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第Ⅲ章 現実と理想
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勝手な婚約破棄の宣言。公爵家の身分が与えられているとは言え、半分は平民の血が混じっている愚妹。
本来なら王族と婚約はない。
良くても伯爵夫人だろう。マリアナは父に気に入られているので公爵家と繋がりを持つためにもしかしたらそれ以上の身分の方からの縁談もあるかもしれないけど、。良識人ならまずない。そのことから、きっと碌な縁談ではないだろう。
今回、運よくカール殿下とマリアナの婚約が成立したのは双方の考え方によるものだ。
まず、公爵である父は可愛いマリアナを王族に嫁がせることはこの上ない喜び。それによってもう一人の娘である私に傷がつこうと彼は構いわしない。
そして王族側は私を一方的に婚約破棄をしたという後ろめたさがある。
高位貴族と無暗に溝を作るものではないだろう。その結果、今回の婚約が成立した。
「・・・・・お父様、今何と仰いました?」
愚妹が王宮に行ってからすぐのこと。私は父に呼び出された。嫌な予感がしたけれど、無視をすることもできない。その為、書斎に行くと私の勘はやはり当たっていた。
「何度も言わせるな。お前は今日から本館に住む。部屋は空いているところを好きに使え。それとお前の侍女を変える」
父は面倒くさそうに私にとって看過できないことをさらりと言った。
「理由を聞かせてください」
「マリアナがお前のことを心配していた。今までは自分がお前のところに行っていたから良かったけど、これからはそうはいかないから、お前が寂しくないように本館に住まわせて欲しいと。それから、アンナはお前に相応しくないから変えてくれと」
冗談でしょう。ジルもアンナもいる。寂しいなんて思わない。
それに会いに来てくれと頼んだ覚えはない。むしろ、邪魔だった。彼女は、あの母娘は私から母を奪った。好きではなかったけれど、私の婚約者を奪った。私が唯一安らげる場所(別館)を取り上げて、更には幼い頃から私を支えてくれたアンナまで奪うのか。
一体あとどれくらい私から奪えば気が住むのだろうか。まだ、奪い足りないのか?何て、強欲な女だろう。
「嫌です」
「何だと」
私の拒絶に父は眉間に皴を寄せた。私の拒絶がよほど不快と見える。
「別館に居ても寂しくはありません。それに、アンナは幼い頃から私の世話をしてくれています。アンナほど私を理解してくれる侍女はおりません」
「お前はマリアナの気づかいを無碍にするのか。なんて、心のない女だ」
父の言葉を私は心の中で嘲笑した。
母を死に追いやったくせに。何とも思わない心のない男の言うセリフではないと思ったからだ。
「頼んだ覚えはありません」
バシンッ。
父の手が私の頬を叩いた。叩かれた頬は赤くなり、ジンジンと熱を持っていたが私の心と体は氷のように冷たくなっていた。父の私見る目と同様に。
「お前には心底呆れる。マリアナの心遣いをお前にかけてやる必要はないようだな。好きにしろ。顔も見たくない」
これを怪我の功名と言うのだろう。
私は一礼して書斎を出た。
頬を赤くして出てきた私をアンナは驚き、目を見開いた。彼女は確かに感情の起伏があまりなく、表情に出にくい。そんな彼女を何を考えているか分からず、苦手とする者も多い。
でも、長年苦楽を共にしてきた私には彼女はとても分かりやすいのだ。彼女は目は彼女のあまり動かない表情筋を補うように雄弁に語るから。
よく言うでしょう。目は口程に物を言う、と。
「部屋に戻り次第、すぐに手当てをさせていただきます」
私にそう声をかけたアンナの目は睨むように書斎を見ていた。私はそんな彼女に苦笑する。
