世界を壊したいほど君を愛してる

音無砂月

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7.収まらない怒りは破滅を誘う

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side .アイネ

手が痛い。
ジンジンと熱を持って、とても不快だ。
「騒がしいわね」
「聖女様達が討伐から戻られたみたいです」
聖女?
窓の外には馬車とそれを守るように多くの護衛が取り囲んでいた。スラム出身の、無価値な女を守るために。
「無事に討伐が終わり、浄化も終わったそうです」
私の苛立ちに気づかない鈍感な侍女は嬉しそうに続ける。
「これでもう .アイネ

手が痛い。
ジンジンと熱を持って、とても不快だ。
「騒がしいわね」
「聖女様達が討伐から戻られたみたいです」
聖女?
窓の外には馬車とそれを守るように多くの護衛が取り囲んでいた。スラム出身の、無価値な女を守るために。
「無事に討伐が終わり、浄化も終わったそうです」
私の苛立ちに気づかない鈍感な侍女は嬉しそうに続ける。
「これでもう安心できますね。良かったです。きゃっ」
私は近くにあった花瓶を侍女に投げつけた。そのおかげで手がかなり痛んだ。声にならない激痛。これもあの女のせい。どうして高貴な血筋の私がたかが雑種ごときのためにこんな目に合わないといけないのよ。
私が何をしたっていうのよ。
「良かった?何が良かったって言うの?」
「ひっ」
花瓶が当たったせいで尻餅をついていた侍女の額からは血が流れていた。
怒る私を見て侍女はようやく自分の過ちに気づき、怯えた顔をしていた。
「私はあの女のせいで怪我をしたのよ。ねぇ、何が良かったって言うの?」
「あ、あの、その、違っ、違い、ます。私はただ聖女様のおかげで魔物が討伐できたことを言っただけで。ま、魔物が出没している付近に、実家がありまして、だから」
「だから何?」
あんたの家族がどうなろうが私の知ったことじゃないわよ。いっそうのこと食われてしまえば良かったじゃない。我が家にだって常駐する騎士はいる。彼らだけでも対処ぐらいできるでしょう。
そうよ。できたのよ。わざわざあんな女を呼ばなくても。
「伯爵領の騎士が魔物討伐しやすいように囮になる気概も見せられない能なしの家族なんているだけで無価値だわ。だいだい聖女様ですって?あれは聖女じゃないわ。スラムの卑しい雑種よ!そんなことも分からないの!」
本当にイライラする。
エーベルハルト様もエーベルハルト様よ。
いくらあの女の護衛だからって私より優先するなんてどうかしているわ。
「私、馬鹿って大嫌い。特に使えない馬鹿と身の程知らずの馬鹿」
「っ、お、お嬢様」
「あなた、クビよ」
「お許しください、お嬢様。申し訳ありません。父が病弱で、私の稼ぎがないと薬が買えないんです。薬がないと父は死んでしまいます」
「知らないわよ、そんなこと」
どうして私が無価値な人間の命まで気にしないといけないのよ。馬鹿との会話って本当に疲れるわ。
「お嬢様、お嬢様。お願いです。お願いします。どうか、クビだけは。何でもします。何でも。だから、お願いです。お嬢様」
「そう。何でもするのね」
「は、はいっ!」
希望を見出したかのように目をキラキラさせる侍女。本当、下位の人間って欲深くって現金よね。こういう奴らを見ると吐き気はするわ。
「あの聖女もどきを何とかして来なさい」
「えっ、でも、聖女様は私たちのために来てくださった方で、聖女様がいなかったらここにだって魔物が。そ、それに瘴気の浄化だって。あ、あそこは浄化してくれないと狩だってできないし、瘴気で周辺に住んでいる人たちの体調にも影響が出ていたかも」
本当にこの馬鹿女は私をイライラさせる天才ね。
「どうして私があんた達下民のことを気にしないといけないの」
「・・・・・」
「いいのよ。このままクビにしても。あんたみたいな使えない奴、我が家には要らないもの。雇い続けたってメリットないし。それをあんたがどうしてもって言うからチャンスを与えたの。それに文句を言うなんて、あんた何様よ」
「も、申し訳ありません」
これ以上図に乗らないように這いつくばる侍女の頭を踏みつける。こうでもしないとこういう馬鹿な奴らはすぐに自分の方が上なのだと勘違いをする。いい例があの偽聖女よ。
自分がただの卑しいスラムの雑種だって思い知らせてやる。
「これが最後のチャンスよ。スラムの雑種を何とかしてきて。できないのならあんたもあんたの家族も領地に居られなくしてやるから。ジプシーのように根無草になりたくなければ成果を出して来なさい」
「・・・・・はい」

