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第四章
act 17 危ない橋
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5月の連休明けの月曜日の朝。
それは突然やって来た。
最近賢司と一緒に行動してた男が逮捕された。
罪状は、窃盗。
つまり泥棒。
警戒心をイオンモールに置いてきてしまった。
泥棒だけなら不起訴だったらしいけれど、残念な事に身体から覚醒剤が出てしまった。
これでまた何年かは刑務所生活になるのだろう。
そのちょっと前に、賢司がひとりで覚醒剤を使っていた。
家のいろんな場所が、ごちゃごちゃにひっくり返っていた。
けれどもう瞳も慣れてしまったのか、いつもの光景としか思ってなかった。
それよりも賢司が瞳を誘ってくることの方が怖かった。
案の定、賢司は瞳に一方的に覚醒剤を打って、お決まりのドラッグセックスにのめり込んでいた。
そしてまた瞳は、賢司の独りよがりな行為と、激しい痛みに耐え、効きすぎている覚醒剤の恐怖と、身体の痙攣に怯えていたのだった。
丁度その最中に、瞳は大切にしていたお守りのペンダントを失くしたらしく、金の鎖と一緒になくなっていた。
「あれ?ペンダントがなくなってる。賢司知らない?」
「どんなの?あの金の鎖に付いてたやつか。俺の部屋かな?でも見てねぇな」
「あれがないとあたしは悪い事が起こる気がする……」
賢司の部屋から車の中、果ては歩いただろう庭の隅まで探した。
けれど、金の鎖だけは見つかったけど肝心のお守りの方はとうとう見つからずじまいだった。
賢司の相棒が逮捕されたのはその次の日だった。
やっぱりあの魔除けのペンダントがないと、瞳の周りで悪い事が起こってしまうんだ、そう思い込んでいた。
藁にもすがる思いで何かを信じていたい事だってあると思う。
人間って、それほど強くはなれないものだから。
瞳は若い頃本当に魔王の存在を信じていた。変なものに夢中になるのが瞳の変な癖だ。
真夜中にタロットカード占いをやっていたが、その的中率は驚異的なものだった。
更に魔法円を描いて魔王を呼び出そうとした。
しかし、瞳の母がそれをとても嫌がり、タロットカードを近所の神社に置いてきてしまった。
その日の夜中、瞳は金縛りにあった。
うっすらと開いた目に飛び込んで来たものは、全身真っ黒な、そして角を生やした男の姿だった。
それからというもの、瞳には不思議な力が宿った。
他人には見えないものが見えるようになり、時には予知夢を見る事もあった。
瞳と付き合った男達が、次々に不運の死を遂げた。
まだ、18才の頃だった。
そんな瞳の心を鷲掴みにするアイテムを販売している、胡散臭い通販ショップを見つけた時、ひとつのペンダントに瞳は心を囚われてしまった。
何としても、あのペンダントが欲しい。
そうしてようやく手に入れた、瞳に力を貸し与えてくれる魔王のペンダント。
それを失くしたのだから、落ち着かない。
今まで見えていた霊体や、予知夢すらも何だかハッキリとは見えてこない。
イライラ落ち着かないなら買っちゃえ。
瑠花もちょうど欲しいのがあると言ってたし。そのくらいいいよね。
瞳は瑠花の欲しがったペンダントとふたつ、どうにかなるだろう、と瞳の給料日に注文した。
3万の出費はキツかったけど。
そのペンダントが瞳の元に届く前に、賢司はまた、覚醒剤に手を出した。
土曜日の夜に賢司が珍しく「ちょっと呑みに行ってくるよ」と言って出かけた。
瞳は賢司に何も言わない。
呑みに行きたい時もあるのだろう、くらいにしか考えてなかったのだ。
けれどほんの一時間程で迎えに来てくれと電話が入ったが、瞳はあいにく睡眠薬を飲んだ直後だった。
