10 / 29
共同作業
2
しおりを挟む
船も持っており貿易でも利益を上げている侯爵家だから、コートナー商会とは縁があるのだろう。
さすがにコートナー家の財力は船まで所有することはできない。
海賊や難波などリスクが大きすぎるからだ。
国外との接点が多いからか侯爵邸の図書室の蔵書量は多いだけでなく、分野も言語も多岐に渡っていた。
吹き抜けの図書室は三階まであり、螺旋階段で繋がっている。壁にはびっしりと本が収められているが、目録がしっかりしているお陰で本がとても探しやすい。おまけに埃っぽさもなく清潔だ。
いろんな国のハーブ関係の本も豊富で、できればずっといたいのだが、発作が怖くて別棟まで運んでいた。
小さな体のイザベラが重い本を抱えて往復しているのを知ったマーロリーが、図書室が庭に面した少し離れたところにあるのを幸いに、時間を指定して使用人の一定区画を立ち入り禁止にしてしまった。
イザベラの発情対策のためだけに使用人の仕事を邪魔するようなことをしては申し訳ない。
引きこもろうとしたのだが、執事や侍女頭には気を使わなくて良いと、反対に気を使われてしまった。
嫌でもわかる。とにかく、全員から引き留められている。
ずっと居座る客人だなんて、迷惑なはずだ。
やはり、狼だけに太らせて『食べる』気かもしれない。兎なんて捕食される側なのだ。
これは生家の商売ごと乗っ取られようとしているのではないか。
自分の行動が商売に影響を及ぼすかもしれないと戦々恐々とした気持ちになる。
あの時にハドリーの誘いを断れなかった自分はどうかしていた。
指を咥えてうっとりするなんて、もう間違いなくおかしい。
そう、できればハドリーが屋敷に返ってくる前に、帰りたいのだ。
あの小屋での出来事は、穴に隠れて出てきたくないくらいに恥ずかしい。
正直なところ、どんな顔をして会えばいいのかもわからない。
殿方の指を舐めてしゃぶって離さないことが自分に起こって、オメガの発作の恐ろしさが本当に分かった。
でもまた指を舐めさせてもらいたい、とも思う、その感情が一番怖い。
ハドリーと会った瞬間、指を物欲しそうに見てしまったらどうしよう。
図書室から出られるテラスにあるソファに腰かけ悶々としていたが、テーブルの上が視界に入った。
使用人がサンドイッチを用意してくれているのだ。
小さなテーブルには紅茶と一緒に軽食が置かれている。
申し訳ない位に、至れり尽くせりだ。
考えすぎたせいか、お腹が空いている、気がする。イザベラはお腹を撫でた後、手を伸ばした。
まるまると太って、食べられても、もうしょうがない。
一口齧って、目を輝かせた。この屋敷の食事はどれもこれもおいしすぎる。
ハムと、ゆで卵を潰してスパイスやオイルで味付けしたものが挟まっていて、パンの柔らかさや風味も相まってとんでもなく美味だ。
このまま太ったら食べられるかも、と思いながらも止められないのだから自分が嫌になる。
でも、とってもおいしい。
スパイスなんて高級なものをサンドイッチに使うなんて、どれだけ潤沢な財産を持っているのだろう。
ウェントワース次期侯爵の周りに集まる、年頃の令嬢を持つ親たちの必死さが目に浮かんだ。
番を求めているハドリーにはどのように見えているのだろうか。
二つ目のサンドイッチに手を伸ばしながら想像してみるが、なんだか気持ち良くはなかった。
あの美しい目を他の令嬢に向けている姿は見たくない。
同じように花や手紙を送っていると知れば、悲しくなってしまう。
沈みそうになった気持ちを入れ替えようと、よく手入れをされた庭を眺めた。
調えられたこじんまりとした庭に咲いている花にハーブ園が恋しくなる。
食べるのも楽しいが、ハーブについて考えるのはもっと楽しい。
――やっぱり、帰りたい。
風をそよそよと受け寂しさを感じながら、サンドイッチをつまんでいたせいか、図書室に人が入ってきたのに気づかなかった。
彼女がイザベラ・コートナーだと、紹介されている声が耳に届く。
「イザベラ、いいかな。紹介をしたい人がいる」
サンドイッチを置いて立ち上がって振り向くと、エックハルトのそばに会ったことが無い美しい女性が立っていた。
年の頃は同じだろうか。目を引く蜂蜜色の髪。陶磁器のような滑らかでクリーム色の肌だ。青い目は好意的な光を湛え、こちらを見ている。
若草色のドレスは胸を強調し、細いウエストがより魅力的に彼女を見せていた。
男性が放っておかないだろう、美しい女性。
ハドリーとは、どういった関係なのだろう。
小屋でのことが彼女を傷つけたらどうしようと身構えたが、エックハルトがにこやかに紹介をしてくれた。
「彼女はアーデルハイト、シュミット子爵令嬢だ」
「初めまして。アーデルハイト・ブルネルです」
アーデルハイトが微笑む。
「イザベラ・コートナーです」
挨拶をすると、近寄ってきたアーデルハイトがイザベラの手を取った。
突然のことに目を丸くすると、イザベラは眉尻を下げて目を潤ませる。
「私、オメガなのです。あなたのハーブには助けられました」
崇めるような視線に、イザベラの身体から力が抜けた。
さすがにコートナー家の財力は船まで所有することはできない。
海賊や難波などリスクが大きすぎるからだ。
国外との接点が多いからか侯爵邸の図書室の蔵書量は多いだけでなく、分野も言語も多岐に渡っていた。
吹き抜けの図書室は三階まであり、螺旋階段で繋がっている。壁にはびっしりと本が収められているが、目録がしっかりしているお陰で本がとても探しやすい。おまけに埃っぽさもなく清潔だ。
いろんな国のハーブ関係の本も豊富で、できればずっといたいのだが、発作が怖くて別棟まで運んでいた。
小さな体のイザベラが重い本を抱えて往復しているのを知ったマーロリーが、図書室が庭に面した少し離れたところにあるのを幸いに、時間を指定して使用人の一定区画を立ち入り禁止にしてしまった。
イザベラの発情対策のためだけに使用人の仕事を邪魔するようなことをしては申し訳ない。
引きこもろうとしたのだが、執事や侍女頭には気を使わなくて良いと、反対に気を使われてしまった。
嫌でもわかる。とにかく、全員から引き留められている。
ずっと居座る客人だなんて、迷惑なはずだ。
やはり、狼だけに太らせて『食べる』気かもしれない。兎なんて捕食される側なのだ。
これは生家の商売ごと乗っ取られようとしているのではないか。
自分の行動が商売に影響を及ぼすかもしれないと戦々恐々とした気持ちになる。
あの時にハドリーの誘いを断れなかった自分はどうかしていた。
指を咥えてうっとりするなんて、もう間違いなくおかしい。
そう、できればハドリーが屋敷に返ってくる前に、帰りたいのだ。
あの小屋での出来事は、穴に隠れて出てきたくないくらいに恥ずかしい。
正直なところ、どんな顔をして会えばいいのかもわからない。
殿方の指を舐めてしゃぶって離さないことが自分に起こって、オメガの発作の恐ろしさが本当に分かった。
でもまた指を舐めさせてもらいたい、とも思う、その感情が一番怖い。
ハドリーと会った瞬間、指を物欲しそうに見てしまったらどうしよう。
図書室から出られるテラスにあるソファに腰かけ悶々としていたが、テーブルの上が視界に入った。
使用人がサンドイッチを用意してくれているのだ。
小さなテーブルには紅茶と一緒に軽食が置かれている。
申し訳ない位に、至れり尽くせりだ。
考えすぎたせいか、お腹が空いている、気がする。イザベラはお腹を撫でた後、手を伸ばした。
まるまると太って、食べられても、もうしょうがない。
一口齧って、目を輝かせた。この屋敷の食事はどれもこれもおいしすぎる。
ハムと、ゆで卵を潰してスパイスやオイルで味付けしたものが挟まっていて、パンの柔らかさや風味も相まってとんでもなく美味だ。
このまま太ったら食べられるかも、と思いながらも止められないのだから自分が嫌になる。
でも、とってもおいしい。
スパイスなんて高級なものをサンドイッチに使うなんて、どれだけ潤沢な財産を持っているのだろう。
ウェントワース次期侯爵の周りに集まる、年頃の令嬢を持つ親たちの必死さが目に浮かんだ。
番を求めているハドリーにはどのように見えているのだろうか。
二つ目のサンドイッチに手を伸ばしながら想像してみるが、なんだか気持ち良くはなかった。
あの美しい目を他の令嬢に向けている姿は見たくない。
同じように花や手紙を送っていると知れば、悲しくなってしまう。
沈みそうになった気持ちを入れ替えようと、よく手入れをされた庭を眺めた。
調えられたこじんまりとした庭に咲いている花にハーブ園が恋しくなる。
食べるのも楽しいが、ハーブについて考えるのはもっと楽しい。
――やっぱり、帰りたい。
風をそよそよと受け寂しさを感じながら、サンドイッチをつまんでいたせいか、図書室に人が入ってきたのに気づかなかった。
彼女がイザベラ・コートナーだと、紹介されている声が耳に届く。
「イザベラ、いいかな。紹介をしたい人がいる」
サンドイッチを置いて立ち上がって振り向くと、エックハルトのそばに会ったことが無い美しい女性が立っていた。
年の頃は同じだろうか。目を引く蜂蜜色の髪。陶磁器のような滑らかでクリーム色の肌だ。青い目は好意的な光を湛え、こちらを見ている。
若草色のドレスは胸を強調し、細いウエストがより魅力的に彼女を見せていた。
男性が放っておかないだろう、美しい女性。
ハドリーとは、どういった関係なのだろう。
小屋でのことが彼女を傷つけたらどうしようと身構えたが、エックハルトがにこやかに紹介をしてくれた。
「彼女はアーデルハイト、シュミット子爵令嬢だ」
「初めまして。アーデルハイト・ブルネルです」
アーデルハイトが微笑む。
「イザベラ・コートナーです」
挨拶をすると、近寄ってきたアーデルハイトがイザベラの手を取った。
突然のことに目を丸くすると、イザベラは眉尻を下げて目を潤ませる。
「私、オメガなのです。あなたのハーブには助けられました」
崇めるような視線に、イザベラの身体から力が抜けた。
0
お気に入りに追加
171
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる