仄暗い部屋から

神崎真紅

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第二章

act 26 面会

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チンピラ達が来た翌日、瞳は賢司の刑務所に面会に行った。
  片道80㎞の道のりだ。
  瞳の運転で裕に二時間はかかる。
  ナビだけが頼りの綱だった。

  瑠花を助手席に乗せて、朝早くに出発した。
  途中のコンビニで、軽い朝食とジュースを買った。
  賢司に差し入れる本は昨日のうちに買っておいた。
  瑠花と、瞳の分で六冊入る。

  それにしても賢司が小説を読むなんて、刑務所にいる間だけだろうなぁ。
  賢司は心筋梗塞の持病があるために、刑務所内での仕事は軽作業らしかった。
  受付用紙に住所と名前を書いて、身分証明証と一緒に渡す。
  これは留置所にいた頃からずっと同じだ。
  受付の人が番号の書いてある紙を渡してくれる。

 「12番でお呼びします」

  順番が廻って来ると、ロッカーの鍵を渡されて一言。

 「携帯電話や煙草、ライターなどはロッカーに入れて下さい」

  無論、財布もロッカーに入れる。
  唯一筆記用具だけは持ち込める。

 「それではこちらにどうぞ」

  物々しい感じがするが、ここは刑務所だ。
  仕方がない。

  オートロック式の、重い鉄の扉の向こう側で、賢司は日々を送っているのだ。
  月に二回の面会、そのたった30分間のために瞳は片道二時間の道のりを、車を走らせて来るのだ。
  賢司が待っているから・・・・。
  ただ、賢司に逢いたいからだ。

  面会室で待っていると、瑠花が椅子の下に隠れ出した。
  パパをびっくりさせたいらしい。
  チビの考えそうな事だわ。

 「あれ?瑠花は?」

  賢司は入って来るなりそう聞いた。
  瞳は無言で下を指差した。

 「瑠花、何隠れてるんだ?」

  賢司に言われて瑠花が笑いながらぴょこんと顔を出した。

 「びっくりした?パパ?」

  満面の笑みを浮かべながら、瑠花はパパの反応を待った。

 「びっくりしたよ、瑠花。パパ瑠花に逢えないのかと思っちゃったよ」

  はは・・・・。
  よく言うなぁ。

 「賢司ぃ~、あのチンピラ本当に三日後に来たよ。しかも借用書の日付違ってたしさ」
 「そっかぁ。警察には届けてあるんだよな?」
 「ん、賢司の担当だった刑事さんに相談して来た。110番登録ってのもやって貰ったよ」
 「そうか。俺がいなくて恐い思いさせたな、ごめんな瞳」
 「それはいいよ。あたしも負けてばっかりじゃないしね。一応出来る事はやったし。パトカーが来れば逃げるからさ」
 「ふぅん、強くなったんじゃね?瞳?」
 「だって賢司いなかったら、あたしが瑠花を守らなきゃならないんだよ?強くもなるよ。和枝とも殆どケンカ越しだったしね」
 「和枝かぁ~。あいつは本当に曲者だからな。って言うか勘違い女?」
 「勘違い女~、笑えるそれ。当たりすぎだよねぇ。どっちがヤクザだか判んない夫婦だもんね」
 「竹田ももう終わりだよ。みんな下の奴が逃げちゃって、誰もいないしな」
 「賢司が刑務所に入った事はムダじゃなかったんだね。あたしは賢司が傍にいなくて淋しいけどさ」
 「そうだな、俺も淋しいよ。やっぱり家で飯食いたいしな。ね~瑠花」

  淋しいのは瑠花と離ればなれな事なんじゃ、ないの?

 「この間、小林さんに会いに行って来たよ。美沙子さんは和枝と縁が切れなくて嘆いてたよ。もう小林さんが帰って来るでしょ?かなり煩く(うるさく)付きまとわれてるみたいだよ」
 「そうだな。新宿で捕まってから三年くらい経つもんなぁ」
 「賢司いなくて小林さんがっかりするだろうね」
 「俺も小林ちゃんには逢いたいよ。でもな、竹田がいるからな」
 「賢司は出所しても竹田とは無関係になれるのかな?」
 「はは・・・・、俺はもううんざりだよ。奴らって本当に俺達を食い物にするしか、考えてないからな」
 「まぁ、あたしも仕事ひとつ潰してやったしね。賢司がいなけりゃ竹田なんか何も出来ないバカだしね」
 「あいつは自分がどんだけ嫌われてるのか、全く判ってないからな。本当におめでたい奴だよ」
 「賢司いつ頃帰って来れるのかな?」
 「そうだな・・・・、6月から数えて三年ってところじゃないか」
 「えっ?そんなに先の話なの?もっと早く帰って来れると思ってたよ。賢司いないの嫌だなぁ~」
 「仕方ないよ。爆弾持ってたしさ。それより今日本は差し入れ何?」
 「うん、ジャンプと後は小説を二冊かな?文庫本も高くなったよね。古本じゃ売ってないからさ、新しいやつだよ」
 「そうか、今度中古車の本入れてくれよ」
 「うん、判ったよ」
 「5分前です」

  監守がそう告げる。
  30分の面会がもう終わりに近付いている。

 「瑠花、ほらパパとお話ししないともう時間がないよ」
 「パパ、いつ帰って来るの?瑠花パパがいないと淋しいよ・・・・」
 「ごめんね瑠花。パパ早く帰れる様に頑張るからね。じゃあな瞳、運転気を付けろよ」
 「またね、賢司。瑠花パパにバイバイ」
 「パパ、バイバイ」

  この瞬間が、何とも云えない程、寂しくて辛い。

 「さて、本を差し入れして帰ろうか?瑠花。」
 「瑠花も書きたい」
 「じゃあね、ここにジャンプって書いて、あとここに瑠花の名前、書ける?」
 「書けるよ?」
 「住所はママが書くから、書けるとこだけ書いてね」

  今日の差し入れは、ジャンプとワンピースの単行本と、湊かなえの小説が二冊。
  賢司のリクエストだ。

 「さて、帰ろうか?」
 「鮎~!」

  帰り道の道の駅で、鮎の塩焼きを売っている。
  何故か瑠花は鮎が大好きだ。
  特に子持ちのメスが大好きだった。

  まるで当然の様に、帰り際にその道の駅に寄る事が当たり前になっていた。
  でも、瑠花が喜ぶならそれでいい。
  大好きな鮎を買って、上機嫌な瑠花。
  家まで待てずに、車の中でかじりついた。

 「美味し~!」

  何て幸せそうに言うのだろう。
  この可愛い笑顔を、守れるのは今はあたししか、いないんだ。
  守ってみせる。
  賢司が帰って来るまでは、何としてもあたしが守る。
  ふと助手席を見ると、疲れたのか瑠花は眠ってしまっていた。

 「疲れるよね。パパはあまりにも遠い所にいるんだもんね」

  運転している瞳も疲れていた。
  それでも欠かさず面会に行く。
  賢司に逢いたい。
  ただ、それだけの事。
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