世界を壊したいほど君を愛してる

音無砂月

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13.本音と建前

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「・・・・・すごい」
エーベルハルトが用意してくれたドレスはあつらえた様に自分にピッタリだった。
髪もアップにして真珠のネックレスとピアスをつける。
鏡の前に立つとまるで別人の自分がそこに映っていた。
・・・・・・・なんで私の体のサイズ、知ってるんだろう。
今までのドレスは少し大きかったり小さかったりした。体のサイズを測られたことはない。見た目でサイズを予測して用意されていたから不恰好にはならないけどサイズが合っていない分、動きにくかった。
「本当、ドレスだけは上等だから雑種でも化けるのね」
「あら、でも悪臭は消えていないわよ」
「エーベルハルト様もいくらお優しいからってこんな雑種にまで気に掛ける必要ないのに」
ガヤガヤと何やらうるさいけど鏡に映る別人の自分に気に取られて全く耳に入らなかった。
「聖女様」
「エーベルハルト」
なぜかそそくさと使用人が出ていき、代わりにエーベルハルトが入って来た。
「とてもよくお似合いです」
「あ、ありがとう」
褒められなれてないから照れる。社交辞令なんだろうけど。
「本当ですよ。このままどこかに閉じ込めて、誰にも見せたくない程に」
「エーベルハルトでもそんな冗談言うのね。ちょっとビックリ」
てっきり「冗談だ」と返すかとも思ったのに彼は何も言わず、ただ微笑むだけ。
えっ?冗談だよね。
「では、行きましょうか」
「あ、はい」
誤魔化された。
「君はそのせいで苦労したけど俺にとって君の周囲にいる人間が馬鹿ばかりだったのは僥倖だった」
エーベルハルトの冷たい手が私の頬に触れる。
「おかげで君の傍に侍る名誉を手に入れられた」
「・・・・・・大げさよ」
「そうでもないさ」
貴族は本音と建前の社会。綺麗に飾った言葉に隠された真意を読み解けなければあっという間に食い物にされてしまう。
だから常に気を張り、言葉に隠された悪意に気づき、晒されながらも笑って受け流してきた。
だけどエーベルハルトの発する言葉はどれが建前でどれが本音なのかまるで分からない。
彼の存在自体が煙のように掴みどころがなく、風が吹けばあっという間に消えてしまいそうなほど儚くも見えた。
エーベルハルトのことが分からない。
「では、行きましょう」
私は差し出されたエーベルハルトの肘に手を乗せる。
優しいエーベルハルト
怖いエーベルハルト
どれも本当の彼で、どれも嘘くさい。

***

誰もが期待をしていた。毎年のごとく、身の程知らずな聖女が一人でのこのことやって来ることを。
けれど今年はエーベルハルトが一緒だった。そのせいか、いつもと違うざわつきが会場内に広がっている。
エーベルハルトって女性に人気だからよりにもよってなんであの女?って顔している人がかなりいるし、年頃の令嬢からは睨まれている。
睨みすぎて、化粧崩れている奴もいるじゃん。これ、下手に一人になると殺されるパターンじゃない。
「聖女様、今日はずっと私と一緒にいてくださいね」
「・・・・・」
「約束ですよ」と念を押すエーベルハルト。口元は微笑んでいたけど、目は笑っていなかった。
そうだよね。何で気づかなかったんだろう。こうなることぐらいエーベルハルトが予測できないはずがないよね。
わざと?
何で?
着飾った私を他の人に囲わせたくないからとか?何で?
「エーベルハルト、あなたは」
「エーベルハルト」
私の言葉を遮るように鈴を転がしたような声がした。
「これは、ファーディナ王女殿下」
エーベルハルトは臣下の礼をとり、私も彼より一歩下がって礼をした。ちらりと王女が私に向けた視線には敵意が含まれていた。
「エーベルハルト、面を上げなさい」
許可が出たのはエーベルハルトだけ。だから私はずっと頭を下げ続けなくてはならない。この姿勢って結構キツイのよね。王女殿下って二十一歳よね。随分と子供じみた嫌がらせをする。
「王女殿下、私の連れも面を上げる許可を頂けますか?この国の為に命をかけて職務にあたれれている聖女様に対してまさか、ずっと頭を下げ続けさせるようなことはしませんよね?」
うわっ!
王女に対して恥知らずって堂々と喧嘩を売ってきたよ。大丈夫なの?周りとかかなり引いてるけど。
王女とか怒りで震えてるじゃん。
「あら、ごめんなさい。影が薄くて気づかなかったわ。庶民ってどうも目に映りにくいのよね」
王女がそういう発言しちゃダメでしょう。
身分差があるから私は発言を許されていないけど。
「面を上げて良くってよ」
「ありがとうございます、王女殿下」
本当、よく思うよ。どうしてこんな奴らの為に命懸けで討伐任務にあたってるんだろうって。
「エーベルハルトは優しいわね。一人ぼっちのあなたを放っておけなくてわざわざエスコートを買って出るなんて。でも、私のエスコートを断ってまですることかしら?」
王女はエーベルハルトを狙っている。彼に権力を使って無理やり婚約を迫ろうとした貴族の令嬢が社交界に居られなくなるほどの痛手を負った事件があった。既に過去のことになっているけど誰もが教訓として心に刻んだことだろう。
お花畑で育った美しい王女様。それ故に持った毒針。その鋭さを知らぬほど貴族連中は馬鹿じゃない。だからみんなエーベルハルトに群がるけど本気で彼の妻になろうとする人はいない。
「美しい令嬢をエスコートしたいと思うのは紳士として当然ですよ、王女殿下」
それってとりようによっては王女よりも私の方が美しいって聞こえるけど。ほら、王女の顔がどんどん化け物じみて来てるよ。
「あなたって本当に優しいのね」
王女はあくまで優しいから私のエスコートをしているんだってことにしたいのね。でも王女って婚約間近って聞いたけど。エーベルハルトに構っていていいのかな?
私が気にするべきことではないけどさ。
「でも、ダンスぐらいはしてくれるわよね」
王女はエーベルハルトに手を差し出す。断られるとは微塵も思っていない。それもそうだ。王女の申し出を断る人間なんていない。不敬に当たるからね。
「申し訳ありません。大切なパートナーを一人にはしたくないので」
「私に恥をかかせるつもり?」
「なら、彼女の相手は私がしよう」
「えっ」
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