名無し令嬢の身代わり聖女生活

音無砂月

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ディラン視点

「リュウ、聖女アニスの死体が見つかった」
腐敗が進み、聖女アニスだと見わけがつかないだろうと思っていた。ところが、見つかった死体はまるで蝋人形のように美しい状態で見つかった。
「死蝋化しているのか」
見に来たリュウも目を見開き、唯一出て来た言葉がそんな言葉だった。
「ああ。死して尚、体全体に魔力が行き渡っている。その魔力がそうさせているのだろうな」
自分が死んだら、地下に閉じ込められている妹が身代わりになることも、そうなると自分の死体が一族の墓の中に入れられないことも、墓が掘り返される可能性があることも全て予想していたのかもしれない。
だからそこに眠っているのが誰なのかを分からせるために美しい死体を残した。
彼女なりに運命に抗った結果なのだろうか。
聖女アニスは死んでしまった。だから、彼女の死が事故なのか自殺なのか分からない。
俺にとって彼女は護衛対象。仕事だから守っていたに過ぎない。聖女が抱える苦悩など目を向けたこともない。それは彼女自身がどうにかする問題だからだ。もちろん、相談されたらアドバイスはする。頼まれれば手助けもする。できる範囲だが。
俺にとって聖女アニスは聖女として選ばれ、その責務を負わなければならない立場になったにも関わらず我儘ばかり。任務は嫌だというくせに聖女という立場を利用して好き放題する。そんな厄介な令嬢だった。それは今も変わらない。
けれどほんの少し後悔をしている。
もう少し優しくしていれば、もう少し気にかけてやればこの結末は変わったのだろうか。
だが、その場合はあの子は死ぬまで一生地下だったろう。
「陛下は彼女のことをどうするだろうか」
「分からん。だが、悪いようにはしないだろう」
部下によって墓から出された聖女アニスにリュウは手を合わせる。
一緒に護衛をして来たこいつも複雑な顔をしていた。
体は守れていた。でも心は全く守れなかった。そこまでが騎士の本分なのかは分からないが。それでも年下の女の子なのだ。それぐらいはしてやるべきだった。
「後悔はどうして先に来てくれないのだろうな。いつも後にばかり来る」
合わせていた手を解きながらリュウが徐に言った。俺は永遠に開くことのない聖女アニスの目を見る。
「後に悔いるから“後悔”と言うんだろう。何を今更。先に来てくれたら人は間違わない。正解ばかりの人生に意味があるとは俺は思わない。今回、間違えたからあの子は地下から出られた。聖女アニスとしてだが。もちろん、ベストは聖女アニスは死なず、あの子も地下から出られる。誰もが傷つかない。全てを救える。そんな結果だろう」
俺もリュウも分かっている。
そんなことはあり得ない。
俺たちは神ではないから。
それでも願わずにはいられない。後悔のない人生を。
「IFなんて虚しいだけだ。考えたところで結果は変えられないんだからな」
「そうだな」
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