仄暗い部屋から

神崎真紅

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第三章

act 14 C型肝炎

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 さて、瞳が紹介状を書いて貰ってから、半月ほど過ぎた頃。
  瑠花が風邪を引いたので、いつもの病院に連れて行った。
  ついでに自分の薬も貰っておこう。

 「宮原さん、1番診察室にお入り下さい」
 「今日はどうしたの?」
 「瑠花が喉が痛いって言うので」
 「どれ、ちょっと腫れてるね。薬出しとくから、様子見て熱が上がる様だっだら、また来て」
 「はい」
 「それで、相川先生は何て言ってた?」
 「えっ、まだヘルパーが決まらないから、行ってないですけど」
 「え?まだ行ってないの?駄目だよー。今日行って今日からインターフェロン打てる訳じゃないんだから。最初にCT撮ったりの検査があるんだからね」
 「え、じゃあすぐ行った方がいいですか?」
 「そうだよ、道理で相川先生から何の連絡も入らないと思ったよ」
 「判りました、じゃあ明日行ってきます」
 「そうして。今日は薬、持ってくの?」
 「お願いします」
 「じゃ、薬は出しとくから、早く行ってね」

  あちゃ~。
  早合点だったな。
  明日行かなくちゃなぁ・・・・。

 「瑠花、買い物して帰ろう」

  お米がなかったんだ。
  買い物をしている時に、弟から電話。

 『ねえちゃん、今日家にいる?』
 「今、買い物してるけど、他に用事はないからいるよ」
 『この間借りたCD返しに行くからさ。あと面白い本があるから持っていくよ』
 「うん、じゃあ待ってるね」
 「ママ、ひで来るの?」
 「うん、来るよ」
 「やったぁー、ひでと遊ぶー」

  こらこら、秀は瑠花のおじちゃんで、瑠花の遊び相手じゃないから。
  賢司がいなくなってから、弟夫婦には随分助けられてきた。
  瑠花の遊び相手だけじゃない、瞳の支えにもなってくれている。

  以前・・・・。
  チンピラが因縁つけて賢司の書いた借用書を持って来た時も、一番に駆けつけてくれた。
  金銭面での援助は無理でも、それ以上に精神的な支えが何者にも変える事の出来ない大きなものだ。
  それはやっぱり、気を使わなくていい弟夫婦だからこそ、出来る事なのだ。
  しかし、これでは明日病院に行くのは無理かな?
  瑠花は弟夫婦が遊びに来ると、帰そうとしない。
  明日は金曜日か。
  明後日の午前中にするか。
  ・・・・起きられたら、の話しだけどね。

  結局金曜も土曜も病院には行けず終い。
  週明けの月曜日、午後から相川内科に行った。
  受付けで紹介状を出して言った。

 「インターフェロン治療をお願いします」

  受付けの女性が、紹介状の宛名を見るなりこう言った。

 「達也先生ですか?達也先生の診察は午前中で終わりです」

  はい?聞いてないよ、そんな事。
  しかも毎日午前中しか診察出てないし。

 「ちょっと確認してきますので、お待ちください」

  特徴のある顔立ちをした、その受付けの女性は病院の奥に消えた。
  程なくして戻って来た女性の言葉は瞳の失望を誘った。

 「やっぱり診察時間内に来て下さいとの事です」
 「じゃあ、明日の午前中に出直します」

  何の為に眠いのにここまで来たんだ?
  しかも瑠花はひとりで家で眠ってる。
  ま、仕方ない。
  牛乳もないし、ジュースもないから、買って帰ろう。
  ・・・・さすがに紙パックでも10本も買えば重たい。

  家の中は静かだった。
  寝室のベッドでは瑠花が大の字になって爆睡していた。
  瞳はひとり、ゆっくりお風呂に入った。
  少しでも体重を落としたい。

 「あちぃ~」

  真冬じゃないんだから、そんなに浸かっていられない。
  さて、明日こそは病院行かなくちゃ。
  しかも、午前中に。



  ーーーー次の日。
  最悪の悪天候に見舞われた。
  瞳は気圧の変化で、偏頭痛が酷くて起きる事すら出来ない。
  瑠花は何故かこういう時は早く起きる。
  昨日置いてけぼりにされた事が、よっぽど悔しかったのだろう。

 「ママ、病院行かないの?」
 「この大雨じゃあね・・・・。頭も痛いし、今日はやめよう?」
 「んじゃ瑠花は寝る」

  やっぱり昨日も寝てなかったんだな。
  生活のリズム狂いっぱなしじゃんかー。
  なんて考えてる内に、瑠花は既に夢の中。
  でもあたしもこの頭痛には耐えられないな。
  瞳は偏頭痛の薬を飲んだ。

  眠くなるだろうな・・・・。
  あたしももう少しだけ寝ようかな。
  本当は瞳も眠かったのだ。
  ただ、どうしても病院に行かなければならないだろうと、まだ睡眠薬の抜け切れない身体で無理矢理起きたのだが。
  突然の雷鳴と共に、滝の様な雨が降って来た。
  これなら寝ちゃっても、いいよね?
  瑠花の隣りに横になった。
  朝の薬と先程飲んだ偏頭痛の薬のせいで、瞳もそのまま眠りに落ちた。

