11 / 29
共同作業
3
しおりを挟む
ハドリーが商会にハーブを求めてきていたのは、アーデルハイトの為だったらしい。
侯爵邸にイザベラがいると聞いて、ハドリーを通して、侯爵に取次ぎをお願いしたという。
「イザベラ様が調合したハーブは数に限りがあるので、紹介が無いと購入ができません。ハドリー様と兄が懇意にしていたので、私は機会に恵まれました」
紹介が無いと購入ができないのは初耳だったが、知らなかったというのを表情に出すことはしなかった。
「あまり数が用意できずに申し訳ありません」
「いいえ、いいえ。違うのです。明らかに他のハーブとは違うので、オメガの皆が欲しがるのです。貴族にはアルファが多い分、オメガもおりますので……」
オメガはアルファを生む確率が高いが、オメガが生まれる確率も上がる。
アーデルハイトは物憂げに言った後、一転してキラキラと微笑んだ。
「貴方は癒しの手を持っているのではないかと噂されています」
「癒しの手?」
「ええ、ええ。あなたが触れるから、ハーブの効き目が違うのではないかと」
商品の包装が凝っていたり、効果があるらしいという第三者からの言葉で、ハーブが『効くような』気がしてしまうのは珍しい話ではない。コートナー商会は商品の見た目にもとても気を配る。それ専用の職人がいるくらいだ。
紹介でしか販売しない、数に限りがある、そういう売り方が功を為しているのだろうか。
そんなことを、効くと信じているアーデルハイトに言うほど愚かではない。
わざわざソファで隣同士に座って、ことあるごとに手に触れてくるのも、癒しの手だと信じているからだろう。
アーデルハイトに崇めるような視線はなんだか落ち着かないものの、オメガに会えて嬉しいのは本当だった。
母親以外でオメガに会ったのは初めだし、しかも彼女は年頃の女性だ。
生(オメガ)を隠す人が多い中で、こんな出会いはとても珍しい。
年頃の彼女(オメガ)にしか聞けないことがある。
イザベラは逡巡した後、思い切って疑問を口にする。
「――あの、差支えなければ、今後のハーブの参考に伺いたいのですが」
「喜んで」
語尾に被せるような勢いだ。
それだけ喜んでくれているのだとすればこちらも嬉しいが胸に不安もよぎる。
「ハイエット様はハーブを毎日摂っているのに、発情の発作が起こったことはありますでしょうか」
「ありませんわ」
悩むことなく、きっぱり、とアーデルハイトは言った。
ハーブの質は変わっていなかったとホッとする反面、イザベラはますますわからなくなる。
自分がハドリーといる時の発作は何だったのだろう。疲労と寝不足が起因……だろうか。
「貴女のハーブのお陰で社交にも参加できるようになりました。集まりの中にはもちろんアルファの男性もおりますが、問題があったことはありません。どうしてそのようなことを?」
「いえ、あの」
自分の体験を話せば、ハーブの効き目を信じて疑っていない、アーデルハイトを不安にさせてしまう。
ハーブの懸念は父親に手紙を書いているけれど、原因が見いだせないのなら、販売停止の方がいいのでは……。
考え込んでしまったイザベラを見て、アーデルハイトが不思議そうに首を傾げている。
イザベラは慌てて話題を変える。
「実は、新しい即効性のハーブについて考えておりまして」
咄嗟に口を付いて出てきた言葉は、あながち嘘ではなかった。
アーデルハイトが、まぁ、と目を輝かせる。
「蜂蜜に溶かして販売をしていますが、服用のしにくさから、別の形状を考えております。例えば」
イザベラは例えば、とガラスの器に美しく重ねて用意をされていた一口サイズのチョコレートを手に取った。
「こんな形状に。そうすれば、簡単に口に運べますし」
その場しのぎで口にしたのだが、それはなかなか良い案だと自分でも思う。
用意してもらったチョコレートは、柔らかいチョコレートが硬いチョコレートでくるまれているのだ。
例えばハーブに清涼感があるものを加えて、甘みと清涼感で感じる苦みを薄くすることもできるかもしれない。
ただチョコレートは高級品な上に、この食感のものは初めて食べるものだった。
このチョコレートのレシピを手に入れるにはハドリーの協力が必要になってくる。
父に言えば材料は手に入るだろうが、このレシピは侯爵家が独占していそうだ。
「なんて素晴らしいのでしょう」
アーデルハイトが顔の前で両手を組み合わせて、きらきらが増した笑顔を向けてきた。
「私、いくらでも協力致しますわ」
オメガが協力するというのであれば、それはひとつ。
発情をしてそれが抑えられるかを確認するということだ。
