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「え?」
何とかしないと考えを巡らせている私の耳によく知った男の声が入ってきた。視線を向けるとそこには今まで見たことがないぐらい冷たい目をしたエイルがいた。
「ベディー・ミルドレット公爵令嬢。彼女は返してもらおうか」
「な、何のことかしら。私はそんな名前じゃないわ」
正体がばれたらまずいことになるぐらいは分かっているようだ。彼女は自分の正体を否定しているけれど、ただの貴族令嬢が毎日鍛えているエイルから逃れることはできない。
今、否定したところですぐにバレてしまう。そんなことも分からないなんて、蝶よ花よと育てられてきた貴族令嬢というのは残念な頭をしている。
そんなべディーの言葉を無視してエイルは私を見る。安心させるように柔らかく笑った後、彼は再びべディーに冷たい視線を向ける。
「どういうつもりで彼女を誘拐した?」
「どういうって、当たり前じゃない。この女は殿下に色目を使ったのよ」
いやいやいや、べディー。あなた、それを言ったら自分が彼の婚約者だって公言したようなものじゃない。しかもとんでもない誤解だ。
エイルは呆れた視線をべディーに向けている。
「何を言っている?殿下に色目を使っていたのは聖女様で、ミズキ様じゃない」
「・・・・・」
エイル、ヒナコのことそんな目で見てたんだ。いつも無表情で、彼女に対して無関心だったから分からなかった。
べディーはエイルの言葉に首をかしげる。
まぁ、そうだよね。彼女は私を聖女だって思っていたみたいだから。
「何を言っているの?彼女がその聖女じゃない。他の貴族だってそう言っていたわよ」
「パレードを見ていなかったのか?あれがあるまでは確かにミズキ様を聖女だと勘違いしていたバカ貴族どもは居たし、あなたがミズキ様にしている嫌がらせの数々を殿下に『聖女様が嫌がらせを受けている』とバカな報告をしているバカもいたが」
ああ。だから殿下は知っていたのか。そしてそのことに対して何も言わないヒナコを健気で優しい子だと思ったのかな。つまり私は知らない間に殿下のヒナコに対する好感度アップに貢献していたのか。
まぁ、いいか。で、流していたことにこんな弊害が出てくるなんて思わなかった。やっぱり誤解だと早々にはっきりさせるべきだったかな。
でも、それで嫌がらせを受けたヒナコを慰めるのはちょっと面倒だな。
「ミズキ様の傍に髪の長い方がおられただろう」
エイルの言葉でべディーは少し考えてから「ああ」と声を上げた。一応、ヒナコは彼女の視界には入っていたようだ。
「あの方が聖女様だ」
「は?嘘でしょ。あの一人で何もできない。なよなよした子が?あり得ない。聖女は神に選ばれる人間でしょ」
その人間にあんたは何をしようとした。という言葉は飲み込んでおいた。やり合っている二人の間に入るつもりはない。こういうのは荒事に慣れたエイルに任せておこう。
私は二人の話を聞きながら手を動かして、何とか縄を解こうとしていた。いざという時に逃げられるように準備するのが今は先決だ。
「パレードでも聖女様としてヒナコ様が表に立たれていたが」
「し、知らないわよ。私は体調を崩して、パレードには参加してないもの」
成程。それなら知らないのは仕方がない。少し間抜けな話だけど。
「分かったのなら彼女を放してもらおうか。ミズキ様が殿下に色目を使ったという事実はない。むしろ、殿下とミズキ様は不仲だ」
なぜかエイルが最後の方を強調して言った。いや、事実だから別にいいけどね。あんな男と仲が良いなんて思われたくはないし。
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