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第Ⅲ章 現実と理想

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「お前はどのような了見で余の近衛を使おうと言うのだ」
それまで黙っていた陛下の重い声が壇上から聞こえた。
決して大きな声を出したわけではないのに、発しただけで誰もが耳を傾けてしまう。威厳に満ちた声だった。
「おまけにそこの令嬢は余の招待客。それを余の断りもなく退場させようとは」
ぎろりと陛下はカール殿下を睨む。
蛇に睨まれた蛙を体現するかのようにカール殿下は息を飲み、固まる。
「王太子はいつから余よりも偉くなったのだ?」
「・・・・」
カール殿下は答えない。
陛下の威圧に圧されて言葉も出ないようだ。がたがた震える姿は子ウサギのようで情けない。
女とは強い男に憧れるものだ。特に結婚するまで絵物語でしか男性を知らない未婚の貴族令嬢は。その為、今のカール殿下を見ると百年の恋も冷めてしまうだろう。
現に貴族令嬢たちは失望の眼差しをカール殿下に向けている。陛下に怯えているカール殿下は幸運なことに気づいてはいないようだが。
つくづく、婚約破棄は正解だったと思う。こんな考えなしで、良識もなく、傲岸不遜で、世間知らずな男と結婚したって苦労するだけだ。そこに自ら突っ込んでいく愚妹は希少な存在だろう。
「何の証拠もなく、ただ目が合っただけの令嬢を犯人扱い。自分の欲を通しやすくするために『妹を普段から虐めている』とありもしないことを公衆の面前で平然と言ってのけ、陥れる。お前のようなものは王になったところでただの暴君にしかならない。お前の再教育にかけた時間は全くの無駄のようだしな。よって、王太子不適合とみなし、廃嫡とする」
「そんなぁっ!!」
ざわり。今度は先ほどの比ではないぐらいに空気が振動した。それもそうだろう。王族の廃嫡は社交界での貴族たちの地位を大きく変えることになる。
次期王太子となるカール殿下についていた者は社交界での地位を一気に落とされる。彼と親しくしていた貴族の子息たちは次に取り入るべき相手を探さないといけない。
第二王子とはあまりにも年が離れているので学友にはなれないので尚更。
「あんまりです、父上」
「父ではない。そなたはもう王子ではないのだからな」
「っ」
カール殿下はその場に膝から崩れるように座り込んだ。今まで信じて疑わなかったものが一気に根底から崩れた瞬間だった。
「待ってください。陛下、それなら娘はどうなるのです。カール殿下と婚約している、娘は」
廃嫡された王族の妻なんて苦労するのは目に見えているし、社交界では日陰者だ。父はマリアナの将来を思い、陛下に訴える。
「ちょうどいいではか。のう、王妃よ」
視線を向けられた王妃は「ええ」と微笑み、現状についていけていないのか呆然としているマリアナに視線を向ける。
「王妃教育は難航中。彼女は王妃に向いてはいないということは教育中に嫌という程理解しました」
「マリアナは立派な王妃になれます」
父は愚かにも断言する。今この場で恥も外聞もなく泣き崩れるようなはしたない令嬢が王妃になれると。それを聞いた他の貴族はマリアナのこれまでの言動を思い出し、呆れる。
彼らの意見は一致している。マリアナが王妃になれば国の恥を平気でかきそうだ。しかも今は公爵家の人間とは言え、元は平民。それだけでも他国から軽んじられることになるだろう。
国外だけではない。国内の貴族もマリアナを王妃として認めことはできなかった。
「マリアナは心優しく、他人を思いやれます」
父の言葉に王妃ははっきりと言う。
「そんな王妃はわが国には必要ない。必要なのは国の為、国民の為に人生を捧げられる者。その為ならばどのような冷徹な判断であろうと平然と下される者。優しいだけの王妃など国にとっては寧ろ害悪だ」
「そんなことはありません」
「エマはマリアナの『優しさ』とやらのかなりの被害にあっているように私には見えるが?相手を省みない『優しさ』は優しさにあらず。そういうのを『エゴ』と言うんだよ、公爵」
父は俯き、悔し気に顔を歪める。ついでに私を恨めし気に睨みつけてくるけど私は素知らぬ顔をする。
「近衛隊、カールを連れていけ」
ひと段落したところで王が命じると今度はすんなりと近衛騎士は動き、座りこんだままのカール殿下を両脇から抱えて会場から連れ出した。
父はルルシアとマリアナを連れて退場。私も長居は無用なので会場を後にした。
パーティーは主役が欠如した状態ではあったけど、規定の時間まで続けられたそうな。
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