腹黒狼侯爵は、兎のお嬢様を甘々と愛したい

水守真子

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共同作業

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 ハドリーが商会にハーブを求めてきていたのは、アーデルハイトの為だったらしい。
 侯爵邸にイザベラがいると聞いて、ハドリーを通して、侯爵に取次ぎをお願いしたという。

「イザベラ様が調合したハーブは数に限りがあるので、紹介が無いと購入ができません。ハドリー様と兄が懇意にしていたので、私は機会に恵まれました」

 紹介が無いと購入ができないのは初耳だったが、知らなかったというのを表情に出すことはしなかった。

「あまり数が用意できずに申し訳ありません」
「いいえ、いいえ。違うのです。明らかに他のハーブとは違うので、オメガの皆が欲しがるのです。貴族にはアルファが多い分、オメガもおりますので……」

 オメガはアルファを生む確率が高いが、オメガが生まれる確率も上がる。
 アーデルハイトは物憂げに言った後、一転してキラキラと微笑んだ。

「貴方は癒しの手を持っているのではないかと噂されています」
「癒しの手?」
「ええ、ええ。あなたが触れるから、ハーブの効き目が違うのではないかと」

 商品の包装が凝っていたり、効果があるらしいという第三者からの言葉で、ハーブが『効くような』気がしてしまうのは珍しい話ではない。コートナー商会は商品の見た目にもとても気を配る。それ専用の職人がいるくらいだ。
 紹介でしか販売しない、数に限りがある、そういう売り方が功を為しているのだろうか。
 そんなことを、効くと信じているアーデルハイトに言うほど愚かではない。
 わざわざソファで隣同士に座って、ことあるごとに手に触れてくるのも、癒しの手だと信じているからだろう。

 アーデルハイトに崇めるような視線はなんだか落ち着かないものの、オメガに会えて嬉しいのは本当だった。
 母親以外でオメガに会ったのは初めだし、しかも彼女は年頃の女性だ。
 生(オメガ)を隠す人が多い中で、こんな出会いはとても珍しい。
 年頃の彼女(オメガ)にしか聞けないことがある。
 イザベラは逡巡した後、思い切って疑問を口にする。

「――あの、差支えなければ、今後のハーブの参考に伺いたいのですが」
「喜んで」

 語尾に被せるような勢いだ。
 それだけ喜んでくれているのだとすればこちらも嬉しいが胸に不安もよぎる。

「ハイエット様はハーブを毎日摂っているのに、発情の発作が起こったことはありますでしょうか」
「ありませんわ」

 悩むことなく、きっぱり、とアーデルハイトは言った。
 ハーブの質は変わっていなかったとホッとする反面、イザベラはますますわからなくなる。
 自分がハドリーといる時の発作は何だったのだろう。疲労と寝不足が起因……だろうか。

「貴女のハーブのお陰で社交にも参加できるようになりました。集まりの中にはもちろんアルファの男性もおりますが、問題があったことはありません。どうしてそのようなことを?」
「いえ、あの」

 自分の体験を話せば、ハーブの効き目を信じて疑っていない、アーデルハイトを不安にさせてしまう。
 ハーブの懸念は父親に手紙を書いているけれど、原因が見いだせないのなら、販売停止の方がいいのでは……。
 考え込んでしまったイザベラを見て、アーデルハイトが不思議そうに首を傾げている。
 イザベラは慌てて話題を変える。

「実は、新しい即効性のハーブについて考えておりまして」

 咄嗟に口を付いて出てきた言葉は、あながち嘘ではなかった。
 アーデルハイトが、まぁ、と目を輝かせる。

「蜂蜜に溶かして販売をしていますが、服用のしにくさから、別の形状を考えております。例えば」

 イザベラは例えば、とガラスの器に美しく重ねて用意をされていた一口サイズのチョコレートを手に取った。

「こんな形状に。そうすれば、簡単に口に運べますし」

 その場しのぎで口にしたのだが、それはなかなか良い案だと自分でも思う。
 用意してもらったチョコレートは、柔らかいチョコレートが硬いチョコレートでくるまれているのだ。
 例えばハーブに清涼感があるものを加えて、甘みと清涼感で感じる苦みを薄くすることもできるかもしれない。
 ただチョコレートは高級品な上に、この食感のものは初めて食べるものだった。
 このチョコレートのレシピを手に入れるにはハドリーの協力が必要になってくる。
 父に言えば材料は手に入るだろうが、このレシピは侯爵家が独占していそうだ。

「なんて素晴らしいのでしょう」

 アーデルハイトが顔の前で両手を組み合わせて、きらきらが増した笑顔を向けてきた。

「私、いくらでも協力致しますわ」

 オメガが協力するというのであれば、それはひとつ。
 発情をしてそれが抑えられるかを確認するということだ。
 貴族のお嬢様がそんなことを口にするとは思えず、聞き間違いだろうと思った。

「楽しそうな話しをしていますね」

 二人が座るソファの背もたれから、声が降ってきた。ずん、と身体の奥底に響く声。
 振り向けばハドリーがいた。
 広く逞しい肩をぴったりと覆った、一目でわかる上質な生地の上着。鍛えられた脚を包むズボン。今日はその体型をマントでは隠していない。
 この豪華な図書室を背に、高位貴族としての立ち居振る舞いは圧倒的だった。
 小屋で会った時に抱いた彼の印象とは全く違う。

「ハドリー様。お邪魔しております」

 怯むイザベラをよそに、アーデルハイトは何の躊躇いもなくハドリーに笑顔を向けた。

「女性だけのお話でしたのに、邪魔されるなんてハドリー様は意地悪ですわ」
「私ほど君のために尽力した男はいないと思いますがね」
「まぁ、何人の女性にそんなことを言っているのかしら。お兄さまが言っていたわ。ハドリー様は女の人を何人も泣かせているって」
「人聞きの悪い」

 苦笑を浮かべるハドリーの目に浮かぶのは親愛の情。
 イザベラの心臓がズキンと痛くなる。
 アーデルハイトが差し出した手をハドリーが取る。

「憧れの方とお会いできて良かったですね」

 自分をこの屋敷に滞在させたのは、アーデルハイトの為なのだろうか。
 泣きそうになったイザベラは、膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。
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