それから賢司が何時頃に帰ってきたのかの記憶は、瞳にはもうなかった。
次の朝起きた時、賢司の部屋のドアが珍しく閉まっているのを見て、瞳は確信した。
そう言えば、昨日呑みに行った先のオーナーは、覚醒剤を売ってる人だったっけ。
何となくそのままスルーするのも宜しくないかと思い、瞳は賢司の部屋のドアを開けた。
おぉ!キマッテル。
瞳はその賢司の顔がおかしかったから、ただ笑ってそれからこう付け足した。
「明日は月曜日だからね、気をつけたほうがいいと思うよ」
「そうか?家のことは俺、やっとくよ」
「そう?あんまり無理しないでね」
「いや無理するよ」
「あ~そうだね、今日は無理した方がいいかもね」
そんな他愛もない事を言って笑ったのだが。
瞳はまるっきりのデタラメを言ったわけじゃなかった、この頃ずっと違和感を感じていたのだ。
きっと、賢司への捜査はまだつづいている。
一緒にいた男から覚醒剤の反応が出て、逮捕されたのだから無論、賢司だって放っておかれるとは思えない。
だって、前科が、ある。
ただそれだけの事なのかも知れないけれど、瞳はイヤな胸騒ぎを感じていたのだ。
こういう嫌な予感ってけっこう当たると思うの。
あとは賢司が決めること。
でも今回、賢司は瞳には手を出さなかった。
こんなヤバい状況で、ふたりして覚醒剤に浸かってしまったら、取り返しのつかない未来が待っている。
そう、瞳は捕まるわけにはいかないのだ。
瑠花がいる。
ひとりぼっちには出来ない。
それに、瞳は覚醒剤にそれほどの興味も欲望も、渇きも持ち合わせてはいなかった。
そんな物に大金を使うくらいなら、美味しいものを食べた方がどれほど充実出来るか、計り知れないと思っていた。
瑠花の欲しがる物を買ってあげた方が、どれだけ幸せになれるか、賢司は考えた事はあるのだろうか?
それに、瞳の身体はもう限界が来ていた。
肝機能障害、腎機能障害、そして胆嚢炎をちょくちょく起こしていた。
更に右半身に偏った頭痛や顔面の痛み、腹も右側、脚も右側が痛い。
いずれ胆道閉鎖症でのたうち回って救急搬送されるんだろうな。
そして検査で脳腫瘍も見つかるかも知れない。
じゃなければ大動脈解離で即死かな?
ちょっと哀しいけど、どこの外科医も手術を拒否する。
もしかしたら、瞳の余命は幾らもないのかも知れない。
だったら、自分の生命の期限くらいは知っておきたいのにな、それも教えて貰えない。
外科医って、なんか人格破綻者が多いな、と瞳は思った。
本当に優秀な外科医は、おそらく存在すらしない、ドラマの中だけの人なんだ、そう実感した。
そんな事を考えても仕方のない事だし、まぁ、なるようになるだろう。
そして、やっぱりやって来た。
我慢の限界に達した賢司が、瞳に手を出してきた。
「頼むよ、入れるだけやらせて」
「ほんとう?」
そんな訳ないことは、直ぐに分かった。
瞳の肛門に賢司はクスリを入れた。
肛門は粘膜なので吸収するのだ。
うっすらと効いてきたのを、瞳は感じていた。
そうなったらもう賢司は止まらない。
瞳の左手の血管を探して針を刺す。
その瞬間、信じられない程の、熱さ、そして目が廻る。
尋常じゃなかった。
一体どれだけの量を打ったのか、瞳には皆目見当がつかないけれど、かなり多い、という事くらいは分かった。
そうやって賢司は、瞳にガンガンに効かせて乳首を舐めさせるのが病みつきになっていたのだった。
「頼むからおっぱい舐めてくれよ」
瞳は、クスリが効きすぎて声すら出せない状態だった。
一歩間違えたら、死んでしまうのかも知れない。
顎がガクガクと痙攣する。
それが手先、脚にも広がっていき、本当にこのまま死ぬのではないだろうか。
瞳を支配しているのは、死ぬことへの恐怖なのだろうか?
違う。
この時の瞳は、死ぬという事さえ分からなくなっていた。
ただ、この痛みと苦しみから逃れたかった。
それが、死ぬという事であっても、変わらなかった。
賢司はもう我を忘れている。
縋るべき相手は瞳にはもういないも同然だった。
助けて…。
助けて…。
助けて…。
瞳は声にならない悲痛な叫びを繰り返していた。
けれど誰にも届かない。
賢司に気付いて欲しいのに、それすらも叶わない夢。
嗚呼、このまま心臓が止まってしまえば楽になれるのに。
なんて哀しい想いなのだろう。
こんな事があれば瞳は覚醒剤に魅力も感じなくなって当然の事。
もう、瞳は覚醒剤には恐怖しか感じなかった。打たれるかもしれないという事すら恐怖だった。
それは突然やって来た。
最近賢司と一緒に行動してた男が逮捕された。
罪状は、窃盗。
つまり泥棒。
警戒心をイオンモールに置いてきてしまった。
泥棒だけなら不起訴だったらしいけれど、残念な事に身体から覚醒剤が出てしまった。
これでまた何年かは刑務所生活になるのだろう。
そのちょっと前に、賢司がひとりで覚醒剤を使っていた。
家のいろんな場所が、ごちゃごちゃにひっくり返っていた。
けれどもう瞳も慣れてしまったのか、いつもの光景としか思ってなかった。
それよりも賢司が瞳を誘ってくることの方が怖かった。
案の定、賢司は瞳に一方的に覚醒剤を打って、お決まりのドラッグセックスにのめり込んでいた。
そしてまた瞳は、賢司の独りよがりな行為と、激しい痛みに耐え、効きすぎている覚醒剤の恐怖と、身体の痙攣に怯えていたのだった。
丁度その最中に、瞳は大切にしていたお守りのペンダントを失くしたらしく、金の鎖と一緒になくなっていた。
「あれ?ペンダントがなくなってる。賢司知らない?」
「どんなの?あの金の鎖に付いてたやつか。俺の部屋かな?でも見てねぇな」
「あれがないとあたしは悪い事が起こる気がする……」
賢司の部屋から車の中、果ては歩いただろう庭の隅まで探した。
けれど、金の鎖だけは見つかったけど肝心のお守りの方はとうとう見つからずじまいだった。
賢司の相棒が逮捕されたのはその次の日だった。
やっぱりあの魔除けのペンダントがないと、瞳の周りで悪い事が起こってしまうんだ、そう思い込んでいた。
藁にもすがる思いで何かを信じていたい事だってあると思う。
人間って、それほど強くはなれないものだから。
瞳は若い頃本当に魔王の存在を信じていた。変なものに夢中になるのが瞳の変な癖だ。
真夜中にタロットカード占いをやっていたが、その的中率は驚異的なものだった。
更に魔法円を描いて魔王を呼び出そうとした。
しかし、瞳の母がそれをとても嫌がり、タロットカードを近所の神社に置いてきてしまった。
その日の夜中、瞳は金縛りにあった。
うっすらと開いた目に飛び込んで来たものは、全身真っ黒な、そして角を生やした男の姿だった。
それからというもの、瞳には不思議な力が宿った。
他人には見えないものが見えるようになり、時には予知夢を見る事もあった。
瞳と付き合った男達が、次々に不運の死を遂げた。
まだ、18才の頃だった。
そんな瞳の心を鷲掴みにするアイテムを販売している、胡散臭い通販ショップを見つけた時、ひとつのペンダントに瞳は心を囚われてしまった。
何としても、あのペンダントが欲しい。
そうしてようやく手に入れた、瞳に力を貸し与えてくれる魔王のペンダント。
それを失くしたのだから、落ち着かない。
今まで見えていた霊体や、予知夢すらも何だかハッキリとは見えてこない。
イライラ落ち着かないなら買っちゃえ。
瑠花もちょうど欲しいのがあると言ってたし。そのくらいいいよね。
瞳は瑠花の欲しがったペンダントとふたつ、どうにかなるだろう、と瞳の給料日に注文した。
3万の出費はキツかったけど。
そのペンダントが瞳の元に届く前に、賢司はまた、覚醒剤に手を出した。
土曜日の夜に賢司が珍しく「ちょっと呑みに行ってくるよ」と言って出かけた。
瞳は賢司に何も言わない。
呑みに行きたい時もあるのだろう、くらいにしか考えてなかったのだ。
けれどほんの一時間程で迎えに来てくれと電話が入ったが、瞳はあいにく睡眠薬を飲んだ直後だった。
それから賢司が何時頃に帰ってきたのかの記憶は、瞳にはもうなかった。
次の朝起きた時、賢司の部屋のドアが珍しく閉まっているのを見て、瞳は確信した。
