仄暗い部屋から

神崎真紅

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第一章

act 11 妄想と独占欲

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「瞳?何か食えそうか?お前が欲しがってた甘い物適当に買ってきてあるぜ」
 「だる~い…」
 「だから食って寝ろ。それのくり返ししか、そのゾンビみたいになった顔、いつまでも戻んねぇぜ」
 「ゾンビ?」

 賢司がげらげら笑って言った。

 「鏡見てねぇのかよ?」
 「さっきお風呂場で見たよ。…そんなにひどい?」
 「あぁ、まず会社には行けそうにねぇわな」

えっ?
 会社行けないの?

 「賢司…、あたしここでひとりでいるの…?」
 「だから食って寝ろっつてんだろ?」
 「判ったよ!そんなに怒んなくても「何か言ったか?」」
 「えっ?な、何にも?…さてと、どれにしようかな?」

テーブルに一杯に広げられた、スイーツの山。

 「飲み物と一緒に食えよ?喉に詰まるからな」
 「じゃあミルクティーとこれにしようかな」

 手にしたのは、ロールケーキ。
 瞳の大好物だ。

 「ははっ、やっぱりそれか」

 向かい合って座り、他愛もない話しをしていると、とてもさっきまでの賢司と同一人物とは思えなくなって来る。
 今瞳の目の前にいるのは、いつもの優しい賢司でしかなかった。
その、ギャップの激しさに、瞳はまだ馴染めないでいた…。



…―…次の日の朝。


 「瞳?会社遅刻するぞ~!」
 「きゃっ!」

 耳元で賢司が叫んだその拍子に、瞳はベッドから転げ落ちた。

 「いったぁ~い。もうちょっとましな起こし方なかったの?」
 「起こしてやっただけでも感謝されたいね」

げらげらと笑って賢司は瞳を見下ろす。
 ???
 何処か…。
いつもの賢司と印象が違うような気がするんだけど…。

 「起こしてよ!」
 「何だよ?ひとりで立てねぇのかよ?」
 「賢司が悪いんだもん。助けてくれるの当然でしょ」

それでも賢司はやけに楽しそうにしている。
それが瞳には不思議でならなかった。

 「賢司、今朝はご機嫌ね?」
 「あぁ、まだ切れてねぇからな。そのせいでちょっとばかしテンション上がってるわ」

ちょっとの域を超えてると思うけどなぁ~。

 「ちょ、賢司遅刻だよ?」
 「あれっ、もうそんな時間かよ。瞳、出かけるぜ」
 「あ、待ってよ。あたしまだ着替えてない…」
 「早くしろよ。車出してくるからな」

キーを持って玄関を出てゆく賢司のあとを追うようにして、瞳は部屋を出た…。

 「おはようございます」

 瞳と賢司、ふたり一緒に出勤した。
その瞳に向けられた視線に、賢司はいち早く気づいた。

 「森下さん、もう大丈夫なの?」

 声をかけてきたのは、瞳と同期生の桜井昌宏だった。
 瞳は以前、桜井に交際を申し込まれて断ったのだが、なぜかなかなか諦めが悪いようで、何かと声をかけてくる。
 瞳は誰にでも同じように明るく接していた。
それが瞳の優しさであり、また欠点でもあった。

 「あ、桜井君。もう大丈夫、心配ありがとう」 
 「そう言えば森下さん、主任と結婚するんだって?俺あの日出張で居なかったからさ、後から聞いてびっくりしたよ」
 「あ~…、まぁ、ね」

