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7、夫のアレがアレだとしても

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 今思えば一緒になって怒ったり泣いたりしてほしかった。鳥飼は表面上冷静でも、心の中は嵐が吹き荒れていたのだ。よくよく考えればわかりきったことだったが、しかしその時は、察してやることなどできなかった。
 思いつく限りの罵詈雑言で鳥飼を罵倒した。具体的に何を言ったか記憶していない。それが何日か続いた。
「……βのイオくんにはわからないですよ」
 ずっと黙ってイオの暴言に耐えていた鳥飼が、ある日ぽつりともらした。それがイオの胸の深い部分に刺さり、えぐった。
「ああどうせ、わからない」
 冷たく言い放つと、部屋に戻って荷物をまとめはじめた。ああくそ、物が多すぎる。全部捨ててやろうか。
 部屋の入口に立ちつくしている鳥飼に、イオは尖った声をぶつける。
「βのぼくがαやΩの事情なんか、わかるわけ、ないよ」
「イオくん……その……、」
「……いい、もう、別れる」
「……え」
「いい機会だからぼくも離婚する。今度は普通のβと結婚する。鳥飼さんだっていつ『運命の番』と出会うかわかんないってことだよね? 『運命の番は絶対』、なんて言われたら、こっちは何も言えない。たまったもんじゃない」
「……イオくん、待って、落ち着いてください。もう時間も遅いですし」
「どけ、」
 鳥飼に思いっきりぶつかるが、びくともしない。チッと舌打ちをした。もう一度、進路を邪魔する鳥飼に正面からぶつかった。
 本気じゃなかった。
 売り言葉に買い言葉、「別れる」なんて単なる脅し文句でパフォーマンスだ。
 しかしその時は頭に完全に血がのぼっていた。ただ相手を傷つけたかった。ゆさぶって、その冷静な顔を崩したかったのだ。
 ダンっとドアが力任せに閉められる。その大きな音に反射的に身をすくめてしまう。次の瞬間には押し倒され、かたい床の上、大きな身体の下で動きを封じられていた。
「っ…………」
「だめだ!」
「……、あっ……痛」
「許さない……別れるなんて、絶対に許さ」
「とり……、あ、っ……まこと、さ……」
 鼓膜がやぶれそうなほど大きな声。それが鳥飼の声だと、遅れて気づく。そんな怖い大声をあげられたことなどこれまで一度もなかった。初めて聞く怒鳴り声だった。
 声の大きさと体格差、強い力、鳥飼が自分にしたとは思えない乱暴な行動。動揺してますます暴れた。するとさらに信じられないことが起きた。パンッと乾いた音がした。鳥飼は暴れるイオの頬を張ったのだった。
 痛みよりも暴力を振るわれたことに呆然とし、全身の力がぬけた。やがて我に返り再び暴れるが、まったく歯が立たなかった。なんとか身体を反転させ、大きな身体の下から這い出そうと試みる。両手首をつかまれ、あげく一つにして頭上でまとめられた。鳥飼は片手でやすやすとイオの二つの手首をつかむことができるのだった。
「痛い……っ、痛っ……、手が、……あっ」
 まだ鳥飼を舐めきっていた。頬を張られた怒りで気が狂いそうだ。怒りを原動力にさらに暴れる。しかし拘束された手首は、びくともしない。鳥飼は、あいたほうの手でフィルタグラスをとった。見たことのない険しい表情、切れ長の目、青い虹彩が、ぬれて光っていた。
 それで初めて鳥飼が泣いていることを知ったのだった。
「まことさ……」
「許さない」
 獣が獲物の味を確認するように、首筋に耳に、唇に食らいつかれた。大きい口で食まれ、歯がくいこみ痛い。愛撫ではない。捕食する前の獲物を嬲る動きだった。首を振って顔をそむけても逃れられない。
 しつように舌を吸われる。舌のねをかまれる。
 その時初めて心から恐怖を感じた。殺されるかもしれない、と思った。
 衣服を乱暴にはがされた。シャツのボタンなど無視され、頑丈な仕立てのシャツが簡単に破り裂かれた。
 その頃になると、イオはろくに抵抗もできなくなっていた。その獰猛な瞳で見られるだけで身体がこわばるのだ。
 今までただ魅了されてきただけの瞳が恐怖の対象となっていた。イオの会ったことのない鳥飼がいた。
 いや、一度だけ、見た。あの日、流助がヒートになったあのドライブの日にこんな目をしていた。

 それから執拗に長い時間にわたって犯された。
 繰り返し太いペニスが身体を出入りする。腰は完全にくだけきり、何度もやめてと懇願したが無視された。自分が何の意思ももっていない性処理専用ドールにでもなったような気がした。
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