上 下
5 / 26
2、パパはママだがパパのパパはパパ

2

しおりを挟む
「タオル使ってくださいね~」

 浴室にいる親子に、廊下から声をかけた。するとバタンとドアが開く音がして、頭が泡だらけのマロンが裸で飛びだしてきた。

「ダメ、マロン!」

 平太はマロンを捕まえようとして、廊下ですっころんだ。

「あっ、あの、すみませんっ、本当にすみませんっ」

  バスタオルでかろうじて体裁を保っているが、モカはほぼ裸だ。謝りながらも動きは俊敏で、狭い廊下にころがる平太の上を飛び越え、マロンを追う。

 マロンを確保すると「大丈夫ですか」と平太を助け起こした。マロンは思いっきりぶるぶるっと頭をふる。髪についた泡があたりにいちめんに飛び散った。平太もまともにくらった。目に染みる。

 モカは悲鳴に近い「すみません!」を連発している。

「と、とにかくっ、湯冷めするからもう一度お風呂に……」

  平太がやっとの思いで言うと、モカは、すみません、すみませんと、嫌がるマロンを抱いて浴室に戻っていった。

 平太はなんとか起き上がる。

 子育てはんぱねえ。

 びしょびしょの床を拭く。しっかり見てしまった。モカさんはまぎれなく「パパ」であった。



「本当に何から何まですみません」

 夕食の時間、マロンは盛大にぐずった。大変だった。平太は身近に小さな子どもがいた経験がなく、ただただそのパワーに圧倒された。

 まったく理不尽で、理屈が通用しない。天使の顔をしているのに、やっていることは悪魔だ。

 根気よく機嫌の悪い子どもの要求にこたえるモカに、尊敬をとおりこして尊敬しかない。そして今もマロンは妙なハイテンションになってモカの身体によじのぼり、脳天をつきぬけるような奇声を発しており、大人たちはまともに話もできないし食事もとれない。

「疲れて眠いとだいたいこうです。動きがだんだんにぶくなっているし、体温が高いのであと少しかと……」

 モカは無表情で自分の頭にかじりついているマロンをおろすと、突然慣れた仕草で胸元をはだけた。マロンをひざに抱き、胸を吸わせた。

(えっ)

 マロンは秒で静かになった。

 安らかな鼻息に、んく、んくとおっぱいを飲むリズム。

「本当はもう卒乳しないといけないんですが、マロンはほかの子より成長が遅くて」

「……え、はい」

 平太は非常に気まずい思いで目をそらし、それとなく別室に移動しようとしたが、モカに引きとめられた。

「平太さんにお話しがあります」

「あ、はい、でも、その、今はアレですし、ぜんぜん後で」

 目の前で授乳されたことなどない平太は、動揺していた。だがモカは真剣で、動揺する平太に気がまわらないようだった。

「本当にいいんですか。本当にこの家に置いてもらえるんでしょうか。最初に言いましたが、私は平太さんに一目惚れなんです」

 そんな険しい顔つきで、自分に言い聞かせるように「一目惚れ」と言われても。

 何か深い事情があるのはわかっている。平太は頭をぽりぽりかいた。  

 モカは、眠ったマロンを爆発物を安置するかのように寝かせた。間髪おかずトントンする。

 昼間から見ていて察した平太は、音をたてずに移動し、布団をとってきてマロンの上にそっとかけた。マロンの口の端からたらーと白いよだれが垂れている。

「今日はぐずりが特に激しくて。すみませんでした」

 憔悴しきったモカが言う。シャツはめくれたままになっていて、うっかり平太はモカの乳首をまともに見てしまう。すぐに目をそらすが、その柔らかそうな、男性にしては大きめのそれが、つんととがってピンクで、色もかたちもすでに目に焼きついてしまったあとだった。授乳しなかった方の胸が濡れ、シャツにしみができているのを気にするように、モカは服を元に戻す。

 平太は、すすすとマロンを起こさないようすみやかに移動し、タオルを届けた。

  ほのかに甘いにおいは、まぎれもなく本物だ。

(そういえばなんかのニュースで、男性でもまれに母乳がでる人がいるって)

 さっきからなぜか顔が熱い。

「今日は疲れていると思うので、モカさんも早く寝たほうが。向こうの部屋にお布団用意しましたんで」

「お話が」

「無理しないで明日にしましょう」

 平太は昔客間だった畳の部屋に、自分用の布団をしいた。眠いはずが、なかなか寝つけない。平太はぐるぐると考える。

 なぜ一目惚れなんて嘘をつくんだろう。一目惚れしたのはこっちだ。そんな嘘をつかなくても、困っているのなら喜んで助ける。助けたい。守りたい。どうかこちらが差しだした手を受けいれてほしい……。胃の あたりが甘くて苦しい。

「平太さん、起きてますか?」

「ぐ~っ、ぐご~っ」

 がっつり起きていたくせに、反射的に狸寝入りをしてしまった。モカはしばらく部屋の入口でおり、やがてそろそろと枕元まで来た。 

 触れられた場所は、親ポメラニアンに噛まれた腕の傷のあたりで、まだピリッと痛い。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

勇者のママは海で魔王様と

蛮野晩
BL
『勇者のママは今日も魔王様と』の2作目です。1作目『勇者のママは今日も魔王様と』も公開中です。 ブレイラは魔王ハウストと結ばれて幸せだったが身分差に戸惑うことが多かった。 そんな中、離島で魔王ハウストと精霊王フェルベオの会談が行なわれることになり、ブレイラと勇者イスラも一緒に離島の海を訪れていた。 ブレイラはイスラと一緒に初めての海を満喫していたが、いにしえの時代に封印されたはずの巨大クラーケンに襲われたり、海賊に遭遇したり、思わぬトラブルに見舞われてしまう。 しかも人間界にある海洋王国モルカナの王位継承問題にまで巻き込まれ、トラブルの中で三界の王である魔王ハウストとの身分差を突きつけられる。ブレイラは自分がこのまま魔王の側にいてもいいのかと悩み…。 表紙イラスト@阿部十四さん

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...