貴族のお嬢様がそんなことを口にするとは思えず、聞き間違いだろうと思った。
「楽しそうな話しをしていますね」
二人が座るソファの背もたれから、声が降ってきた。ずん、と身体の奥底に響く声。
振り向けばハドリーがいた。
広く逞しい肩をぴったりと覆った、一目でわかる上質な生地の上着。鍛えられた脚を包むズボン。今日はその体型をマントでは隠していない。
この豪華な図書室を背に、高位貴族としての立ち居振る舞いは圧倒的だった。
小屋で会った時に抱いた彼の印象とは全く違う。
「ハドリー様。お邪魔しております」
怯むイザベラをよそに、アーデルハイトは何の躊躇いもなくハドリーに笑顔を向けた。
「女性だけのお話でしたのに、邪魔されるなんてハドリー様は意地悪ですわ」
「私ほど君のために尽力した男はいないと思いますがね」
「まぁ、何人の女性にそんなことを言っているのかしら。お兄さまが言っていたわ。ハドリー様は女の人を何人も泣かせているって」
「人聞きの悪い」
苦笑を浮かべるハドリーの目に浮かぶのは親愛の情。
イザベラの心臓がズキンと痛くなる。
アーデルハイトが差し出した手をハドリーが取る。
「憧れの方とお会いできて良かったですね」
自分をこの屋敷に滞在させたのは、アーデルハイトの為なのだろうか。
泣きそうになったイザベラは、膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。
侯爵邸にイザベラがいると聞いて、ハドリーを通して、侯爵に取次ぎをお願いしたという。
「イザベラ様が調合したハーブは数に限りがあるので、紹介が無いと購入ができません。ハドリー様と兄が懇意にしていたので、私は機会に恵まれました」
紹介が無いと購入ができないのは初耳だったが、知らなかったというのを表情に出すことはしなかった。
「あまり数が用意できずに申し訳ありません」
「いいえ、いいえ。違うのです。明らかに他のハーブとは違うので、オメガの皆が欲しがるのです。貴族にはアルファが多い分、オメガもおりますので……」
オメガはアルファを生む確率が高いが、オメガが生まれる確率も上がる。
アーデルハイトは物憂げに言った後、一転してキラキラと微笑んだ。
「貴方は癒しの手を持っているのではないかと噂されています」
「癒しの手?」
「ええ、ええ。あなたが触れるから、ハーブの効き目が違うのではないかと」
商品の包装が凝っていたり、効果があるらしいという第三者からの言葉で、ハーブが『効くような』気がしてしまうのは珍しい話ではない。コートナー商会は商品の見た目にもとても気を配る。それ専用の職人がいるくらいだ。
紹介でしか販売しない、数に限りがある、そういう売り方が功を為しているのだろうか。
そんなことを、効くと信じているアーデルハイトに言うほど愚かではない。
わざわざソファで隣同士に座って、ことあるごとに手に触れてくるのも、癒しの手だと信じているからだろう。
アーデルハイトに崇めるような視線はなんだか落ち着かないものの、オメガに会えて嬉しいのは本当だった。
母親以外でオメガに会ったのは初めだし、しかも彼女は年頃の女性だ。
生(オメガ)を隠す人が多い中で、こんな出会いはとても珍しい。
年頃の彼女(オメガ)にしか聞けないことがある。
イザベラは逡巡した後、思い切って疑問を口にする。
「――あの、差支えなければ、今後のハーブの参考に伺いたいのですが」
「喜んで」
語尾に被せるような勢いだ。
それだけ喜んでくれているのだとすればこちらも嬉しいが胸に不安もよぎる。
「ハイエット様はハーブを毎日摂っているのに、発情の発作が起こったことはありますでしょうか」
「ありませんわ」
悩むことなく、きっぱり、とアーデルハイトは言った。
ハーブの質は変わっていなかったとホッとする反面、イザベラはますますわからなくなる。
自分がハドリーといる時の発作は何だったのだろう。疲労と寝不足が起因……だろうか。
「貴女のハーブのお陰で社交にも参加できるようになりました。集まりの中にはもちろんアルファの男性もおりますが、問題があったことはありません。どうしてそのようなことを?」
「いえ、あの」
自分の体験を話せば、ハーブの効き目を信じて疑っていない、アーデルハイトを不安にさせてしまう。
ハーブの懸念は父親に手紙を書いているけれど、原因が見いだせないのなら、販売停止の方がいいのでは……。
考え込んでしまったイザベラを見て、アーデルハイトが不思議そうに首を傾げている。
イザベラは慌てて話題を変える。
