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第一話 ヒーローとヴィラン⑥
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「グゥッ!? うあああああああああああああッ!!」
上昇していたエレベーターのワイヤーを突如切断された様な感覚。内臓が浮き上がり、胃の内容物が逆流して食道を駆け上がってくるのが分かった。
「あああああああああああああッ」
力に目覚めてから一度も途切れた事の無かった体内にマグマを抱えているかの如き熱が失せ、ハルトマンは生涯初めて寒いという感覚を味わう。皮膚が凍り付き、吹き抜ける風で全身がバラバラに砕け散ってしまいそうだった。
何が起ったのか分からない。そんなパニックの中ハルトマンは必死に飛行能力を再発動しようとするが、まるで夢から覚めてしまったかの如く今までどうやって飛んでいたのか思い出せなかった。
不意に目から液体が漏れる。しかしハルトマンはそれを目の乾燥が故の生理現象であると必死に言い聞かせた。自分には涙など許されない、皆の求めるヒーローは決して恐怖など感じないのだからと。
たがそんな意地も数秒後には吹飛んでいた。分厚い雲を抜けその先で、地上の光という逃れ得ぬ死と真正面から向き合ってしまったのである。
「あ、あぁッ……嫌だあああああああああッ!!」
自然と口が動きそう言葉を発していた。自分には無いと思っていたネズミの先祖から受け継いだ本能が顔を出したのだ。
だが当然叫んだどころで何が起る訳でもない。水面に落ちた蠅の様にジタバタと両手両足を動かすが、落下速度は落ちる所か上がっていく一方。彼が今まで積み上げてきたヒーローとしての尊厳だけが無残にも崩れていく。
吹き抜ける風と共に仮面が砕け、皮膚が剥がれ、彼の人格を覆っていた作り物達が消え去った。残ったのは、小さくなって震える醜い怪物。
「もうッ駄目だ……」
ハルトマンはその十数年ぶりに漏れた何とも頼りない本当の声を遺言にし両目を閉じる。そして地面へと無慈悲に叩き付けられ、グチャグチャに飛び散った肉片へとまるで赤い花火が炸裂したかの様に一瞬で変貌したのだった。
ブゥンッ
そんなイメージが頭を過ぎった刹那、身体の奥で今度は何かが繋がる音がした。するとそれまで始めから存在すらしていなかったと言わんばかりに消えていた熱が戻って来て、忘れていた様々な能力の使い方が蘇ってきた。
今なら飛行能力が使えるかも知れない、そう考えたハルトマンは藁おも縋る思いで飛行能力のトリガーを引く。
全身を包む巨大な腕に掴まれた様な感覚。するとみるみる内に落下速度が落ち、そのうち重力とつり合い、身体がフワリと浮かび上がった。
飛行能力が間一髪のところで無事発動したのである。
熱が血流に乗って全身を巡り、風に体温を攫さらわれ凍いてついた身体が解凍されていく。亀裂が走り崩れる寸前となっていた尊厳が持ち直していく。目から溢れ続けていた液体もいつの間にか消えていた。
しかし其れでも背中のゾワゾワした感覚と荒ぶった心臓は収まらず、再び高速で空を飛び回る勇気は戻って来ない。
既に地上まであと残り百メートル少しとなっており、彼を待ち構える報道陣の姿が見える。全く気乗りがしない、もう全てを投げ出して毛布に包まり夢の世界へと逃げ込んでしまいたかった。
「はあッ……はあッ……はあッ…………駄目だ、私はヒーローなんだ。弱い所を見せては成らない、常に強く正しく間違わない正義の象徴。そうあらなくてはッ」
ハルトマンは流石に今の恐ろしくゆっくりな速度の落下では格好が付かないと考え、20メートル程の距離を急降下。すっかりトラウマが付いてしまったのか悲鳴が漏れそうに成るが何とか堪えて着地する。