そう言えば、昨日呑みに行った先のオーナーは、覚醒剤を売ってる人だったっけ。
何となくそのままスルーするのも宜しくないかと思い、瞳は賢司の部屋のドアを開けた。
おぉ!キマッテル。
瞳はその賢司の顔がおかしかったから、ただ笑ってそれからこう付け足した。
「明日は月曜日だからね、気をつけたほうがいいと思うよ」
「そうか?家のことは俺、やっとくよ」
「そう?あんまり無理しないでね」
「いや無理するよ」
「あ~そうだね、今日は無理した方がいいかもね」
そんな他愛もない事を言って笑ったのだが。
瞳はまるっきりのデタラメを言ったわけじゃなかった、この頃ずっと違和感を感じていたのだ。
きっと、賢司への捜査はまだつづいている。
一緒にいた男から覚醒剤の反応が出て、逮捕されたのだから無論、賢司だって放っておかれるとは思えない。
だって、前科が、ある。
ただそれだけの事なのかも知れないけれど、瞳はイヤな胸騒ぎを感じていたのだ。
こういう嫌な予感ってけっこう当たると思うの。
あとは賢司が決めること。
でも今回、賢司は瞳には手を出さなかった。
こんなヤバい状況で、ふたりして覚醒剤に浸かってしまったら、取り返しのつかない未来が待っている。
そう、瞳は捕まるわけにはいかないのだ。
瑠花がいる。
ひとりぼっちには出来ない。
それに、瞳は覚醒剤にそれほどの興味も欲望も、渇きも持ち合わせてはいなかった。
そんな物に大金を使うくらいなら、美味しいものを食べた方がどれほど充実出来るか、計り知れないと思っていた。
瑠花の欲しがる物を買ってあげた方が、どれだけ幸せになれるか、賢司は考えた事はあるのだろうか?
それに、瞳の身体はもう限界が来ていた。
肝機能障害、腎機能障害、そして胆嚢炎をちょくちょく起こしていた。
更に右半身に偏った頭痛や顔面の痛み、腹も右側、脚も右側が痛い。
いずれ胆道閉鎖症でのたうち回って救急搬送されるんだろうな。
そして検査で脳腫瘍も見つかるかも知れない。
じゃなければ大動脈解離で即死かな?
ちょっと哀しいけど、どこの外科医も手術を拒否する。
もしかしたら、瞳の余命は幾らもないのかも知れない。
だったら、自分の生命の期限くらいは知っておきたいのにな、それも教えて貰えない。
外科医って、なんか人格破綻者が多いな、と瞳は思った。
本当に優秀な外科医は、おそらく存在すらしない、ドラマの中だけの人なんだ、そう実感した。
そんな事を考えても仕方のない事だし、まぁ、なるようになるだろう。
そして、やっぱりやって来た。
我慢の限界に達した賢司が、瞳に手を出してきた。
「頼むよ、入れるだけやらせて」
「ほんとう?」
そんな訳ないことは、直ぐに分かった。
瞳の肛門に賢司はクスリを入れた。
肛門は粘膜なので吸収するのだ。
うっすらと効いてきたのを、瞳は感じていた。
そうなったらもう賢司は止まらない。
瞳の左手の血管を探して針を刺す。
その瞬間、信じられない程の、熱さ、そして目が廻る。
尋常じゃなかった。
一体どれだけの量を打ったのか、瞳には皆目見当がつかないけれど、かなり多い、という事くらいは分かった。
そうやって賢司は、瞳にガンガンに効かせて乳首を舐めさせるのが病みつきになっていたのだった。
「頼むからおっぱい舐めてくれよ」
瞳は、クスリが効きすぎて声すら出せない状態だった。
一歩間違えたら、死んでしまうのかも知れない。
顎がガクガクと痙攣する。
それが手先、脚にも広がっていき、本当にこのまま死ぬのではないだろうか。
瞳を支配しているのは、死ぬことへの恐怖なのだろうか?
違う。
この時の瞳は、死ぬという事さえ分からなくなっていた。
ただ、この痛みと苦しみから逃れたかった。
それが、死ぬという事であっても、変わらなかった。
賢司はもう我を忘れている。
縋るべき相手は瞳にはもういないも同然だった。
助けて…。
助けて…。
助けて…。
瞳は声にならない悲痛な叫びを繰り返していた。
けれど誰にも届かない。
賢司に気付いて欲しいのに、それすらも叶わない夢。
嗚呼、このまま心臓が止まってしまえば楽になれるのに。
なんて哀しい想いなのだろう。
こんな事があれば瞳は覚醒剤に魅力も感じなくなって当然の事。
もう、瞳は覚醒剤には恐怖しか感じなかった。打たれるかもしれないという事すら恐怖だった。
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