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共同作業

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 自分で触って何をするつもりだろう。じっと見つめていると、すぐに手を上下に動かし始めた。

「……」

 イザベラはただ目を丸くする。
 苦し気に眉根を寄せ、こちらを睨むように見るハドリーの目には自分しか映っていない。
 呻きながら自らを慰める姿を、固唾を飲んで見ているだけなのに、イザベラの両脚の間がぽっと熱くなる。
 あんな大きくて硬そうなものが自分の中に入るわけがない。
 突き上げられれば、体はバラバラになってしまう。
 それでも想像してしまった。
 蜜洞いっぱい蹂躙されて、中をすべて暴かれることを。
 疲れ切っている身体なのに、あわいから蜜がとろりと零れる。

「イザベラ、発情を…………しましたね」
「……っ」

 ハドリーが小さく震え、瞬間に液体が傘の真ん中から噴き出した。
 ビュッ、ビュッと、あまりの勢いの良すぎるそれは、無意識に近づいて正面から見つめていたイザベラの髪に、顔に、胸に飛ぶ。
 たらり、と肌を伝って落ちてくる、独特の匂いのある白いもの。
 それがかかった自分を見て、ハドリーが恍惚の笑みを浮かべた。
 それでいながら、謝罪を口にする。

「怖かったですね。申し訳ありませんでした。きれいにしましょう」
「いえ……」

 怖くなんてない。
 アルファに欲情してもらえるのは、オメガにとっては幸せなことだから。
 沸き上がる感情は、どこから来るのだろう。
 ハドリーはベッドサイドに置いていた布を濡らして手に取ると、ブルネットの髪から太ももまで、優しく丁寧に白い液体をふき取ってくれる。
 まるで壊れ物を手入れするような、優しい扱いにうとうとと眠くなってきた。
 さっき肩を噛まれたのに、警戒を解くのが早すぎる。

「寝た方が良い」

 確かに、とても疲れた。あの発情を起こすものはとても疲れる。

「ほら、寝ましょう」

 口調が砕けている。後頭部に手を置いたハドリーが、胸に抱き寄せてきた。
 ぽんぽんと頭を撫でられて、すぅっと息を吸うと懐かしい気がする。
 体臭は日常的に口にしているものと繋がってくる。
 あの清涼感が混じったような匂いは、独特なハーブを取っているからではないか。
 ありえる。イザベラは閉じかけた目をいったん開ける。
 もう一度、ハドリーの首当たりの匂いを嗅ぐ。

「くすぐったいですよ」

 なんとも形容しがたい、陽だまりのような安心する匂い。
 ハドリーの本当の匂いは、これなのではないかと思った。
 この匂いは知っている。どこかで嗅いだことがある。
 安心に包まれたまま、イザベラは睡魔に飲み込まれた。



 固形物は食べることができない。水分なら取ることができる。
 そうならば、どうすればいいのだろう。
 遠いところから甘いチョコレートの香りが漂ってきた。

「チョコ……、キャラメル……」

 ややあって食い意地が張っているだけじゃないかと、恥ずかしさと共に目を開けた。
 疲労感に包まれた身体を動かすのも億劫なのに、ハドリーの腕に包まれている。
 裸に巻き付いた彼の腕もまた何も衣服を纏っておらず、もぞもぞと動くと腕が胸に触れてしまうので身動きが難しい。 
 チョコレートの香りがしたと思ったが、口に入れられたわけではないらしい。
 背中から規則正しいハドリーの寝息にそう思った。
 腕に包まれているイザベラは顔を勝手に赤くする。
 快楽に身を任せたハドリーの顔、声、全ては胸の中に喜びとなって広がっている。
 もし、あの時に即効性のチョコレートを『飲める』ことができていれば、あんなハドリーを見ることは無かったかもしれない。
 飲む、というところでイザベラは顔を上げる。

「飲めばいいの」

 そう、食べることができなくても、飲むことができたら良かったのだ。
 味が濃いものを臓腑が拒否し、呑み込むことさえできなかった。
 イザベラはハドリーの重い腕からそっと抜けて、床に落ちていた夜着を着る。
 それから文机のそばに立つと紙で包んでいたハーブの束を取り出した。
 水差しから鍋に水を移すと沸騰させ、しばらく考えた後にハーブを全量その中に入れる。
 暖炉に薪をくべ、火を強くして、砂時計と紙とペンを手にその前に座った。
 ハーブを煮だしたものなら、効くかもしれない。
 砂時計で時間を計り鍋の中を確認しながら、その色が濃くなるまで待った。
 頃合いだとピンときたところで鍋を下ろして、中身をカップに掬って布で覆った大きな器に濾しながら移す。
 ハーブの束数、煮出した時間、濾せた分量などをすべて記録する。
 布で包んだハーブを絞って、最後の一滴まで器に移した。
 まずは、これが効くかどうか試すために、あの丸薬を飲んで自分が発情しないといけない。
 正直、憂鬱な気分になる。あれはそういった行為をさせるためのものだから。
 そもそも、あれがあるのかも聞かなくてはいけないが、ハドリーを起こさないといけない。
 イザベラがハドリーのいるベッドを逡巡しながら振り返ると、彼は上半身を起こし、片膝を立ててこちらを見ていた。
 気配が全くなかったので、びっくりする。

「申し訳ありません。起こしてしまいましたか」
「腕の中から、あなたがいなくなれば起きますよ」

 苦笑したハドリーは口調が砕けていて、薄暗くてもその顔に浮かんでいるのが優しい表情だとわかる。
 イザベラの目もきらきらと輝いて、いけないと瞬きで隠した。
 ハドリーは静かに口を開く。

「体の調子は」
「問題ないと思います」

 ハドリーが今までで一番、寛いでいるように見えた。

「何をしているのかを聞いても?」
「先ほどチョコレートは食べることができなかったけれど水は飲めたので、煮出してみたのです」
「なるほど」

 寝台の袖机から葉巻を出しマッチで火をつけると、深く吸い、煙を吐く。
 必要以上に調度品を触らないので、そんなものが入っていたとは知らなかった。

「煙草を、嗜まれるのですね」
「まぁ、それなりに」

 ハドリーはじっとこちらを見て、それからまた口を開く。

「肩の具合はどうですか」
「あ」

 痛みが完全に引いていたので、噛まれたことさえ忘れていた。
 その部分を抑えながら、イザベラは口を開く。

「痛くはないです」
「うん。怖がらせて悪かったね。後で見せてください」

 痛くなるなるのがわかっていたかのような頷き方だった。
 ハドリーは天井を見上げた後少しだけ首を傾ける。

「念のために聞くけれど、またあれを飲む気ですか」
「……まだ、ありますか?」

 イザベラがおずおずと聞くと、ハドリーは煙草を手に持ったままベッドの端に移動し足を下ろし、また一服して目を細めた。

「嘘をつきたくはないから言うけれど、ありますよ」
「……その、ひとつ、いただけますか」
「あなたの身体の負担が大きい。この依頼は断ろうと思います」

 ハドリーは決然と言って立ち上がった。

「でも」

 イザベラは叫んでいた。

「あれは、口にしてはダメなものです。でも、飲まざるを得ない方がいるのであれば、ハーブが効けば、あれを飲む方の助けになる。私は、助けたい」

 ハドリーは二本目の煙草に火をつける。
 部屋に香りが充満し、普通の煙草では無いことがなんとなくわかった。
 彼は何かしらの『草』を嗜んでいる。
 乱れた髪のまま大きく煙を吐いたハドリーは、棚の奥から瓶を取り出し重い口調で言った。

「あなたの犠牲心を利用していた私が言うのもおかしな話ですが、私は反対です」
「でも」
「私たちに起こったことを、覚えていますか」

 イザベラは耳を震わせて顔を真っ赤にする。

「お、覚えています」
「あなたの身体と、貞操が心配です。もし、それが効かなければ、今度こそ私はあなたを奪うかもしれない」
「奪う……」

 イザベラは生唾を飲み込んだ。
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