26 / 33
25
しおりを挟む
「あ、あの、ミズキ」
バートランドを連れたヒナコが恐る恐る入ってきた。
「大丈夫?」
ヒナコは部屋に入って来たけれどドアの前で立ち止まり、そこからベッドに近づこうとはしなかった。
「平気よ」
服の隙間から見える包帯にヒナコの視線が向いた。
「見た目ほど酷くないわ」
「・・・・・そう」
それっきりヒナコは黙ってしまった。腰のあたりまで下ろした手を組んだり、開いたりしている。何か用事があってきたのだろうか?
でもヒナコは黙ってしまったまま、話し出す気配がない。どうしたものかと視線をバートランドに向けた。彼は苦笑するだけで、ヒナコに助け舟を出す気配はない。
「ヒナコ様、何か御用ですか?」
たまりかねたエイルが口を挟むが、なぜか彼から発せられた声は底冷えするような寒さがあった。私は思わず目を開いてエイルを見てしまった。私の視線に気づいたエイルは視線を和らげて私を見る。さっきの声の人と同一人物とはとても思えない。
「あ、あの、その」
一瞬、エイルの声に怯えた様子を見せたヒナコだけど私とエイルの二人を交互に見て、さっき感じたのは勘違いだと思ったようで自分の要件を口に出し始めた。私とエイルは同時にヒナコを見る。
「・・・・ごめんね」
「何が?」
「わ、私、その、助けてもらったのに・・・・・その、助けられなくて」
ヒナコは自分のせいで私がけがをしたと思っているから謝りに来たのか。
「仕方がないよ」
「でも・・・・」
「私たちは普通の高校生だもん。戦いとは無関係だからいざっていう時に足が竦むのは仕方がない」
「・・・・・うん」
「でも、これからは多分、それじゃあ死ぬよ」
ビクッとヒナコの体が動いた。床に落としていた視線をゆっくりと上げて私を見るヒナコの目は潤んでいた。瞬きをすれば大粒の雫が零れそうだ。
「私、やっぱり、聖女じゃないのかも」
ここに来て何を今更。そう思ったのは私だけではない。エイルもバートランドも同じことを思ったようだ。
「でも、『聖なる力』はヒナコにしか使えない」
「きっと、何かの間違いだよ」
聖女に関する詳しい文献は王宮に居た頃探したし、いろんな人に話を聞いてみた。それを元にして推測を立てると聖女はどうしてもヒナコになってしまう。まぁ、彼らが私たちに嘘をついていなかったらの話だけど。
聖女に関して嘘ではないだろう。だって、わざわざ異界から私たちを呼んで、嘘までつく利益がこの国にはない。
「ミズキだよ、聖女は」
私が聖女だったら話は早かった。さっさとこんなバカげたことを終わらせて、王宮からおさらばしていた。でも、私は聖女じゃない。
望まれてこの世界に召喚されたヒナコとは違う。私がここにいる理由はないし、この世界に来た理由もない。私はただ運が悪かっただけ。たったそれだけ。
「・・・・・ふざけないで」
怒りがわいた。
私の言葉が信じられなかったのだろう。ヒナコは驚いた顔をしていた。
でも、私は言わざるを得ない。こんなのはただの八つ当たりだ。ヒナコは悪くない。それでも、この理不尽に対して怒りが止まらなかった。
「私は聖女じゃない」
聖女になりたいわけじゃない。そんな重い役目は嫌だと思う。でも、欲しかった。この世界に呼ばれた意味が。そうしたらまだ『仕方がない。自分には役割があるから』と折り合いがつけれた。でも、実際は違う。私がこの世界に呼ばれた意味も理由もない。聖女じゃない私はこの世界のどこにも居場所なんてない。
この旅が終わったら私は王宮から出て、自活する。それが筋だ。
そのことにたいして『何とかなる』という感情と『不安』が常にせめぎ合って、自分でも今、自分の精神がどういう状態になっているか分からなかった。
「あなたが聖女よ。どんなに拒んでも、どんなに嫌がっても、聖女はあなたなのよ。だからあなたはここに呼ばれた。だから、あなたはこの世界にいるのよ」
声が震えた。こぼれそうになる涙を必死にこらえた。泣きたくはなかった。理不尽を前に泣きたくはない。泣いたら、負けたみたいで嫌だった。
「私はあなたと違うのよ」
私の言葉の意味を正確に読み取ったヒナコは弾かれたように私を見た。私とヒナコの視線が真っすぐと交わる。ヒナコは何かを言おうとして口を開いた。でも、声は出なかった。
暫く重苦しい空気が辺りを漂う。誰も何も発しないから、呼吸音ですらも響いてきそうだ。
「・・・・めん」
よく聞き取れなかったけれど、ヒナコはそう言って部屋を出て行った。バートランドは私に一礼してヒナコの後を追うように退室する。部屋には再び私とエイルの二人だけになった。
バートランドを連れたヒナコが恐る恐る入ってきた。
「大丈夫?」
ヒナコは部屋に入って来たけれどドアの前で立ち止まり、そこからベッドに近づこうとはしなかった。
「平気よ」
服の隙間から見える包帯にヒナコの視線が向いた。
「見た目ほど酷くないわ」
「・・・・・そう」
それっきりヒナコは黙ってしまった。腰のあたりまで下ろした手を組んだり、開いたりしている。何か用事があってきたのだろうか?
