XANXUS~おにいちゃん

神崎真紅

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 リリィがヴァリアーの基地に来てから既に半年。
 すっかりこの変態集団に慣れたリリィだったが。

「リリィ」

 悲痛な面持ちの、ザンザスに呼び止められた。

「??おにいちゃ、ん?」

 名前を呼ばれ、振り返ったリリィの、瞳に映った兄の顔は強ばっている。

「俺は、これから日本に向かう」
「え……」

 おにいちゃんの、いない生活……。

「あら~ん、リリィ大丈夫よぉ~。あたしが残るから」

 ルッスーリアが、ひょっこり顔を出して言う。……余計不安が広がるけど、気のせいかな?

「日本でボンゴレが苦戦している。如何なる時も、ボンゴレは最強でなくてはならない」

 ここでの暮らしの中で、リリィも、その言葉の意味の重さは充分に理解していた。
 そして……。
 ザンザスがまたヴァリアー最強であることも。

「お前を連れて行きたいが、危険に晒すわけにはいかない。俺と一緒にいたら、必ずお前に危険が及ぶ。だから——」
「判ってるよ、おにいちゃん」

 ふんわりと微笑んで、リリィは答えた。

「あたしは、ここに残るよ」
「そうか」

 くしゃっと、リリィの頭に大きな手を置いて、それから踵を返して去っていった。

「寂しくなんか……ないよ」
「あら~、リリィったら、相変わらずブラコンなのねぇ」
「ルッス姐……」

 リリィの頬に光るものは、涙。

「へへ、おにいちゃんには、見せられないもんね」

 ザンザスに言われた時から、ずっと我慢してたんだ。

「んも~、あんたって何て可愛いのかしら~」
「むぎゅ、ルッス姐……く、くるし……」

 こんな所、ザンザスに見られたら、ルッスーリアの命はかっ消されていたのは必然。

「リリィ、お茶でも飲みましょ?ケーキもあるわよ」
「うん、ありがと」

 心配してくれてるんだ。
 おにいちゃんがいない間、泣かない努力しよう。

「おにいちゃん、気を付けてね」

 空を仰ぎながら、リリィは呟いた。
 
 ——————
 
 ヴァリアー専用機で、日本に向かったザンザス。機内から眼下に広がるのは、雲と、時折海が見えるだけ。

「リリィ……」

 ザンザスの、たったひとつの心残りは、イタリアに置いて来た妹の事だった。
 ふっ……。
 不敵な笑みを浮かべて、グラスの中のブランデーを飲み干した。
 この俺が。
 ヴァリアーのボスである、この俺が、なんてザマだ。
 リリィの顔が、声が、頭から離れないなんて。

 リリィもまた、ザンザスの事を考えていた。

「おにいちゃん、大丈夫だよね?」

 留守番役のルッスーリアが答えた。

「大丈夫よぉ。ボスは殺したって死なないから」

 殺したって死なないって、ひどくない??

「ルッス姐、おにいちゃんって、強いよね?」
「当ったり前じゃな~い。じゃなきゃ、こんなトコにいたら寝首をかかれてるわよ」

 それも、そうだね。
 ヴァリアー基地で、あれだけの威厳を持った兄を、リリィはずっと誇りに思っていた。
 でも。
 日本って、どんな所なんだろうな??
 今度、おにいちゃんに連れて行ってもらおう。ボンゴレの10代目って、おにいちゃんより強いのかな?
 ——どんな人なんだろうな。
 会ってみたいな。ボンゴレのボスにも、守護者の人たちにも。

「リリィ、食事にしましょ?」
「うん」

 屈託なく笑うその笑顔を、守れるのは兄、ザンザスだけだった。
 
 
 ————深夜。
 ふと、リリィは目覚めた。
 隣にいる筈の、兄がいない。

「おにいちゃん……」
 堪らなくて、ケータイを取り出した。

 トゥルル~♪

 何度目かのコールで、ようやくザンザスは電話を取った。
 ディスプレイの名前を見て、動揺していた。

「「リリィ。どうした?」」
「おにいちゃん……、いつ帰れるの?」

 涙混じりのその声に、ザンザスは、リリィを残して来たことを今更ながら後悔していた。

「「もう少しだけ、な。我慢しろ」」
「おにいちゃん……リリィも日本に行きたい、よ」
「「そうか……。ルッスーリアはいるのか?」」
「隣の部屋にいるよ?」
「「代われ」」
「うん」
「ルッス姐~おにいちゃんが電話代わってって」
「何よ~睡眠不足はお肌の大敵なのにぃ~」
「「ルッスーリア、明日リリィを連れて日本に来い」」
「へっ?ボスったら~リリィが恋しくなっちゃったのねん」
「「るせぇっ!リリィが泣いてる。それだけだ!」」

 本当は、ザンザスもリリィが恋しかった。
 でもそれは口が裂けても言えないザンザスであった。
 
 —————
 
 こちらは日本。
 沢田綱吉率いる、ボンゴレのアジト。
 リリィの電話を切ってから、ザンザスは沢田綱吉に聞いた。
 
「ここで一番安全な場所はどこだ?」
「??京子ちゃん達女の子がいる場所かな?」
「そうか。一足遅れでルッスーリアが、俺の妹を連れてこっちに向かっている」

 妹……?
 ザンザスの??
 ザンザスに妹なんていたっけ?

「何を呆けたツラをしている?」
「あ、いや……、ザンザスに妹がいるなんて知らなかったから」
「俺も半年前に知った」

 何それ~?
 ものすごく意味深ですけど?

「女の子なら、京子ちゃん達が仲良くやってくれますから」
「ふっ……。そうだな」

 ザンザスが笑った?
 もしかして?
 シスコン??

「ゔお゙ぉ゙ぉ゙い゙。リリィが来るってのは、本当なのかぁぁぁ~」

 いきなりのスクアーロ乱入。
 ぴゅ~、ゴン!
 そばに置いてあったドラム缶を投げつけた。

「ってぇ~。何しやがる」
「るせぇっ。リリィが来ようが、テメェには関係ねぇ」
「しししっ、リリィ来んのか。良かったじゃね?」

 ベルも口を挟む。

 この人たちいつもこんなに騒々しいの?
 はぁ——……。
 途方に暮れるツナだった。
 
  ──眼下に少しずつ見えてきた日本。
 もうすぐおにいちゃんに会えるんだ。

「リリィ?元気がないんじゃないの?」

 少しだけ心配げな、ルッスーリアの声。

「あ……、そ、そんな事ないよ」

 それでも、リリィは、ザンザスの顔を、その手の温もりを、確かめるまでは不安だった。
 爆音と共に、地上が近づく。

「リリィ」

 懐かしいその声。

「おにい、ちゃん」

 ……この娘が、ザンザスの、妹?
 金色の髪に、濃い緑色の瞳。
 多分、誰しもがふり返って見惚れることだろう。

「沢田綱吉!何を突っ立っている?」
「あ……じ、じゃこっちに」

 リリィは……。
 ザンザスに会えた嬉しさを、隠そうともせず、甘えている。
 それがまた、さらにリリィの愛らしさを引き出していた。
 ザンザスが溺愛しているのが、よく判る。
 この美しいブロンドの姫君に、迂闊に告白なんかしたら、瞬殺されることだろうな。

「地下に女の子達専用の部屋がありますから」
「あたし、おにいちゃんと同じ部屋がいい」
「だ、そうだ。俺の部屋にリリィのベッドを運んでおけ」

 はぁ?
 兄妹で同じ部屋??
 どうなってるの?
 この兄妹?
 いや!
 余計な事は言わない方がいい。
 ツナは、ザンザスに言われるままに、部屋を用意した。
 ……関わらない方がよさそうだな。
 そう心に決めたツナだった。
 
 
「さて、アジトの中でも案内してもらおうか」

 ザンザスが、リリィの頭に手を置いて言った。

「おにいちゃん、じゃあ、この人が?」
「あぁ、沢田綱吉。ボンゴレ10代目だ。まだガキだがな」

 ガキ……。
 そりゃザンザスは10年の月日が流れてるけど……。
 リリィが微笑みツナに手を差し出した。

「初めまして、ボス。リリィです」
「あ、う、うん。初めまして」

 差し出されたリリィの手を、ツナがそっと掴んだ。
 柔らかい。
 頬が紅潮してくのを感じた。

「沢田綱吉!リリィに妙な気を起こしたら、命はねぇからな」
「そ、そんな事しないです」

 俺だって、命は惜しいさ。それに……。
 京子ちゃんがいる。

「あ、じゃあ、他の女の子達に紹介するね?」
「おにいちゃん……」
「何だ?ひとりじゃ不安か?」
「ん……」
「俺も一緒でかまわないか?」
「ええ、勿論どうぞ」

 ザンザスの、こんな表情初めて見たよ。
 ザンザスにも優しい一面があったんだ。

「ゔぉ゙ぉ゙ぉ゙い゙。リリィはどこだぁ゙ぁ゙~」

 またスクアーロ?
 何で?

「カス鮫が騒いでるな」

 くす……。
 リリィが笑って答えた。

「隊長はいつも楽しそう。ね?おにいちゃん?」
「ウゼェだけだ」
「リリィ~、何処だぁ~?」

 あの……。
 アジト中に響いてますが?止めないのでしょうか?

「あの……女の子達がびっくりしますけど……」
「放っておけ」

 はあ。
 そうですか。

 期待通りのザンザスの返事だった。
 やっぱりザンザスは、ザンザスだよなぁ。

「それじゃあ、地下三階に案内します」

 ツナがそう言って、エレベーターに乗る様に促した。

「おにいちゃん……」
「あぁ、そうか。沢田、リリィは閉所恐怖症だ。階段はないのか?」

 閉所恐怖症……?

「階段は、作ってないんです」
「そうか。リリィ、どうする?」
「おにいちゃんが、いてくれれば……」


 ザンザスの、胸元までしかない、小さなリリィ。
 しかも、かなり痩せている。
 どんな生い立ちを背負っているのだろうか?
 半年前に妹の存在を知ったと、ザンザスは言っていた。
 その、意味は?
 時折見せる、ザンザスの悲痛な表情が、何かを物語っていた。



 ポーン!


 エレベーターのドアが開いた。
 リリィの表情が強張る。

「俺がついている。大丈夫だ」
「ん……うん」

 リリィが、ザンザスの胸に顔を埋めた。
 その、仕草が、何故かツナの脳裏から離れなかった。
 何故?
 こんなにも、この娘は人を惹き付けるのだろう?
 ただ、美しいだけじゃない。
 何か、不思議な魅力を持ち合わせている。
 それが何なのかを知るには、ツナはまだ若く、幼かった。
 ——ほんの数分間のエレベーターの中で、リリィはずっと、ザンザスの胸に顔を埋めたままでいた。
 その、小さな身体が、小刻みに震えている。
 ザンザスの、大きな手がリリィの身体を、包み込むように抱いていた。
 まるで……。
 全ての敵から、リリィを守る様に。


 ————ポーン!


「着きました」

 ツナが、辛うじて、それだけを言った。

「リリィ、歩けるか?」
「……お、にい、ちゃ、ん」
「判った」

 そう言うと、当たり前のように、リリィの身体を抱き上げた。

 何故だろう?
 見ていたツナが、一瞬ドキリ、とした。
 この兄妹は、どんな絆で結ばれているのだろうか?
 そして、ザンザスの妹というこの少女は、どんな生き方をして来たのだろう?
 考えれば、考える程、ツナはリリィに惹かれていった……。
 
 ——コンコン!
 
 ツナがドアをノックした。
 中から女の子の声が聞こえて来た。

「はぁーい」

 元気な、その声の持ち主はハル。

「ツナさん!いらっしゃい。あれれ?お客様ですか?」
「う、うん。ハル、京子ちゃん。この人はザンザスの妹で、リリィさんだ」
「ザンザスさんって、あの、ヴァリアーの恐い人ですかぁ?」
「……恐い人で悪かったな」

 ザンザスが、リリィを抱くようにして入って来た。

「きゃあっ!す、すみませんです」
「あ、あの、ハルを……」

 くっくっ……。
 不敵な笑みを浮かべて、ザンザスが言った。

「俺のたったひとりの妹だ。仲良く頼む」
「こ、この方がザンザスさんの妹さんなんですか?美人ですぅ」

 くす……。

「ありがとう。リリィです、よろしく」

 人見知りの激しいリリィにしては、珍しく、自分から手を差し出した。
 その手に……。
 そっと、触れる、ハルと京子。
 戸惑いが伝わって来る様だった。
 多分、リリィの方が少し年上だろう。
 ただ、金色の長い髪に、緑色の瞳は、少しリリィを幼く見せていたかも知れない。
 兄ザンザスの、リリィに対する接し方がまた、幼い子を相手にしている様にも伺えた。

「さて、俺は外を見て来る」
「おにい、ちゃん?」
「あぁ、沢田。それから、ハルと京子?リリィを頼めるか?」
「私達はかまいませんが……。じゃあ、リリィちゃんって、呼んでもいい?」

 京子が聞いた。

「ええ。あたしも同じに呼んでもいいの?」
「モチロンです。私達これからお友達です。ね?京子ちゃん?」
「うん、そうだね」
「おにいちゃん、リリィにお友達が出来た」
「あぁ……。良かったな」

