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共同作業
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嫌な感じはしないが、突然触れられてイザベラは目を丸くする。
見せられた親指の腹にはナッツの屑が付いていて、恥ずかしさに頬は赤くなった。
「あ、やだ。ご、ごめんなさい。お恥ずかしい……」
「いや、俺が悪い。試作段階でちょっと大きすぎました。次は一口で食べれる大きさにします」
すっと棚の方を向いたパトリックの耳が心なしか赤い。
パトリックは棚から今度は小瓶を取り、手に握った。
「……オメガであるお嬢さんが活躍しているのをみるとすっげぇ嬉しいです。喜んでもらえたら、なんかもっとがんばろうって思える。……お嬢さんにおいしいって言われるのは本当に嬉しいんです」
仕事熱心な人だと、イザベラはパトリックを見上げた。
意識を高く持った人に手伝ってもらえるのは本当にありがたい。
パトリックは握っていた色や形が違うキャラメルが入った小瓶を渡してくる。
「どれが好きか教えてください。それで苦みが抑えられるか、試作してみるんで」
「頂いて良いのですか。……大事なものでしょう?」
申し訳なさそうに聞けば、パトリックが口角を上げて頷いた。
「良いんです。人の役に立てることを手伝えて、張り切っててアイデアが浮かびまくりなんです」
「では、遠慮なく。ありがとうございます」
パトリックが後頭部に手をやりながらはにかむ。
イザベラは瓶を握りしめて、ぎゅっと唇を引き締めた。
彼は平民のオメガの母親から生まれたアルファだ。発情した際に通りがかったアルファに襲われてパトリックは宿った。父親は誰かわからないらしい。
父の獣性であろう『馬』を引き継いでいるから、そこから手掛かりはつかめるだろうけれど、探すつもりはないようだ。
本人はせめてアルファで良かったです、とあっけらかんとしているが、母親の身の上には心を痛めている。
「あのこの試作品の余り、持って帰ってくださいね」
「すみません。いつもありがとうございます」
パトリックはコック帽をとって深々と頭を下げてきた。
彼の母親はずっと発情を恐れていて、息子であるパトリックはその姿に心を痛めていた。
ハーブの試作品のチョコレートもどうしても端が余ったり、たまに欠けたりする。
見た目も大事なため、そういうものはハドリーに見せない。
それらを無償で渡す代わりに、レシピのことは内緒にしてもらっている。
もしこの開発が無くなっても、彼の母親にハーブが定期的に届くように父に聞いてみるつもりだ。
パトリックは大事そうにチョコレートを紙に包んでいる。
大事な人が傷つけば、自分の心も痛む。
そんな人が一人でも少なくなればいいと、イザベラは絶対に成功させようと決める。
それから夕刻まで厨房にいた。
料理人には料理の試食も頼まれ、厨房の片隅で過ごす間はずっと食べていると言っても過言ではない。
厨房の開いた裏口から見える空が暗くなってきているを見て、イザベラは耳をピンッと立てた。
もうハドリーに今日の報告をする時間だ。
イザベラは焦って、机の上に散らばっていた書類をかき集める。
「ああ、もう夕方。報告に行きま……っ」
足を踏み出して何もない場所で躓いた。
書類を大事に抱えていたせいで、顔から落ちると思ったがパトリックが支えてくれる。
「大丈夫ですか」
「あ、ありがとうございます。では、また!」
「ほどほどにしてくださいよ」
真っ赤になりながら礼をして、その場を駆け足で去った。
慌てて躓くなんて子どものようだ。小さな頃も誰かにこうやって支えてもらった気がする。
イザベラは書類を抱えて、ハドリーがいる書斎へと急いだ。
この書類は商会にとっても重要機密になるので、鍵付きの棚の無い離れには持っていけない。
そういう事情もあり、ハドリーはイザベラに書斎にいつ来て良いと言ってくれている。
だが、午前中は領地、午後は港湾関係の仕事を捌いているのを知っているし、港に呼び出されることも多く、夕方近くに行くようにしていた。
それにしても今日もたくさん食べてしまった、とイザベラは息を吐く。
そういえば、今朝お世話係の侍女に言われた。
『イザベラ様、お胸がまた大きくなりましたね』
ギクリ、とイザベラは固まってしまった。
そう、太ったのだ。
小屋での生活が質素すぎたともいえる。
食べたら太る。当然すぎて言葉もない。
侍女曰く、胸とお尻だけがふっくらしてきたらしい。
どうりでドレスの胸元がきついはずだ。
胸を押し上げるドレスから見える谷間は暑苦しい。
チョコレートだけでなく、お菓子を作る過程でとんでもない量の白い粉……砂糖が使われる。
パトリックはお菓子を作るのであれば、これくらいは当然だという。
白い砂糖は高級だから、遠慮なく使えるお金持ちの家で働けるように、伝手を使いまくったらしい。
それが侯爵家だったというわけだ。
この開発が終われば、おのずと痩せるはず。ハーブ園に戻れば、もっと痩せるはずだ。
イザベラはちょっと落ち込みながら、ハドリーがいる書斎のドアを叩いた。
中からどうぞ、と低い声がする。
ぞく、と背中に脳にまで届く痺れが走った。
これが、あまり彼と一緒にいたくない原因。
イザベラはぎゅっと気を引き締めた。
*
「これが本日作成したレシピです。このままでいけば、一週間ですべてのリストは網羅できるので、次の工程に移れるかと思います」
「順調ですね」
報告書を確認するハドリーは微笑を浮かべていて、イザベラはほっとする。
仕事となるとやはり緊張してしまう。
「あ、申し訳ありません。お砂糖の量を、少し変えていました」
苦みが気になると言ったパトリックが、砂糖の量を変えたレシピがあった。
イザベラは机の上にある報告書のその部分を指さす。
「ここの数量の書き換えが必要です。費用がちょっと変わるかも……」
「――アルファの、パトリックの匂いがします。何かありましたか」
「は……?」
ハドリーは微笑を浮かべながら書類を机の脇にやってしまった。
「一緒にいたので、当然かと」
「違います。移っているわけじゃない。直接的なものです」
「……直接的」
口元についたお菓子の屑を拭ってもらった時と、イザベラがうっかり躓いてしまい支えてくれたあの時だろうか。
「口元と、胸元から匂いますね」
「その、いろいろありまして。パトリックは私を助けてくれただけですので」
「パトリックが、アルファの匂いを付けているのが問題です」
アルファの匂い、とイザベラは首を傾げた。
確かにアルファは特有の匂いを纏うが、パトリックはアルファなのだからあって当然。
発情していなくてもオメガもそういった匂いを纏っているのだという。
ベータでも鼻が良い獣人は嗅ぎ分けることができると聞いた。
「アルファの、匂い……」
「なるほど、パトリックも無意識ですか」
ハドリーが胸の谷間を無遠慮にじっと見てくる。
どくどくと高鳴り始めた鼓動を無視して、イザベラは冷静を保って続ける。
「配合の話に戻っても良いですか」
「こんなに匂うことを心配しています。何かありましたか」
イザベラは少し焦った。
自分のせいでパトリックに変な疑いをかけられているから、弁明しないといけない。
それなのに、ハドリーに注目されていることに興奮している。
「彼は、とても信頼できる方で、無暗に触れてくるようなことはありません。今日は、その、私が悪いのです」
「悪い? ああ、そうですね」
イザベラがパトリックを庇うと、ハドリーは机の上で両肘を立て、指を組んで顎を置いた。
「ドレスのサイズが合っていませんね。これはよくない」
その目に何か熱が宿っている気がして、イザベラはゴクリと生唾を飲んだ。
見せられた親指の腹にはナッツの屑が付いていて、恥ずかしさに頬は赤くなった。
「あ、やだ。ご、ごめんなさい。お恥ずかしい……」
「いや、俺が悪い。試作段階でちょっと大きすぎました。次は一口で食べれる大きさにします」
すっと棚の方を向いたパトリックの耳が心なしか赤い。
パトリックは棚から今度は小瓶を取り、手に握った。
「……オメガであるお嬢さんが活躍しているのをみるとすっげぇ嬉しいです。喜んでもらえたら、なんかもっとがんばろうって思える。……お嬢さんにおいしいって言われるのは本当に嬉しいんです」
仕事熱心な人だと、イザベラはパトリックを見上げた。
意識を高く持った人に手伝ってもらえるのは本当にありがたい。
パトリックは握っていた色や形が違うキャラメルが入った小瓶を渡してくる。
「どれが好きか教えてください。それで苦みが抑えられるか、試作してみるんで」
「頂いて良いのですか。……大事なものでしょう?」
申し訳なさそうに聞けば、パトリックが口角を上げて頷いた。
「良いんです。人の役に立てることを手伝えて、張り切っててアイデアが浮かびまくりなんです」
「では、遠慮なく。ありがとうございます」
パトリックが後頭部に手をやりながらはにかむ。
イザベラは瓶を握りしめて、ぎゅっと唇を引き締めた。
彼は平民のオメガの母親から生まれたアルファだ。発情した際に通りがかったアルファに襲われてパトリックは宿った。父親は誰かわからないらしい。
父の獣性であろう『馬』を引き継いでいるから、そこから手掛かりはつかめるだろうけれど、探すつもりはないようだ。
本人はせめてアルファで良かったです、とあっけらかんとしているが、母親の身の上には心を痛めている。
「あのこの試作品の余り、持って帰ってくださいね」
「すみません。いつもありがとうございます」
パトリックはコック帽をとって深々と頭を下げてきた。
彼の母親はずっと発情を恐れていて、息子であるパトリックはその姿に心を痛めていた。
ハーブの試作品のチョコレートもどうしても端が余ったり、たまに欠けたりする。
見た目も大事なため、そういうものはハドリーに見せない。
それらを無償で渡す代わりに、レシピのことは内緒にしてもらっている。
もしこの開発が無くなっても、彼の母親にハーブが定期的に届くように父に聞いてみるつもりだ。