  ・・・・どれくらい眠ったのだろう。
  既に外は暮れ始めていた。
  雨もいつの間に止んだのか、夕日が窓を紅く染めていた。

 「あれ?」

  隣りで寝ていた筈の瑠花がいない。
  先に起きたのかな。
  それじゃあ言う事はひとつしか、ないな。
  リビングのドアを開けた途端。

 「ママ、起きたの?お腹空いた~」
 「やっぱり、そう言うと思ったよ。え・・・・と、何かあったかな?」
 「ママ、ラーメン食べたい」

  しっかりその手に持っていたのは、インスタントラーメン。

 「分かった、今作るから待ってて」

  あたしはあんまり食欲ないしなぁ。
  瑠花の分のラーメンだけ作って持っていった。

 「はい、出来たよ。それにしても瑠花麺類ばっかり食べてるよね」
 「だって好きなんだもん」

  賢司に似たのかな?
  でも瞳も麺類は好きだから、どっちに似た訳でもないか。
  普段の食生活のせいだよね。
  賢司がいたら、外食増えるし。

  あ、忘れてた。
  明日早く起きなくちゃ、午前中の受付けに間に合わなくなる。
  その為には眠剤早く飲まないと、なかなか抜けないからなぁ。

 「ママはお風呂入るよ。瑠花はどうする?」
 「んー、ママの後でいい」

  ラーメン食べながらパソコンでアニメを観ている。
  どうせ瑠花は眠くないんだろうし、まぁいいか。

 「じゃあママは明日は早く起きなくちゃならないから、先に寝ちゃうよ?」
 「いいよ、これ観てるから」

  おい!寝ない気か。
  もういいや、放って置いても眠くなったら勝手に寝るだろうし。
  瞳はひとりでお風呂を済ませ、眠剤を飲んだ。

 「じゃ、寝る時はベッドで寝るんだよ?」
 「分かったよ」

  既に瞳は眠剤が効き始めていた。
  ふらつく・・・・。
  よろよろと寝室に向かった。
  そのまま瞳の意識は途切れた・・・・。

  ・・・・朝。
  今日は晴れていて、暑くなりそうだ。
  検査は採血くらいかな。
  紹介状を書いて貰った病院は、掛かりつけの病院の、少し先にある。
  そんなに遠くはないけれど、担当の医師が午前中しか診察してないのだから仕方ない。
  受付けで紹介状を差し出した。

 「こちらに掛かるのは初めてですか?」
 「はい、初めてです」
 「それではこちらの問診票に記入して下さい」

  大体問診票は、何処も同じだ。
  既往症とか、アレルギーの類い、今飲んでる薬等を記入するのだが。
  瞳は二か所の病院から処方されているが、種類が多すぎて思い出せない。
  ああ、お薬手帳を持って来るべきだったなぁ。
  時間にばかり気を取られ過ぎていた。

 「ちょっと飲んでる薬が多すぎて全部は分からないんですけど」
 「はい、いいですよ。じゃこの番号札を持ってお待ち下さい」

  待合室の椅子に腰かけて順番を待つ。

 「ママ、瑠花ひばのとこ行って来る」

  今日は瑠花のわんこが一緒に付いて来てしまっていた。
  車の中では犬には暑いだろう。

 「宮原さん」
 「はい」
 「こちらにどうぞ。先ず身長と体重を測りますね。149・9㎝ですね。体重は1キロ減らしますね。69キロですね。じゃこちらに座って下さい。血圧測ります。110の69ですね。体温測ります。36・9℃ですね。それじゃ採血しますね。え…と5本取ります」

  相変わらず血管が出ない。

 「左出ませんねぇ、右は?」
 「右は余計無理なんです。いつも看護婦さん3人交代でやっと採血してるんで・・・・」
 「もっと先の方から取った事あります?」
 「あ、手首からならあります」

  でもそこ痛いんだよね。

 「ここから取れるかな。ちょっと痛いですよ」

  5本も抜いた事ないよ~。

 「いた・・・・」
 「痛かった?ごめんね。もう少しで終わるからね」

  さすがに手首は骨の上の血管、かなり痛かった。しかも5本は初体験。

 「採血の結果のコピー、80円負担になっちゃうけど持って行く?」
 「そうですね、それじゃお願いします」
 「それじゃあ次は一番診察室の前で待っててね」
 「はい。ありがとうございました」

  やれやれ、まさか5本も血を抜かれるとは。
  診察室の前におばあさんがひとり、座っていた。

 「ここ、随分時間掛かるんですね?」
 「いつもそうなの。3時間待つのよ」
 「そんなにですか?あたしC型肝炎の治療するのに紹介でこっちに来たんです」
 「肝臓は専門だから。ここの先生は」
 「そうみたいですね。だから混むのかな」
 「宮原さん、どうぞ」
 「はい」