でもヒナコは黙ってしまったまま、話し出す気配がない。どうしたものかと視線をバートランドに向けた。彼は苦笑するだけで、ヒナコに助け舟を出す気配はない。
「ヒナコ様、何か御用ですか?」
たまりかねたエイルが口を挟むが、なぜか彼から発せられた声は底冷えするような寒さがあった。私は思わず目を開いてエイルを見てしまった。私の視線に気づいたエイルは視線を和らげて私を見る。さっきの声の人と同一人物とはとても思えない。
「あ、あの、その」
一瞬、エイルの声に怯えた様子を見せたヒナコだけど私とエイルの二人を交互に見て、さっき感じたのは勘違いだと思ったようで自分の要件を口に出し始めた。私とエイルは同時にヒナコを見る。
「・・・・ごめんね」
「何が?」
「わ、私、その、助けてもらったのに・・・・・その、助けられなくて」
ヒナコは自分のせいで私がけがをしたと思っているから謝りに来たのか。
「仕方がないよ」
「でも・・・・」
「私たちは普通の高校生だもん。戦いとは無関係だからいざっていう時に足が竦むのは仕方がない」
「・・・・・うん」
「でも、これからは多分、それじゃあ死ぬよ」
ビクッとヒナコの体が動いた。床に落としていた視線をゆっくりと上げて私を見るヒナコの目は潤んでいた。瞬きをすれば大粒の雫が零れそうだ。
「私、やっぱり、聖女じゃないのかも」
ここに来て何を今更。そう思ったのは私だけではない。エイルもバートランドも同じことを思ったようだ。
「でも、『聖なる力』はヒナコにしか使えない」
「きっと、何かの間違いだよ」
聖女に関する詳しい文献は王宮に居た頃探したし、いろんな人に話を聞いてみた。それを元にして推測を立てると聖女はどうしてもヒナコになってしまう。まぁ、彼らが私たちに嘘をついていなかったらの話だけど。
聖女に関して嘘ではないだろう。だって、わざわざ異界から私たちを呼んで、嘘までつく利益がこの国にはない。
「ミズキだよ、聖女は」
私が聖女だったら話は早かった。さっさとこんなバカげたことを終わらせて、王宮からおさらばしていた。でも、私は聖女じゃない。
望まれてこの世界に召喚されたヒナコとは違う。私がここにいる理由はないし、この世界に来た理由もない。私はただ運が悪かっただけ。たったそれだけ。
「・・・・・ふざけないで」
怒りがわいた。
私の言葉が信じられなかったのだろう。ヒナコは驚いた顔をしていた。
でも、私は言わざるを得ない。こんなのはただの八つ当たりだ。ヒナコは悪くない。それでも、この理不尽に対して怒りが止まらなかった。
「私は聖女じゃない」
聖女になりたいわけじゃない。そんな重い役目は嫌だと思う。でも、欲しかった。この世界に呼ばれた意味が。そうしたらまだ『仕方がない。自分には役割があるから』と折り合いがつけれた。でも、実際は違う。私がこの世界に呼ばれた意味も理由もない。聖女じゃない私はこの世界のどこにも居場所なんてない。
この旅が終わったら私は王宮から出て、自活する。それが筋だ。
そのことにたいして『何とかなる』という感情と『不安』が常にせめぎ合って、自分でも今、自分の精神がどういう状態になっているか分からなかった。
「あなたが聖女よ。どんなに拒んでも、どんなに嫌がっても、聖女はあなたなのよ。だからあなたはここに呼ばれた。だから、あなたはこの世界にいるのよ」
声が震えた。こぼれそうになる涙を必死にこらえた。泣きたくはなかった。理不尽を前に泣きたくはない。泣いたら、負けたみたいで嫌だった。
「私はあなたと違うのよ」
私の言葉の意味を正確に読み取ったヒナコは弾かれたように私を見た。私とヒナコの視線が真っすぐと交わる。ヒナコは何かを言おうとして口を開いた。でも、声は出なかった。
暫く重苦しい空気が辺りを漂う。誰も何も発しないから、呼吸音ですらも響いてきそうだ。
「・・・・めん」
よく聞き取れなかったけれど、ヒナコはそう言って部屋を出て行った。バートランドは私に一礼してヒナコの後を追うように退室する。部屋には再び私とエイルの二人だけになった。
3
お気に入りに追加
1,400
あなたにおすすめの小説
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい
珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。
本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。
…………私も消えることができるかな。
