仄暗い部屋から

神崎真紅

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第三章

act 2 身元引き受け人

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 賢司のお母さんは、ひとりで小さな小料理屋を営んでいる。

  竹を割った様な性格と言うけれど、お母さんのためにある様な言葉だった。
  歯に衣着せず、ずけずけと何でも言うけれど、瞳はこの賢司のお母さんが大好きだった。

  ・・・・だから余計に今の状況では、会いづらい。
  でも、賢司のためにもお母さんにガラ受けになって貰うしか、ないのだ。

  次の日。
  ディーラーから電話が入った。
  何とか代車を確保出来たので、営業所に来て欲しいと言われた。
  サイドミラーの取れた車で営業所に向かった。

 「すみません、お借りした車をこんなにしてしまって・・・・」
 「いいえ、お怪我がなかったのでしたら良かったです」
 「自分の車に向かって走って来られるのって、恐いですよね。ビックリしました」
 「そうですね、大変でしたね。代車はこちらの車です」

  前の代車はレンタカーだった。
  新車のキーレスエントリー。
  今度の車は、レンタカーではない。
  けれど同じ車種だったけど、年式は古い。
  それでも代車がなければ、買い物すら行けない。

 「まだ連休中で、部品屋も休みに入ってしまっているので、少し時間がかかります」
 「そうですか。代車が借りられれば、日数は構いません」
 「判りました、出来上がり次代連絡致します」
 「宜しくお願いします」
 「瑠花、今度はこっちの車だよ」

  今度はさすがにキーレスエントリーは付いていない。
  それでも一日で代車を用意してくれたんだ。
  やっぱりディーラーは対応がいいな。

  ・・・・そう言えば、任意保険が切れちゃってたっけ。
  もう一度契約しなくちゃ。
  今回車検を受けるか悩んだので、保険料を払ってなかったけど、あと二年間乗るのなら任意保険は欠かせない。
  瞳は運転が上手いとは、お世辞にも云えない。
  いつも賢司に文句ばかり言われていた。

  賢司がいた時は、瞳が運転する事は殆どなかった。
  賢司のお母さんのお店に行こうと考えてはいるのだけれど、なかなか実行出来ない。
  これが瞳の悪い癖だ。
  大事なことでもつい後回しにしてしまう。
  毎日、明日は行こう、明日は行こうと考えてはいるのだけれど。

  そうやって、ずるずると時間だけが過ぎてゆく中、連休明けに車検が上がったとの電話が入った。
  約15万円の車検代は、父にカードで立て替えて貰う事になっていた。
  賢司がいない今の瞳には、15万は到底払えない金額だった。

  父のカードで分割払いにしてもらった。
  それから父と瑠花と三人でファミレスでお昼を食べた。
  そのまま父は帰っていった。

  瞳も久し振りに自分の車に乗って家路に着いた。
  またお母さんのお店にも行けずに、週末を迎えた。
  週明けの月曜日、弟から父の心臓の手術の説明があると言われていた事を、すっかり忘れて完璧に寝坊してしまった。
  弟からの電話で思い出したけど、今更間に合わない。

 「姉ちゃん、今からじゃ間に合わないから無理しなくてもいいよ?」
 「そうだね、ごめんね。じゃあお願いするわ」
 「うん、判ったよ。説明聞いたらまた連絡するから」

  あぁ・・・・。
  父には散々迷惑かけてるのに、あたしって何て親不孝なんだろう。
  瞳は自分自身の不甲斐なさにがっくりした。

  そう言えば、血圧の薬がなくなってだいぶ日も経つ。
  病院に行かなければならないのだけれど、だるくて何も出来ない。
  精神病院の方は予約制になっているのでちゃんと行くけれど、内科の病院は日にちが決まっていない。
  瞳の都合で薬だけ貰いに行く事が殆どだった。

  血圧の薬が出ているのに。
  血圧のせいなのか?
  倦怠感と、頭痛に悩まされていた。
  それとも。
  覚醒剤の後遺症なのか?
  瞳には理解出来ない。

  ただ、だるかった。
  まるでキレ目の様な感じがした。
  片頭痛の薬を二錠飲んで、ベッドに横になっていたら、いつの間にか眠ってしまった。

 「・・・・ま、ママ、電話だよ。秀から」
 「あ、あれ?寝てた?」
 「ママ、電話」
 「あぁ・・・・。もしもし?」
 『姉ちゃん、寝てたの?』
 「うん・・・・。雨が降ってきたでしょ?それで頭痛くて」
 『父ちゃんの手術の日程決まったよ。6月6日に入院して、11日に手術だって』
 「えっ?やっぱり切るの?てかもう日にちまで決まったの?」
 『主治医がどうしてもやるなら今しかないって言ってた』
 「今?でもまだお腹切ってからそんなに経ってないんじゃ・・・・」
 『お腹の方は、半年過ぎてるから問題ないってさ。体力があるうちにやらないと、今度は心筋梗塞でパタッと逝っちゃうって言ってたよ』
 「そう・・・・、開胸手術だと肋骨外さなきゃならないね。心臓も止めるだろうし・・・・。長い手術になりそうだね」
 『そうだね、姉ちゃん次は来るの?』
 「勿論行くよ。じいちゃんには迷惑かけてばっかりなのに」
 『判ったよ、また近くなったら電話するね』
 「うん、じゃあまたね。あっ、瑠花が秀と話したいって」
 「秀~、遊びに来て~!」
 「瑠花、秀、じゃなくて、おじちゃん、だよ?」
 「秀でいいの!また絵書いて~!」

  もう!
  あたしの弟だから、おじちゃんなのに、呼び捨てだし。

 『そのうち行くよ』
 「約束だよ?秀?」

  誰と話してんだよ?
  お・じ・さ・ん・なんだよ。瑠花にとっては。

 「また一緒にご飯でも食べに行こうね。じゃね」

  ありゃ!
  また一時間も話してた。
  携帯代が下がらないわけだよ。
  賢司がいたら、あたしの着信履歴は賢司しかないのに。
  今は秀か嫁さんか父からの着信履歴だけだな
 。
  賢司の家族からの着信は、ない。
  今日こそは、お母さんのお店に行こうかな。
  ・・・・気が重いなぁ。
  それより内科の薬を貰って来なくちゃ。

  外は暑い。
  半袖で充分な季節になっていた。
  内科は掛かり付けなので、名前だけで受付してくれる。

 「いつもの薬と、座薬をお願いします」

  待合室で待っていると、名前を呼ばれた。

 「血圧測りますね」
 「あ、はい」

  一ヶ月近く血圧の薬を飲んでない。
  高いだろうと思っていたら。

 「110の67ですね」

  え?
  随分低い。

 「低いですね?」
 「丁度いいですよ。宮原さん、ご飯食べました?」
 「いえ、まだ食べてないです」
 「それじゃ、採血しますね」

  賢司がいつも左手に覚醒剤を打っていた。
  そのせいか、左腕の血管が出なくなった。
  右腕から血液を三本抜いた。

  針が刺さる瞬間、どうしても消えない記憶が浮かぶ。
  これがフラッシュバックだ。
  そう言えば・・・・。
  c型肝炎があったっけ。

  肝機能でも高くなってるのかな?
  だるいのは・・・・。
  肝機能が上がれば、インターフェロン治療に踏み切れるけど。

  一度はインターフェロン治療をしたが、四年後に再発した。
  次に治療する場合は、一年半かけてじっくりと治療すると言われた。
  c型肝炎は、インターフェロン治療をしても、殆ど完治することなく再発している。
  一年後か、それとも五年後か。
  瞳の場合は、四年後の再発だった。

  賢司が覚醒剤を打つ注射器にわざわさ印を付けていたが、それは瞳と賢司の注射器を別けた賢司の考えによるものだった。

  しかし・・・・。
  ただ一度、賢司が間違って自分の注射器で瞳に覚醒剤を打った。
  それが瞳の再発の原因だった。
  医師から『再発』と言われても、瞳はさほど驚かなかった。
  ぼんやりだけど、きっといつかは再発するだろうと思っていたからかも知れない。

  それは、覚醒剤のせいなのか?
  賢司は感染させない様に、注射器を分けた。
  けど、覚醒剤で目が回って間違えて賢司の注射器で瞳に覚醒剤を打った。
  ただ一度だけ。
  ただ一度だけの間違いが、再発を引き起こした。

  もう、あまり深く考えるのはやめよう。
  いずれ、遅かれ早かれ再発したと思うから。
  インターフェロン治療か・・・・。
  前回の治療中の、あの副作用の辛さを考えると、賢司がいない今はちょっと厳しい。
  けど、瞳は今20㎏も体重が増えていた。
  インターフェロンを打てば、痩せるかも知れない。
  そんな思いもあったのだ。

  ただ・・・・。
  毎週副作用が出てしまっては、賢司に面会すら行けなくなるかも知れない。
  長距離運転はまず無理だろうと。
  それだけは嫌!
  賢司に逢えないのは、とても辛い。
  月に二回でもいい。
  賢司に逢いたい。
  その想いだけは、瞳の中から消えることはなかった。
  ふ、っと、ケータイを見ると、着信が入っている。
  ちえからだった。

 「こんにちは。何かあったの?」
 『瞳さん、明日面会行っても大丈夫ですか?』
 「うん、今月はまだ行ってないんだ。だから大丈夫だよ」
 『夏樹が急に休みがとれたんで、面会行こうかと思って』
 「そう、あたし今月は行けないかも知れないから、賢司に伝えてくれる?」
 『判りました。じゃあ明日面会行ってきますね』
 「遠いのにありがとうね。賢司によろしく」
 『はい、伝えますね。それじゃ』

  ・・・明日は夏樹とちえが面会に行ってくれる。
  本当はあたしも行きたいけど、正直なところガソリン代すら今月はない。
  父に借りた六万を返した。他に賢司が残した借金を毎月分払った。
  それから光熱費とケータイ代、食費分で瞳の手持ちは残らなかった。
  車検から戻ってきた瞳の車は、ガソリンも入っていなかった。

  これが、現実なのだ。

 「賢司・・・・、栃木は遠い、遠いよ」

  本当は今すぐでも逢いたかった。
  でもまだ、お母さんのところにも行ってないんだ。
  賢司にとっては、最重要事項なのに・・・・。
  あたしは何を躊躇って(ためらって)いるの?
  あれほど賢司に頼まれたことなのに。

  明日は土曜日。
  明日こそは!
  お母さんに会いに行こう。そして、頼もう。
  賢司のガラ受けになってくれる様に。

  ちえから着信が入った。

 「もしもし?」
 『もしもし~!お疲れさんです』
 「ぅわ!びっくりした。ちえかと思ったら、オッサンの声がした」
 『ひでぇー、そりゃもうすぐ30だけどオッサンじゃねぇし』

  夏樹だった。

 『賢司さんがガラ受けの件、どうなったか心配してましたよ?あとお金とジャンプを送ってくれって』
 「ガラ受けね・・・・、まだお母さんに会いに行ってないんだよ」
 『マジっすか?俺がなってやりたくても、俺も執行猶予中だしなぁ・・・・。瞳さんがお母さんに頼んでくれないなら、姉さんに頼むって言ってましたよ?』
 「ん~、判ったよ。お母さんに会いに行ってくるよ」
 『お願いしますよ。俺、賢司さんに頼まれてきたんだからさ』
 「判ったよ。明日はお店休みだから、次の日に行ってくるよ。遠いとこ面会ありがとうね」

  ふー。
  仕方ない。
  覚悟して行ってくるか。
  とにかくガラ受けを決めなくちゃ、賢司が満期になっちゃうしね。

  ただね。
  お店まで行くガソリンも入ってないの。
  ごめんね賢司。

  あたしって、本当に遣り繰り下手くそだよね。
  でもね、賢司も悪いんだよ?
  借金残して刑務所に行っちゃうから。

  でも、それも少しずつ終焉(しゅうえん)に向かってるよ。
  あと四回で、2万円一口が終わる。
  そしたら、少しだけまた楽になれるよ。
  賢司のところに三回行けるかも知れないね。
  ふ、っと、ケータイを見ると、メールが来ていた。
  和恵からだった。

 『前に貰ってた座薬の名前が判れば教えて下さい』

  座薬かぁ。
  賢司がいた頃は、定期的にあげてたっけ。
  腰痛と生理痛が酷いので、瞳は座薬を常備していた。
  今も冷蔵庫に三十個くらいは入っている。
  瞳はメールの返事を返す。
 『ボルタレンサポ50㎎です』
 『ありがとうございます』

  と、和恵から返事が返って来た。
  座薬なくて困ってるのかな。

 『急ぎで必要でしたら』

  途中までメールを打って、やっぱり止めた。
  付き合いは、しない方がいい。
  賢司はもう付き合うつもりはないのだから。
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