仄暗い部屋から

神崎真紅

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第二章

act 13  瞳の落胆

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 賢司が新宿で逮捕されたのは、まだ寒い2月の頃だった。
  それから瞳と梅田弁護士の力で、漸く1ヶ月後に保釈で出所出来た。
  それから初公判まで1ヶ月以上が流れた。
  その間、賢司は薬に手を出さなかった。
  当たり前だが、判決も出ない内から薬に手を出していたのでは、どんなに有力な弁護士を雇ったにしても、実刑は免れない。
  そんな事はバカでも判る。

  けれど、執行猶予が付いて釈放されてしまえば、身元引き受け人は瞳だ。
  瞳は賢司の言いなりに動く、操り人形の様なものだ。
  賢司が釈放されてから、2ヶ月以上が過ぎた或る夜、瞳は賢司の様子がいつもと違っている事に気付いた。
  まさか?
  瞳は愕然とした。

 「賢司、寝ないの?」

  恐る恐る声を掛けてみた。

 「あぁ、ちょっと出掛けて来る」
 「そう、じゃ、あたし寝るからね」

  瑠花を抱いて、ベッドに潜った。
  やっぱりそうなんだ。
  賢司には、覚醒剤は辞められないんだ。
  瞳は落胆した。
  まだ2ヶ月しか過ぎてない。
  仕方ない事なの?
  本当に仕方ない事なの?
  瞳の目から涙が零れた。

  賢司が出て行く気配がしていた。
  玄関のドアの閉まる音だけが、虚しく響き渡る。
  瞳は睡眠薬が効いて、眠りに堕ちた。

  賢司が何時帰って来たのかすら、気付かずに眠っていた。
  賢司は、日付が変わる頃に、瞳の眠るベッドルームに入って来た。
  その手に握られた物が何なのか、想像がつくだろう。

  二本の、注射器。

  賢司は、睡眠薬を飲んで眠っている瞳の腕を掴んだ。
  無論、瞳に意識は、ない。
  そのまま賢司は、瞳の静脈を探る。
  針を瞳の静脈に刺した。
  そのまま一度引いて、血液が入って来るのを確認してから、ゆっくりと押し込んだ。

 「え・・・・あ・・・・」

  自分の身に何が起きたのか、判らない。
  睡眠薬が効いたままで、目を開ける事が出来ない。
  けれど、身体にははっきりと熱が巡って来るのを感じていた。

 「な・・・・に・・・・?」

  賢司はただ無言で、瞳の身体を愛撫し始めた。

 「け、ん・・・・、な、ぜ?」
 「我慢出来ねぇだけだよ。瞳、お前だって欲しかったんだろう?」

  この感じ・・・・。
  忘れようとしていたのに。身体は正直だった。
  瞳はそのまま、賢司の言うが儘ままに、その肢体を苛められては、喘ぎ身悶える。

 「あっ、はっ・・・・」
 「どうだ?効いただろ?気持ちいいよな、瞳?」

  賢司に何を言われても、声が出せない。
  睡眠薬がまだ効いたままで、瞳には起きているのか、眠っているのか判別がつかない。
  ただ・・・・。
  身体だけは賢司の刺激に、敏感に反応していた。
  瞳の花芯に送還を繰り返される玩具。

  瞳の口から、漏れ聞こえる喘ぎ声が、賢司の忘れていたサディスティックな本能を呼び覚ます。
  ずっと賢司は我慢していたのだった。
  爆弾を貰って、帰って来るまでの間を。
  ただ、ひたすらに我慢をしていただけだった。

  今、その箍たがが賢司から外れた。
  止まらない。
  止められない。

  賢司はただ瞳を蹂躙じゅうりんしてゆくだけだった。
  瞳も朦朧とする意識の中で、賢司から受ける快感の波に呑み込まれて行った。
  徐々に瞳の身体から、睡眠薬が抜けて行く。