「実は、新しい即効性のハーブについて考えておりまして」
咄嗟に口を付いて出てきた言葉は、あながち嘘ではなかった。
アーデルハイトが、まぁ、と目を輝かせる。
「蜂蜜に溶かして販売をしていますが、服用のしにくさから、別の形状を考えております。例えば」
イザベラは例えば、とガラスの器に美しく重ねて用意をされていた一口サイズのチョコレートを手に取った。
「こんな形状に。そうすれば、簡単に口に運べますし」
その場しのぎで口にしたのだが、それはなかなか良い案だと自分でも思う。
用意してもらったチョコレートは、柔らかいチョコレートが硬いチョコレートでくるまれているのだ。
例えばハーブに清涼感があるものを加えて、甘みと清涼感で感じる苦みを薄くすることもできるかもしれない。
ただチョコレートは高級品な上に、この食感のものは初めて食べるものだった。
このチョコレートのレシピを手に入れるにはハドリーの協力が必要になってくる。
父に言えば材料は手に入るだろうが、このレシピは侯爵家が独占していそうだ。
「なんて素晴らしいのでしょう」
アーデルハイトが顔の前で両手を組み合わせて、きらきらが増した笑顔を向けてきた。
「私、いくらでも協力致しますわ」
オメガが協力するというのであれば、それはひとつ。
発情をしてそれが抑えられるかを確認するということだ。
貴族のお嬢様がそんなことを口にするとは思えず、聞き間違いだろうと思った。
「楽しそうな話しをしていますね」
二人が座るソファの背もたれから、声が降ってきた。ずん、と身体の奥底に響く声。
振り向けばハドリーがいた。
広く逞しい肩をぴったりと覆った、一目でわかる上質な生地の上着。鍛えられた脚を包むズボン。今日はその体型をマントでは隠していない。
この豪華な図書室を背に、高位貴族としての立ち居振る舞いは圧倒的だった。
小屋で会った時に抱いた彼の印象とは全く違う。
「ハドリー様。お邪魔しております」
怯むイザベラをよそに、アーデルハイトは何の躊躇いもなくハドリーに笑顔を向けた。
「女性だけのお話でしたのに、邪魔されるなんてハドリー様は意地悪ですわ」
「私ほど君のために尽力した男はいないと思いますがね」
「まぁ、何人の女性にそんなことを言っているのかしら。お兄さまが言っていたわ。ハドリー様は女の人を何人も泣かせているって」
「人聞きの悪い」
苦笑を浮かべるハドリーの目に浮かぶのは親愛の情。
イザベラの心臓がズキンと痛くなる。
アーデルハイトが差し出した手をハドリーが取る。
「憧れの方とお会いできて良かったですね」
自分をこの屋敷に滞在させたのは、アーデルハイトの為なのだろうか。
泣きそうになったイザベラは、膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。
0
お気に入りに追加
171
あなたにおすすめの小説

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

アンジェリーヌは一人じゃない
れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。
メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。
そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。
まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。
実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。
それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。
新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。
アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。
果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。
*タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*)
(なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる