紅い糸切らないで

神崎真紅

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チアリーダー工藤咲

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 終業のベルが鳴り響いた。

「咲、部活行くんでしょ?」泉が声を掛けて来た。

 咲は少しばかりのノートとペンケースを鞄にしまいながら、「うん」と答えた。

「ねぇ、知ってる?咲」唐突な泉の言葉。
 咲は「何を?」と泉に聞き返した。

「今年のバスケ部の一年に、噂になってる男の子がいるじゃない?」
「さぁ…あたしは知らないし、興味もないけどな」

「本当に咲ってばモテるくせに、そういう事に全然興味ないよね?」
「それ、あたしは関係ないと思うけど。知らない人から手紙貰ったり、告白されてもどうしたらいいのか分かんないもん」

「全く……もったいないなぁ。少しこっちに回して欲しいよ」
「はぁ~……回せるんならいくらでも持ってっていいよ。さぁ練習、練習。大会近いんだよ?」咲は呆れた様にそう言った。

「はいはい、キャプテン。練習ね」

 咲からまともな返事は期待してなかっただろうけど。
 泉が呆れているのは、よく判った。
 そして泉とふたり、部室に入っていった。

「おはよう、咲、泉」

 3組の坂井晴美(さかいはるみ)が着替えているところだった。

「おはよう、早いね。晴美」

 練習用のスコートに着替えると、後輩が待っているステージに向かった。

「「おはようございます」」

 一年生、二年生一斉に挨拶をした。
 咲はその中心に立って、今日の予定を伝える。

「おはよう。みんな10月の大会に向けて、怪我のないよう各自気を付けて練習にあたるように。以上、ふたり一組で柔軟体操、始め」

「「はい!」」


 総勢30名の頂点に、咲はいた。

 しかし、三年生まで続くのは、この中のほんの一握りだけ。
 咲の他に三年生は泉と晴美しかいない。
 咲が一年生の頃には、15人いた。

 それが、ひとり、またふたりと時とともに退部していき、残ったのは3人だけになっていた。
 それでも咲は、卒業していった先輩に「チアガール部を潰さないで」と泣いて頼まれたその想いを守りたかった。

 そう。
 たとえひとりになっても、あたしが守る。
 その思いが、咲の原動力だった。


『チアガール部を潰さないで』



 卒業していった先輩達の言葉には、意味があった。

 当時チアガールは部活動として認められていなかった。
 先輩達は同好会から始めたのだ。

 ようやく部活動として認められたばかりのチアガール部。
 咲はその5期生だった。
 咲が一年生の時、三年生だった先輩達が一年生の時はまだ同好会だった。

 同好会と部活動には天と地の差がある。
 同好会はただの遊び。

 けれど部活動と認められれば、まず部室が貰える。
 それから生徒会から活動資金が貰える。

 そして…。
 校内に建てられた3階建ての合宿所を使わせて貰えるのだ。

 そこを使うのには、他の部活との兼ね合いもあるけれど、同時にふたつくらいの部活が使えるだけの充分な広さと部屋数があった。

 咲が一年生の頃、初めての合宿が5月にあった。

 あまりの練習の厳しさに、食欲すらもなくなり、体重は38㎏を切るまでになった。
 元々細かった咲が、殆んど食事を取れなくなって先輩が心配してくれたのを今でも憶えている。

 そんな咲が、何故こんなにも頑張っていられるのだろう?
 それこそが、先輩の流した悔し涙の記憶の為だった。

 咲は練習中は、特に厳しかった。
 それは後輩達にだけでなく自分自身にも妥協を許さなかった。

 咲が一番輝いて見えるのが、このステージの上だった。
 そのせいなのか、咲の隠れファンはバレー部とバスケ部に多かった。

 ステージの下、バレーコートを挟んでその向こうにバスケットコートが見える。

 翔がコートを走ってるのが見える。

『頑張ってるんだな。中等部ではエースだったらしいけど、やっぱり高等部の方がレベルは高いんだ』

 咲は運動、特にボールを使う球技は苦手だし、ルールすらよく分らない。
 けれど咲は誰かが頑張る姿を見るのは、自分も元気になれるから好きだった。

「咲、次、踊ろうよ」

 晴美が珍しく自分から言って来た。

「うん、分かった。じゃあ交代してー」

 咲の号令の下、後輩達が集まって来る。

 代わって三年生3人で踊り始める。
 ポンポンを持って位置につく。
 それに合わせて音楽が流れ始めると、3人でくるくる回りながら踊る。

 踊るのは楽しかった。
 運動音痴の咲でも、踊りだけは誰にも負けたくなかった。

 そう、泉にも晴美にも。
 もちろん後輩達の誰にも。

 けれど練習が終わると咲は一変してみんなに優しくなる。
 後輩達から相談事まで打ち明けられる程、人を惹きつける。

 それは本来咲の持つ奔放な明るさと、誰にも分け隔てる事なくふるまう、そんな性格だからなのだろうか。
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