私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。
私は、邪魔な子だから。
私は、いらない子だから。
だからきっと、誰も悲しまない。
どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。
そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。
異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。
☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。
彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。
最強幼女のお助け道中〜聖女ですが、自己強化の秘法の副作用で幼女化してしまいました。神器破城槌を振り回しながら、もふもふと一緒に旅を続けます〜
黄舞
ファンタジー
勇者パーティの支援職だった私は、自己を超々強化する秘法と言われた魔法を使い、幼女になってしまった。
そんな私の姿を見て、パーティメンバーが決めたのは……
「アリシアちゃん。いい子だからお留守番しててね」
見た目は幼女でも、最強の肉体を手に入れた私は、付いてくるなと言われた手前、こっそりひっそりと陰から元仲間を支援することに決めた。
戦神の愛用していたという神器破城槌を振り回し、神の乗り物だと言うもふもふ神獣と旅を続ける珍道中!
主人公は元は立派な大人ですが、心も体も知能も子供です
基本的にコメディ色が強いです
【完結】召喚されて聖力がないと追い出された私のスキルは家具職人でした。
佳
ファンタジー
結城依子は、この度異世界のとある国に召喚されました。
呼ばれた先で鑑定を受けると、聖女として呼ばれたのに聖力がありませんでした。
そうと知ったその国の王子は、依子を城から追い出します。
異世界で街に放り出された依子は、優しい人たちと出会い、そこで生活することになります。
パン屋で働き、家具職人スキルを使って恩返し計画!
異世界でも頑張って前向きに過ごす依子だったが、ひょんなことから実は聖力があるのではないかということになり……。
※他サイトにも掲載中。
※基本は異世界ファンタジーです。
※恋愛要素もガッツリ入ります。
※シリアスとは無縁です。
※第二章構想中!
冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。
聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!
さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ
祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き!
も……もう嫌だぁ!
半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける!
時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ!
大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。
色んなキャラ出しまくりぃ!
カクヨムでも掲載チュッ
⚠︎この物語は全てフィクションです。
⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
辺境地で冷笑され蔑まれ続けた少女は、実は土地の守護者たる聖女でした。~彼女に冷遇を向けた街人たちは、彼女が追放された後破滅を辿る~
銀灰
ファンタジー
陸の孤島、辺境の地にて、人々から魔女と噂される、薄汚れた少女があった。
少女レイラに対する冷遇の様は酷く、街中などを歩けば陰口ばかりではなく、石を投げられることさえあった。理由無き冷遇である。
ボロ小屋に住み、いつも変らぬ質素な生活を営み続けるレイラだったが、ある日彼女は、住処であるそのボロ小屋までも、開発という名目の理不尽で奪われることになる。
陸の孤島――レイラがどこにも行けぬことを知っていた街人たちは彼女にただ冷笑を向けたが、レイラはその後、誰にも知られずその地を去ることになる。
その結果――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる