白くなり始めていた。
彼が何を考えているのかがわからないけれど、彼が築く透明な壁のようなものが無くなっている。
「深呼吸が必要ならば、外でするのをお勧めします。外の方が空気はきれいでしょうから」
ベランダを指さしきっぱりとイザベラが口にすると、ハドリーは口元だけで笑った。
金色の目が、愛情の色を湛えてこちらを見ている。それだけでイザベラの頬に熱が集まった。
「君には敵わないね。とにかく、私は君に忠告をしたよ」
ハドリーは瓶ごとイザベラに投げて寄越した。
小さなそれは弧を描いて、正確にイザベラの手の平に収まる。
「ありがとうございます」
「お礼を言うようなことじゃないの、ちゃんとわかっているのかな」
ハドリーは微苦笑を浮かべ、煙草を持ったまま腕を組んで椅子に座り足を組んだ。
距離を取っているのは彼なりの配慮だろうか。本当に、今更だと思う。
イザベラは覚悟を決めて瓶から取り出した一粒を水で喉に流し込んだ。
じくじくとする、嫌な発情の始まり方がした。短い時間で発情の一番の高まりを迎えるように作られた、思考や理性だけでない、尊厳さえも奪う強烈さ。
体中が火照り、胸の先端が張り詰め、蜜口がひくひくと動く。
何もつらいのは、理性も何もかもを放り出し、本能がアルファをねだることだ。
そのアルファであるハドリーは腕を組んだまま、微動だにしない。
奪うとか言っていたくせに、ただ、葉巻を吸いながら、じっとこちらを見ているだけ。
震える手でイザベラは何とか煮出したハーブが入ったカップを両手で掴んだ。縁から零れたハーブが、白の夜着にシミを作る。飲み口の小さな瓶が必要だと思った。
煮出したハーブのお茶を、唇から溢しながらなんとか喉に流し込んだ。苦みと香りが強いそれを飲み干すと、すぅっと発情が引いていく。ほっとしつつ、袖で唇を拭った。
ただ、丸薬とハーブ、嫌な味が混じったまま口の中に残って気持ち悪い。
「……大丈夫なようですね」
発情が完全に治まったところで、ハドリーが水の入ったコップを持ってきてくれる。
その手には葉巻は無い。
「ありがとうございます」
コップを受け取り、口の中のいろいろな苦みを洗い流すように、イザベラは水を一気に飲み干した。
はしたないと思われていないかと心配になったが、ハドリーは手に持っているハンカチで何も言わず口元を拭ってくれる。
「あの、あれを飲まされても、ハーブを煮出せばいいと思いますが……。発情が起こる前に用意しないといけないし、煮だしたものは日持ちせずに腐るかと思うので、現実的には無理かと思います」
発情が治まるだけではだめだ。日持ちがして携帯できないといけない。そういう意味では蜂蜜は完璧なのだ。チョコレートは、本当に贈答品としての位置づけになるだろう。
しゅん、とイザベラは肩を落とす。
「飲まされた本人が用意するというのは想定していないので大丈夫ですよ。ハーブを茶葉として渡せばいいのですから問題は無いでしょう」
「どういった時に使われるのを想定されているのですか」
素朴な疑問だった。娼館で使われているのであれば発情を治める理由が無い。なぜそれが必要なのかがわからない。
ハドリーは首を捻って、ややあって口を開く。
「他国の後宮からの依頼ですよ。発情時に交われば妊娠率も高まりますので、他の夫人、愛妾に子を為させないためでしょう。お茶を飲む文化が根強い国なので、事前に飲んでも効果があるかの確認は、先方にお任せしましょうか。こちらが受けた依頼は、丸薬を口にした後の発作は治まるか、のみでしたので」
「……」
他国の政治的な色合いが強く、イザベラは口を閉じた。
ハドリーの目には、今まで見たことがないほど冷ややかな光が宿っている。本当に、自分には関係が無いと思っているのが伝わってきた。
オメガがアルファの子孫繁栄の為に後宮に召し上げられれば、子を為さなければ冷遇されるのは目に見えている。けれどアルファの子が為されれば、先の妃たちの立場を危うくする。
