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突然の来訪者
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ハーブ園へと続く道なき道をハドリーは嫌な顔ひとつせずに付いてきた。
それどころか、紳士よろしく、道案内で前を歩くイザベラに、自分が先を歩こうかとまで言ってくれた。
ラファティは受け渡し予定のハーブの伝票を起こすと言って、ひとり小屋に残ったからここにはいない。
父の目から見てもハドリーは人格者で、娘を任せても大丈夫だと判断したのだろうが、年頃の娘を結婚もしていない紳士と二人きりにさせるのはどうだろうか。
しかも、久しぶりに家族以外の人と話すのだ。その相手がアルファで自分よりかなり背が高いだなんてハードルが高すぎる。
落ち着こうとしても自然に体には力が入った。
「ここがハーブ園ですか?」
考え込んでいたところに話し掛けられて、ピン!と耳が立つ。
耳にわかりやすく感情が出てしまうのが恥ずかしくて、イザベラは頬を赤くした。
道を通り抜けて開けた場所に出たのだ。でもそこがハーブ園だとは素人にはわかりにくい。一面に雑草がただ生えているようにしかみえないだろう。
イザベラは動揺を隠して、真っすぐにハドリーの金色の目を見上げた。
「はい。ここがハーブ園で、畑は三つあります」
その方向を指さすと、ハドリーは不思議そうな顔をした。
「他の似たハーブと一緒に栽培しています。成長をずらして栽培もしているので、見分けはつかないかと思われます」
「なぜそのようにしているのですか」
「――盗まれても商会の商売に響かないように、です」
イザベラは一面のハーブ畑を眺めてから、下唇を噛んだ。
「コートナー商会のハーブが効くと言われるのは、配合もあると思いますが、他の間違いやすいハーブが混じっていないからだと思います。わからない人間は似たハーブも摘んでしまう。そうしてしまうと効果は落ちます。盗品で商売は成り立たなくさせるためです」
これは母親がこの畑を管理していたころから続いている。
発情を抑えたいオメガは良いハーブを手に入れたい。だが、毎日使うものだから、できれば安価なものがいい。
でも出所がはっきりしないものは効果が出ないことも多く、発情が抑えられなくなる。
盗難対策だとしても、効果が出ないような栽培方法を取っているのがオメガだなんて、皮肉すぎるといつも思うのだ。
視線を感じてハドリーの方を向くと、自分を見つめる彼と目が合った。
「正しいことをしているかと思いますよ」
そうでしょうか、と言いかけて口を閉じた。本当なら、無償で配りたいくらいだ。
イザベラは自然と涙が浮かんだ目をハドリーから逸らしてハーブ園に向ける。
初対面のアルファの前で感情的になるなんておかしい。寝ていないせいで情緒が不安定だ。
ハーブの話をしなくてはと、イザベラは冷静になるために自分の手の甲を抓った。
ハドリーは畑と畑の間のあぜ道を歩いている。
「安定した供給のために、仕組みを見直せば良い。属人頼りでの商売を続けていれば、大きくなりません。その人がいなくなれば途端に廃れますしね」
ここは元々貴族であった母親が自分の発情を抑えるためにハーブを栽培していた場所だ。それが人伝にちょっとした商品になっているだけ。
イザベラがもし結婚などでここから離されてしまえば出荷数は減ってしまう。
もっと商売として大きくしたければ後継を育てるしかない。そうすればもっと畑を大きくできる。
ハドリーは時折屈んではハーブをじっと観察していた。父や兄の姿と重なって、イザベラは目をこする。ハドリーは本当にハーブに興味があるらしい。
貴族も商売に興味があるのだろうか、それとも……。
「あの」
真剣な眼差しをハーブに向けているハドリーに、イザベラは思い切って声を掛けた。
「アルファ……なのに、なぜハーブに興味があるのですか。オメガの発情が悪いと考えているからでしょうか」
オメガが発情する時に発する匂いのせいでアルファが惑わされる。だから、オメガが悪である。これは昔からの考え方で、今はだいぶ違ってきているが覆ることはない。
貴族がどういう考え方をしているかわからないが、ハドリーのハーブを見る目の理由が知りたくなった。
ハドリーはゆっくりと口を開く。
「答えになるかわかりませんが……、オメガの香りに誘発されてアルファが発情するのは事実ですが、そうならない自制心を培ったり、対策を講じないのも事実。オメガが悪いのなら、アルファは愚かです」
イザベラはびっくりする。そんな風に考えたことが無かったからだ。
ハドリーは立ち上がると心配そうな眼差しを向けるイザベラに笑顔を浮かべた。
「良い悪いと考えるのではなく、見方を変えるのが建設的かと。貴族間ではオメガはそれほど嫌がられる存在ではないですよ。むしろ歓迎されることもある」
イザベラは瞬いてから少しずつ表情を輝かせる。そんな世界があるなんて知らなかったからだ。発情に苦しむオメガの姿しか自分の脳裏にはない。
