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願いごと
しおりを挟むある日、会社員だった俺は会社をクビになった。
理由はどうでもいい。
大事なのは職を失ったということと、
クソったれな職場や上司と縁が切れたということだ。
とにかくその日は飲んだ。
駅を降りてすぐの居酒屋で、へべれけになるまで飲んだ。
こんなにヤケになって飲んだのは初めてだ。
俺に愛想よく振る舞う店員もゴクローなっこったぜ。
会計をすませると、千鳥足で街を歩いた。
ネオンがチカチカして通行人のうるさい汚い街だ。
まるで俺を嘲笑っているように感じる。
ドン!
通行人と肩がぶつかった。
「なんだよテメー。どこに目ェつけて歩いてんだよ」
相手の男は俺にメンチをきってきた。
「ヘヘッ」
俺は相手を小馬鹿にするように笑った。
「やめなよー。行こっ、ねっ!」
連れの女が男の手をひいた。
「これからは気ィつけろよ。」
二人は立ち去っていった。
ああ、ムシャクシャする。
はしごできる店を探そうとうろついていると、
ミョーな奴が視界に入った。
そいつは占い師と露天商と、
絵本に出てくる魔法使いを足して割らないようなやつだった。
俺と目が合うと愛想よく笑い、手招きをした。
すっかり酔いのまわった俺は、ふらふらと呼び寄せられた。
道路の傍らに簡易な台を置いて、その上に黒い布地を敷き、
いくつかの商品を展示していた。
「どれもいい品ばかり。お得だよ」
じいさんはそう言って手で商品を示した。
知り合いから海外土産としてもらったら困る感じの人形。
遺跡から発掘されたような、古びたネックレス。
ピースひとつひとつに個別の値段がついている100ピースのパズル。
開封したら絶対ヤバそうな缶詰。
手をかざすと不気味な言葉を再生する、金メッキの鳥の置物。
妖精の吐息入りと銘打ってある香水。
五百年前生まれ、四百年前に死に、三百年前墓から蘇り、
二百年前もう一度生まれ直して、百年前に作家デビューしたとかいう奴の自伝。
等々、その他の商品が陳列されていた。
胡散臭すぎる。
普段なら確実にスルーして通りすぎるやつだ。
だが俺はその時酒が入っていて、自棄を起こしていた。
つまりは正気じゃなかった。
だから言ったんだ。
「これをくれ」
結論から言うとやっぱり俺は正気じゃなかった。
正午過ぎ、頭痛とともに目が覚めた。
俺は猛烈なのどの渇きをおぼえ、水道の水をあおった。
「ハ~飲み過ぎた」
体の倦怠感と妙な解放感を感じながら、
リモコンでテレビをつけた。
益体もないワイドショーが流れてくる。
ふと気が付くと、居間のテーブルの上には、
おもちゃのようなものがポツンと置いてあった。
外観は子供向けのテレビ番組のグッズを思わせるものだ。
使用説明書らしきものがついている。
俺は椅子に腰かけて読み始めた。
■魔法のアイテム使用説明書■
・このアイテムはあなたの願いを3つだけ叶えます。
・願いをかけられる有効期限はご購入から100日以内です。
・利用できるのは購入者本人のみです。
・アイテムの前で直接声に出して願い事を言ってください。
・「願いを無限に増やしてほしい」は対応しておりません。
・返品はお断りしています。
・願いごとに伴うトラブル・損害に当方は一切責任をとりません。
「願いごとを叶える魔法のアイテムだ~?馬鹿らしい!
子どものおもちゃかパーティーグッズだろこんなの」
俺はバッグを探って財布を確かめた。
「三万円払ったのか!こんなのに!?あのジジイ~!!」
信じられん。
これから再就職先を探すって時に。
昨晩の俺をぶん殴ってやりたくなった。
だが時既に遅し…。
返すこともできない役立たずなおもちゃに札束を…。
俺の人生どこまで落ちるんだ?
もう脱力して立ち上がる気力もない。
椅子に座りながら、手に握ったアイテムをまじまじと見つめた。
魔法なんぞあるわけがない。
それははっきりしたことだ。
小学生でもあるまいし、誰でもわかってることだろう。
科学万能の21世紀のこのご時世に…。
「……」
まあでも買っちまったんだ、試しにひとつやってみるか。
金払っちまったもんな…。
馬鹿みたいだが。
「100万円欲しい!」
清々しいまでにストレートな要求だ。
…特に何も起こらない。
ま、当然だよな。
ガキみたいなことしちまったぜ。
三万円は勉強代ってことにしておこう。
ホントに高くついた。
ため息をついた俺がふとテレビを見ると、
なんと俺が勤めていた会社が画面に映っている!
レポーターの街頭インタビューだ。
しかも会社だけじゃない、上司まで!