「……ベータにだって、赤ちゃんはできますのに」
「私の母はベータですからね。さて」
それは初耳だった。話を広げたくても、ハドリーに背中を労うように撫でられて、口は閉じてしまう。彼は腰で手を止めた。
「ところで、体の変化に、何か気づきませんか」
「異変……ですか」
イザベラは真っ青になった。昨日は食べすぎたので、また太ったのだろうか。
それとも昨夜ハドリーに噛まれたところが膿んでいるとか。でもそれなら痛みを伴うはず。
何も確かめたくなくてギチギチに固まっているのに、無理やり歩かされて姿見の前に移動させられた。
薄暗い部屋とはいえ、朝なのもあり、自分の姿が鏡にしっかり映っている。
イザベラは鏡の中にいる自分の姿に瞠目した。
「耳が……」
「大人になりましたね」
思春期に差し掛かっても小さくならなかったウサギの耳が、ただの耳に変化している。
ブルネットの髪は耳に邪魔されることなく、すとんと腰まで流れていた。
どうして、急に。
恐る恐る触れれば、毛並みの感触もなく、完全に皮膚のみのそれになっていた。
思春期を過ぎてウサギの耳、という稀有性が失われるということは、街で暮らすのがたやすくなるということだ。
伯爵領にあるハーブ園に、引きこもる理由が一つ減ってしまった。
「あまり嬉しくなさそうですね。とてもきれいなのに」
「いえ、あの、驚いてしまって」
広義の意味で本当だ。耳は自分を守る盾でもあった。
昔、誰かにそう教えられたのだ。
自分の身を守る方法として、これを。
「ねぇ、君」
ぼそりと耳元で囁かれ、イザベラは弾かれたように顔を上げた。
いつもより輝いているように見える金色の目で、鏡越しにハドリーに見つめられている。
寝起きでも端正な顔立ちのハドリーは、悪戯っぽく目を細めた。
「君、実は覚えている? 覚えていて、そういう態度に徹している?」
記憶の蓋がガタガタと揺れる。
薄い亜麻色の長髪を束ねていた、きれいな顔立ちの、蜂蜜色の珍しい目の色をしたお兄さん。
記憶が曖昧だったあの頃、いろいろな物を安全に見せてくれた人。
イザベラは無意識に言葉を紡いでいた。
「匂いが、違うの」
人を見た目ではなく、匂いで覚えていた特殊な時期。記憶が曖昧な頃。
昨夜、一瞬嗅いだ陽だまりの匂い、あれはあのお兄さんのもの。
記憶を探すように、イザベラはハドリーの胸に頬を擦り付け、あの匂いを探す
「獣人は鼻が良いので、何かを隠したいなら見た目だけでなく、匂いも変えなくてはいけない」
「……あなたは」
「そうですか。曖昧な記憶の中に、私の言葉はあったようですね」
朧になっていく記憶の中で、あのお兄さんは言った。
『君を絶対に守る術を僕は持っているけれど、今はそれができない。それまで君は、絶対に、大人にならないように。迎えに行ったときに、大人になるように』
光る目が自分の心の奥底に鍵をかけたことを、よく覚えている。
『種だけ植えておくから。誰にも言っちゃいけない。言ったら二度と会えなくなる。嫌だろう? ――約束だ。約束を破ったら、襲って食べてしまうよ』
嫌だ。二度と会えなくなるだなんて、嫌だ。
そう、だからハーブを溶かした蜂蜜を持ち歩いた。それがあれば不思議と安心だったから。
噛まれた肩が、ちくりと痛んだ。
アルファに求められる。その体験するなら、その最初の相手はハドリーが良い。
高潔なはずの決意の底に流れる、単なる欲情。
微かに震える手を胸の間で組み合わせて、イザベラは大きく頷いた。
「わかりました」
ハドリーがこちらを信じられないとばかりに顔を曇らせる。
「どういうことが、わかっている?」
「わ、わかっていますが、ハーブが効くという確信があります」
たぶん、わかっていると思う。でもこの煮出したハーブを飲めさえすれば大丈夫な気がするのだ。
というか、ハドリーがそんな顔をするなんて遅いのではないかとも思う。
