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「あ、あの、ミズキ」
バートランドを連れたヒナコが恐る恐る入ってきた。
「大丈夫?」
ヒナコは部屋に入って来たけれどドアの前で立ち止まり、そこからベッドに近づこうとはしなかった。
「平気よ」
服の隙間から見える包帯にヒナコの視線が向いた。
「見た目ほど酷くないわ」
「・・・・・そう」
それっきりヒナコは黙ってしまった。腰のあたりまで下ろした手を組んだり、開いたりしている。何か用事があってきたのだろうか?
でもヒナコは黙ってしまったまま、話し出す気配がない。どうしたものかと視線をバートランドに向けた。彼は苦笑するだけで、ヒナコに助け舟を出す気配はない。
「ヒナコ様、何か御用ですか?」
たまりかねたエイルが口を挟むが、なぜか彼から発せられた声は底冷えするような寒さがあった。私は思わず目を開いてエイルを見てしまった。私の視線に気づいたエイルは視線を和らげて私を見る。さっきの声の人と同一人物とはとても思えない。
「あ、あの、その」
一瞬、エイルの声に怯えた様子を見せたヒナコだけど私とエイルの二人を交互に見て、さっき感じたのは勘違いだと思ったようで自分の要件を口に出し始めた。私とエイルは同時にヒナコを見る。
「・・・・ごめんね」
「何が?」
「わ、私、その、助けてもらったのに・・・・・その、助けられなくて」
ヒナコは自分のせいで私がけがをしたと思っているから謝りに来たのか。
「仕方がないよ」
「でも・・・・」
「私たちは普通の高校生だもん。戦いとは無関係だからいざっていう時に足が竦むのは仕方がない」
「・・・・・うん」
「でも、これからは多分、それじゃあ死ぬよ」
ビクッとヒナコの体が動いた。床に落としていた視線をゆっくりと上げて私を見るヒナコの目は潤んでいた。瞬きをすれば大粒の雫が零れそうだ。
「私、やっぱり、聖女じゃないのかも」
ここに来て何を今更。そう思ったのは私だけではない。エイルもバートランドも同じことを思ったようだ。
「でも、『聖なる力』はヒナコにしか使えない」
「きっと、何かの間違いだよ」
聖女に関する詳しい文献は王宮に居た頃探したし、いろんな人に話を聞いてみた。それを元にして推測を立てると聖女はどうしてもヒナコになってしまう。まぁ、彼らが私たちに嘘をついていなかったらの話だけど。
聖女に関して嘘ではないだろう。だって、わざわざ異界から私たちを呼んで、嘘までつく利益がこの国にはない。
「ミズキだよ、聖女は」
私が聖女だったら話は早かった。さっさとこんなバカげたことを終わらせて、王宮からおさらばしていた。でも、私は聖女じゃない。
望まれてこの世界に召喚されたヒナコとは違う。私がここにいる理由はないし、この世界に来た理由もない。私はただ運が悪かっただけ。たったそれだけ。
「・・・・・ふざけないで」
怒りがわいた。
私の言葉が信じられなかったのだろう。ヒナコは驚いた顔をしていた。
でも、私は言わざるを得ない。こんなのはただの八つ当たりだ。ヒナコは悪くない。それでも、この理不尽に対して怒りが止まらなかった。
「私は聖女じゃない」
聖女になりたいわけじゃない。そんな重い役目は嫌だと思う。でも、欲しかった。この世界に呼ばれた意味が。そうしたらまだ『仕方がない。自分には役割があるから』と折り合いがつけれた。でも、実際は違う。私がこの世界に呼ばれた意味も理由もない。聖女じゃない私はこの世界のどこにも居場所なんてない。
この旅が終わったら私は王宮から出て、自活する。それが筋だ。
そのことにたいして『何とかなる』という感情と『不安』が常にせめぎ合って、自分でも今、自分の精神がどういう状態になっているか分からなかった。
「あなたが聖女よ。どんなに拒んでも、どんなに嫌がっても、聖女はあなたなのよ。だからあなたはここに呼ばれた。だから、あなたはこの世界にいるのよ」
声が震えた。こぼれそうになる涙を必死にこらえた。泣きたくはなかった。理不尽を前に泣きたくはない。泣いたら、負けたみたいで嫌だった。
「私はあなたと違うのよ」
私の言葉の意味を正確に読み取ったヒナコは弾かれたように私を見た。私とヒナコの視線が真っすぐと交わる。ヒナコは何かを言おうとして口を開いた。でも、声は出なかった。
暫く重苦しい空気が辺りを漂う。誰も何も発しないから、呼吸音ですらも響いてきそうだ。
「・・・・めん」
よく聞き取れなかったけれど、ヒナコはそう言って部屋を出て行った。バートランドは私に一礼してヒナコの後を追うように退室する。部屋には再び私とエイルの二人だけになった。
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