耳をピクリと動かして、ハドリーの方に向けた。
それどころか、紳士よろしく、道案内で前を歩くイザベラに、自分が先を歩こうかとまで言ってくれた。
ラファティは受け渡し予定のハーブの伝票を起こすと言って、ひとり小屋に残ったからここにはいない。
父の目から見てもハドリーは人格者で、娘を任せても大丈夫だと判断したのだろうが、年頃の娘を結婚もしていない紳士と二人きりにさせるのはどうだろうか。
しかも、久しぶりに家族以外の人と話すのだ。その相手がアルファで自分よりかなり背が高いだなんてハードルが高すぎる。
落ち着こうとしても自然に体には力が入った。
「ここがハーブ園ですか?」
考え込んでいたところに話し掛けられて、ピン!と耳が立つ。
耳にわかりやすく感情が出てしまうのが恥ずかしくて、イザベラは頬を赤くした。
道を通り抜けて開けた場所に出たのだ。でもそこがハーブ園だとは素人にはわかりにくい。一面に雑草がただ生えているようにしかみえないだろう。
イザベラは動揺を隠して、真っすぐにハドリーの金色の目を見上げた。
「はい。ここがハーブ園で、畑は三つあります」
その方向を指さすと、ハドリーは不思議そうな顔をした。
「他の似たハーブと一緒に栽培しています。成長をずらして栽培もしているので、見分けはつかないかと思われます」
「なぜそのようにしているのですか」
「――盗まれても商会の商売に響かないように、です」
イザベラは一面のハーブ畑を眺めてから、下唇を噛んだ。
「コートナー商会のハーブが効くと言われるのは、配合もあると思いますが、他の間違いやすいハーブが混じっていないからだと思います。わからない人間は似たハーブも摘んでしまう。そうしてしまうと効果は落ちます。盗品で商売は成り立たなくさせるためです」
これは母親がこの畑を管理していたころから続いている。
発情を抑えたいオメガは良いハーブを手に入れたい。だが、毎日使うものだから、できれば安価なものがいい。
でも出所がはっきりしないものは効果が出ないことも多く、発情が抑えられなくなる。
盗難対策だとしても、効果が出ないような栽培方法を取っているのがオメガだなんて、皮肉すぎるといつも思うのだ。
視線を感じてハドリーの方を向くと、自分を見つめる彼と目が合った。
「正しいことをしているかと思いますよ」
そうでしょうか、と言いかけて口を閉じた。本当なら、無償で配りたいくらいだ。
イザベラは自然と涙が浮かんだ目をハドリーから逸らしてハーブ園に向ける。
初対面のアルファの前で感情的になるなんておかしい。寝ていないせいで情緒が不安定だ。
ハーブの話をしなくてはと、イザベラは冷静になるために自分の手の甲を抓った。
ハドリーは畑と畑の間のあぜ道を歩いている。
「安定した供給のために、仕組みを見直せば良い。属人頼りでの商売を続けていれば、大きくなりません。その人がいなくなれば途端に廃れますしね」
ここは元々貴族であった母親が自分の発情を抑えるためにハーブを栽培していた場所だ。それが人伝にちょっとした商品になっているだけ。
イザベラがもし結婚などでここから離されてしまえば出荷数は減ってしまう。
もっと商売として大きくしたければ後継を育てるしかない。そうすればもっと畑を大きくできる。
ハドリーは時折屈んではハーブをじっと観察していた。父や兄の姿と重なって、イザベラは目をこする。ハドリーは本当にハーブに興味があるらしい。
貴族も商売に興味があるのだろうか、それとも……。
「あの」
真剣な眼差しをハーブに向けているハドリーに、イザベラは思い切って声を掛けた。
「アルファ……なのに、なぜハーブに興味があるのですか。オメガの発情が悪いと考えているからでしょうか」
オメガが発情する時に発する匂いのせいでアルファが惑わされる。だから、オメガが悪である。これは昔からの考え方で、今はだいぶ違ってきているが覆ることはない。
貴族がどういう考え方をしているかわからないが、ハドリーのハーブを見る目の理由が知りたくなった。
ハドリーはゆっくりと口を開く。
「答えになるかわかりませんが……、オメガの香りに誘発されてアルファが発情するのは事実ですが、そうならない自制心を培ったり、対策を講じないのも事実。オメガが悪いのなら、アルファは愚かです」
イザベラはびっくりする。そんな風に考えたことが無かったからだ。
ハドリーは立ち上がると心配そうな眼差しを向けるイザベラに笑顔を浮かべた。
「良い悪いと考えるのではなく、見方を変えるのが建設的かと。貴族間ではオメガはそれほど嫌がられる存在ではないですよ。むしろ歓迎されることもある」
イザベラは瞬いてから少しずつ表情を輝かせる。そんな世界があるなんて知らなかったからだ。発情に苦しむオメガの姿しか自分の脳裏にはない。
耳をピクリと動かして、ハドリーの方に向けた。
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