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第96話 新たな壁

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 フーマとの座学に一日を費やして身体を休ませたディーノは、翌日から再びゴンザレスとの格闘訓練に戻った。

 しかしその様は今までと一変しており、ディーノは飢えた獣の様に苦行を求めて貪り喰う様に取り組んでいったのである。

 今まで一日10セットで終わっていたゴンザレスとの殴り合いの回数を20セットに増やし、訓練が終わった後も筋トレや則のコントロール訓練などの自主練を重ねていく。

 その結果今まで以上に人間離れした成長速度を見せ、その様はまるで1日ごとに生まれ変わっているが如くであった。



(凄いッ、もう僕と大差ない位の格闘技術を身につけてる。其れも型に嵌まった訳じゃなく身体に馴染んだ喧嘩闘法の柔軟性を生かし、その隙間を埋める様に僕から学んだ戦闘術を落し込んでいる! 此れは厄介だぞ……)



 ガードを読まれ叩き込まれたボディーブローに僅かな呻きを上げ、ゴンザレスは驚愕と苦しみを顔に映し出す。



 短時間で幾度も死にかけ、幾つものリミッターを故意に外せるまで成長したディーノは既にゴンザレスと対等に戦える程に成長していた。

 今まで放っていた無骨で大振りなストレートでは掠りもしなくなり、逆にカウンターという手痛いしっぺ返しを喰らってしまう。

 一方で元々得意であったカウンターだけが上達した訳では無く、比較的苦手としていたアグレッシブに自分から攻めにいく動きも上達して美しいオールラウンドファイターに成長していた。



(強いッ本当に強く成ったよディーノは!! 僕ももう直感に任せて拳を振り回しているだけじゃ倒すのが厳しくなってきた。もう手を抜いて戦える相手じゃ無くないッ)



 ゴンザレスは一見何も考えず我武者羅に戦っている様に見えるが、実際は毎回ディーノが最も成長出来る様に手を抜いていたのだった。

 しかし今、ゴンザレスは手を抜ける手加減出来るギリギリのラインで戦っているが、一方的にディーノの猛攻を受けて防戦一方である。

 もう子供扱いで着るレベルでは無くなった、目の前に立っている紛れも無い一人の戦士だ。



(おめでとうディーノ、良く此処まで登ってきたね。此れが僕が出せる全力だ……君は才能に溢れている、きっと直ぐに僕を追い越せるよ。僕を喰らってッ更に先へ進むんだ!!)



 ディーノに更なる進化を促すため、ゴンザレスは自らに課していた制限を全て取っ払った。

 その制限とは則の使用である。



 そしてその力を最大限に活用する為、戦略を大きく変更した。

 ゴンザレスは何時でも叩き付けられる様に振り上げていた両腕を顔の前でくっ付け、顔面を鉄壁のガードで守りながらディーノに向かって突進する。

 しかしディーノがその異様な突進を黙って見ている訳も無く、素早く地面を蹴って側方に回避した。

 だがその動きも当然予測済みなゴンザレスは、その巨木の様な足を素早く動かして方向転換を決めて張り付く様に突進を続ける。



(何だこの動きッ!? 今までのガン攻めのスタイルじゃねえ、攻撃を捨てて只管に距離を詰めて来やがるッ)



 始めの頃は飢えた獣の様にガード無視で拳を嵐の様に振り回す姿に恐怖したが、其れに慣れた今では要塞の様にガードを固めて只管突進してくる姿に気味悪さを感じる。

 雰囲気が何時もと大きく異なっていたのだ。



 そしてディーノは依然として相手の意図を確かめる為に逃げを選択し続けたが、遂に痺れを切らし自ら仕掛ける事を決意する。

 狙ったのは確実に足を潰せる場所、ガードの下でガラ空きに成っているボディーだ。



(何を狙ってやがるかは分からねえが、内臓を押し潰される苦しみを味わえば作戦どころじゃ無くなるだろ。上手くボディーが決まれば足も止まる筈だッ!!)



 ディーノはボディーブローの代名詞であるジワジワと来るダメージによって足を奪う作戦を選択した。

 ディーノは身をもって無間地獄の様に続くボディーのダメージを知っている、腹に鉛を入れられた様に動きが鈍る筈だ。

 何やら頻りに距離を詰めようとしてくるが、機動力が無くなれば其れも怖く無い。

 この作戦が決まれば後はヒットアンドアウェイで一方的に仕留める事が出来る。



(10分間の地獄巡りを楽しみなッ!!)



 ディーノはわざと中途半端に回避し、ゴンザレスの方向転換を誘発した。

 すると狙い通りゴンザレスも食いつき、キュッという音と共に方向転換して逃げた方向に追いかけてくる。

 その狙い通りのリアクションにディーノは口端を吊り上げ、素早く地面を蹴り逆に大男を自分から迎えに行く。

 そして互いの身体が纏っている速度全てを破壊力に変え、ガラ空きの腹に全力のブローを打ち込んだ。見事命中、内臓を打ち上げるクリティカルヒットである。



「グゥ……ッ!!」



 ゴンザレスから苦しそうな呻き声が聞こえた。

 ディーノはそのリアクションと拳から伝わって来た衝撃から、確実に決定打となる一撃が叩き込まれたと確信する。

 腹が破裂する様な衝撃と呼吸困難を感じている筈で、あと数秒後には脂汗を吹き出しながら立つ事すらままならなく成ると確信していた。

 しかしそんなディーノの予想はゴンザレスの表情を見た瞬間打ち砕かれる。



 ゴンザレスは血走った目で脂汗を出しながら、確かに笑っていたのだ。

 同時にあれ程固く閉ざし顔面への攻撃を防ぐため専用の盾と化していた両腕が、敵の顔面を貫く矛としての表情を覗かせながら大きく開かれた。



(ダメだ、迷うな虚仮威しだッ!! 後一押しで倒れるッ!!)



 今までゴンザレスに何度も敗北して染みついた負け犬本能が全力で危険信号を発するが、ディーノは迷わず拳をガラ空きになった顔面に撃ち放つ。

 未だたった数日間とはいえ地獄の様な修行に身を置いたのだ、彼にも積み重ねてきた努力と実力にプライドと確信を持っていた。

 あのボディーブローには確実に人間の機動力を奪う力があると。

 そしてたった今打ち出した全体重を乗せた弾丸の様なストレートには、一撃で意識を刈り取る威力があると。



 しかしディーノの前に再び巨大な壁が出現する。

 其れは余りに残酷な光景であった、ディーノがこの数日間地獄の如き修業で手に入れた必殺の一撃はゴンザレスの首を若干反らせる程度のダメージしか発生させる事が出来なかったのである。



 渾身のストレートによって反らされた首が元に戻り、ゴンザレスの顔に着いた双眸に灯るキラリと輝く殺意の光を見た瞬間、ディーノの身体は震え出す。

 ゴンザレスは岩石を砕く渾身の一撃を受けて、其れでも尚嬉々として笑っていたのである。







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