世界を壊したいほど君を愛してる

音無砂月

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6.専属護衛の特権

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「・・・・・・・」
一悶着あったけど、エーベルハルトの脅迫に屈したケイレン伯爵はこれ以上何も言ってはこなかった。
手を潰されたアイネは部屋で療養中。
私が治療することもできるけどそれを望もうとした周囲をエーベルハルトが恐怖の微笑みで黙らせた。
エーベルハルトは一番逆らってはいけない人だと思う。
伯爵家で一晩お世話になった後は魔物討伐に朝から駆り出されたのだが、することがない。
いつもなら私も騎士と混ざって魔物討伐をしている。
けれどエーベルハルトが「魔物討伐は騎士の役目であって聖女様の役目ではありません。あなたが戦えるように訓練を受けたのは危険な場所に身を置く故、いざという時に自分の身を守れる為であって魔物討伐を前提にしたものではありません。なので、後方で待機していてください」と言って私を下がらせた。
もちろん、納得しない騎士は山のようにいた。
でも今回の討伐の指揮者は私の専属護衛として一緒について来たエーベルハルトだ。指揮官の命に従うように訓練を受けている騎士は納得できなくても従うしかない。
「何のための聖女様だよ」
「いや、でもエーベルハルトの言うことも一理あるだろ。聖女様の役割って本来は魔物討伐じゃなくて瘴気に穢された場所の浄化だし」
「けどよぉ」
「まぁ、女の子に守られるってのは確かに騎士の名折れだよな」
私と一緒に後方で待機している騎士たちの意見は割れているようだ。最初の討伐の時に「聖女様と崇められるぐらいなんだから俺たちと一緒に命を懸けて戦ってください」と指揮官に言われるまま参戦したから私の中でも騎士の中でも聖女が戦うのは当たり前になっていた。
戦いながら怪我を負った騎士に治癒魔法をかけたりもするから前線にいた方が役に立つし。でも、よく考えたらもし私が本当に公爵家の令嬢なら今みたいに後方で待機が当たり前よね。
怪我でもされたら困るし。
こういうことに考えが及ばなかった私の落ち度ね。自分の首を自分で絞めるなんて愚かしいわ。
「聖女様」
キラキラと笑みを浮かべたエーベルハルトと今にも死にそうな顔をしている騎士が前線から戻った。返り血の量は明らかにエーベルハルトの方が多いのに彼からは一切疲れを感じない。むしろ、後ろの騎士たちの方が体力の限界で今にも死にそうだ。
「終わりましたか?すぐに治療します」
「必要ありません」
「えっ」
驚いたのは私だけではない。彼と一緒に最前線で戦っていた騎士や私と一緒に後方で待機していた騎士たちもだ。
「この程度の怪我は騎士にとって日常茶飯事。死ぬほどの重症でないのなら聖女様の力に頼るべきではないでしょう」
「でも」
それでは私がいる意味がない。いや、瘴気を浄化する仕事が残っているから全くすることがない訳ではないけど。
「聖女様の力に頼りすぎるのは体にも良くないでしょう。人間には自然治癒力が備わっています。聖女様の力に頼りすぎるとその力が衰え、些細な傷ですら自分で治せなくなります。そうならない為に聖女様に頼りすぎるべきはありません」
にっこりと笑っているけどこの笑顔は知っている。絶対に譲らない時の顔だ。
「聖女様、瘴気の浄化だけお願いします」
「あ、はい」
戦場だった場所でエーベルハルトにエスコートを受けながら私は瘴気で穢された場所に行き、浄化を行った。
討伐の後に治癒術を使わなかったことも、そのおかげで痛みに苦しむことも魔力切れで苦しむこともないのは初めてのことだった。
「とても美しい光景ですね」
誰よりも多くの魔物を狩り、誰よりも疲れているはずのエーベルハルトは浄化を行う私の側にいた。私を護衛する為に。一応休むように言ってはみたけど「私はあなたの専属護衛です。その私の特権を取り上げないでください」と笑顔で言われた。笑顔だったけど拒否は認めないという圧が凄かった。
浄化を行いながら横にいるエーベルハルトを見る。彼は瘴気が光の粒となり消えていく様をキラキラした目で見ていた。
その時の彼はまるで子供のようだった。張り付いたような笑みよりもずっと良いと思った。
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