そして翌朝の朝刊には引き攣った笑顔を浮かべるハルトマンと共に、この様な見出しが付けられた。
『我らが英雄昨夜も勝利。高度一万メートルからの急降下でファンにサービス』
上昇していたエレベーターのワイヤーを突如切断された様な感覚。内臓が浮き上がり、胃の内容物が逆流して食道を駆け上がってくるのが分かった。
「あああああああああああああッ」
力に目覚めてから一度も途切れた事の無かった体内にマグマを抱えているかの如き熱が失せ、ハルトマンは生涯初めて寒いという感覚を味わう。皮膚が凍り付き、吹き抜ける風で全身がバラバラに砕け散ってしまいそうだった。
何が起ったのか分からない。そんなパニックの中ハルトマンは必死に飛行能力を再発動しようとするが、まるで夢から覚めてしまったかの如く今までどうやって飛んでいたのか思い出せなかった。
不意に目から液体が漏れる。しかしハルトマンはそれを目の乾燥が故の生理現象であると必死に言い聞かせた。自分には涙など許されない、皆の求めるヒーローは決して恐怖など感じないのだからと。
たがそんな意地も数秒後には吹飛んでいた。分厚い雲を抜けその先で、地上の光という逃れ得ぬ死と真正面から向き合ってしまったのである。
「あ、あぁッ……嫌だあああああああああッ!!」
自然と口が動きそう言葉を発していた。自分には無いと思っていたネズミの先祖から受け継いだ本能が顔を出したのだ。
だが当然叫んだどころで何が起る訳でもない。水面に落ちた蠅の様にジタバタと両手両足を動かすが、落下速度は落ちる所か上がっていく一方。彼が今まで積み上げてきたヒーローとしての尊厳だけが無残にも崩れていく。
吹き抜ける風と共に仮面が砕け、皮膚が剥がれ、彼の人格を覆っていた作り物達が消え去った。残ったのは、小さくなって震える醜い怪物。
「もうッ駄目だ……」
ハルトマンはその十数年ぶりに漏れた何とも頼りない本当の声を遺言にし両目を閉じる。そして地面へと無慈悲に叩き付けられ、グチャグチャに飛び散った肉片へとまるで赤い花火が炸裂したかの様に一瞬で変貌したのだった。
ブゥンッ
そんなイメージが頭を過ぎった刹那、身体の奥で今度は何かが繋がる音がした。するとそれまで始めから存在すらしていなかったと言わんばかりに消えていた熱が戻って来て、忘れていた様々な能力の使い方が蘇ってきた。
今なら飛行能力が使えるかも知れない、そう考えたハルトマンは藁おも縋る思いで飛行能力のトリガーを引く。
全身を包む巨大な腕に掴まれた様な感覚。するとみるみる内に落下速度が落ち、そのうち重力とつり合い、身体がフワリと浮かび上がった。
飛行能力が間一髪のところで無事発動したのである。
熱が血流に乗って全身を巡り、風に体温を攫さらわれ凍いてついた身体が解凍されていく。亀裂が走り崩れる寸前となっていた尊厳が持ち直していく。目から溢れ続けていた液体もいつの間にか消えていた。
しかし其れでも背中のゾワゾワした感覚と荒ぶった心臓は収まらず、再び高速で空を飛び回る勇気は戻って来ない。
既に地上まであと残り百メートル少しとなっており、彼を待ち構える報道陣の姿が見える。全く気乗りがしない、もう全てを投げ出して毛布に包まり夢の世界へと逃げ込んでしまいたかった。
「はあッ……はあッ……はあッ…………駄目だ、私はヒーローなんだ。弱い所を見せては成らない、常に強く正しく間違わない正義の象徴。そうあらなくてはッ」
ハルトマンは流石に今の恐ろしくゆっくりな速度の落下では格好が付かないと考え、20メートル程の距離を急降下。すっかりトラウマが付いてしまったのか悲鳴が漏れそうに成るが何とか堪えて着地する。
そして翌朝の朝刊には引き攣った笑顔を浮かべるハルトマンと共に、この様な見出しが付けられた。
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