腹黒狼侯爵は、兎のお嬢様を甘々と愛したい

水守真子

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突然の来訪者

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 オメガの発作を抑えるハーブには大きく二種類ある。
 遅効性のものと、即効性のものだ。
 前者は粉薬なのだが、後者は蜂蜜に混ぜている。
 遅効性のものは日々の発情を抑えるために日常に定期的に服用するが、即効性のものは発情した時に使用するので、粉などを水で飲んでいる暇など無い。かといってハーブを固形にしてしまうと、咽てしまうどころか呑み込めないし、不味い。
 どうするべきかと考えて、苦肉の策で自分が実験体になった。

 遅効性のハーブの日々服用を抑え、発情の発作が出かけたときに、どういう形であれば服用しやすいかと、自分を実験台にしていろいろ試したのだ。
 結果、指で掬(すく)えて、かつ口に入れられる硬さにした。
 発作が出そうになると、とても焦る。震える手で瓶の蓋を開けて、指で掬って口に入れるのが精いっぱいだった。
 発情が頂点に達しているときにこの薬が効くかはわからないし、自分で口に運べるかも不明だ。
 完全に発情するのは怖すぎて試せないでいるが、いつかは実験しないといけないと思っている。

「もっといい方法があるのかな……」

 今日は父親が薬を受け取りに来る日で、新しい報告をしたかっただけに悔しい。
 ハーブの配合を変えて、遅効性の効きを良くした時はとても喜ばれた。
 そんな風に喜んでもらえる発見があれば良かったのに、と唇を噛む。
 落ち込みがちな気持ちを持ち上げて、粉薬を計って紙に包んでいくことにした。

 オメガはその性を隠しながら生きている人が大半だから、この薬が必要とされるのだ。
 そう思うと作業も丁寧になる。
 イザベラが関わるハーブは質が良いと評判になり、すぐに売り切れてしまうようになった。今は完全な予約制にしているらしい。
 もっとたくさん作れればいいのだが一人では限界がある。
 何か構造化できればいいのだけれど、と思う。

 配合は分量と一緒に、摘んだ日の天候や気温なども子細に書き留めてはいるが、まとめてはいないので、ただの走り書きともいえる。
 せめてずいぶんと溜まってきたからこれを父親に渡そうと、イザベラはあくびを嚙み殺す。
 睡眠不足も発作にはとても良くないのだが、昨日は忙しかった。
 昨日摘んだハーブをその日のうちに吊るして軒先に干し、夢中で作業をしていると夜になった。
 寝ようとしたところで、即効性のハーブに呼ばれた気がして摘みに行った。
それらをまた紙にまとめて……としていると、結局寝たのは明け方近くになったので、ひたすらに眠い。
 即効性のハーブは育てるのが少し難しいから、興奮してしまったのだ。

 栽培に天候や土壌の条件があり、おまけに夜にしか咲かない花が開いた時に摘む。タイミングを逃したくなかった。
 昨夜は珍しくたくさん摘めたので、部屋の片隅に並べて干している。
 待っている人が多いハーブだから、父親に報告するとこれは喜んでもらえるかもしれない。
 それにしても眠い、とイザベラは目をこする。
 ちょっと気を抜くと寝てしまいたくなるくらいには、無理をしてしまった。
 父親がやってくることにも興奮していたのだと思う。
 眠すぎて櫛も入れていない髪を纏めて束ねると、頬を両手で叩いて気合を入れた。父親に会えばきっと眠気も吹き飛ぶはずだ。
 コンコン、とドアが叩かれて、イザベラは白い耳をぴょこんと立てた。
 お父様だ、と眠気が吹き飛んだ。
 久しぶりに父に会える嬉しさに頬を高揚させて、一目散に入口へと向かう。

「お父様!いらっしゃいま……」

 何の確認もせずに、勢いよくドアを開けた。
 ふんわりと柑橘系の清涼感、スパイスも足されたような不思議な香りが漂ってくる。
 ああ、何かの花が咲いたのか、それにしても不思議な香りで、もっと嗅ぎたくなると頭の片隅で思った。

「あなたは……」

 父親ではない声とシルエットに、イザベラは恐怖に喉をひきつらせる。
 おそるおそる見上げると、首が痛くなるほど背の高い、全身黒づくめのマント姿の男が立っていた。

「あ……」

 誘拐の二文字が頭の中に点滅して、イザベラはアイスブルーの目に涙を浮かべながら数歩後退る。
 部屋に風が吹き込んで、漂っていた香りがかき消された。
 亜麻色の短髪に眉目秀麗な顔立ち。切れ長の涼し気な金色の目が自分を見下ろし、傲慢そうな唇の片側を引き上げた後、口を開く。

「やっとだ」

 心に触れるような低い声に体が震える。
 あ、ダメだ、逃げられない、死んだ。
 人生を諦めたとき、その男の後ろから走ってくる父親、ラファティが見えた。
 イザベラは泣きながら叫ぶ。

「お父様!」
「ハイエット卿!困ります!」

 イザベラはドアと黒づくめの男の隙間を潜り抜けて、父親まで走り抱き着いた。
 ラファティはしっかりと抱擁をしてくれる。

「お父様!」
「大丈夫だから」

 ラファティのお日様のような香りと笑顔に安堵して、イザベラは素早く背に隠れた。
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