腹黒狼侯爵は、兎のお嬢様を甘々と愛したい

水守真子

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共同作業

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 アーデルハイトに親し気な微笑みを向けるハドリーを見ていられず、イザベラは顔を伏せる。
 手袋をした彼の手を見て、口腔内に唾液を溢れさせる自分は卑しい。

 伯爵家出身の母にどんなにマナーを学んでも、所詮は平民だ。
 貴族としていきている彼らとは釣り合いがまったく取れない。
 イザベラは空虚感を覚え存在を消した。
 草食動物系は息をひそめるのが得意で本当に良かったと思う。

「イザベラ、世話は行き届いていますか」

 気配を消したとたん、イザベラの肩にハドリーの指先が触れた。まるでそれに気づいたようだ。
 指が肩に触れている。指を咥えた記憶がよみがえり、口腔内にまた唾液がじゅっと出た。

「あなたが屋敷にいるというのに、長く留守にして申し訳ありませんでした」
「いえ、よくしていただいております。こちらが申し訳ないほどで……」

 イザベラしどろもどろに口を開けば、ハドリーは耳に口を寄せてゆっくりと答えた。

「何でも言ってください。あなたは私が招いた特別な方ですから」

 背中がこわばったのは、アーデルハイトの為だと思ったからだ。
 丸々と太らせて、コートナー商会を乗っ取るだとか。
 悪い想像にイザベラの目が潤む。

「私がいるのに、ハドリー様ったら」

 アーデルハイトがコロコロと可愛く笑う。

「エックハルト様に伺いましたわ。イザベラ様に花と手紙を欠かさないと。あのハドリー様にそこまでさせる方だと聞いてますますお会いしたくなりましたの。ええ、イザベラ様はとても可愛らしくて、お兄さまに紹介したくなりました」

 イザベラがきょとんとすると、アーデルハイトはぎゅっと手を握ってきた。

「艶やかなブルネットの髪、大きな紫の瞳、雪のような肌。そして、兎の耳!もふもふですわ。なんて可愛らしいのでしょう。私、ハーブのことがなくても一目ぼれです。お兄さまはベータですが、政治に明るくて将来有望株です。どうでしょうか。そうすれば私は妹に……」
「笑えませんよ」

 ハドリーはアーデルハイトにぴしゃりと言った。

「イザベラ、彼女はオメガです。アルファを家系に迎えたい貴族に求婚されて困っており、虫よけとして私は利用されているだけですから、勘違いは困りますよ。いいですか、彼女はアルファを利用することを厭わない女性(オメガ)です」
「あら、いつもは美しいと褒めてくださるのに、別の褒め方をされてしまったわ」

 アーデルハイトは青い目をきらめかせた。
 何だかよくわからないが、二人が信頼しあっていることはわかる。
 そこに恋愛的な感情がないのが見えて、ほっとした自分にイザベラは内心首を傾げた。

「さて、興味深い話が聞こえてきました。即効性ハーブの形状変更をあなたが考えているとか。本当ですか?」
「私、手伝いますわ」

 耳聡い。イザベラはハドリーの真剣な眼差しにたじろぐ。
 アーデルハイトも手伝う、と穏やかでないことを言ってくれる。
 口からでまかせ、とまではいかないが、ハーブ園から追い出されている身としては簡単に回答しにくい。

「……考えてはおりました。ですが」
「このチョコレートが役に立つと」
「チョコレートは貴族女性のステイタスですわ。ポーチに忍ばせておいても、そこまで怪しまれません」

 ハドリーが二人の間から長い腕を伸ばし、チョコレートを摘まんだ。
 イザベラの耳がしゅんと垂れる。

「そんなに具体性のある話ではありません。ずっと考えていただけです。持ち運びも、口に運ぶのも簡単なものは無いかと。侯爵様がおいしいお菓子をいろいろ出してくださるので、そのようなものであればよいなと思ったのです」

 発情がピークに達すると瓶を開けて自分で口にすることは無理。
 目の前にアルファがいれば不可能に近い。
 手間取っている時間が惜しいのは、先日の件でよくわかった。
 とにかく、早く、すぐに、場所など選ばないで、口にできるものがいい。
 話がより深いハーブの話になりそうだと空気を読んだのか、アーデルハイトが優雅に立ち上がった。

「では私は失礼しますね。突然申し訳ありませんでした。イザベラ様、今度お茶会に招待させてください。ハーブの件、手伝うと言ったのは、本当ですわ。私の発情を使ってくださいな。ハドリー様、お邪魔をいたしました。ではごきげんよう」
「君のような女性は大歓迎だよ。またハーブを持って伺おう」

 ハドリーは笑う。イザベラもあっけらかんと自分の発情を使ってほしいというアーデルハイトに驚いていた。
 そして好感を持ってしまった。
 一人で抱え込んでどうにかしなければと思っていたが、こうやってオメガだと話せるだけで気持ちが楽になる。
 発情をコントロールできればハーブがあれば、誰だって自分の性を簡単に口に出せるのかもしれない。
 そんな何も恐れないで済む世界になれば、とても嬉しい。
 二人はどちらからでもなく手を取り合うと微笑みあった。

「アーデルハイト様。お茶会の招待状を楽しみにしております」
「イザベラ様、お手伝いのお声がけを楽しみにしておりますね」

 アーデルハイトを見送ると、ずっと低空飛行だった気持ちが晴れていることに気づく。
 横に立っているハドリーを見上げ、彼の表情に気づいた。きっとこうなることを予想して、自然な形で手筈を踏んでくれたのだ。
 イザベラは赤くなった頬を隠すために少しだけ俯き、心の中でありがとうございます、と言った。
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