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姫は王子に好かれたい

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その日姫宮 依澄は誓った。若王子 優を、絶対絶対絶対絶対絶対に、自分のものにすると。





 依澄は幼い頃から見た目が良く、誘拐されそうになったり、変態に襲われそうになったりと苦労の尽きない人生を送ってきた。ただ、そんな生活に嫌気がさしたのと、見た目からは想像できない程の負けん気と根性で、依澄は己を鍛え上げた。努力は実を結び、中学生になる頃には襲われても相手を返り討ちにできるほど、力のある少年へと成長をとげていた。
 ただ、どんなに強くなろうと見た目は変わらなかった。黙っていれば天使のようだと家族からも言われる外見は、日常的にトラブルが舞い込み依澄をイライラさせ、荒れていった。結果、依澄は周辺地域で知らない人がいないほどの不良になっていた。


「チッ、口ほどにもねぇなぁ」
 足元に転がった男の体を蹴り上げて、不機嫌そうに呟く。依澄はこの生活に飽き飽きしていた。強い不良として有名になったせいで、変態たち以外に不良たちまでも寄ってくるようになったからだ。
「めんどくせぇ。強くなっても変なやつに絡まれるとかやってらんねぇ」
 幸い頭は悪くなかったので、こんな環境から逃げ出して気分転換でもしようかと、県外の遠い高校を受験することにした。学力がそこそこ必要で不良の極力少なそうなところを選んだ。


 高校に入学してからは不良っぽい口調が出ないように気をつけ、見た目のイメージに近い言動に見えるよう注意した。変な目で見てくるやつは一定数いたが、頭の悪い学校ではないので行動を起こすやつはいなかった。
 今日この日までは。

 油断した!最悪だ。と内心で依澄は毒づいた。体育倉庫で備品を片付け出ようとしたところで、急に違うクラスらしい男子に声をかけられ、倉庫裏へと引っ張られたのだ。怒りで体が少し震えてしまったが、変態野郎はそれを怯えからくるものだととったようで、ニヤニヤしている。依澄は顔は怯えたような表情をつくりながら、脳内ではこれからどう対応するかを冷静に考えていた。
 ここで暴力で解決するのは簡単だ。だがそうしてしまったら、中学時代の二の舞だ。せっかく誰も知り合いのいないところを選んだのに、噂になったりしたら困る。何処から地元に話が行くかわからない。とりあえず腕だけ払って走って逃げるか?と考えていると、突然女の声がした。

「ねぇ、何してるの?」

 声の主は、同じクラスで有名人の女子だった。コイツ、クラスで王子って呼ばれて女子からめちゃくちゃ好かれてる奴だー、とそこまで思い至ったところで、思っていたより長身の王子が変態と自分の間にスルリと入ってきた。
 依澄を背に庇うように立つと、王子は落ち着いた声で言った。
「君、この子に何しようとしてたの?」
 手に赤いコーンを持っているところを見ると、女子の体育の片付けに来たようだ。汗で少し体操着の張り付いた背中を見ながら、不思議に思った。コイツ、女なのに男を止めようなんて勇気あるなぁなんて、ぼんやりした感想を抱いていると、さすがに王子に見られたとなればまずいとばかりに、変態野郎が変な言い訳を始めた。あんまりしどろもどろになって言い訳して、急いで逃げていくので可笑しすぎて笑いそうになったが耐えた。けど体には震えとして出てしまっていたらしい。よく震えるな俺の体。でもまたもや勘違いを生んだようで、恐怖からの震えだと思われたらしい。
「あぁ、かわいそうに。怖かったよね?私と一緒に保健室に行こう。少し休んだほうがいいよ」
 顔を上げると王子と目があった。自分とは違うタイプの、人を惹きつけるその顔は優しく微笑んでいた。手を伸ばして立つのを手伝ってくれたが、その手を握れば微かに震えていることに気付いた。
「ありがとう」
 自分より弱いやつに守られるなんて初めてで、そのせいか胸の辺りがなんだかもにょもにょした。
 とりあえずお礼を言って、繋いだ手を引かれるまま保健室へ向かった。保健室の先生に事情を話して、ベッドで休ませてもらうことになり、王子は教室に戻っていった。横になって、先程の出来事を思い出す。弱いのに、実は震えるほど怖かったのに、依澄を背に庇い守り保健室まで連れてきてくれた王子。見返りも求めず、ただ助けてくれた優しい人。依澄の人生で、家族以外そんなことをしてくれる人はいなかった。グッと胸を鷲掴みにされたような気がした。少し汗ばみ柔らかかった手の感触を思い出すと、身体中がカッと熱くなった。

 初恋だった。

 その日以来、依澄は今まで興味のなかった若王子 優にべったりひっついた。どうやら可愛いものが大好きなようだと知れば、自分の外見を最大限利用した。本人は無意識か意識してなのか不明だが、可愛いものに目がないのを隠そうとしているらしい。だが、それはよく見ていればすぐわかるほどバレバレだった。
「優ちゃん、僕昨日新しいヘアゴム買ったんだ!どう?」
 首を傾げて男にしては長めな髪をハーフアップに結んで見せた。ヘアゴムはもちろん可愛いやつだ。ウサギの顔がついてるやつだ。
「可愛いね。似合ってるよ」
 本当に可愛いと思っているのがわかる、目を細めて笑う表情に満足した。
 こんなことで自分の心は満たされるのか、と毎日が新鮮で楽しかった。

 だけどこれだけじゃ、物足りない。今この瞬間は良くても、最終的には依澄は男として意識されたいのだ。どうやったらいいか、頭を悩ませているとチャンスがやってきた。

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