仄暗い部屋から

神崎真紅

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第三章

act 23 賢司の一番長い日

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   7月21日。

  この日をどれだけ待った事だろう。
  賢司がやっと釈放されるこの日。
  瞳は昨夜殆んど眠れずに朝を迎えた。
  瑠花は一睡もしてなかった様子で、やたらとテンションが高かった。
  今日はアクリル板越しじゃない賢司に逢えるのだ。

  6時に出発して刑務所に向かった。
  釈放される人は、8時半に出て来る。
  賢司を待たせずに、先に着いて出て来るのを待ちたかった。
  途中の道路が、いつもより少し混んでいた。
  それでも何とか8時には刑務所に到着できた。
  そこからが疑問だった。
  一体どこから出て来るのかが分からなかった。

  待合室の、受付けの刑務官に聞いてみる。

 「今日釈放されるのですが、どこで待てばいいのですか?」
 「ここでお待ちください」

  ここ・・・・?
  どこから出て来るのかな?
  時刻は8時を回っていた。
  あと、30分も、ない。

  午前中に来た事がなかったので気付いたのだが、待合室は座る(すわる)場所もない程、人であふれていた。
  この人達みんな面会に来たのかな?
  瞳にとっては素朴な疑問だった。
  既に時計は8時半を過ぎていた。

  その10分後くらいに、待合室にざわめきが起こった。
  ふ・・・・、と後ろを見ると、大勢の人波の中に、賢司の顔があった。
  瑠花が走って行って賢司に飛び付く。

  ここで瞳は待合室が混んでいた理由が分かった。
  待合室にいた殆んどの人が、釈放される人の家族だったのだ。

  この日に釈放された人数は、8名。
  賢司ひとりだけが釈放されるわけじゃ、ないんだ。
  数千人を収容しているのだから、出所する人もそれなりにいるんだ。
  そして、出所日は火曜日と決まっているらしい。

 「おかえりー。長かったね」
 「あぁ、まぁな。これでやっと自由だ」
 「パパー!」
 「瑠花、ごめんな。長い間パパがいなくて淋しかった?」
 「ママがいるから淋しくないよ?」

  くふふ・・・・。
  瑠花の一言、結構傷付くかな?

 「瞳よぉ、服送ってくれたのはいいけど酷過ぎだろ?」
 「なにがぁ?」
 「こんな汚ねぇ靴、普通送るか?洗ってから送るもんだろ。オヤジに見せられた時、びっくりしたわ。オヤジにも心配されたぞ?奥さん怒ってるんじゃないかってな」
 「でも、玄関に置いてあった靴だよ?」
 「ふざけんなよ!カビてるじゃねぇの」

  あ~あ!
  出て来たと思ったら、もう文句かぁ。
  帰ってあの部屋見たら、爆弾が落ちて来るなぁ。
  もうどうにもならないから、今回はひたすら謝る事にしようっと。

 「んじゃ~帰りますか」
 「ちょっと待ってろ、挨拶したい奴らがいるからよ」

  そう言って賢司は、釈放された人達に何やら話しに行った。
  そんな事していいのかなぁ?
  まぁ、もう受刑者じゃないしね。

 「俺と同じ舎房にいた奴らでな、結構金持ってる奴とか、でかい仕事してる奴とかいるから、帰ってからも連絡とりてぇんだ」
 「ふぅん、まぁ何かしらの犯罪犯したからここにいた訳だろうしね」
 「瞳、コンビニ寄ってくれよ」
 「一番近いとこにあるのローソンだけど、そこでいいの?」
 「ローソンだか何だか忘れたけど、コマーシャルやってるじゃん。コーヒーとか色々あるんだろ?」
 「今は何処のコンビニでもやってるよ、それ」
 「そっか?何でもいいや。何か人の食べる物が食いてぇよ」
 「ほほ~、そっか今までは人じゃなかったんだっけね」
 「当たり前だろ、全く味のないおかずばっかりでよ。最悪だったよ」
 「まぁ、仕方ないんじゃないの?受刑者だったんだしね。犯罪者しかいないんだし」
 「もう二度と戻りたくねぇ場所だよ」
 「ふぅん・・・・、そのまま本当に覚醒剤、辞められるといいね」
 「俺、タバコも吸いたいと思わねぇんだぜ。すげえだろ?このままタバコも辞めるんだ」

  賢司がタバコ吸わないと、あたしも吸いにくいなぁ。
  いっその事あたしも辞めて、その分貯金でもしようかな。¥500玉貯金。
  昔一度やった事あったけど、その時は¥74000しか貯まってなかったっけ。
  自分の欲しい物くらい、買いたいしなぁ。
  ま、出来るとこまで挑戦してみるのもいいかもね。

  刑務所から出て、一番最初のコンビニ、ローソンに寄った。
  賢司はうろうろしてるばかりで、何が欲しいのかも分らない様子だ。
  小さいロールケーキと、カフェラテを買った。
  でも、タバコは買わなかった。
  いつまで続く?
  三年以上も吸ってないんだから、もしかしたら本当に辞められるかも知れないな。
  賢司って、意志が強いのか弱いのか、時々どっちなんだろと思う事がある。

  今日はこの後、保護司さんの所に向かう事になっている。
  行かなければ仮釈で出た賢司の釈放は、その時点で消滅する。

  暑い日だった。
  保護司さんの自宅まで送って行って、瑠花とふたり車の中で待っていた。
  昨夜殆んど眠れなかった瞳は、いつの間にか窓の開いていない車の中で、眠ってしまっていた。

  不意に瑠花の呼ぶ声が聞こえた。

 「ママ?大丈夫?ママ?」
 「え・・・・?あたし寝てた?」
 「ママ、顎(あご)が痙攣(けいれん)してたよ」

  顎(あご)が痙攣(けいれん)???
  気が付くと、汗びっしょりになっていた。
  ・・・・熱中症か?
  慌てて車の窓を開けた。
  何とも心地よい風が吹き抜けた。
  危なく死ぬところだったわ。

  外はもう陽が傾き始めていた。
  一体何時間過ぎたのだろう?
  喉がカラカラに渇いていたが、住宅街らしく、自動販売機の類いも見当たらない。
  すると、賢司と今回ガラ受けになって貰っていたお姉さんが、保護司さんと一緒に出て来た。
  瞳は挨拶をしようと車から降りた。

 「おや、一緒に来ていたのなら、上がって頂いてもよかったのに」

  優しそうな、初老の男の方。
  この方が賢司の担当の保護司さんか・・・・。

  保護司というのは、所謂(いわゆる)ボランティアでやっている人が殆んどだった。
  これから賢司は、毎月二回、この人に会いに来なければならない。

  その他にも毎月二回の尿検査を受けなければならないのだ。
  それを一回でもさぼったら、賢司の仮釈はその時点で消えてなくなる。

  仕方のない事なのだろう。
  賢司は覚醒剤の使用で逮捕されたのだから。
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