side .侍女

これは仕方のないこと。
聖女様はケイレン伯爵領にとって救世主だ。
魔物が現れる森は領民が狩に使う。狩ができなければ私たちが今年の冬を越すのはかなり厳しかっただろう。それに蔓延した瘴気が風に乗って村まで来たら体調に影響する。体の弱い父はそれだけで命とりになる可能性もあった。だから聖女様には感謝している。
でも、お嬢様には逆らえない。もし、逆らったら、職を失ったら、領地を追い出されたら私たちは生きていけない。
仕方がない。
仕方がないんだ。
私たちのような弱い人間が生きるためには誰かの命を踏み躙るしかない。
相手は聖女様だけど、公爵家の養女だけど、本当の貴族じゃない。スラム出身なら身分は私の方が上。だから、大丈夫。
私はみんなが寝静まった深夜、聖女様の寝室に忍び込んだ。聖女様は明日にはここを発ってしまうからチャンスは今夜だけ。
討伐の疲れか、聖女様はぐっすりと眠っておられた。
「ごめんなさい」
私は部屋にある花瓶を持って、振り上げた。それで聖女様の頭を殴ろうとした時、首にひんやりとしたものが当たった。
「ひっ」
「シーっ。大きな声を出してはいけません。聖女様の安眠を妨げてしまいますからね」
「・・・・・・ガートラント伯爵」
にっこり令嬢達に評判の優しい笑みを浮かべたガートラント伯爵は静かに私に廊下に出るように仰った。
ガートラント伯爵が助けて下さった。愚かな私を止めて下さった。良かった。ガートラント伯爵なら事情を話せば分かってくださる。きっと私と私の家族のことも助けてくれる。
「さて、ここまで来れば大丈夫でしょう」
ガートラント伯爵はどういうわけか私を中庭を抜けた更に奥の森まで連れてきた。
「あの、ガートラント伯爵、私」
「俺は忠告した。聖女様に手を出すなと。ここへ来たのはお前達が助けてくれと言ったからだ。魔物討伐も瘴気の
浄化も終えた聖女様を殺そうとするとは。どこまでも身勝手な」
「ちが、違います」
早く、誤解を解かないと。
「違うんです!」
ガートラント伯爵から笑顔が消えた。ただそれだけ。口調が変わった。ただそれだけなのにまるで手負いの獣を前にしているみたい。怖い。怖くて、舌が上手く回らない。でも、ちゃんと説明しないと。
私が花瓶で聖女様を殴り殺そうとしたのは事実。だけど、それにはちゃんと訳がある。それを分かってもらわないと。
大丈夫。ガートラント伯爵は優しい方だって評判ですもの。私がちゃんと説明すれば分かってくださる。
「し、仕方がなかったんです。お嬢様、の、命令で、そ、それに、命令に従わないと、私も私の家族も、領地から追い出されてしまうんです」
「だから聖女様を殺すのは仕方がなかった?自分の家族を守る為だから」
「そう!そうです」
良かった。分かってくれた。
「・・・・・えっ」
ガートラント伯爵の剣が私の腹部に刺さった。
「どう、して・・・・」
どうしよう。刺された。抜かないと。抜いて大丈夫なのう。私、死ぬの。死んじゃうの?どうして?私は悪くないのに。ただ命令に従っただけなのに。そうしないといけなかっただけなのに。
「どうして?おかしなことを言う」
にっこりと笑うガートラント伯爵の目が酷く冷え切っていることに今、初めて気がついた。
「聖女様を殺そうとしたからだろ」
「でも、そ、れは・・・・・・だって」
「お前の家族の為?だから聖女様を殺そうとした。お前にとって聖女様の命よりも家族の命の方が重要だったから。俺も同じだよ。俺もあんたやあんたの家族よりも聖女様の命の方が大事だ。だから聖女様の命を排そうとしたお前の命を俺が排しても文句はないはずだ」
ずるっと体内に無理やり侵入した異物が抜かれる不快感したと同時に体から力が抜けて地面に倒れる。
「・・・・・た、くない」

死にたくない。

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