 28とは思えない愛くるしさで、瞳は煮え切らない返事をした。

 「桜井君、森下さん、いつまでお喋りしているんだい?」

 賢司だった。
 物凄い形相でふたりを見ている。

 「す、すみません」

 桜井は慌てて自分の机に戻った。
 瞳も席に戻ろうとして、賢司の横を通り抜けようとした時、賢司に腕を掴まれた。

 「森下さん、ちょっと手伝って」
 「えっ?あ、はい」

 賢司は瞳を誰もいない資料室に連れて行った。
カチャ…!
 静かにドアに鍵が掛けられた。

 「瞳?お前俺以外の男と話してたよな?」
 「え…」

 賢司の手が瞳の制服の胸に伸びて来る。
そのままブラウスの釦を外され、乳首を掴まれた。

 「あっ…いっ…」
 「瞳は俺以外の男と話しちゃ駄目だろ?」

 乳首を掴まれ捻られて、その気持ち良さに身体の奥から熱いものが流れ出している。

 「け、んじ…、やめ、て。ここ…会社、だよ…、あっ、あっ」
 「俺は瞳に他の男と一切係わらせたくねぇんだよ」

ぎらぎらとした目で、賢司はそう言い放った。

 「けん、じ…?どうしたの…?」

それが覚醒剤のせいだなんて、知るよしもなかった。

 「けん、じ…?いつも、と違う、よ…?」
 「違わねぇよ。瞳はこの俺だけの大事な女だからな」

 瞳の胸を掴んでいた手を離し、賢司は今度はキスをしてきた。
 舌を強引に差し込まれ、絡め取られる。
もうそれだけで瞳は足の力が抜けてゆくのを、感じていた。

 「け…、や、め…」

これ以上されたら、とても平常心ではいられない。

 「だったら俺の言い付け、守れるかよ?」

 瞳を離して、肩を抱き寄せて賢司は言う。

 「判ったよ。判ったから…」
 「仕事に戻らせて?か?」
 「うん…」
 「俺と一緒に仕事する事。それが条件だ」

 何それ…?
 賢司どうしちゃったの?

 「賢司…、どうしちゃったの?今までは「今までとは違うんだよ。判んねぇのかよ?」」
あ…。
 覚醒剤…?

 「瞳が他の男と笑ってるなんて、絶えられねぇんだよ」
 「…判ったよ、賢司。あたし賢司のそばにいるよ」
 「そうか、約束出来るんだな?」
 「うん…」

ふたりは資料室を出て、それぞれの机に戻った。
 待ちぶせたように桜井が瞳に声をかけてきた。

 「森下さん、主任に怒られちゃった?」
 「え…」

 返事につまっている瞳を、賢司が呼んだ。

 「森下さん、探したい書類があるから手伝って」
 「…はい」

 抑揚のない、沈んだ声で瞳は辛うじて答えた。

 「じゃあ資料室に来てくれるか」

 断われるはずがない。
 今の賢司は…。
 異常に執着心が強かった。
 言う事を聞かなかったら、何をされるか想像できない。
 瞳は黙って賢司の後をついて、資料室に向かった。

 「瞳、あの野郎何なんだ?お前に随分ご執心のようだな」
 「前に…付き合ってくれって言われた事が…」

それを聞いた賢司の目が、ギラリと光った。

 「それで?お前は断った、つまりあいつを振ったんだな?」
 「うん…」

ふぅー…ん。
 沈黙が続いた。

 「瞳、お前有給残ってるよな?」
 「え…?うん」
 「ならば明日から3日、お前有給取れ。理由は結婚式の打ち合わせでいい」
 「え…?何で…?」
 「明日から3日休めば、今週は全部休みになるだろ?」

あ…。
 今日は火曜日。

 「たっぷり可愛がってやるよ」

 耳元で賢司が囁いた。
その意味を瞳は理解した。
また…?
あたしを…?
 少しずつ蝕んで行く賢司の魔の手。

 「判ったな、瞳。部長には俺から言っておくからな」


…――…定時を知らせるチャイムが鳴った。

 皆それぞれの机を片付け、帰り支度を始める。
 瞳は…。
ぼんやりとまだパソコンの画面を眺めていた。

 「瞳、終わりだよ?」

 不意に尚美に声を掛けられ、慌てて我に返る。

 「どうしたの?瞳最近変だよ?急に痩せちゃったり」
 「あ…な、何でもないよ。…ちょっとダイエットしてるから…」
 「あ、そっか。ウェディングドレスのためってわけか~。いいなぁ~」

 背後から賢司の声がした。

 「やぁ、杉田さん…だっけ?瞳と同期生の」
 「主任、瞳を迎えにきたんですか?」
 「うん、待っててもなかなか来ないからね」

ちらり、瞳に視線を向ける。
 瞳は慌てて帰り支度をしていた。

 「終わった?帰ろうか」
 「うん…」
 「じゃあね、瞳。お疲れさま。主任、お疲れさまでした」
 「あぁ、お疲れさま」

 賢司は瞳の手を引いて、エレベーターに乗り込んだ。

 「何を話してた?杉田と」
 「え…?何って…?」
 「お前が俺の目の届かない所で何をやってるのか知ってるんだぜ」
 「は…?」
 「しらばっくれてもな、瞳。お前の全てはこの俺だけのものだ。忘れるなよ」

 賢司が何を言っているのか、瞳には皆目見当がつかなかった…。
ただ、判った事はあたしに自由はない。
それだけは漠然と瞳の中に響いていた。
 賢司の運転する車の助手席で、瞳はぼんやり窓の外を見ていた。

 「瞳、どうしたよ?黙ったまんまでよ?」
 「別に…」
 「つれねぇなぁ。だるいのかよ?」
 「判んない…」
 「まぁいい。お楽しみはこれからだからな」

やっぱり…。
またあたしに覚醒剤を使うんだ…。
 一軒の家の前で車を止めた。

 「瞳、ちょっと待ってろ」

 賢司がその家の中に入って行った。
ここは…。
 賢司が売人をやっていた時の、元締めの家だ。
ほんの数分で賢司は戻って来た。
そのまま無言で車を走らせ、マンションへと向かった。
 地下駐車場からエレベーターで、最上階へ瞳の肩を抱いて行く。
 賢司はかなりご機嫌だった。
 対称的に瞳はぼんやりと沈んでいる。


ポー…―ン!

 賢司の、瞳を抱く手に力がこもる。
 部屋は…。
 今朝出かけた時と、何も変わらない。
けれど瞳には、何か違った風景に見えた。

 「瞳、先に風呂入って来い」
 「うん…」

 言われた通りに、瞳はバスルームに消えた。
その間に賢司は薬の入ったパケを取り出し、中身を確認していた。
 白い結晶の塊がいくつも入っている。
それを丁寧に細かく砕いて行く。
 注射器2本にストローを使って詰めてゆく。
 片方の注射器の方に多目に詰めた。

 瞳の分だった。

 少しの水でそれを溶かす。ゆらゆらと、結晶が溶けて陽炎のように見える。
きれいに溶かす為に、注射器を振る。
その2本の注射器を持って寝室に入った。

ベッドサイドの引き出しにそっと入れ、更にパケもそこに入れた。
 冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、サイドテーブルに置いた。
それから賢司は自分もバスルームに入って行った。

バスルームでは瞳がぼんやり宙を見ながら、バスタブに浸かっていた。
 賢司が入って来たのを横目で見ながら、何も言わない。

 「瞳、もう洗ったのか?」
 「うん…」

 素っ気なく言葉を返し、瞳はバスルームから出て行った。

 「ありゃぁ完璧な切れ目だな。やっぱり早いな」

 賢司はバスタブに浸かりながら、呟いた。
 瞳はバスローブを羽織って、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出し、一気に飲んだ。
 喉が渇く…。
だるさも酷くなってきた…。
それが覚醒剤の切れ目だなんて、瞳にわかる筈がない。
 爪先が冷たい。
 瞳は寝室の、賢司のタンスから靴下を取り出して履いた。
 少しほっとする暖かさだった。

 「瞳」

 賢司が寝室に入って来る。そして賢司は当たり前のように言った。

 「瞳、腕を出せ」
 「え…」

 とまどっていると、ベッドに倒され左腕を捕まれた。

 「縛った方がいいか」

そう言うと、サイドテーブルの引き出しからゴム紐を取り出し、瞳の上腕部を縛った。
 内肘に、血管が浮き上がって来た。
 迷う事なく賢司は瞳の静脈に、注射器の針を刺した。血液が逆流して、注射器の中に入って行った。

 押し棒を引き、ずれていないか確かめる。
 赤黒い血液が、注射器の中に入って来る。
それを確認すると、賢司は縛ったゴム紐を外し、ゆっくりと注射器の押し棒を押してゆく。
 瞳の身体中に、熱が廻ってゆくのを、瞳ははっきりと感じていた。

 賢司はもう一度押し棒を引き、血液を注射器に吸い込んだ。
それをまたゆっくりと押してゆく。
 瞳の息が上がる。
 鼓動が早鐘を打つ。

 熱い…。
 特に下半身が火傷しそうなくらいに熱い…。

 「あぁ…、あ、つ…い…」

その言葉を聞いた賢司が、瞳の腕から針を抜く。

 「どうだ?効いただろ?」
 「あ…、あ…、つ」
 「どこが熱いんだ?ここだろ?」

 賢司の指が瞳の花芯に挿入される。

 「ひっ、あぁっ、ぁぁ…」
 「固く冷たくなってるぜ、かなり来ただろ?」

 今度は急激に寒くなってきた。
 髪の毛も、全身の毛も逆立つような感じだった。

 「さ、むい…」
 「冷えてきたか、それが本当に効いた証拠だ。もう力も入んねぇだろ?」

 賢司の言う通り、瞳の身体から力が抜けてゆく。
 目も廻る…。
 賢司は待ちきれないように、忙しなく自分の腕に針を刺した。
 身体中に廻る熱と快感。
 抑えていた欲望に火が付いた。

 「瞳、どこがいいんだ?」
 「あ…」

 何か言おうとしたけれど、口の中が渇き切っていて言葉にならない。
それ以前に話す事すらままならない状態だった。

 「どうだ?気持ちいいだろう?忘れられなくなるだろう?」

 賢司の言葉に反論はなかった…。
 瞳の花芯の奥深くに、埋め込まれたローターが、瞳を絶頂に導いてゆく。

 「あっ、あっ、だ、めぇ~。いっちゃう~」
 「いいんだよ、いかせてやりてぇんだからな。俺は瞳が狂う程に感じてる姿が大好きだからな」

あたしが…?
 感じてる姿が大好き…?

 「あ、あたし、も…、賢司に感じさせて、ほし、い…。賢司、が…大好き…」
 「そっか、じゃあ狂う程に感じさせてもいいな?」
 「うん…、いっぱい、苛めて…」

その言葉を聞いた賢司は、とても幸せな表情を垣間見せた。
 俺に…。
 苛めて欲しいなんて、いじらしいじゃねぇか。
 可愛い瞳…。

お前の望むように、苛めてやるよ。
 賢司は瞳の花芯にバイブを突き立てた。

 「ひっ、あぁぁぁっ、おっぱい、苛めて…」
 「おっぱいか?乳首だろ?ほら、どうだ?」

 賢司の指が瞳の乳首を掴んで引っ張る。

 「あっ、あっ、いいっ、もっとしてっ。痛くしてっ」
 「痛いのに悶えるなんて、瞳にはお仕置きが必要だな」

 賢司の平手が瞳のお尻を打つ。
ぱしっ、と響き渡る音に瞳は悲鳴なのか、歓喜の声なのか、判別のつかない声を上げる。
 賢司は立て続けに瞳のお尻を打つ。

 「あっ、あっ、いい~。痛くて気持ちいいの~」

 瞳は完全に賢司の魔の手によって、狂ってきている。
 尤も(もっとも)瞳自身に自覚などありはしないのだが…。
 瞳の頭の中は、違う世界が拡がっていた。

 覚醒剤の幻覚だろうか?
それは瞳自身にしか見えない世界なのかもしれない。
 身体の感覚は鋭利に研ぎ澄まされ、全てが快感に変化してゆくのだった…。
 痛みすらも、快感に変わってしまう。

それでも、瞳も賢司も今は幸せの絶頂にいた。
 互いに求め合うふたりの間に、何者も入り込む隙間などありはしない…。
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