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20.人は罪があるから贖罪をするのではない。罪の意識があるからするのだ。

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学校に行くと、夢の通り。噂が広まっていた。
曰く、私が不義の子だと。
曰く、私は父親が不確かな卑しい出の子だと。
曰く、私自身も男遊びが激しく、それ故に婚約者に愛想を尽かされていると。
「酷いわよね、みんな。フィオナ、気にすることないわよ」
と、リリーはいつも通り私の隣で、私の友人面をして憤ってみせる。
私の唯一の味方だと思っていた。たった一人の友達だと。でも、真実を知った今、彼女の演技かかったその様子は道化師のようでひどく滑稽だった。
私はいつも通り、リリーと同じ友人面をして会話を続ける。
「別にいいわよ。気にしていないわ」
「強がる必要ないわよ、フィオナ。こんな根も葉もない噂、傷つかないわけないもの」
私に傷ついてほしいのね、リリー。どうして今まで気づかなかったのかしら。
私を心配するような言葉とは裏腹に爛々と輝いたその目を見れば、彼女が期待しているかなんて一発で分かるのに。
私って馬鹿ね。
「傷つくわけないじゃない」
子爵家の醜聞。これほど愉快なものなんてないもの。
にっこりと笑う私をリリーは怪訝そうに見ている。あてが外れたって感じかしらね?
「私の母は既に他界しているわ」
私は私のことを噂しているクラスメイトにも聞こえるように、リリーに言う。彼女を見ながら。「お前のことだ」と言わない代わりに。
「私が父の子なのか、母は不貞していたのか、確かめようがない。証拠は何もない。でもこれだけは言える。これは死者への冒涜。死人に鞭を打つ行為ができるのはその者が卑しい血筋だからでしょう」
「どうしてそう思うの?」
リリーの額に青筋が浮かんでいる。
それもそうよね。噂な流したのはあなただもの。でも、大丈夫よ。あなたが流したなんて誰も思わないから。きっとあなたからその話しを聞いたあの二人も口をつぐんでくれるでしょうね。下手に口を出せば余計な火種を浴びかねないもの。自分たちがこの噂を流した諜報人だと思われたくはないはず。
「だって、高貴な血筋を持っている貴族がこんな下賤な噂を流すはずないもの」
「事実だからそんな噂が流れたとは思わないの?」
「思わないわ」
リリー、私の味方という仮面が剥がれかけているわよ。
「ああ、でも、その噂が流れて得をする人はいるわね。アラン様の婚約を破棄する口実にできるもの」
私もリリーと一緒。決定的なことは口にしていない。
でもアランとの婚約破棄の口実を喜ぶ者、噂にとってメリットを得る者。この条件に当てはまる者は現在認知できるのは二人。アラン本人とランだ。
正式な伯爵家嫡男と子爵家の不義の子。天秤をかけた結果、野次馬たちは噂をする。
この噂を流したのはランだと。
彼は義姉を貶めて自分がアランの婚約者になり変わるつもりだと。そして私は義弟にありもしない噂を流された被害者。可哀想にと誰もが私に同情的になった。
面白いわね。簡単に盤上がひっくり返ったわ。子爵家の評判はガタ落ち。
いいわね。どんどん落ちていけばいいのよ。
「フィオナ、大丈夫なの?」
噂が校内全体に広まるのに数日とかからなかった。
食堂で食事をしているとリリーが声を潜めて、心配そうに聞いてきた。それも全部演技でしょうね。
「何が?」
「何がって、あなたが軽率な発言をしたせいであなたの義弟が噂の渦中にいるのよ。心配じゃないの?」
「全然」と答える私にリリーは信じられないものを目撃したかのように驚いている。私の方こそ驚きよ。
仮にも私の友人を名乗っているのならあなたの発言こそ軽率ではないの?
よく親友の母親が死んだ元凶になっている人間の心配をしろなんて言えたものね。
「どうして私がランの心配をしないといけないの?」
「どうしてって、あなたの義弟でしょ」
「ええ、そうね。ねぇ、リリー。私は悲しいわ」
私は傷ついたと言わんばかりに悲しげな表情をして、涙を流した。リリーはギョッとしている。面白い。
「ランは確かに私の義弟だけど、でも、父の不貞の子よ。私の母はそのせいで死んだの。なのにあなたは、私にその元凶の心配をしろというの?」
「・・・・っ。で、でも、彼に罪はないでしょう」
「ええ、そうね。私も、それは分かっているわ。何度も自分に言い聞かせて来た」
「だったら」
「でも、ままならないのが人の心というものではないの?」
ほろほろと涙を流す私にリリーはどうフォローしようかと目を泳がせる。自分の失態に気づくのが遅いのよ。それに、リリーは何も分かっていないのね。
噂の渦中は確かにランだけど、私もまだ噂の渦中にいるのよ。
ねぇ、リリー。みんなが私の言動に注目しているの。
ねぇ、リリー。どれだけの人が今の会話を聞いていたかしら?
ねぇ、リリー。私たちの会話を聞いた人はどう思ったかしら?
きっと明日には噂に上がっているわね。どんな噂をされているかしら。
ねぇ、リリー。あなたなら分かるでしょう。
だって、あなたも噂を武器に私を貶めようとしたのだから。
ねぇ、リリー。楽しいわね。人を貶めるのって、とても楽しいわ。あなたがハマるのも分かるわ。私も、クセになってしまいそうだもの。
「ランは私に言ったわ。セザンヌは必死に、私を愛そうとしているって、その為に毎日頑張っているって。私がそれを聞いて喜んだと思う?歓喜のあまり涙を流したと思う?思うわけないわよね。私の母がいながらあの女は父との間に子をもうけた。そんな女からの愛なんて悍ましいだけだわ。ランもあの女も、あなたも私にその悍ましい愛を強要するのね」
「違うわ、私はそんなつもりじゃなくて」
ええ、分かっているわ。そんなつもりじゃなかったよね。こんな表立って私と敵対するつもりなんてなかったのよね。いつまでも私の友人面して、私の隣で、私から直接得た情報を歪曲して噂にする。私を貶める為に。そのつもりだったんでしょう。
ええ、私はちゃんと分かっているわ。ただ、それを口にしないだけ。私、優しいでしょう。あなたが打算まみれの女ではなく、頭の足りない女って周囲に認知させようとしているんだから。
「あなたのこと、友人だと思っていたのに。悲しいわ」
「フィオナ、私は」
「友人のあなたからランを受け入れろなんて言われると思わなかった。あなたにだけは、そんなこと言われたくなかった。あなたのこと、友人だと思っていたから」
これで、あなたが影で私のことをどう言っていたかも含めて噂が流れてしまうかもしれないわね。でも大丈夫よ。あなたはいつも決定的なことは口にしていないから。だから、軽率な発言を無自覚に繰り返してしまい、結果として友人の評判を下げること貢献してしまった頭の残念な子ってことになるから。
大変ね。そんな噂が流れたらあなたの友人は離れてしまうわね。今度は自分たちの悪評を流されるかもって警戒して。あら、そうなると家にも影響が出てしまうわね。
噂って怖いわね。どんどん事実と異なることが事実のように広まってしまうんだから。
でも、あなたなら大丈夫よね。リリー。
だってこれは、あなたが始めたことだもの。
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