  診察室にいた医師は、もう大分色々死んでるみたいなお年寄りだった。しかも、耳も遠い。

 「あなたは今回2度目の治療ですね」
 「はい」
 「今回の治療は前回あなたがやっていたペグインターフェロンと飲み薬の併用でやります。期間は半年ね。家族構成はどうなってますか?」
 「結婚したのは27歳です」
 「お父さんの年齢は、幾つ?」
 「え、と78になります」
 「健康ですか?」
 「いえ、脳梗塞と心臓弁膜症のオペと腹部大動脈瘤のオペを受けてます」
 「糖尿病は、ない?」
 「ありません」
 「お母さんは?」
 「母は白血病で既に他界してます」
 「幾つで亡くなったの?」
 「66歳でした」
 「糖尿病はなかった?」
 「ありません」
 「生理は順調?」
 「はい、順調です」
 「じゃあそこに横になって、膝を立ててお腹出して」

  触診検査か・・・・。
  年配の医師はみんなそれ、やるな。

 「はい、もういいですよ」

  起き上がった時めまいがした。
  そりゃそうだ。
  血液5本も抜かれたんだから。

 「それじゃね、この後CT検査をするから、廊下で待っててね」

  ふーん・・・・。
  総合病院では、今日行って今日CTを撮るなんて無理だ。
  そこはやっぱり個人病院のいいところなのかも知れない。
  隣りにいたお婆さんが呼ばれて、診察室に入っていった。
  するとその隣りにいた、上品そうな夫人が話しかけてきた。

 「ここ、初めてですって?」
 「はい。前回の治療は掛かりつけの方で受けたんですけど、今は出来ないから紹介状を書くだけだと言われたので、そこから一番近いここに紹介状を書いて貰ったんです」
 「私も二度目なのよ。2年で再発したの。でも前に治療した時は副作用が酷くてね、吐き通しだったのよ。髪の毛もごっそり抜け落ちて。今はもう戻ったけど」
 「あたしは熱が39℃くらいまで上がって、身体中痛くて3日間は寝込みましたね。抜けた髪の毛は戻らないですよ?」
 「宮原さーん、宮原瞳さん?」
 「あ、呼ばれた。それじゃ」
 「はい」
 「宮原瞳さんで間違いないですね?」
 「はい」
 「それではこれから造影剤を使用してのCT検査を行います」
 「はい」
 「造影剤は初めて?」
 「いえ、前に一度受けた事があります」

  看護師が点滴を下げたハンガーを引っ張って来た。

 「それじゃこれから造影剤を入れる時の、ラインを取りますね。両手を頭の上でバンザイの恰好をしてね」
 「はい」

  瞳がバンザイすると、布で両腕を固定していった。

 「血管はどこなら入るかな?ちょっと太い針通すから、太いところがいいんだけど」

  そう言っては、瞳の左腕の内肘の血管を探る様に、触っていく。
  やっぱり覚醒剤のせいで、瞳の血管は細く、潰れてしまったのだろう。

 「太い針って、ホースですか?」
 「そう、針の回りに管があるから太い場所じゃないとね」
 「だったら多分、真ん中辺りのとこしか入らないと思います。太っちゃって、血管出なくなっちゃったから」
 「そうなの、じゃあここで取ってみるね。ごめんね、ちょっと痛いよ」

  ちくり・・・・。
  瞳の脳裏によぎる、忌まわしい記憶。

 「はい、入った。今痛くない?」
 「大丈夫です」
 「それでは今から造影剤を使ってのCT検査を始めます。台が動くから、じっとしてて下さい」

  ゆっくりと、瞳を乗せた台が動き出す。
  トンネルの様なCT装置の、真ん中辺りで機械からオペレーターの声がした。

 「息を思い切り吸って、止めて下さい。1.2.3..楽にして下さい」

  三度ほどそれを繰り返してから、看護師が傍に来て、瞳に声を掛けた。

 「それじゃ今から造影剤が入ります。お尻の辺りがぽかぽかしますよ」
 「はい」

  造影剤が入った時、まるで覚醒剤が入った時の、ラッシュの様な熱が瞳の身体を走った。

 「あ、あつ・・・・」

  思わず口をついて出た言葉。
  これは本当に造影剤なのだろうか。
  以前に検査した時とは、比べものにならない程の、強烈な熱さ。
  瞳の血管に沿って、全身、特に一番敏感な部分に熱が伝わった。
  忘れようにも、忘れる事の出来ない記憶が蘇る。
  また、台が動いてさっきと同じ事を繰り返した。

 「はい、終わりましたよ。お疲れ様」

  看護師が針を抜いて、布で巻かれた腕をほどいてくれる。
  台から降りた時、軽く眩暈をおこした。

 「大丈夫?」
 「はい、ちょっとびっくりしただけです。前回受けた時はこんなに熱くならなかったから」
 「それじゃ今日の検査はこれで終わりね。待合室で待っててね」
 「はい、ありがとうございました」
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