 安堵の表情を浮かべ、ザンザスは部屋を後にした。

「ザンザス」
「……何だ?」

 ツナがザンザスを呼び止めた。

「あの、どこへ行くつもりなの?」
「沢田、今の俺達の敵は誰だ?」
「白蘭か?」
「そうだ。俺はヤツをかっ消すために日本に来た。リリィは俺から離れることが出来ないから、仕方なく連れて来た。リリィに危害が及ぶ前にミルフィオーレを倒す」

 ザンザスの、覚悟が見えた瞬間だった。
 
 ——————
 
  随分久しぶりの日本だな。
 ザンザスは、上空から変わり果てた街並みを見下ろしていた。

「まるで戦場だな」

 ぽつり。
 ザンザスは呟いた。
 こんなところにリリィを連れて来たのは、やっぱり甘かったな。
 早く白蘭をカッ消して、リリィを連れてイタリアに帰ろう。
 ザンザスは、リリィの待つボンゴレのアジトに向かって、飛んでいった。

「ん?あれは……」

 並盛の、神社の中に、隠し扉がみえた。

「霧の結界で隠してあるのか」

 すっ……と、ザンザスの姿が消えた。

 そこは。
 和風の廊下が長く続いている。

「ここで何やってんの?」

 その声に振り向くと、恭弥が立っていた。

「貴様は、雲雀恭弥か。ここは、貴様のアジトか」

 雲雀はムッとして言った。

「僕はあなたが何故ここにいるのかを、聞いてるんだけど……。答えないのなら」

 チャッ!と、トンファーを構える恭弥。

「まて、俺は今、貴様の敵じゃない」
「ふぅん……。いつから味方になったんだい?」
「雲雀恭弥、貴様ならわかるだろう?今の俺達の敵が誰なのか」
「僕の前に立つ者はすべて敵さ」
「ふっ、話しにならんな。邪魔したな」
「待ちなよ、逃げるのかい?」
「妹が待ってるんだ」

 捨てゼリフのようにそれだけ言って、ザンザスはリリィの待つ部屋へ帰っていった。
 
 ザンザスは足早にリリィの待つ部屋へと向かった。

「おにいちゃん、お帰り」

 待ちくたびれたように、ザンザスに抱きつく。その、小さな身体を、愛おしげに抱きしめきいた。

「ひとりで大丈夫だったか?」

 リリィはふんわり微笑んで答えた。

「ひとりじゃないよ?お友達がいっしょだよ」
「そうか」

 その時。
 扉が開いて雲雀が入って来た。

「雲雀恭弥、まだ判らないのか?」

 ふっ。
 不敵な笑みを浮かべて、雲雀は言った。

「あなたに妹がいるなんて、僕の資料には書いてなかったからね」
「おにいちゃん、誰?」
「ふぅん、君がザンザスの妹なのかい?」
「……リリィだ。リリィ、雲雀恭弥は雲の守護者だ」

 雲の守護者……?
 確かおにいちゃんがボンゴレ最強と言ってたはず……。

「ふぅん、ザンザスの妹には見えないね。本当に血の繋がりはあるのかい?」
「えっ」
「雲雀恭弥、リリィに妙な真似をしたら命はねぇ」
「くす、ヴァリアーのボスがシスコンとはね。僕には関係ないよ。じゃね」

 元来た廊下をゆっくり歩いて雲雀は帰って行った。

「おにいちゃん……、あの人おにいちゃんより強いの?」

 突然ザンザスが声高く笑い出した。
 そして。

「リリィ、俺は誰だ?」
「おにいちゃん」
「ああ、そうだな。それともうひとつ」
「ヴァリアーのボス?」
「そうだな。ボンゴレ最強暗殺部隊のボスだ」

 ザンザスは誇らしげに答えた。

 そう。
 じゃあおにいちゃんが一番強いのね。
 よかった。
 
「ゔぉ゙ぉ゙~い゙!リリィはどこだぁ゙ぁ゙~」
「るせぇっ!カス鮫が何さわいでる」
「おにいちゃん。それって、ひどくない?」
「何だ?カス鮫をかばうのか?リリィ」
「だって、一応ヴァリアーの隊長だし」
「俺様よりカスがいいのか?」

 ザンザスの口調は、どことなく不機嫌な様子を呈していた。

「??おにいちゃん?」

 リリィがザンザスの変化に素早く気づいた。
 しまった!
 俺とした事が、リリィに気づかれるとは不覚だった。

「リリィ、お前はこの俺の命だ。それを忘れるな」

 いつもと違う……?
 リリィにはザンザスがなぜか怒っているように感じた。

「おにいちゃん?リリィのこと怒ってる?」
「なぜそう思う?」
「だって、隊長のこと話してからのおにいちゃん変だよ」

 ふっ……。

 ザンザスは何も言わずリリィの髪を撫でた。

「もう遅い。今夜は寝るぞ」

 それだけ言って、リリィを連れて寝室に向かっていった。
 
 ————

「この部屋だな」

 少し離れた場所にあるその部屋は、アジトの中でも一番大きなゲストルームだった。

「うわ、キレイね?おにいちゃん」
「ああ、気に入ったのか?」
「うん、イタリアのお城も大好きだけど。あたし、日本が好きになりそう」
「そうか。だがなリリィ、これだけは守れ。外には絶対にでてはいかん」
「え?なんで?」
「でればお前は殺される」

 殺される……?
 殺される……?

 リリィの中で『殺される』という言葉が木霊していた。

 何度も殺されそうになった。
 いっそ死にたいとさえ思わなかった日はなかった。兄ザンザスが、全てを消してくれたあの日までは……。

「お、にい、ちゃ、ん……」

 リリィの身体が小刻みに震える。

 発作だ。

「リリィ、待ってろ。すぐ薬を飲ませてやる」

 震える手では薬すら持つこともできない。ザンザスは薬を口に含んで、そのままリリィに口移しで飲ませた。

「うっ……ふっ……っ……」
「大丈夫だ。お前には俺がついている」
「お、にい、ちゃ……」


 声にならない言葉を発して、リリィは何かを訴えようとしていた。

「おにい、ちゃん、が、好き」

 おにいちゃんが好き……。
 リリィはそう言ったのだ。
 兄であるザンザスに、恋をしてしまったリリィ。
 ザンザスはどう答えていいのか戸惑ったが、やがて静かに言った。

「俺も、お前が好きだ、リリィ」

 嘘偽りのないザンザスの、リリィに対する気持ちだった。
 
 ふっ。
 俺もどうかしてるな。
 リリィは妹だ。
 なのに……。
 
 薬が効いて、少し落ち着きを取りもどしてきたリリィが、部屋の中を見て歩く。

「おにいちゃん、お風呂入る~」
「ああ、好きにしろ」

 まるで小さな子供のように、リリィはザンザスの前で服を脱ぎすて、全裸になった。
 その、背中に刻まれた無数の傷あと。
 直視したのは初めてだった。
 なんてひどい事を……。
 多分、ムチのようなものでひどく殴られたのだろう。火傷のような痕もある。無数に背中に走る傷あとは、きっと一生消えることはない。
 それを見たザンザスの怒りがどれほどだったか。

「リリィ、俺だって男だ。そんな所で服を脱いではダメだ」
「えー?そうなの?」

 ……少し常識に欠けているところがあるのは、小さい頃に売られ奴隷のように扱われていたせいだろう。

 哀しい過去。
 戻せない時間。
 だが、未来なら変えられる。
 リリィは俺が、命をかけて守り抜く。
 それがザンザスの、リリィへの償いという名の愛だった。

「おにいちゃーん、一緒に入ろ?」

 バスルームからリリィが叫んだ。
 ぶーっ!!
 ブランデーを勢いよく吹き出した。

「リリィ、兄妹でも男と女だ。一緒に風呂に入る訳には……」

 ザンザスが絶句したのはそこに、一糸纏わぬ姿で微笑むリリィを見てしまったからだった。

「お、にい、ちゃ、ん?」
「リリィ、いい加減にしないと俺も怒るぞ?」

 急にザンザスが怒り出した理由がわからず、リリィはしゅん、としてしまった。

「ごめんなさい……」

 瞳に涙を浮かべたままバスルームに駆け込んで行った。

 あぁ……。
 また泣かせちまった。
 リリィには理解できないんだ。
 男と女のことが。

 くそっ!!
 一体何をされてきたんだ?
 リリィの身体が男を知っていることは気づいていた。俺がリリィを抱けば、リリィの心の傷は消せるのか?
 ……だが、それは禁忌だろう?

 誰か、俺に教えてくれ。
 俺は一体どうすればいいんだ?
 リリィを……。
 リリィを抱いてもいいのか?
 それしかリリィを救えないのなら、俺は喜んで禁忌を破るさ。

 ふっ。
 ヴァリアーのボスであるこの俺が、何てザマだ。
 考えてみたら、女を好きになった事なんて、なかったな……。
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