上 下
45 / 65

第七話 黒いハイエース②

しおりを挟む
「済みません、コード・ジークさんですよね?」

「………………は、はぃ?」

 突如、背後から声が聞こえて振り返った疾風は、其処に立ってた女性の質問に疑問符交じりの返答を返した。

 トイレに行くフリをして何とか無事会場から脱する事に成功した疾風は、妹に言われた通りちょくでタクシーに乗り家へと帰ろうとしていた。
 しかしそこで、今度はポケットの中から財布が消えている事に気付いたのである。

 イベントの中で盗られた可能性も有る。
 だが自分のズボラ加減を鑑みるに落としたと考えるのが最も妥当であろう疾風は、タクシー乗り場の前で呆然ぼうぜんと己のリアル生存能力の低さに打ち拉がれていたのだった。

 しかしそんな彼を、突如プレイヤーネームで呼ぶ声が聞こえたのである。

「やっぱりそうだ~、さっきのステージでの戦い見てましたよ。コード・ジークさんって、あのレッドバロンを倒し掛けた方ですよね? とっても強くてカッコよくて、私憧れちゃうな~」

「は、はぁ……どうもッ」

 振り返った疾風の背後に、声の主であろう女性が笑顔で立っていた。そして過剰なまでのネコ撫で声で、先ほどの戦いを称賛してくれている。

 他人の女性に称賛して貰える事なんて暫く無かった疾風は、その言葉を受けて照れと微かな笑顔が滲む。
 しかし現実でプレイヤーネームを呼ばれ、ゲームが上手いと称賛されている事に何か恥ずかしさを感じ、疾風は少し女性から距離を取った。

ガシッ

 すると、女性が後ろへ引いた一歩より大きく前に出て来て、彼の手を掴んだのである。流石に違和感を覚えた。
 たがそんな疾風へと、女性は張り付けた様な笑みと共に更なる言葉を畳み掛けてくる。

「私、一目惚れかも知れません。会場の巨大スクリーンに貴方を見た時から、貴方のプレイングが目に焼き付いて消えないんです。実は私ピンクブラッドというeスポーツチームを作っていて、チームを勝利に導いてくれるエースさんを探してたんですね。それでコード・ジークさんを見て、この人しかいないって確信したんです。貴方となら私達きっとプロリーグにだって行けます。ね、そう思うでしょ?」

「え……いや急にそんな事言われてもッ」

 突然態度が豹変し早口にeスポーツチームだのプロリーグだのと話題に出してきた女性に疾風は恐怖を覚え、その手を振り払おうとする。
 しかし彼女は凄まじい力で痛いほど腕を握っていて、逃げる事が出来ない。

「あ、済みませんッ確かに余りに急過ぎましたね。じゃあお茶でもしながらゆっくりお話ししましょうか。この近くに良い喫茶店が有るんです」

「いやッ、良いです。もう帰る所だったんで。手離して貰って良いですかッ」

「遠慮なさらないでください。何なら私達が送ってあげますので、何時間でも問題なくお話できますよ。貴方が私達のチームに入ると言うまで、何時間でも……キャッ!?」
          ッバシン”!!


 断ってもお構いなしに腕を引っ張ってきて、その言葉の内容が明らかに普通ではない方向へと舵を切った女性に対し、疾風の恐怖心はピークに達する。
 だがそこで突如、彼女の手が高音を上げてはたかれたのだった。

 そして驚き手を離した女性へと、いつの間にか自分と彼女の間に立っていた大柄なスポーツマンが如き外見をした男性が、叱り付ける様にして言ったのである。

「彼嫌がっているだろ! 強引な勧誘はやめろ、みっともない!!」

 手を叩いた男はそう一括し、女性と疾風の間に割って入り壁となった。如何やら助けてくれたらしい。
 多少やり方が強引にも見えたが、一応疾風は助けて貰ったお礼を述べる。

「あ、ありがとうございます。助かりました」

「ハハハッ、危ない所だったね。君は今一番の有名人だから欲しがってる輩は沢山いる、気を付けないと」

「はい? 有名人って…何でオレが」

「ところでコード・ジーク君、君はeスポーツチームに興味は無いかな? 実は俺ドレッドバッファローっていうチーム組んでるんだけど、強いエースを探しててね。此処で会ったのも何かの縁だと思うし、ちょっと話だけでも聞いてくれないかな?」

「…………え?」

 自分を助けてくれた恩人だと思っていた人物から再び飛び出した、eスポーツチームという言葉。そしてこの男の顔にも表れた張り付いた様な笑顔に、疾風は戦慄して身体が動かなく成る。
 そして恐怖で耳が冴えたのか、いつの間にか、周囲が自分のプレイヤーネームを呼ぶ声で溢れている事にやっと彼は気付いたのだった。

「おいッ、コード・ジークが居るぞ。何かもう外に出てる!! お前ら急げ!!」

「コード・ジーク!! ウチのチームに入らないか!!」

「おいてめえら退けよッ!! 彼は俺達のチームが貰うんだよ!!」

「コード・ジーク! 野球しないか!!」

「コードジーク君~、お姉さん達とちょっとお話しない? 楽しい事沢山出来るわよ~」

「コード・ジーク様!! 大会賞金もギャラも全部貴方が貰って良い、だからウチに入ってくれ!!」

「君はウチでこそ輝ける!! 我がクレイジーフォックスは君に最高の席を用意している!!」

 いつの間にか、周囲は見知らぬ大量の人々と声で溢れていた。
 薄暗いジメジメとした部屋で引き籠ってきた疾風には、余りに普段身を置いている環境との間にギャップがある状況。
 鼓膜を引っ掻く大音量と、鼻を突きさす人の匂いと、皮膚を焼く暑さに強い吐き気を覚える。
 
 そして等々我慢できず嘔吐しかけたその寸前、周囲から浴びせかけられるプレイヤーネームに交じって、あの名前が聞こえた。


「群”雲”疾”風””ェェェェッ!!!!」


 それは何となく聞き覚えのある声。更に直後、身に覚えのある力で後ろ襟を強く引っ張られた。
 その微かに感じる知り合いの気配に、疾風は藁をも縋る思いでその方向を向く。

「走れ疾風ッ!! 車を待たせてある、一緒に逃げるぞ!!」

 そう凛堂優奈は力強く言って、顔を青白く染めた疾風の手を引いたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

性転換タイムマシーン

廣瀬純一
SF
バグで性転換してしまうタイムマシーンの話

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

Wanderer’s Steel Heart

蒼波
SF
もう何千年、何万年前の話だ。 数多くの大国、世界中の力ある強者達が「世界の意思」と呼ばれるものを巡って血を血で洗う、大地を空の薬莢で埋め尽くす程の大戦争が繰り広げられた。命は一発の銃弾より軽く、当時、最新鋭の技術であった人型兵器「強き心臓(ストレングス・ハート)」が主軸を握ったこの惨禍の果てに人類は大きくその数を減らしていった…

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

群生の花

冴木黒
SF
長年続く戦争に、小さな子供や女性まで兵力として召集される、とある王国。 兵士を育成する訓練施設で精鋭部隊の候補生として教育を受ける少女はある日… 前後編と短めのお話です。 ダークな感じですので、苦手な方はご注意ください。

処理中です...