パトリックは大事そうにチョコレートを紙に包んでいる。
大事な人が傷つけば、自分の心も痛む。
そんな人が一人でも少なくなればいいと、イザベラは絶対に成功させようと決める。
それから夕刻まで厨房にいた。
料理人には料理の試食も頼まれ、厨房の片隅で過ごす間はずっと食べていると言っても過言ではない。
厨房の開いた裏口から見える空が暗くなってきているを見て、イザベラは耳をピンッと立てた。
もうハドリーに今日の報告をする時間だ。
イザベラは焦って、机の上に散らばっていた書類をかき集める。
「ああ、もう夕方。報告に行きま……っ」
足を踏み出して何もない場所で躓いた。
書類を大事に抱えていたせいで、顔から落ちると思ったがパトリックが支えてくれる。
「大丈夫ですか」
「あ、ありがとうございます。では、また!」
「ほどほどにしてくださいよ」
真っ赤になりながら礼をして、その場を駆け足で去った。
慌てて躓くなんて子どものようだ。小さな頃も誰かにこうやって支えてもらった気がする。
イザベラは書類を抱えて、ハドリーがいる書斎へと急いだ。
この書類は商会にとっても重要機密になるので、鍵付きの棚の無い離れには持っていけない。
そういう事情もあり、ハドリーはイザベラに書斎にいつ来て良いと言ってくれている。
だが、午前中は領地、午後は港湾関係の仕事を捌いているのを知っているし、港に呼び出されることも多く、夕方近くに行くようにしていた。
それにしても今日もたくさん食べてしまった、とイザベラは息を吐く。
そういえば、今朝お世話係の侍女に言われた。
『イザベラ様、お胸がまた大きくなりましたね』
ギクリ、とイザベラは固まってしまった。
そう、太ったのだ。
小屋での生活が質素すぎたともいえる。
食べたら太る。当然すぎて言葉もない。
侍女曰く、胸とお尻だけがふっくらしてきたらしい。
どうりでドレスの胸元がきついはずだ。
胸を押し上げるドレスから見える谷間は暑苦しい。
チョコレートだけでなく、お菓子を作る過程でとんでもない量の白い粉……砂糖が使われる。
パトリックはお菓子を作るのであれば、これくらいは当然だという。
白い砂糖は高級だから、遠慮なく使えるお金持ちの家で働けるように、伝手を使いまくったらしい。
それが侯爵家だったというわけだ。
この開発が終われば、おのずと痩せるはず。ハーブ園に戻れば、もっと痩せるはずだ。
イザベラはちょっと落ち込みながら、ハドリーがいる書斎のドアを叩いた。
中からどうぞ、と低い声がする。
ぞく、と背中に脳にまで届く痺れが走った。
これが、あまり彼と一緒にいたくない原因。
イザベラはぎゅっと気を引き締めた。
*
「これが本日作成したレシピです。このままでいけば、一週間ですべてのリストは網羅できるので、次の工程に移れるかと思います」
「順調ですね」
報告書を確認するハドリーは微笑を浮かべていて、イザベラはほっとする。
仕事となるとやはり緊張してしまう。
「あ、申し訳ありません。お砂糖の量を、少し変えていました」
苦みが気になると言ったパトリックが、砂糖の量を変えたレシピがあった。
イザベラは机の上にある報告書のその部分を指さす。
「ここの数量の書き換えが必要です。費用がちょっと変わるかも……」
「――アルファの、パトリックの匂いがします。何かありましたか」
「は……?」
ハドリーは微笑を浮かべながら書類を机の脇にやってしまった。
「一緒にいたので、当然かと」
「違います。移っているわけじゃない。直接的なものです」
「……直接的」
口元についたお菓子の屑を拭ってもらった時と、イザベラがうっかり躓いてしまい支えてくれたあの時だろうか。
「口元と、胸元から匂いますね」
「その、いろいろありまして。パトリックは私を助けてくれただけですので」
「パトリックが、アルファの匂いを付けているのが問題です」
アルファの匂い、とイザベラは首を傾げた。
確かにアルファは特有の匂いを纏うが、パトリックはアルファなのだからあって当然。
発情していなくてもオメガもそういった匂いを纏っているのだという。
ベータでも鼻が良い獣人は嗅ぎ分けることができると聞いた。
「アルファの、匂い……」
「なるほど、パトリックも無意識ですか」
ハドリーが胸の谷間を無遠慮にじっと見てくる。
どくどくと高鳴り始めた鼓動を無視して、イザベラは冷静を保って続ける。
「配合の話に戻っても良いですか」
「こんなに匂うことを心配しています。何かありましたか」
イザベラは少し焦った。
自分のせいでパトリックに変な疑いをかけられているから、弁明しないといけない。
それなのに、ハドリーに注目されていることに興奮している。
「彼は、とても信頼できる方で、無暗に触れてくるようなことはありません。今日は、その、私が悪いのです」
「悪い? ああ、そうですね」
イザベラがパトリックを庇うと、ハドリーは机の上で両肘を立て、指を組んで顎を置いた。
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