仄暗い部屋から

神崎真紅

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第二章

act 1 芥子

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瞳はいつになく愉快に笑っていた。

 「ねぇ、賢司ってば~」
 「瞳、お前うるさいよ」
 「うるさいって何よ?ひどくない?」

けらけら笑いながら、賢司に文句を言っている。
 瞳のテンションが高いのは、覚醒剤の作用のひとつだった。
 何もかもが、たのしく感じて、ひとりで何時間でもおしゃべりしている。
そんな瞳に辟易《へきえき》しながらも、賢司は瞳とふたりでふざけ合っていた。
やがて、賢司は急激な睡魔に襲われた。

これが俗に言う
『魔の睡魔』だ。
 本を読んでいようが、お風呂に入っていようが、ご飯を食べてる最中でも、そのままの形で爆睡してしまう。

そして、目覚めたら二日は過ぎている事が多々ある。

 「賢司?眠っちゃったの?」

 瞳は賢司が完全に爆睡体勢に入っている事を確認してから、油性マジックを持ち出して来た。
そして、ひとりでけらけら笑いながら賢司の顔に落書きをし始めた。
 瞼の上に目を書いて、頬っぺたには猫のヒゲ。

 「きゃ~、賢司似合う~」

....無論、爆睡中の賢司が気付く筈がない。
 一通り落書きをしたら、瞳はひとりで遊んでいることに飽きてきて、賢司の隣にコロンと横になった。
そしてそのまま瞳も睡魔に支配されていった…。

 賢司はひどく喉が渇いて目覚めた。
 冷蔵庫から1.5㍑のミネラルウォーターを取り出し、一気に飲み干した。

 「ふぅ…」

 少し、腹が減ったな。
 賢司はどうしようかと思案していたが、出前を頼んだ。
 実際出かける気分にすらならない。
 蕎麦屋のお品書きを見ながら、瞳の分と適当に電話で注文した。
けれど…。
 瞳に目覚める様子はない。
 無理に起こす必要もないので、そのまま寝かせておいた。

…ひどく汗をかいている。
 賢司はバスルームに入ると、頭から冷たいシャワーを浴びた。
 熱を持った身体が、急速に冷えてゆく。

 「あぁ…、すっきりした」

バスタオルを腰に巻いて、賢司はバスルームから出てきた。
 冷蔵庫から缶ビールを取り出し、一気に飲んだ。
 丁度その時玄関のチャイムが鳴った。

 「はい」
 「毎度どうもありがとうございます」
 「あぁ、どうも」

 賢司はそば屋に代金を支払って、そばの乗ったお盆を受け取った。
 瞳は相変わらずぐっすりと眠っていた。

 「起きないか…」

 瞳は疲れ切っていたのだ。賢司が好きだから、嫌われたくない思いで、何日間も眠らず過ごした。
けれど、それも度を超えれば苦痛になるのだ。
 賢司はそのことに気づいていたのだろうか?
 瞳が賢司に対して何も言えなくなっていたことに。
 真偽はわからないが、賢司はひとりでそばを食べ始めた。
 半分ほどを、ビールで流し込む。
それが精一杯だった。

 「ふぅ…」

 賢司はため息をつくと、寝室に入って行った。
 瞳は死んだ様に眠っている。
ここ数日でげっそりと痩せこけていた。
あの、ふくよかだった瞳の面影は、今はどこにもなかった…。

 「瞳…」

 囁く様な声で、名前を呼んでみる。
 無論、反応はない。
 賢司は何を思ったか、瞳の足の付け根の血管に注射を打った。

 「ん…」

それまで死んだ様に眠っていた瞳が反応した。

 「な…に…?」
 「何でもねぇよ」

 賢司はまともに答える気などなかったのだ。
ただ、瞳に打ちたい。
それだけしか考えられなかった。
 瞳が朦朧としている所を、腕を掴んで一気に打ち込んだ。
 全身に巡る熱は、瞳の身体を焼け尽くす程に熱い。

 「あ…、あ、つ…」
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