出勤する人々にまぎれてかっての元上司が画面を横切って行く。
どうして見間違えることができようか。
「あの野郎…」
俺はフツフツと怒りがわいてきた。
「クソッ!会社とあの野郎のこと思いだしちまった!」
腹の底からフツフツと怒りがこみあげ、頭に血がのぼるのを感じた。
「よくも…!」
ギリッと歯をくいしばって、画面をにらみつけた。
「よーし、二つ目の願い事だ!
俺をクビにした会社にデカイ隕石を落としてくれ!!
いや、それだけじゃ足りない。
あの薄汚い街、俺を認めようとしようとしない
この世界中に隕石を落としまくってくれっ!!」
俺はアイテムに願いをかけた。
そして自分の声の大きさにおもわず我に返った。
「ハァ…。何やってんだ俺…。昨日、飲み過ぎたせいだな。」
急に自分が恥ずかしくなった。
俺だけしかいないわびしい部屋に、相変わらずテレビからの音声だけが流れ続けた。
そこに見計らったかのように電話がかかってきた。
プルルルル…
俺は呼吸を整えてから電話に出た。
「はい、もしもし」
「どうも△△警察署の者です」
相手は警察だった。
俺、何かしたかな?
「あなたが以前、
駅で拾って届け出た財布の件でお電話しております。
遺失者が期日までに現れませんでしたので、こちらの財布は
拾得者であるあなたの物になります。
中身に関しては五千円と小銭が多少、あと宝くじです。
念のため番号を調べたところ当たりくじのようで、
100万円当たっていますね。
落とした方にはお気の毒ですが、権利はあなたにあります。
手続きがありますので署まで来ていただけますか?」
相手は平静な声で説明した。
「ええっ、本当ですか!?行きます。行きます」
あの件だったか…。
俺は一も二もなく承知し、話を全て聞き終えると電話を切った。
もしかして願いがかなった…?
あまりにも出来すぎなタイミングに、
一瞬そんな考えが頭をよぎった。
「まさかな…ありえない。偶然だろう」
アイテムを一瞥してから、自分の思いつきを否定した。
俺は身支度を整えると、警察署へと出かけることにした。
署に着いて手続きを終えると、財布は俺の物になった。
当然宝くじも含めて合法的に。
嫌なことのあとには、いいこともあるもんだ。
元の持ち主には申し訳ないが、少し気分が持ち直した。
生活が安定しないと、精神も落ち着かないからな。
これからのことを落ち着いてよく考えよう。
昨日から荒れてたからな。
建物を出た俺は、どこかの喫茶店で一息入れるべく、歩道を歩きだした。
交差点を渡れば目当ての店舗に着くちょうどその時、
ビルに設置された巨大な屋外ビジョンに、緊急ニュースが入ってきた。
「緊急ニュースが入りました。
○○市の株式会社□□□の本社ビルに隕石が衝突しました。
死傷者については未だ確認はとれておりません」
アナウンサーが深刻な表情で事態を伝えていた。
画面ではヘリからの空撮が、現場の惨状を物語っている。
「ええっ…!?」
俺の勤めていた会社だ!本当に隕石が降ってきたのだ!!
「なんてことだ…。俺が願ったせいだ…」
俺は呆然として立ちつくした。
あれは本物だったのだ。
「俺はなんてことを…」
ビルの中には大勢の人がいただろうに。
こうしちゃいられない、
俺は会社だけじゃなく世界中にと言ってしまったのだ。
速く家に帰って、
三つ目の願い事で二つ目の願い事をとり消すんだ!!
そして犠牲者もどうにかする願い事を考えるんだ!!
俺は慌ててその場から駆けだした。
「急げ!」
ドン!
俺は自動車に跳ね飛ばされた。
体が宙高く舞い上がる。
俺の目はぐるりと一回転するビル街の景色を映した。
ドサリ
道路に叩きつけられた俺は激痛に身をひきつらせた。
頭部から流れる自分の血を見ながら、
薄れゆく意識のなかで、三番目の願いごとのことを考えた。
取り消すんだ…。
さもないと隕石が…。
俺の言えなかった言葉のせいで世界が滅びる…。
「動かないで!今、救急車が来ますよ!!」
通行人の励ましの声を遠くに聞きながら、俺は完全に意識を失くした。
男は車ではねられた後、救急車で病院に担ぎ込まれた。
なんとか一命をとりとめ、集中治療室で治療を受けている。
ロビーに設置されたテレビからは、
相変わらず緊急ニュースが流れ続けている。
「みなさん、
世界中の都市に隕石が降り注いでいます。
先程の報道にありました
スイスのベルン、アメリカのワシントンD.C.に引き続き、
コンゴのブラザヴィルとギリシャのアテネにも衝突しました。
被害の全容は未だ把握できておりませんが、非常に甚大です。
今後も予断を許さない状況にあります。
研究者の間にはまだ続くのではないかとの見方もあります。
皆さんどうぞ慌てずに慎重に避難してください!」
男は意識を取り戻さない。
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