  それと引き換えに、身体中が性感帯と化していった。
  乳首を掴み、ぐりぐりと揉みしだかれて、瞳は歓喜の声を挙げる。

 「瞳、やっぱり乳首が一番気持ちいいよな?俺が狂わせてやったんだからよ」
 「あぁ・・・・、もっ、と・・・・乳首、苛め、て」

  壊れたマリオネットの如く、瞳は賢司にもっと強く、激しく、痛くして、と懇願する。
  賢司は、その言葉を瞳が発する事が、堪らなく欲情するのだった。

 「もっとか?瞳よ、本当に淫乱で悪い乳首だな」

  そう言葉で責めては、ふたつの乳首を掴み、愉しそうに苛め、歯を立てて噛んだ。
  真性のSとMのふたりだ。一度覚醒してしまえば、賢司はただひたすらに瞳を弄ぶ。

  瞳はそれで、至上の快楽をその身体の隅々にまで感じる。
  賢司の手によって・・・・。
  賢司によって狂わされた身体は、賢司に至福の快楽を与える。

  賢司が覚醒剤を辞める事はないだろう。
  例え、また逮捕されるという恐怖感が付き纏まとっていたにしてもだ。
  それは、一番身近な瞳が通報する事だって、有り得る事なのだが。
  この時のふたりは、ただ、覚醒剤に狂わされた獣けだものでしか、なかった。

  それでも瞳の心の奥底には、はっきりと賢司への嫌悪感が芽生えて来ていた。
  それは。
  覚醒剤が切れる時の、賢司の身勝手さに嫌気がさしていたためだった。
  ただ、瞳には賢司のいない生活が想像出来なかった。

  でも、今の瞳はひとりじゃ、ない。
  瑠花がいる。
  瑠花の存在は瞳にとって、一番大切な命そのものの存在だった。
  そう。
  賢司よりも、今の瞳なら瑠花との生活を選ぶだろう。

  簡単な事だ。
  生活安全課(通称生安)に通報すればいいのだ。
  瞳は一度生安に通報している。
  どうなるのか、よく判っている。
  瞳と瑠花は、保護されて、賢司は逮捕される。
  前回通報した時、瞳はここで戸惑ったのだった。
  賢司への想いが、未だ強かったからだ。

  それじゃあ、今はどうだろう?
  賢司を愛しているのだろうか?
  瞳に降って湧いた疑問だった。

  賢司のいない生活。
  考えても、賢司がいなかった時期は1ヶ月しかなかったのだ。
  瞳には、やっぱり想像がつかなかった。
  賢司がいない生活という事の重大さが。
  賢司がどれだけ大きな存在であるかという事が。
  賢司は、瞳と瑠花を守っていたという事が。

  賢司が釈放されてから、2年の月日が流れた。

  ある夜の事、賢司は瞳と瑠花を連れて、近所のゲームセンターでスロットマシンで遊んでいた。
  賢司の様子がいつもと違う事に瞳は気付いていたのだが。

  まさかの出来事だった。
  いつの間にか賢司はひとりで帰ってしまっていた。
  もう真夜中になっているというのに・・・・。

  仕方なく一緒にいた夏樹に送ってもらって何とか帰宅し、そのまま瞳は瑠花と一緒に眠りについた。
  が、賢司は夜中だと言うのに、洗濯を始めた。
  瞳はあまり気にしないでそのまま寝ようとした時、ガシャーン、と派手な音が響き、慌ててリビングに入って行った。
  その、瞳の目に映った光景は。
  ベランダの窓は割れ、部屋中の物が、全部ひっくり返っていた。

 「賢司・・・・?」
 「俺が洗濯してんの判ってて、鍵を閉めただろ?」
 「は?何を「俺が邪魔なのかよ?」」

  あぁ・・・・。
  駄目だ。
  もうこれ以上は賢司が壊れて行くだけだ。

  瞳の落胆はあまりにも大きかった。
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