「主、痛い?」
ジルは心配そうに私を見る。包帯で隠れているけど、その下では痛ましそうな表情をしているのだろう。
「問題ないわ。さぁ、早くこんな所を出て別館に戻りましょう」
そう言って歩き出そうとした私を引き留める者がいた。マリアナの母であり、私の義母にあたるルルシアだ。
「あ、あの、少しお話をいいかしら?できれば私の部屋で」
「申し訳ありませんが」
断ろうとした私に義母は縋るように詰め寄る。すぐに私と義母の間にアンナとジルが割って入るがさすがはマリアナの母。全く気にしない。
「少しでいいの」
鬼気迫る態度に私は渋々、了承した。義母は引き下がる気はないようだし、父の書斎の前で揉めて、父まで参戦したら面倒になるからだ。
義母の部屋に初めて入った。淡い水色のカーペットと、カーテン。白いテーブルにソファー。日当たりはよく、とても可愛らしい部屋だ。
私は義母の対面に座り、義母の指示で侍女が私と義母の前に紅茶を置く。もちろん、口はつけない。私は信用できるものしか口にしないのだ。
「それでお話とは?」
早く終わらせたくて聞くと義母は深々と頭を下げた。
「マリアナのこと、本当に申し訳なく思います。ごめんなさい。あなたから大切な人を奪って」
大切な人とはカール殿下のことを言っているのだろうか。うわっ。理解した途端、鳥肌が立った。彼女たち平民にとって婚約者は愛し合うべきだと思っているのだろう。
もちろん、愛人を本妻に迎えることも愛人の子供が養子になることも、愛人が平民であることも常識ではあり得ないことだけど。だから、母はひどく傷ついたのだろう。
プライドの高い貴族の令嬢にとってはこの上ない屈辱であり、侮辱になるから。
私は深々と頭を下げる義母に冷たい視線を向けた。私の後ろに控えているアンナとジルも同様に冷たい視線を義母に向けている。
「あなた方は謝罪すれば何でも許されると思っているんですか?」
思いのほか冷たい声が出た。突き放すような私の言葉に義母はびくりと体を震わせた。これでは、まるで私が彼女を虐めているみたいだ。
「だから簡単に人のもの奪える。だから簡単に罪を無かったことにできる。だから簡単に自分の行いを忘れられる。だから簡単に頭を下げられる」
「私は」
顔を上げた義母の目には涙が溜まっていた。これを見て悪いことを言ったと思ってやれるほど私はに彼女たちのように能天気ではない。
私は義母の言葉を遮り続ける。
「あなた方は言い訳がお好きね」
苛立つ心を落ち着かせるように息を吐く。
「母親、居場所、安らぎ、婚約者。あなた方は私から様々なものを奪っていく。強欲ね。次は何を奪うのかしら?何なら命でも奪ってみる?そんな勇気がない?大丈夫よ。きっとあなたの愛しの旦那様が全力でもみ消してくれるから表ざたにはならないわ」
義母は信じられないと言いたげな目を私に向ける。
「あなたが知らないだけだよ。不思議と身分が高いほどその命ってとても軽いの。簡単になかったことにできるのよ。命を奪えないのなら、そうね。私を追いやってマリアナを次期公爵夫人にしてみる?私から地位を奪ってみる?」
カール様と正式に婚約を結んだとはいえ、結婚をするまでは安心できないものだ。王妃がマリアナをどうする気でいりのか分からないけど。
「あなた方母娘はよく似ているわね。母親と同じ。男を寝取るのが得意なんて。蛙の子は蛙って体現しているわ。素晴らしいわね」
言い返したらいいのに。
『奪われる方が悪い』、『愛情なんて持っていなかったんだからいいでしょう』とか。言いようはいくらでもあるのに。義母は泣きながらひたすら頭を下げて私に謝り続ける。
その行為が私の心を疲弊させる。こんな茶番にいつまで付き合わないといけないのだろう。しかも、自分のことは棚に上げて。本当によく似た母娘だ。子は親の背を見て育つというけど。そのまま育ったのだろう。
彼女の懺悔を、彼女が飽きるまで付き合ってやるこもないので私は中座した。
本来なら王族と婚約はない。
良くても伯爵夫人だろう。マリアナは父に気に入られているので公爵家と繋がりを持つためにもしかしたらそれ以上の身分の方からの縁談もあるかもしれないけど、。良識人ならまずない。そのことから、きっと碌な縁談ではないだろう。
今回、運よくカール殿下とマリアナの婚約が成立したのは双方の考え方によるものだ。
まず、公爵である父は可愛いマリアナを王族に嫁がせることはこの上ない喜び。それによってもう一人の娘である私に傷がつこうと彼は構いわしない。
そして王族側は私を一方的に婚約破棄をしたという後ろめたさがある。
高位貴族と無暗に溝を作るものではないだろう。その結果、今回の婚約が成立した。
「・・・・・お父様、今何と仰いました?」
愚妹が王宮に行ってからすぐのこと。私は父に呼び出された。嫌な予感がしたけれど、無視をすることもできない。その為、書斎に行くと私の勘はやはり当たっていた。
「何度も言わせるな。お前は今日から本館に住む。部屋は空いているところを好きに使え。それとお前の侍女を変える」
父は面倒くさそうに私にとって看過できないことをさらりと言った。
「理由を聞かせてください」
「マリアナがお前のことを心配していた。今までは自分がお前のところに行っていたから良かったけど、これからはそうはいかないから、お前が寂しくないように本館に住まわせて欲しいと。それから、アンナはお前に相応しくないから変えてくれと」
冗談でしょう。ジルもアンナもいる。寂しいなんて思わない。
それに会いに来てくれと頼んだ覚えはない。むしろ、邪魔だった。彼女は、あの母娘は私から母を奪った。好きではなかったけれど、私の婚約者を奪った。私が唯一安らげる場所(別館)を取り上げて、更には幼い頃から私を支えてくれたアンナまで奪うのか。
一体あとどれくらい私から奪えば気が住むのだろうか。まだ、奪い足りないのか?何て、強欲な女だろう。
「嫌です」
「何だと」
私の拒絶に父は眉間に皴を寄せた。私の拒絶がよほど不快と見える。
「別館に居ても寂しくはありません。それに、アンナは幼い頃から私の世話をしてくれています。アンナほど私を理解してくれる侍女はおりません」
「お前はマリアナの気づかいを無碍にするのか。なんて、心のない女だ」
父の言葉を私は心の中で嘲笑した。
母を死に追いやったくせに。何とも思わない心のない男の言うセリフではないと思ったからだ。
「頼んだ覚えはありません」
バシンッ。
父の手が私の頬を叩いた。叩かれた頬は赤くなり、ジンジンと熱を持っていたが私の心と体は氷のように冷たくなっていた。父の私見る目と同様に。
「お前には心底呆れる。マリアナの心遣いをお前にかけてやる必要はないようだな。好きにしろ。顔も見たくない」
これを怪我の功名と言うのだろう。
私は一礼して書斎を出た。
頬を赤くして出てきた私をアンナは驚き、目を見開いた。彼女は確かに感情の起伏があまりなく、表情に出にくい。そんな彼女を何を考えているか分からず、苦手とする者も多い。
でも、長年苦楽を共にしてきた私には彼女はとても分かりやすいのだ。彼女は目は彼女のあまり動かない表情筋を補うように雄弁に語るから。
よく言うでしょう。目は口程に物を言う、と。
「部屋に戻り次第、すぐに手当てをさせていただきます」
私にそう声をかけたアンナの目は睨むように書斎を見ていた。私はそんな彼女に苦笑する。
「主、痛い?」
ジルは心配そうに私を見る。包帯で隠れているけど、その下では痛ましそうな表情をしているのだろう。
「問題ないわ。さぁ、早くこんな所を出て別館に戻りましょう」
そう言って歩き出そうとした私を引き留める者がいた。マリアナの母であり、私の義母にあたるルルシアだ。
「あ、あの、少しお話をいいかしら?できれば私の部屋で」
「申し訳ありませんが」
断ろうとした私に義母は縋るように詰め寄る。すぐに私と義母の間にアンナとジルが割って入るがさすがはマリアナの母。全く気にしない。
「少しでいいの」
鬼気迫る態度に私は渋々、了承した。義母は引き下がる気はないようだし、父の書斎の前で揉めて、父まで参戦したら面倒になるからだ。
義母の部屋に初めて入った。淡い水色のカーペットと、カーテン。白いテーブルにソファー。日当たりはよく、とても可愛らしい部屋だ。
私は義母の対面に座り、義母の指示で侍女が私と義母の前に紅茶を置く。もちろん、口はつけない。私は信用できるものしか口にしないのだ。
「それでお話とは?」
早く終わらせたくて聞くと義母は深々と頭を下げた。
「マリアナのこと、本当に申し訳なく思います。ごめんなさい。あなたから大切な人を奪って」
大切な人とはカール殿下のことを言っているのだろうか。うわっ。理解した途端、鳥肌が立った。彼女たち平民にとって婚約者は愛し合うべきだと思っているのだろう。
もちろん、愛人を本妻に迎えることも愛人の子供が養子になることも、愛人が平民であることも常識ではあり得ないことだけど。だから、母はひどく傷ついたのだろう。
プライドの高い貴族の令嬢にとってはこの上ない屈辱であり、侮辱になるから。
私は深々と頭を下げる義母に冷たい視線を向けた。私の後ろに控えているアンナとジルも同様に冷たい視線を義母に向けている。
「あなた方は謝罪すれば何でも許されると思っているんですか?」
思いのほか冷たい声が出た。突き放すような私の言葉に義母はびくりと体を震わせた。これでは、まるで私が彼女を虐めているみたいだ。
「だから簡単に人のもの奪える。だから簡単に罪を無かったことにできる。だから簡単に自分の行いを忘れられる。だから簡単に頭を下げられる」
「私は」
顔を上げた義母の目には涙が溜まっていた。これを見て悪いことを言ったと思ってやれるほど私はに彼女たちのように能天気ではない。
私は義母の言葉を遮り続ける。
「あなた方は言い訳がお好きね」
苛立つ心を落ち着かせるように息を吐く。
「母親、居場所、安らぎ、婚約者。あなた方は私から様々なものを奪っていく。強欲ね。次は何を奪うのかしら?何なら命でも奪ってみる?そんな勇気がない?大丈夫よ。きっとあなたの愛しの旦那様が全力でもみ消してくれるから表ざたにはならないわ」
義母は信じられないと言いたげな目を私に向ける。
「あなたが知らないだけだよ。不思議と身分が高いほどその命ってとても軽いの。簡単になかったことにできるのよ。命を奪えないのなら、そうね。私を追いやってマリアナを次期公爵夫人にしてみる?私から地位を奪ってみる?」
カール様と正式に婚約を結んだとはいえ、結婚をするまでは安心できないものだ。王妃がマリアナをどうする気でいりのか分からないけど。
「あなた方母娘はよく似ているわね。母親と同じ。男を寝取るのが得意なんて。蛙の子は蛙って体現しているわ。素晴らしいわね」
言い返したらいいのに。
『奪われる方が悪い』、『愛情なんて持っていなかったんだからいいでしょう』とか。言いようはいくらでもあるのに。義母は泣きながらひたすら頭を下げて私に謝り続ける。
その行為が私の心を疲弊させる。こんな茶番にいつまで付き合わないといけないのだろう。しかも、自分のことは棚に上げて。本当によく似た母娘だ。子は親の背を見て育つというけど。そのまま育ったのだろう。
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