腹黒狼侯爵は、兎のお嬢様を甘々と愛したい

水守真子

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 船も持っており貿易でも利益を上げている侯爵家だから、コートナー商会とは縁があるのだろう。
 さすがにコートナー家の財力は船まで所有することはできない。
 海賊や難波などリスクが大きすぎるからだ。
 国外との接点が多いからか侯爵邸の図書室の蔵書量は多いだけでなく、分野も言語も多岐に渡っていた。
 吹き抜けの図書室は三階まであり、螺旋階段で繋がっている。壁にはびっしりと本が収められているが、目録がしっかりしているお陰で本がとても探しやすい。おまけに埃っぽさもなく清潔だ。

 いろんな国のハーブ関係の本も豊富で、できればずっといたいのだが、発作が怖くて別棟まで運んでいた。
 小さな体のイザベラが重い本を抱えて往復しているのを知ったマーロリーが、図書室が庭に面した少し離れたところにあるのを幸いに、時間を指定して使用人の一定区画を立ち入り禁止にしてしまった。
 イザベラの発情対策のためだけに使用人の仕事を邪魔するようなことをしては申し訳ない。
 引きこもろうとしたのだが、執事や侍女頭には気を使わなくて良いと、反対に気を使われてしまった。

 嫌でもわかる。とにかく、全員から引き留められている。
 ずっと居座る客人だなんて、迷惑なはずだ。
 やはり、狼だけに太らせて『食べる』気かもしれない。兎なんて捕食される側なのだ。
 これは生家の商売ごと乗っ取られようとしているのではないか。
 自分の行動が商売に影響を及ぼすかもしれないと戦々恐々とした気持ちになる。

 あの時にハドリーの誘いを断れなかった自分はどうかしていた。
 指を咥えてうっとりするなんて、もう間違いなくおかしい。
 そう、できればハドリーが屋敷に返ってくる前に、帰りたいのだ。
 あの小屋での出来事は、穴に隠れて出てきたくないくらいに恥ずかしい。
 正直なところ、どんな顔をして会えばいいのかもわからない。

 殿方の指を舐めてしゃぶって離さないことが自分に起こって、オメガの発作の恐ろしさが本当に分かった。
 でもまた指を舐めさせてもらいたい、とも思う、その感情が一番怖い。
 ハドリーと会った瞬間、指を物欲しそうに見てしまったらどうしよう。
 図書室から出られるテラスにあるソファに腰かけ悶々としていたが、テーブルの上が視界に入った。

 使用人がサンドイッチを用意してくれているのだ。
 小さなテーブルには紅茶と一緒に軽食が置かれている。
 申し訳ない位に、至れり尽くせりだ。
 考えすぎたせいか、お腹が空いている、気がする。イザベラはお腹を撫でた後、手を伸ばした。
 まるまると太って、食べられても、もうしょうがない。

 一口齧って、目を輝かせた。この屋敷の食事はどれもこれもおいしすぎる。
 ハムと、ゆで卵を潰してスパイスやオイルで味付けしたものが挟まっていて、パンの柔らかさや風味も相まってとんでもなく美味だ。
 このまま太ったら食べられるかも、と思いながらも止められないのだから自分が嫌になる。
 でも、とってもおいしい。
 スパイスなんて高級なものをサンドイッチに使うなんて、どれだけ潤沢な財産を持っているのだろう。
 ウェントワース次期侯爵の周りに集まる、年頃の令嬢を持つ親たちの必死さが目に浮かんだ。

 番を求めているハドリーにはどのように見えているのだろうか。
 二つ目のサンドイッチに手を伸ばしながら想像してみるが、なんだか気持ち良くはなかった。
 あの美しい目を他の令嬢に向けている姿は見たくない。
 同じように花や手紙を送っていると知れば、悲しくなってしまう。

 沈みそうになった気持ちを入れ替えようと、よく手入れをされた庭を眺めた。
 調えられたこじんまりとした庭に咲いている花にハーブ園が恋しくなる。
 食べるのも楽しいが、ハーブについて考えるのはもっと楽しい。

 ――やっぱり、帰りたい。

 風をそよそよと受け寂しさを感じながら、サンドイッチをつまんでいたせいか、図書室に人が入ってきたのに気づかなかった。
 彼女がイザベラ・コートナーだと、紹介されている声が耳に届く。

「イザベラ、いいかな。紹介をしたい人がいる」

 サンドイッチを置いて立ち上がって振り向くと、エックハルトのそばに会ったことが無い美しい女性が立っていた。
 年の頃は同じだろうか。目を引く蜂蜜色の髪。陶磁器のような滑らかでクリーム色の肌だ。青い目は好意的な光を湛え、こちらを見ている。
 若草色のドレスは胸を強調し、細いウエストがより魅力的に彼女を見せていた。
 男性が放っておかないだろう、美しい女性。
 ハドリーとは、どういった関係なのだろう。
 小屋でのことが彼女を傷つけたらどうしようと身構えたが、エックハルトがにこやかに紹介をしてくれた。

「彼女はアーデルハイト、シュミット子爵令嬢だ」
「初めまして。アーデルハイト・ブルネルです」

 アーデルハイトが微笑む。

「イザベラ・コートナーです」

 挨拶をすると、近寄ってきたアーデルハイトがイザベラの手を取った。
 突然のことに目を丸くすると、イザベラは眉尻を下げて目を潤ませる。

「私、オメガなのです。あなたのハーブには助けられました」

 崇めるような視線に、イザベラの身体から力が抜けた。
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