「……研究者はおかしな人物が多いが、あなたも大概だ」
「お言葉を返しますが、危ない丸薬を飲めと先に言ったのはハドリー様です」
毅然と言い返すと、ハドリーは眉間に皺を寄せた。
短くなった煙草の火を消し、三本目に火をつけている。
「拒むと思いました」
「だったら、最初から私に言わなければ良かったのではありませんか」
「その通りですね。返す言葉もない」
ハドリーは煙を大きく吐く。部屋中が煙で白くなり始めていた。
彼が何を考えているのかがわからないけれど、彼が築く透明な壁のようなものが無くなっている。
「深呼吸が必要ならば、外でするのをお勧めします。外の方が空気はきれいでしょうから」
ベランダを指さしきっぱりとイザベラが口にすると、ハドリーは口元だけで笑った。
金色の目が、愛情の色を湛えてこちらを見ている。それだけでイザベラの頬に熱が集まった。
「君には敵わないね。とにかく、私は君に忠告をしたよ」
ハドリーは瓶ごとイザベラに投げて寄越した。
小さなそれは弧を描いて、正確にイザベラの手の平に収まる。
「ありがとうございます」
「お礼を言うようなことじゃないの、ちゃんとわかっているのかな」
ハドリーは微苦笑を浮かべ、煙草を持ったまま腕を組んで椅子に座り足を組んだ。
距離を取っているのは彼なりの配慮だろうか。本当に、今更だと思う。
イザベラは覚悟を決めて瓶から取り出した一粒を水で喉に流し込んだ。
じくじくとする、嫌な発情の始まり方がした。短い時間で発情の一番の高まりを迎えるように作られた、思考や理性だけでない、尊厳さえも奪う強烈さ。
体中が火照り、胸の先端が張り詰め、蜜口がひくひくと動く。
何もつらいのは、理性も何もかもを放り出し、本能がアルファをねだることだ。
そのアルファであるハドリーは腕を組んだまま、微動だにしない。
奪うとか言っていたくせに、ただ、葉巻を吸いながら、じっとこちらを見ているだけ。
震える手でイザベラは何とか煮出したハーブが入ったカップを両手で掴んだ。縁から零れたハーブが、白の夜着にシミを作る。飲み口の小さな瓶が必要だと思った。
煮出したハーブのお茶を、唇から溢しながらなんとか喉に流し込んだ。苦みと香りが強いそれを飲み干すと、すぅっと発情が引いていく。ほっとしつつ、袖で唇を拭った。
ただ、丸薬とハーブ、嫌な味が混じったまま口の中に残って気持ち悪い。
「……大丈夫なようですね」
発情が完全に治まったところで、ハドリーが水の入ったコップを持ってきてくれる。
その手には葉巻は無い。
「ありがとうございます」
コップを受け取り、口の中のいろいろな苦みを洗い流すように、イザベラは水を一気に飲み干した。
はしたないと思われていないかと心配になったが、ハドリーは手に持っているハンカチで何も言わず口元を拭ってくれる。
「あの、あれを飲まされても、ハーブを煮出せばいいと思いますが……。発情が起こる前に用意しないといけないし、煮だしたものは日持ちせずに腐るかと思うので、現実的には無理かと思います」
発情が治まるだけではだめだ。日持ちがして携帯できないといけない。そういう意味では蜂蜜は完璧なのだ。チョコレートは、本当に贈答品としての位置づけになるだろう。
しゅん、とイザベラは肩を落とす。
「飲まされた本人が用意するというのは想定していないので大丈夫ですよ。ハーブを茶葉として渡せばいいのですから問題は無いでしょう」
「どういった時に使われるのを想定されているのですか」
素朴な疑問だった。娼館で使われているのであれば発情を治める理由が無い。なぜそれが必要なのかがわからない。
ハドリーは首を捻って、ややあって口を開く。
「他国の後宮からの依頼ですよ。発情時に交われば妊娠率も高まりますので、他の夫人、愛妾に子を為させないためでしょう。お茶を飲む文化が根強い国なので、事前に飲んでも効果があるかの確認は、先方にお任せしましょうか。こちらが受けた依頼は、丸薬を口にした後の発作は治まるか、のみでしたので」
「……」
他国の政治的な色合いが強く、イザベラは口を閉じた。
ハドリーの目には、今まで見たことがないほど冷ややかな光が宿っている。本当に、自分には関係が無いと思っているのが伝わってきた。
オメガがアルファの子孫繁栄の為に後宮に召し上げられれば、子を為さなければ冷遇されるのは目に見えている。けれどアルファの子が為されれば、先の妃たちの立場を危うくする。
「……ベータにだって、赤ちゃんはできますのに」
「私の母はベータですからね。さて」
それは初耳だった。話を広げたくても、ハドリーに背中を労うように撫でられて、口は閉じてしまう。彼は腰で手を止めた。
「ところで、体の変化に、何か気づきませんか」
「異変……ですか」
イザベラは真っ青になった。昨日は食べすぎたので、また太ったのだろうか。
それとも昨夜ハドリーに噛まれたところが膿んでいるとか。でもそれなら痛みを伴うはず。
何も確かめたくなくてギチギチに固まっているのに、無理やり歩かされて姿見の前に移動させられた。
薄暗い部屋とはいえ、朝なのもあり、自分の姿が鏡にしっかり映っている。
イザベラは鏡の中にいる自分の姿に瞠目した。
「耳が……」
「大人になりましたね」
思春期に差し掛かっても小さくならなかったウサギの耳が、ただの耳に変化している。
ブルネットの髪は耳に邪魔されることなく、すとんと腰まで流れていた。
どうして、急に。
恐る恐る触れれば、毛並みの感触もなく、完全に皮膚のみのそれになっていた。
思春期を過ぎてウサギの耳、という稀有性が失われるということは、街で暮らすのがたやすくなるということだ。
伯爵領にあるハーブ園に、引きこもる理由が一つ減ってしまった。
「あまり嬉しくなさそうですね。とてもきれいなのに」
「いえ、あの、驚いてしまって」
広義の意味で本当だ。耳は自分を守る盾でもあった。
昔、誰かにそう教えられたのだ。
自分の身を守る方法として、これを。
「ねぇ、君」
ぼそりと耳元で囁かれ、イザベラは弾かれたように顔を上げた。
いつもより輝いているように見える金色の目で、鏡越しにハドリーに見つめられている。
寝起きでも端正な顔立ちのハドリーは、悪戯っぽく目を細めた。
「君、実は覚えている? 覚えていて、そういう態度に徹している?」
記憶の蓋がガタガタと揺れる。
薄い亜麻色の長髪を束ねていた、きれいな顔立ちの、蜂蜜色の珍しい目の色をしたお兄さん。
記憶が曖昧だったあの頃、いろいろな物を安全に見せてくれた人。
イザベラは無意識に言葉を紡いでいた。
「匂いが、違うの」
人を見た目ではなく、匂いで覚えていた特殊な時期。記憶が曖昧な頃。
昨夜、一瞬嗅いだ陽だまりの匂い、あれはあのお兄さんのもの。
記憶を探すように、イザベラはハドリーの胸に頬を擦り付け、あの匂いを探す
「獣人は鼻が良いので、何かを隠したいなら見た目だけでなく、匂いも変えなくてはいけない」
「……あなたは」
「そうですか。曖昧な記憶の中に、私の言葉はあったようですね」
朧になっていく記憶の中で、あのお兄さんは言った。
『君を絶対に守る術を僕は持っているけれど、今はそれができない。それまで君は、絶対に、大人にならないように。迎えに行ったときに、大人になるように』
光る目が自分の心の奥底に鍵をかけたことを、よく覚えている。
『種だけ植えておくから。誰にも言っちゃいけない。言ったら二度と会えなくなる。嫌だろう? ――約束だ。約束を破ったら、襲って食べてしまうよ』
嫌だ。二度と会えなくなるだなんて、嫌だ。
そう、だからハーブを溶かした蜂蜜を持ち歩いた。それがあれば不思議と安心だったから。
噛まれた肩が、ちくりと痛んだ。
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